ピアニストのピーク

 少し前から「ポリーニが変わった」「以前の完璧な演奏から最近はより自然な演奏に移っている」なんて声を聞くようなったが、私に言わせれば若い頃の技巧のキレが老境に入っても続くなんてことはありえない。純粋な運動能力は10代後半から20代がピークであって、楽器を速く正確に弾く運動能力も例外ではない。ただ音楽性や芸の観点からは経験・熟練が必要である。だから私は常々ピアニストは20〜30代がピーク、40代は下り坂、50歳になったら(良心的な演奏家ならば)第一線からは退くべきと思っている。(もちろん例外もある。10代がピークの人も珍しくない。)

 私の一番好きなピアニストであるグールドでも、晩年の演奏を若い頃のものと聴き比べてみると(例えば'57年と'81年のフーガの技法)、残念ながら若い頃ほどのキレがないことがわかる(彼の場合は腕の故障があったからかもしれないが)。彼は50歳になったらピアノはやめると公言していたが(50歳で死んでしまったので本当にそうしたかわからないが)、ある意味で頷けるやり方だろう。

 一般に技巧を売り物にしているピアニストは老い方が難しい。ワイセンベルクは最盛期は驚くべき技巧を持っていたが、腕が衰えた今はほとんど話題に上ることもない(ちなみに彼は1929年生まれだから最盛期と思われる'50〜60年代は彼の20〜30代)。若い頃から徐々に「音楽性」指向に重心を移していくなど、歳のとり方がうまいピアニストもいる。アシュケナージやブレンデルなどはその例だろう。逆にポリーニは「変わった」とことさらに言われるくらいだからあまりうまくないのかもしれない(ちなみ彼は1942年生まれだから彼の最盛期と思われる'70年代は彼の30代)。

 歳をとって技巧が衰えると、過去の演奏、挙げ句はその演奏家自体まで否定してしまう人がいるが、とんでもないことである。歳をとって衰えるのは当たり前。ポリーニが衰えたからと言って、彼の'70年代の輝かしい一連の録音が輝きを失うことはない。一般に技術は歳をとるにつれて衰え、反対に名声は歳を取るにつれて上がっていくのは皮肉なものである(引退直前が一番ギャラ が高い?)。私はなるべくその人の最盛期の演奏を聴きたいと思っている。願わくはCD等の録音は(特に技巧的な曲は)歳をとって名声がピークに達したときではなく、若い頃の最盛期にたくさん残すようにして欲しいものである。

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