J.S.バッハ 6つのパルティータ BWV825-830(ピアノ全曲盤)
- リュプザム(Naxos<92>)(21:24/24:16/23:51/39:03/23:44/37:03)◎-○
ジャケット→
マクロ的には一定のテンポを保ちならがも、フレーズの中で自由にリズムを伸縮させるというか、かなり頻繁にアゴーギクを付ける(タメを入れる)。
歴史的奏法を極限まで押し進めたような奏。装飾音も(特に繰り返しでは)即興的に自由に入れている。
ここまでやるなら時代楽器(チェンバロ)を使った方が自然という意見はもっともだが、私のようにピアノの音が好きな人間には嬉しい盤。
テンポは全体的にかなり遅めだが、リズムが硬直的でないので退屈にならない。
緩徐系の曲などは舟に揺られているような心地よさがある。
特に第3番のファンタジアなどは、これまで(他の第1曲がいずれも印象的なのに比べて)地味というかどこか掴みどころのない曲だと思っていたのだが、彼のマッタリとした演奏を聴いて初めてその魅力に気が付いたといってもいいくらい。
(第1番の前奏曲などさすがに遅すぎて付いていけない感じはする曲も中にはあるものの。)
通常2枚組になるこの曲集が3枚(分売)になっているは異例だが、(演奏様式にauthenticityがあるとは言えかなり癖のある演奏なので)試しに一枚だけ買えるという意味では却って良心的かも。
- A.Rangell(Dorian<2000>)(18:29/22:43/18:27/27:44/19:35/31:55)◎-○
歴史的奏法を考慮しつつも、内声やバスを強調したりアーティキュレーションを凝ったりと、あの手この手を使って聴かせる。
その意味ではシフの遊び心溢れる演奏と通じるところがあるが、ノンレガートのタッチを多用するためか、滑らかで流麗なシフと比べると歯切れがよく、一段とメリハリが効いている。
指回りも冴えている。
繰り返しなどでは結構大胆に装飾変奏をやったりする。バスを突然強調するところなどはグールドを思わせる。
ただ色々小細工し過ぎて却って煩いと感じる人もいるかもしれない。
第4番の序曲などはかなり自由に装飾音を入れていて、ちょっとやりすぎかなと思うが、でも面白い。
聴いていて飽きないことは確か。
繰り返しは基本的に前後半とも行っているが、5番や6番のジークなどでは省略していて、そのあたりは柔軟である。
全体として才気煥発という言葉が似合う。
- 高橋悠治(Denon<77>)(11:36/13:49/9:56/18:09/11:33/18:55)○-◎
高橋悠治の演奏はどこか素人っぽいというか、普通のピアニストらしくないところがあるが、そこが魅力でもある。
音色や強弱の細かい変化とか、微妙な表情・陰影とか、そういうプロのピアニストが磨き、追い求めているような部分をすっぱり捨象し、論理的な枠組みだけが残ったバッハという感じがする。ある意味潔い。
アーティキュレーションが明確で、これによりフレーズを作っていくのが特徴と言える(聴いていてヴァイオリンのボーイングが頭に浮かぶような感覚)。
テンポは速めで繰り返しは基本的になし。素っ気無いと言っていいが、曲の良さは十分伝わってくる。
なお第6番だけは'71年のCBS盤にも録音しているが、それと比べると残念ながらこちらの方が演奏がやや雑っぽい感じがする。
その意味では全曲を'71年盤くらいの気合いを入れて弾いてくれていたらと思う。
第3番のファンタジアの途中でかすかに譜めくりらしき音が入っているのもいかにも彼らしい。
- シフ(Decca<83>)(17:26/19:14/17:11/30:56/20:26/32:14)○-◎
自由でしなやか。内声の強調や即興的な装飾音など遊び心に満ちていて、Rangellと似たタイプだが、それよりは柔らかくて流麗(例によって残響多めの録音のせいもあると思うが)。
タッチも洗練されている。
ただ楽器のせいか、暖かみがあるがやや芯に欠ける音で、そこらへんは個人的にはもうひとつ。
5番だけは'76年のHungaroton盤にも入っているが、演奏はともかく録音はそちらの方が好みである。
Deccaでの豊潤な響きはもちろんシフ本人の嗜好だと思うが、個人的には全曲がHungaroton盤のような輪郭のクッキリした硬派な音で録られていたらなぁと思う。
