シューベルト ピアノソナタ第19番ハ短調 D.958
- P.ルイス(HMF<2001>)(10:33/8:26/3:17/9:42)◎
ジャケット→
すべてに満足というわけではないが、今のところ私の理想に最も近い演奏。
テンポ、デュナーミク、フレージングなどどれをとっても的確で、和音も充実している(輝かしく伸びのある音)。
特に第1楽章の展開部のスピード感・切迫感が印象的。
第2楽章は濃密とか思い入れたっぷりとかではなくむしろ端正。
あえて注文をつければ、第1楽章の第2主題はもう少し柔らかく暖かみのある音が欲しい気がするし(彼の音は全体的に硬質系)、終楽章のA主題からB主題への移行句の和音連打部分は左手和音にもう少し迫力が欲しいところだが、いずれも細かい(しかも趣味に属する)話である。
この曲は、他の楽章はよいだけど第1楽章だけがイマイチ、とか終楽章だけがもうひとつ、という演奏が少なくないが、それがなくどの楽章も高い水準を保っているのが良い。録音もgood。
- エゴロフ(Philips<82>L)(10:31/8:19/3:12/7:53)◎-○
第1楽章から響きが非常に充実。
ライヴということもあってか音に緊張感があり、この曲の雰囲気にふさわしい。
一方緩徐部分では音色の変化があり、力強さと情感を兼ね備えている。
第2楽章も弱音が美しい。(この楽章のベストの演奏かも。)
終楽章は演奏時間をみればわかるようにムチャ速い。まさに疾走。ただテンポが速すぎて(特にB主題のところは)あわただしい感じがしないでもない。
それでも1音たりとも弛緩しない集中力は凄まじいものがある。
よくぞこの演奏をライヴ録音していたものである。
残念なのは第1楽章の第2主題の後の右手の16分音符主体のところで指が転ぶ結構目立つミスがあること。それを除けば全体的に目立ったな瑕はない。
- シフ(Decca<92>)(10:59/7:43/3:00/9:23)○
丁寧でかつ情感・力感にも不足しない。
例によって細部までよく考えており、1音1音を大切にしていることがよくわかる。
ただそれによって一部スピード感が失われている感もなくもない。
ややタメが多く勿体ぶった表現に感じられるところもある(例えば終楽章のB主題の盛り上がり部分)。
ベーゼンドルファーの、時代楽器のような鄙びた音も悪くはないが、個人的にはSteinwayのような輝かしい音の方がよかったかなと思う。
(CD録音と同じ頃にNHKで放送されたリサイタルではSteinwayを使っていて、個人的にはそちらの方が感銘度が高い。映像付きということもあるが。)
- ブレンデル(Philips<72>)(7:44/9:06/3:17/8:57)○
アーティキュレーションがはっきりしており、音が明晰。
やや乾いた音というかペダルが抑え目で、16分音符などの細かい動きがよくわかるが、反面やや軽い感じがする。
スピード感やアクセントは十分だが、繊細さや幻想性のようなものにはやや欠けるかもしれない。
(明晰すぎて、もう少しぼんやりしたところも欲しくなるといったところか。)
終楽章ではA主題とB主題で曲想にあまり変化がなく(間も少ないめ)、やや単調になるきらいもある。
なお第1楽章はリピート省略。
- ブレンデル(Vanguard<65>)(7:59/8:11/3:28/9:04)○
72年録音と基本的なコンセプトは変わらない。
スピード感、勢いに満ちている。
全体的に歯切れがよいし、力強さもあるのだが、音にもう少し思い入れがあってもよい気がする。
無造作というわけではないが、ちょっとぶっきらぼうな音の出し方をするところがある。
もっとも録音が古いせいで細かい陰影があまり捉えられていないせいかもしれない。
第1楽章の繰り返しはやはり省略。
- グード(Nonesuch<83>)(10:30/8:22/3:18/9:03)○
ルイスと同じく模範的演奏タイプ。
よく整っているし、ツボも押さえている。
ただルイスほど高く評価しないのはディテールの差か。
特に細かなデュナーミクで少し不満あり。たとえば第1楽章第2主題後の和音連打(82小節目など)は自然にcresc.する感じが欲しいし(指定はないが)、第2楽章の37小節目のdim.も少しタイミングが遅い。終楽章の最初のfz(第8小節)ももう少し強調したいところ。
- ルプー(Decca<81>)(8:20/10:00/2:59/9:40)○
響きをよく吟味していて、特に緩徐部分での表現が巧い。
その意味で特徴が最もよく出ているのが第2楽章。
テンポが非常に遅いが、B主題部では劇的な表現で盛り上げている。(ちょっと遅すぎてついていけない面もあるが。)
まるで第2楽章をこのソナタの中心と考えているかのようである。
ただ終楽章の冒頭などは、ちょっとヌルいかも。
フレーズの頭にタメを作ったり、フッと力を抜いたり、少し勿体ぶったというか、ナヨっとしたところがある。
その意味ではシフと似た傾向がある。
個人的にはスピード感溢れる第3楽章が一番好きである。
