ショパン ピアノソナタ第3番ロ短調Op.58
(*:繰り返しなし)
- P.ドミトリエフ(music boheme<96>)(9:18*/2:45/9:25/5:29)◎-○
ジャケット→
第1楽章が特に素晴らしい。力強く、大いに歌い、音も磨き抜かれ、ここぞというところは畳み掛ける。
私の思い描くこの楽章の理想形(あるいはそれ以上かも)と言ってもいいくらい。
特にピアノの音の美しさ(録音の良さ)が特筆もので、1音1音がクリスタルのように輝いている。
ドミトリエフと言えば'95年の日本国際音楽コンクール本選でもその美音が非常に印象的だったが、この盤でもその魅力が失われていないのはうれしい。
ただ終楽章に関してはメカニックのキレが(他の優れた盤に比べると)多少弱いところがあるのが惜しい。
やや遅めのテンポで一音一音を綺麗に鳴らそうとしているのはわかるが、少しスピード感や流麗さに欠ける面は否めない。
(彼はどちらかというと指回りの俊敏さで勝負するタイプではない。)
- グールド(Music&Arts<70>)(9:48*/2:12/8:19/4:49)◎-○
ブラームスの第1協奏曲の解釈で彼自身も言っていることだが、グールドの演奏の基本はテンポの持続性、一貫性にあると言ってよい。
この曲はさまざまなモチーフが次から次へと現れ、それごとに自由なテンポ設定、アゴーギクが付けられ、そのため(部分部分は美しく思えても)曲の見通しがどうしても悪くなりがちなのだが、彼の演奏にはあくまで古典的な統一感がある。(個人的には彼のこの演奏を聴いてこのソナタの良さがわかったと言ってよい。今では「普通の」「ロマン的」演奏も楽しめるようになったが。)
第1楽章では第1主題と第2主題でほとんどテンポを変ず、力が抜けたような感じで淡々と弾かれていくが、決して機械的でなく歌心が感じられる(彼の弾いたハンマークラヴィーアソナタを思い出す)。
第2楽章でも途中でテンポを落とさず、インテンポのままトリオに突入する。(そのテンポでも十分歌っている。)
第3楽章も確固とした、しかもセンスのあるリズムに乗りながら歌うところが、舟に揺られているようで心地よい(左手がポイントだろう)。
終楽章はこの演奏のハイライト(まさにグールドの面目躍如)で、彼一流のテクを駆使してインテンポで突き進んでいく。
リズムの推進力が素晴しい。
正直言ってオーソドックスな(万人向けの)演奏とは言い難いが、この曲があまり好きでない人に却ってお勧めかも。
ただし音はかなり悪い。
- アンスネス(Virgin<91>)(13:05/2:52/9:33/5:26)◎-○
全体的に音楽的センスに溢れ、抒情的かつ力強い。特にアクセントや強弱の細かな変化の付け方が非常に上手いと感じる。タッチも非常によくコントロールされており、第2楽章や終楽章の右手の速い動きなども粒の揃い方が美しい(第2楽章の方はleggieroというにはちょっと強すぎるか)。しかも決して熱くなり過ぎない。終楽章のテンポの動かし方も自然でスッと入ってくる。
技巧にもキレがあり、第1楽章の第1主題の途中で現れる右手の4度や3度での急速降下(スタカート気味)などが気持ちよい。
第2楽章のトリオはテンポをかなり落とすタイプであまり好みではないが、全体的にはあまり欠点が見当たらない。
- プレトニョフ(DG<97>)(14:28/2:43/10:35/5:21)○-◎
プレトニョフらしく凝りに凝った演奏。
音の強さ、響き、アーティキュレション等、非常によく考えられている。アゴーギクはかなり自由というか恣意的だが、勢いや感情に任せた感じではなく(個人的には)それほど気にならない。ただ細部に凝り過ぎて全体の流れが犠牲になっている感はある。
第2楽章は右手のノンレガートのコントロールもさることながら、左手がほとんどstaccatissmoなのが印象的。
第3楽章はかなり遅めのテンポでちょっと病的(偏執狂的)な感じすらする。
全体的に1音1音にこだわりが感じられ(その解釈の是非は別にして)無造作に弾いた音符は1つもない感じである。
- オールソン(Laserlight<70>L)(8:35*/2:21/8:39/4:56)○
'70年ショパンコンクールライヴ。あまり濃密は表情は付けず、(デッドな録音と相まって)すっきりと引き締まった印象を与える。テンポも全体に速め。技巧にもキレがある。音が多少平板に聞こえるのは録音状態がもう一つなためか。
第2楽章のトリオや第3楽章もあまり遅いテンポをとらない。
終楽章は落ち着いた、かつビートの利いたテンポで進むのだが、右手の急速な走句のところでときどきテンポが走る(意図的な加速?)のが惜しいところ。
