シューベルト ピアノソナタ第14番イ短調 D.784,Op.143
- A.ライヒェルト(HMF<97>L)(12:26/4:23/4:45)◎
ジャケット→
'97年ヴァン・クライバーンコンクールライヴ。
端正な古典派というよりロマン派的演奏で、情感豊かでダイナミズムに溢れる。第1楽章展開部でのアチェレランドも激しい(ちょっとやり過ぎ?)。
それでいて荒っぽくならず、緩徐部分では暖かみのある音色で慈しむように歌う。
豪胆かつ繊細な演奏と言おうか。
また内声やバスを浮き立たせるような工夫も随所にあり、なかなかサービス精神がある。たとえば第1楽章第2主題で、繰り返し時には内声の方を出すところなどは、これに慣れると普通の演奏がちょっと物足りなく感じるほど。
第3楽章の冒頭の3連符のテーマも、滑らかで羽のようなタッチとそのスピード感が素晴らしい。
ただ第1楽章などはちょっとタメが多くてスッと流れないきらいはあり、多少抵抗のある人もいるかも。
(ちなみに彼は'95年の日本国際コンでもこの曲を弾いており、そのときの演奏に非常に感銘を受けた記憶があるが、本CDを聴いてそれが間違いでないことを確認した次第。)
- P.ルイス(HMF<2001>)(13:41/4:37/5:51)◎-○
併録のD.958でも感じたが、彼はデュナーミクやアゴーギグなど表情の付け方が非常に上手い。
過度に情緒的になったり、ヒステリックになったりせず、気品がありつつも自然な呼吸が感じられる。
抒情性と構築性を兼ね備えた演奏。また何といっても音が良い。
ひとつ注文を付けるとすれば終楽章のテンポ設定。
主題の弾き方など繊細で非常に丁寧なのは好感が良いが、Allegro vivaceというテンポ指定にしてはちょっと落ち着きすぎ。
この楽章はまるでスピード競争のようにテンポを速める演奏が多いので、それに対する反論(この楽章はそんなに速く弾くものではありません!)なのかもしれないが、ライヒェルト盤その他に慣れた耳にはやや物足りない。
また第2楽章の中間部での盛り上がり、三連符の和音の部分のアーティキュレーションが指定通りではないのが少し気になる。(本来は最初の2音はスラーがかかっているが、3音ともスタカートのように聴こえる。もっともそう弾いていない演奏は結構多いが。)
ここを修正し、終楽章のテンポを1、2割ほど上げてくれればリファレンス盤と呼ぶにふさわしい盤であろう。
- ツァハリス(EMI<>)(14:06/4:01/5:37)○-◎
第1楽章はかなり遅めのテンポ(手持ちの中ではリヒテル盤に次いで2番目)で、Allegro giustoという指定には合っていない気がするが、遅さに見合うだけの充実感がある。
沈み込むような深い呼吸と劇的な表現があり、音色もよく吟味されている。
第2楽章は前楽章とのバランスを考えてか、速めのテンポにしていて、これはセンスがよい。
ただ冒頭主題のリズムに少し違和感がある(8分音符の音価がちょっと短めか)。
終楽章は主題は律儀なまでにノンレガートに弾かれているが、もう少し流れるような音運びの方が好みである。
というわけで全体的には第1楽章に特に惹かれる。
- ルプー(Decca<70>)(9:44*/4:20/4:36)○
ルイス盤と同じく模範的演奏タイプ。
リリシストと呼ばれるルプーであるが、あまりナヨっとしたところはなく、むしろ力強い。
さらに終楽章もスピード感十分。
というか手持ちの中で最速テンポで、指回りを堪能するには最適盤かも。ただもう少し繊細さみたいなものがあってもよいか。
また録音の古さのせいで音質はもうひとつ。
さらにリピートを省略しているのも個人的には少しマイナスである。
(シューベルトはこの曲に限らず冗長さというか饒舌さが魅力のひとつと思っているので、リピートはあまり省略して欲しくない。)
- デ=グルート(VAI<77>L)(9:16*/3:38/4:45)○
'77年ヴァン・クライバーンコンクールライブ。
端正だが力強い演奏。
同じコンクールライヴのライヒェルト盤と比べると、解釈はよほど健康的というか素直だが、全体的にやや瑕が多いか。
また瑕とまでいかないまでも、細部の完成度の点で多少劣るという印象。
第2楽章はかなり速めのテンポをとり、ちょっと素っ気無い気もするが、こういう解釈も面白い。
- エル=バシャ(Forlane<95>)(8:08*/3:57/4:56)○
全体的にテンポが速く、しかも間とかタメの類は極小。(要するにインテンポ。)
第2主題でもテンポを落とさず(むしろ上げる)、音色の変化もほとんどなく一気に突き進む。