- Z.シャオ=メイ(Mandala<99>)(16:49/20:08/15:39/26:51/17:28/27:01)○-◎
残響がやや多めだが、過剰ではなく、しっとりとした潤いがある。流れるような演奏。
強弱のつけ方が自然でかつ上手い。フレーズの中に細かな表情があり、ピアノのメリットを最大限に活かしている。
特に弱音の使い方が上手い。
急速曲では一転躍動感もあり、コンクールだったら一番得点がとれる演奏かもしれない(癖がなく、どの審査員からも満遍なく点が入りそう)。
あえて不満を言えば繰り返しでの変化が少なめなのと、装飾音(トリル)の入れ方が多少好みでないところ(もう少し長く細かく入れて欲しいところ)。
基本的に繰り返しはすべて行っているが、Rangellと同様、適宜省略もしている(6番のジークなど)。
- ヒューイット(Hyperion<97>)(17:56/20:14/18:52/32:27/20:47/32:38)○
最近の、ピアノによるバッハという意味では非常にオーソドックスな演奏。
ただ指回りが多少硬く、もう少し滑らかにいきたいところもある。
一応歴史的奏法は意識していると思うが、リュプサムはもちろん、シフやRangellと比べても、アゴーギクはそれほどつけない。
繰り返しではデュナーミクを変える(1回目は強く2回目は弱く、またはその逆)か装飾音を付けることが多く、ある意味わかりやすい。
内声やバスを強調することは少なく、その意味で面白みは少ないが、解釈的には安心して聴ける。
- グールド(CBS<57-63>)(11:20/15:06/11:54/24:51/9:50/23:13)○
平均律などではそんなことはないのだが、パルティータのような舞曲系の曲(イギリス、フランス組曲も)ではグールドのような直線的なバッハは私の嗜好にやや合わなくなっている感じがある。
やはり彼の(悪く言えば)メトロノーム的リズムが舞曲とマッチしないのかもしれない。
19世紀的なロマンチックな演奏は論外としても、個人的にはこのような曲では時代楽器的な柔軟性のあるアゴーギクがピッタリくる(昔はこの盤で彼の指技を堪能したものだが…)。
全体的には第3番がもうひとつの感じがする(そのせいか3番だけはなかなかその魅力に気が付かなかった)。特にスケルツォはもっと切迫感を出して欲しいところ。
なお繰り返しは基本的に前半のみ。
- ストイアマン(Philips<84>)(12:08/14:28/12:10/22:35/11:03/25:17)○-△
ピアニスティックかつオーソドックスだが、どちらかと言うとやや古い(歴史的奏法を意識しない)タイプに属する演奏か。
急速系の曲では指回りの良さを見せるが、緩徐系の曲ではやや退屈。
強弱などをつけているはいるのだが、センスがもう一つというか表面的に聞こえる。
繰り返しはなしかまたは前半のみ。これで繰り返しを全部やったら少々きついというのが正直なところ。
第5番が名技性という点で聴き応えがある。ここだけは取り出して聴く価値があるかも。
- ワイセンベルク(EMI<67>)(12:47/15:22/13:10/21:17/14:14/20:24)△
キビキビとしたテンポとキレのあるタッチで快速に進む。
急速曲はより速くという感じで、見せつけるというか、技巧の誇示に走っている感もある。
特に第3番のファンタジアなどは本当に息をつく間もなく(「息継ぎ」の場所がない!)一気呵成に突き進む。
指の運動としては凄いが音楽はどこかに置き忘れられている感じがしないでもない(音コンでの高田君の演奏をふと思い出す)。
グールドに比べるとテンポがやや不安定な(走る)ところもあり、またずっとインテンポなのに最後だけロマン派風にやけに大きくアラルガンドすることがあって、少々違和感を感じる。
繰り返しは基本的に前半のみ。
未記入盤
- Sager(Haenssler<95>)(19:58/17:52/18:58/27:18/19:09/32:54)
- バーラミ(Decca<2005>)(17:37/20:38/17:23/24:08/21:31/25:25)(ブログ記事)
- レヴィット(Sony Classical<2014>)
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