- N.Goerner(EMI<96>)(12:56/2:25/9:18/5:15)○
極めて正統的な演奏。
特に第1楽章の歌い方、表情の付け方は模範的と言ってもよく、あまりケチを付けるところがない。
ある雑誌でこの盤がこの曲のベスト盤に選ばれていたのもわかる気がする。
ただ個人的にはデュナーミクの幅をもう一段多めにとってもよい気がする。
(あるいは録音のせいでやや線が細く聴こえるのかもしれない。)
またこの盤でしか聴けないような個性・特徴がそれほど現れていないのが、他盤を押しのけていくときにちょっと弱いかもしれない。(いわゆるオシがちょっと弱いというヤツ。)
- ポゴレリチ(FKM<83>L)(9:47*/3:00/9:34/4:22)○
第1楽章は遅めのテンポで、抒情性というか歌重視の姿勢。
どちらかというと割と普通の解釈で、たとえば第2番のソナタ(ライヴ)のようなカミソリのような演奏を予想しているとやや肩透かしを食らう。
第2楽章のトリオや第3楽章はさらにじっくりしたテンポで、後年の遅いテンポの片鱗が現れているとも言えそう。
終楽章が一番ポゴレリチらしが出ており、猛スピードで駆け抜ける。(まるでこの楽章のために今まで力を溜めていたかのよう。)この楽章での技のキレはさすがである。(ちなみに4:22はアルゲリッチ盤と並んで最短。)
ただ部分的にタメを大きく入れるなど、アゴーギグに関してはあまり好きではない。(この楽章はグールドのようなインテンポ感のある演奏が好みである。)
- オールソン(Arabesque<90>)(9:32*/2:29/10:46/4:38)○-△
ショパンコンクールから20年後のスタジオ録音。演奏のスタイルは以前とそう変わっていないと思うが、残響の多い録音のせいか印象は結構違う(多少贅肉が付いた感じ)。
第1楽章はスピード感がやや減り、第2主題部などでのアゴーゴクの幅が広く(大げさに)なっている。第2楽章の主部は右手の流れにもう少し精妙さがあってもいい(他の盤の磨き抜かれたような演奏を聴き慣れると)。
終楽章はグールド並みにインテンポで私好みなのだが、右手が急速に駆け回る部分でテンポを速める(走る?)のはやや画龍天晴を欠いた感じ。表現は非常にストレートで、健康的というかあっけらかんとしている。録音がイマイチなのか、音が大味というか、強打でときどきぶっ叩くようなデリカシーのない音がするのは少し気になる。
- リパッティ(EMI<47>)(8:51*/2:32/8:57/4:52)○-△
第1楽章がなかなかよい。すっきりしていて、かつキメるべきところはキメる。強弱、緩急のツボを押さえている感じである。端正な歌い方。
第2楽章も落ち着いていて、右手のノンレガートの粒立ちが揃って美しい。気品がある。トリオでそれほどテンポを落とさないのも好ましい。
ただ終楽章はだいぶ熱が入ってきているせいか、テンポが多少揺れるのは少し気になる。
特に最後のロンド主題のところでテンポを落とすのは(よくあるやり方のようだが)あまり好きではない。
- スルタノフ(Teldec<89>L)(8:07*/2:37/8:05/4:53)○-△
'89年クライバーンコンクールライヴ。
第1楽章はテンポはやや速めだが、スルタノフにしては意外とオーソドックス。
表現も自然で、強弱や緩急の付け方に音楽性が感じられる。
第2楽章はトリオでかなりアゴーギクを付けてこれは少しやり過ぎの感。主部も出だしや途中に大きなタメを作るのはちょっと気になる。
終楽章も最初は速めのテンポで軽快に進む(右手の16分音符などは指回りを楽しむかのよう)のだが、途中から大きなルバートが入りだし、最後のロンド主題が出てくる前あたりではほとんど止まりそうなまでの大きなルバート。
もうスルタノフ節全開という感じである(これがなければ結構推せる演奏なのだが…)。
- デミジェンコ(Hyperion<93>)(14:00/2:34/11:05/5:12)○-△
全体的に抒情的な雰囲気が漂う。特に第1楽章の第2主題や第3楽章などの緩徐部分が聴かせる。
音がよくコントールされていて、弱音が特にきれい。こういうところを聴くだけでもこの盤の価値があるかも。
第3楽章など失速しそうに遅いテンポをとっているのだが、退屈させない、というより思わず聴き入ってしまう(音色をコントロールする技術と音楽センスのなせる技か)。
ただ第4楽章はテンポの変化やアゴーギクはちょっともったいつけ過ぎ。もう少し自然に(ストレートに)やってもいいのではないか。
細部に神経を使っているところはプレトニョフと同タイプなのだが、全体的に彼ほど作為的でない感じ。
- ペライア(CBS<74>)(9:11*/2:34/9:54/5:18)○-△