弱音もmpかせいぜいp止まりで、ppがないと言ってもよい。
音の輪郭もはっきりして明晰。
まるでベートーヴェンを聴いているようだが、ここまで徹底しているとかえってすがすがしさを感じる。
ただしこの曲の魅力である、陰々滅々としたところはほとんど感じられない。
第2楽章のクライマックス部分では(ルイスなどと同様、)アーティキュレーションの違いが多少気になる。
- ポリーニ(Artists<79>L)(11:45/4:00/5:05)○
質実剛健。
同じく70年代にDGから出たD.845のソナタを思い出させる。
ただライヴ録音(非正規録音?)ということでDG録音のような輝かしい音は望むべくもないのが残念。
シューベルトの曲は大胆さと繊細さが同居していることが重要だと思っているが、この盤の場合大胆さ(迫力)は十分だが、録音がボケ気味で細部まで音が捉えられていないせいか、繊細さの面で少し物足りない。
- シフ(Decca<92>)(12:23/4:12/5:38)○
時代楽器風のBoesendolferの音色が特徴的だが、例によって個人的にはSteinwayだったらな、と思う。
それでも丁寧に弾き進めており、曲のツボは心得ている。
ただ第1楽章の展開部はもう少しアチェレランドして畳み掛けて欲しいところ。
また終楽章もAllegro vivaceにしてはややテンポがもっさりしていて少し物足りない。
コーダのオクターヴも(技の見せ所なのだから)もう少し加速して欲しかった。
- レーゼル(Capriccio<87>)(9:37*/4:40/5:38)○-△
大きな特徴はないが、全体的に整っている。
少し変わっているのは第1楽章の展開部の付点リズムの部分。音を短く切って、何か飛び跳ねるようである。歯切れがよい。
ただこのアーティキュレーションが一貫していないところもあって、どうも全体的に丁寧さ、推敲の緻密さに欠けるような印象を受けないでもない。
終楽章では第2主題の出だしで必ずテンポを落とすところなども少し変わっていて(たっぷり歌おうとしているのだろうが、個人的にはやや違和感)、楷書的演奏が多いというイメージのレーゼルにしてはちょっと意外。
- プリュデルマシェル(Transart<2001>L)(13:49/4:26/5:15)○-△
全体的に遅めのテンポで、じっくりと音を吟味しながら弾き進める。
この曲の陰鬱とした雰囲気というか蒼暗い情念のようなものがよく出ている。
また和音で音がいっしょくたにならず、異なる声部が鳴っているという感じに響かせるところは(この曲に限らず)巧い。
ただ(楽器が特殊なせいか)打鍵が完璧にコントロールできていない(多少凸凹)と感じられるところもある。
特に終楽章の3連符の細かい動き。
ライヴではなくスタジオ録音だったら気の済むまで細部を磨けてよかったのではないかと思う。(ライヴにはライヴの良さもあるが。)
- ブレンデル(Philips<85>L)(10:00*/4:39/5:42)△-○
落ち着いたテンポで、
1音1音をよく考えいることが伝わるが、弱音と強音のコントラストがもうひとつ弱いと感じるところもある。
(たとえば第2主題のpとffの交替の部分。)
また第1楽章途中で物を落としたような、結構目立つ会場のノイズがあるのは残念(もちろん彼の責任ではないが)。
終楽章は技術的にもうひとつ。(ライヴということもあるのか)速い走句で(誤魔化すというのではないが)やや不明瞭になるとことがある。
例によって繰り返しを省略しているが、併録のハイドンのソナタでは省略していないので、シューベルトは繰り返しをしないというのが彼のポリシーなのだろうか。
- ハフ(Hyperion<97>)(13:14/3:26/4:43)△-○
第1楽章の表現の細かいところに違和感あり。
いろいろやろうとしているがちょっとハズしているというか。
特にアゴーギグ。一瞬立ち止まったりすることが多いのだが、それがどうもしっくりいっていない。
また第1主題の付点リズムの部分もどうも浮いた感じがある(前後の部分とスムーズに連結していないというか。)
ただ展開部はなかなか迫力があって悪くない。
第2楽章は全体的に速めのテンポで、特に中間部の和音連打のところの加速は印象的。
終楽章もハフらしい清潔感のある技巧が冴える。
とういわけで第2,3楽章は良いのだが、(この曲の中心というべき)第1楽章がもうひとつなのが痛い。
- アシュケナージ(Decca<66>)(11:01/4:39/4:43)△-○
第1楽章はテンポが速めでキビキビしている。
気になるのは第1主題のffでの付点のリズムの部分。