第1楽章はリピート省略しているが、音を非常に大切に扱うというイメージのある彼としてはこれは意外。
- リヒテル(Regis<73>)(11:27/8:14/3:32/8:36)△-○
第1-3楽章がもうひとつ。
テンポが遅め(除第2楽章)な上にアゴーギグや音色の変化もあまり付けず、黙々と弾いている感じ。
特に第1楽章の第2主題などは自然な動きや歌に乏しい。
急速な走句などもリヒテルらしいダイナミズムに欠けている。
また録音(あるいは楽器)のせいか、やや金だらいサウンドになっていて、ヌケはよいのだが音的な魅力ももうひとう。
終楽章は一転、キビキビしたテンポで自然な勢いに満ちており、この楽章のベストフォームに近い。
この出来が他の楽章でもあったらよかったのだが。
- プラネス(HMF<95>)(10:40/9:02/3:36/9:00)△-○
楷書的演奏できっちりしているのだが、楽器のせいか音が少し硬い。
もう少し瑞々しさやしなやかさがあればよいと思う。第3楽章は動きも硬い。
全体的に明るさはあるが、デリカシーや繊細なニュアンスには欠けると言ったところか。
極端に言えばmp〜ffだけで弾いている感じ。
第1楽章第2主題など、柔らかい音がもうひとつ。
第2楽章は結尾部(第94小節〜)でやたらとテンポを落とすのが変わっている(あまり説得力があるとは思えない)。
- ポリーニ(DG<85>)(10:47/8:09/3:08/9:00)△
表面的には小ぎれいにまとめられているが、のっぺらしているというかヌルいというか、サラサラと流れすぎてまるでひっかかりがない。
ここはもっとアチェレランドしてとか、クレッシェンドしてとか、そういうところを(極端に言えば)何事もないかのように通り過ぎていく。
全体にダイナミックレンジが狭く、
特に楽譜上に頻繁に現れるfzやfp、アクセントなど記号がしばしば無視されているのはどうしたことか。(たとえば終楽章の8小節目のfz。そのほかにもアクセントを付けているのか付けていないのかわからないくらいの弾き方が多い。)
また第1楽章の第2主題の後の16分音符主体の部分は切迫感・覇気が感じられないし、展開部後半の左手に何度も現れる動機の弾き方もまるで思い入れが感じられない。
聴いていて欲求不満がたまる。
- クリーン(Vox<71>)(8:10/7:34/4:27/10:04)△
全体に音の出し方が大味で細部まで練り上げたという感じではない。
タッチがあまり整っていないところがあるし、悪く言えば「適当なところで切り上げた」ような印象を受ける。
録音のせいか音もボヤっとして魅力に乏しい。
第3楽章はテンポがかなり遅く、曲想に合わない感じ。
終楽章も遅めのテンポでどこかのんびりしていて緊張感に乏しい。
第1楽章はリピート省略。
- プリュデルマシェル(Transart<2001>L)(10:50/7:37/3:20/9:40)△
内声やバスなど左手声部を自然に浮き立たせるところはよく考えているなと思わせるのだが、残念ながら(特に速い走句で)タッチ(指回り)が多少心許ない。
少し押したぐらいではビクともしないような安定感が欲しいところ。
またデュナーミクやアクセントなどのメリハリがもう少し足りない感じ。
終楽章はリズムのノリがもうひとつで、特にB主題部分ではスピード感に欠ける。
全体的にライヴ録音のせいかあるいは楽器のせいか(特別なピアノを使っている)、音の輪郭がボヤっとしている印象がある。
- アラウ(Philips<78>)(11:30/8:20/3:35/9:45)×-△
75歳時の演奏とはいえ、悲しいほどに指が回っていない。
テンポがもっさりしている上に、タッチも上手くコントロールされておらず、凸凹している。
(例えば第1楽章展開部後半の半音階パッセージ。粒が揃っていない。)
終楽章のB主題部分などはもっとぎこちないし、テンポが走ってしまうところもある。
見方によっては下手さの中にも味わいがあるという人もいるかもしれないが、技術的にはアマチュアレベルかそれ以下である。
「巨匠」と呼ばれる人はこのような演奏でも堂々とCDが出せるのだなと思ってしまう。
未記入盤
- シュタイアー(elatus<96>)(11:08/8:43/2:58/9:31)
- ツァハリス(EMI<95>)(11:33/7:51/3:23/9:45)
- ダルベルト(Denon<95>)(11:06/8:29/3:35/8:33)
- 内田光子(Philips<97>)(10:26/8:41/3:39/8:14)
- アンスネス(EMI<2006>)(10:50/7:16/3:18/8:15)(ブログ記事)
- 川島基(Thorofon<2006>)(10:17/8:24/3:13/8:50)◎-〇(ブログ記事)
- リフシッツ(若林工房<2008>)(10:49/9:00/3:08/9:34)(ブログ記事)
- P.ルイス(HMF<2013>)(10:38/8:14/3:15/9:28)◎-〇
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