ペライアの演奏は「あらゆる細部が正確な拍子の中に割り付けられている」と言った人がいたが、確かにそんな感じがする。アゴーギクの変化は結構あるのだが、設計図通りにコントロールしている感じで、静的な印象を受ける。また音色や響きをあまり変えない(単色系)せいか、やや堅苦しさを感じさせる。
ただ非常に端正なのは確か。曖昧に弾かれた音は1つもない感じである。終楽章の十分にコントロールされた右手の16分音符などは彼のモーツァルトを思い出させる。
第2楽章の主部も、molto vivaceにしてはかなり遅めのテンポをとって右手の8分音符の1音1音をくっきり出している。
- ギレリス(DG<78>)(11:20*/2:37/10:38/5:35)○-△
全体的に非常にゆったりしている。
第1楽章はかなり遅めのテンポ(繰り返しなしで11:20というのは最遅ではないかな。アルゲリッチは繰り返しありで10:54なのに)。
静かに歌う感じで、結構味わいがある。
ただ第3楽章もやはり同じようにゆったりしていので、さすがに同じような曲想が続き過ぎる感じはする(でも第3楽章も歌い方がうまい)。
終楽章も(序奏こそ速いが)あわてず騒がず、どっしりしている(これも手元にあるCD中では最遅)。
スピード感こそないが、変にテンポを動かさないので安心してリズムに乗れる。
- ネボルシン(Decca<93>)(8:12*/2:39/7:49/5:17)○-△
音がきれいで清潔感があるのだが、表現がちょっと淡泊。第1楽章では、ここがツボというところでもあまりアクセントを付けたり加速したりしないので、ちょっとフラストレーションが溜まる感じがしないでもない。第3楽章などももっと健康的に歌ってもよいのではないかと思う(が、その分テンポが速めのは好感が持てる。歌がなくてテンポが遅いと最悪)。
終楽章は遅めのテンポながら、テンポを変に動かさず、抑制された表現が(私の趣味に合って)なかなか悪くない。ただ最後のロンド主題からテンポが若干落ちるのが惜しい。
全体的に、整ってはいるがこれと言った個性や自己主張はあまり感じられない。やや薄味なショパン。
- J.Zayas(ZMI<99>)(13:13/2:47/8:14/5:36)○-△
エチュード集ではなかなかの好演だったZayasだが、このソナタでは悪くはないもののエチュードほどのインパクトは感じられない。
ただ歌い方はツボを心得ており、安心して聴くことができる(聴いていてイライラすることがない)。
時折見せる内声の浮き立たせ方もセンスを感じるが、全体的にそういった工夫はやや控えめなのがちょっと残念。
技術的にもまずまずだが特に秀でているというほどではなく、また例によって終楽章でテンポが部分部分によって大きく変わるのはあまり好みでない。
- リフシッツ(Deonon<98>L)(9:03*/2:20/8:57/5:29)○-△
伸び伸びとしたタッチで、自然な呼吸が感じられる。
特に緩徐楽章の歌い方がよい。(作為的なところがなく、スッと入ってくる。)
ただ録音のせいか全体的に音が少し硬い(オン過ぎる?)のがやや気になる。(これは個人的な好みかもしれないが。)
またライヴということもあってか、細部の仕上げに関してももう少し磨き(あるいは精巧さと言ってもよい)が掛けられるのではないかと思ってしまう。
(意地悪な見方をすれば天性の音楽センスだけで乗り切ってしまっている感じ。)
- カペル(RCA<52>)(8:41*/2:19/8:57/4:34)△-○
表現に勢いがあり情熱的だが、細部まで推敲したというよりはセンスに任せて弾いたという印象。
緻密さが感じられない。終楽章などは一気呵成に持っていく感じ。その終楽章は右手の16分音符のクリアさ、粒の揃い方が見事。ただfで重いきりブチかましたり、その前にタメを作ったりと、やや大げさなデュナーミクやアゴーギクがちょっと気になる。ヴィルトゥオーソ的というかケレン味のある表現がちょっと鼻につく感じ。
それほど悪い演奏とは思わないが、正直言って(レコードで聴く場合の)私の好きなスタイルではない。
- ジュジアーノ(Alphee<98>)(8:59*/2:44/8:47/5:22)△-○
それほど悪い演奏とは思わないが、個性というか特長があまり感じられない。
強いて言えば音がきれいなことか。スピード感や力強さの点では物足りない。
第1楽章や終楽章でのアゴーギクもどちらかと言えば大きく付けるタイプであまり好きではない。
やや優等生的。コンクールでは高得点であっただろうが…。
- リ・ユンディ(DG<2001>)(9:14*/2:57/9:32/5:10)△
きれいに整っているのだが、どこか表面的で踏み込みが足らない。正直言って聴いていて退屈である。