テンポがここだけ急に速まって、しかも軽薄な響きになっている。(展開部の付点リズムも同傾向。)
ここはもう少し重厚にいきたいところ。
終楽章はルプーと同様、スピード感があるが、はやり音はもう少し繊細にしたい。
また連続和音のところは多少もっさりした感じがあり、技のキレ的にはルプーの方が少し上か。
音質もやっぱりもうひとつ(録音が古いので仕方がないが)。
- マツーエフ(Sacrambow<98>)(8:43*/5:25/4:38)△-○
第1楽章は速めのテンポであっさりしている。
展開部ももう少し畳み込むような迫力があってもよいと思うが、巨漢に似合わず意外と軽め。
またときどき細部で微妙にテンポが不安定に感じられるところがある。
第2楽章は一転して遅めのテンポだがリズムがやや単調。中間部ではもう少しアチェレランドするなど盛り上がらせたい。
終楽章はノンレガートかつ快速テンポでその指回りは大したものだが、第2主題に入ってもあまり変化がなく、やや一本調子なのが惜しい。
- キーシン(Sony<94>)(13:32/4:12/5:12)△
ダイナミックレンジが大きいのはいいが、録音のせいか強音で音があまり美しくない。金属的というか叩きつける感じ。
ししばしば現れるpからの突然の強打も音がデカ過ぎて、ものには限度があるだろ、みたいな感じ。
またアシュケナージと同様、第1主題の付点リズムのところでテンポが速まるのは気になる。
また第2主題での歌い方、特にアゴーギクがもったいぶったような作為的な感じがする(メジャーデビューしてからのキーシンにはありがちな傾向)。
第2楽章ではルイス盤などと同じく、中間部の3連符で最初に2音にスラーがかかっていないのが気になる。また全体に音の吟味がもう一工夫欲しいところ。
終楽章は彼らしい常人離れした指回りの冴えを期待したのだが、意外と普通で、ちょっとカチャカチャした感じ。
第2主題の歌い方もやはりもうひとつだし、リズムが少し変。
- リヒテル(Victor<79>L)(14:17/5:47/5:05)△
のっけからテンポが遅い。
遅いだけでなく、動きがあまりない。特に第2主題部分は自然な呼吸というか歌が感じられず、むしろ息をひそめている感じ。
ただし強弱の差は激しい(激しすぎてキーシンと同じく強打がうるさく聴こえないでもない)。
19番ソナタの第1楽章もそういうところがあったので、これがシューベルトに対する彼の常套のアプローチなのかもしれないが、個人的にはあまり好きになれない。
第2楽章もこれまた遅く、さすがについていけないところがある。
- ツェヒリン(Deutsche Schallplatten<72>)(10:58/4:54/5:08)△
第1楽章はかなり速めのテンポで素っ気無いほどにサクサク進む(エル=バシャ盤と同傾向)。
それはそれでよいのだが、気になるのは第1楽章の付点リズムの部分の処理。もう一つしっくりこない。
技術的な問題からなのか、アーティキュレーションが途中で変わるし、また微妙にテンポが走る(ひょっとして意図的にアチェレランドしている?)。
終楽章も3連符の動きがややぎこちない。少なくとも技術的な安定度で聴かせるピアニストではないと言える。
- T.エルディ(Hungaroton<2002>L)(12:04/4:18/4:58)△
盲目のピアニストは響きに対して非常に鋭敏な感覚を持っている事が多いので、そのあたりを期待して買ったのだが、(潤いの乏しい録音のせいもあるのか)あまり音が美しくなく、やや期待はずれ。(あるいは楽器のせいかも。ちなみにFazioliを使用。)
解釈としてはオーソドックス。ただしダイナミックレンジはやや小さめ(これは盲目奏者にありがち)。
指回りの方がもうひとつパッとしないだけに、そのあたりの美点がないのはつらい。
終楽章の冒頭主題など、もう少し繊細で柔らかい音が欲しいのだが、どちらかというか硬い感じ。
*: 繰り返し省略
未記入盤
- 内田光子(Philips<99>)(14:06/4:08/5:23)
- アシュカール(EMI<2005>)(12:15/4:44/4:55)(ブログ記事)
- T.ホートン(Avi<2005>L)(13:48/4:29/5:32)2005年ルール・ピアノフェスティバルライヴ(ブログ記事)
- シベーヴァ(Brilliang<2008>)(14:33/5:18/5:37)(ブログ記事)
- P.ルイス(HMF<2013>)(13:12/4:00/5:23)◎
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