指回りは非常に安定かつ俊敏で、第2楽章の主部や第4楽章の細かい走句で彼の良さが出ている。粒の揃い方などは特筆ものである。
(併録のエチュードなどはその点でさらに凄い。)
ただ歌い方というか音楽性の面はちょっと疑問で、例えば第2楽章のトリオの部分に入ると(まるでどう弾いたらよいのかわからないかのように)急に勢いがなくなってしまう。
- ドノホー(EMI<93>)(14:24/2:30/9:57/5:24)△
第1楽章はテンポが遅いこともあってか、全体的に動きが重い。
特に展開部の畳み掛ける部分は何かモッサリしている。
また録音のせいかフォルテ和音で音が割れる(汚く響く)感がある。
終楽章も技術的なものから来るのか、やはりキビキビとしたところがない。
冒頭の連続和音も打鍵が少し乱暴で、フォルテであってももう少しデリケートかつ美しく響かせて欲しい。
全体的にもうちょっと細部の音の響き(美しさ)に気を遣って欲しいところである。
- アルゲリッチ(DG<67>)(10:54/2:18/8:44/4:22)△
第1楽章ではテンポがめまぐるしく変わる。大きくタメを作ったかと思うと急に加速したりして、極端に言えば3秒として同じテンポでは弾いてないのではないか。世評ではこれが名盤ということなので、こういうのもありということなのだろうが、私にはちょっとついて行けない(私は曲を聴きながら足で拍子をとることが多いのだが、この演奏ではそれがほとんどできない(笑))。
第2楽章は右手の急速音型で、フレーズの切れ目をはっきりさせずにダラダラと(よく言えば流れるように?)弾くのも好みでない。
終楽章はかなり速いテンポ。ただし例によってアゴーギクはかなり自由。己の感性の命ずるままに(あるいは指の勢いに任せて)弾いたという感じ。
- ワイセンベルク(EMI<77>)(11:24/2:34/9:58/4:43)△
第1楽章は出だしからテンポがかなり速め。しかも瞬間的なスピードも相当なもので、第1主題の途中の右手が4度で急速降下するところなどメチャ速い(ただしクリアさはない)。第2主題はテンポを大きく落としてたっぷりと歌う。再現部もやたら速くて突っ走るのだが、ここまでやると結構爽快。
第2楽章の主部では右手8分音符の歯切れがよく、ここぞとばかりにメカニックを見せつけるのは彼らしい。トリオでは途中にあるfのオクターヴをやたらデカい音で響かせるのはちょっと品がない。
終楽章は序奏がかなり遅めで重々しく、相当にもったいぶった感じで始まり、主部になってからは嵐のように荒れ狂う。
これも好き勝手なアゴーギクというかテンポの変化はもうハチャメチャという感じ。まるで(正確な)時間感覚を失ったようである。
なお彼はこれより10年前にRCAにも録音していて、そちらの方がもっと良いと思うのだがCD化されていないみたい。
- ポリーニ(DG<85>)(12:48/2:24/8:12/4:49)△
アゴーギクの付け方があまりしっくりこない。第1楽章や終楽章でフレーズの始めや途中にいちいちタメが入ってスッと流れないのはちょっとイライラする。センスがないのに無理に表情を付けようとしている感じ。単に流れを疎外しているようであまり必然性が感じられない。ポリーニはストレートに弾いてこそ持ち味が出ると思うのだが…。
和音の響きなども、かつての大理石のように磨き抜かれた音に比べると、ちょっとボヤけた感じ。
これも世の中では名盤で通っているらしいが、個人的には(少なくともアゴーギクに関しては)あまり他の人に真似をしてほしくないというのが正直なところ。
未記入盤
- ポゴレリチ(Lucky Ball<83>L)(9:47/3:00/9:34/4:22)
- ブレハッチ(DUX<2005>L)(9:03/2:32/8:47/5:20)2005年ショパンコンクールライヴ
- 佐藤卓史(自主制作盤<2005>L)(9:02/2:35/8:41/5:12)(ブログ記事)
- ブーニン(Victor<>)(9:37/2:47/10:17/4:52)
- スルタノフ(Melodiya<98>L)(8:12/2:34/9:02/5:35)'98年チャイコフスキーコンクールライヴ(ブログ記事)
- デミジェンコ(Onyx<2008>)(14:52/2:59/11:00/5:56)(ブログ記事)
- ルガンスキー(Onyx<2009>)(9:18/2:43/9:09/5:08)(ブログ記事)
- ボジャノフ(QEIMC<2010>L)(8:56/2:42/11:03/5:18)(ブログ記事)2010年エリザベートコンクールライヴ
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