(日本国際音楽コンクールピアノ部門レポートその2〜1次予選第2日) 久島です。 第6回日本国際音楽コンクール、ピアノ部門の1次予選第2日(11/13)の 感想です。 本日の出場者は10名。以下各演奏者の感想を(演奏順)。 (なお、出場者は全部で47名、1次予選は5日間にわたって行われる。) 一応、1次の課題曲を再掲しておきます。 (1) バッハの平均律第2巻13番 嬰へ長調 (2) モーツァルト:幻想曲 ハ短調 K.396 (3) ショパン:エチュードから1曲 (4) 以下の作曲家のエチュードから2曲 リスト、ドビュッシー、スクリャービン、ラフマニノフ、バルトーク、 ストラヴィンスキー (ただしリストは超絶技巧練習曲のみ、ラフマニノフは前奏曲も可) 1. ドミトリ・クリヴォノス(ロシア、21歳) やや大柄な男性。手が大きそうだ。 バッハはプレリュードがよい。これまでで一番よいだろう。フーガでは少しミス。 モーツァルトは情感をこめており、弱音がきれい。音楽性が感じられる。 ショパンはOp.10-1。これもよい。余裕があり、途中の音もくっきり出している。 終わりの方で(右手の)1往復をノン・レガートで弾いたのが印象的だった。 次はドビュッシーの第5番「オクターブのための」。これもよい(こればっか。 ボキャブラリーが貧困だ。)手が大きく、オクターブの弾き方に余裕がある。中間 部のクライマックス(ダブルオクターブの少し前あたりから)では手の動きが速く て見えない(または残像しか見えない)ところがすごかった。 最後はラフマニノフの音の絵Op.39-1。これはまあまあというところ。迫力はあるの だが、高音部をもう少し音をクリアに出してほしい気もした。 全体的には、音楽性とテクニックを兼ね備えており、これまでの出場者の中では 一番よいと思った。ロシア的スケールと言うところか。 2. オラフ・ラネリ(イタリア、24歳) 彼は去年の浜松国際コンクールにも出ており、よく覚えている。小柄で愛嬌のあ る顔(失礼)をしているが、演奏はなかなかだったという記憶がある(上までは 行けなかったが)。 最初はモーツァルト。あっさりしており、音が軽やか(ちなみにピアノはKAWAI)。 次のバッハはプレリュードもフーガも非常にゆったりとしたテンポ。フーガでは ときどきある声部を浮き立たせたりして個性的な演奏である。次はラフマニノフの Op.39-1。これもまあまあ。次はリストの超絶第10番。よく弾けているのだがや や迫力に欠ける。最後はショパンのOp.25-6。これはなかなかよい。 全体的には、力強さとか迫力ではなく、音楽性や個性で勝負するタイプという感じ。 ただそれが飛び抜けているかとうと、そうでもないのがちょっと苦しいところ。 3. イ・ヨンキュ(韓国、22歳) バッハが素晴らしかった。軽快なテンポの中にも、強弱、アーティキュレー ション、タッチなどあらゆる手練手管(失礼)を使って変化を付けている。安定感 もあり、ほとんど鍵盤を見ないで、虚空を見つめて演奏する姿は余裕を感じさせる。 いままでのバッハとは1クラスレベルが違うという感じ。もちろんこれまでで1番 よかった。 ショパンはOp.25-6。非常にテンポが速い。多分いままで実演で聴いた25-6中で最高 に速いだろう。しかし音はしっかりしている。ただ、音が少し強すぎるのではない かと思った。sotto voce(やわらかく小さな音で)という指定を多分に無視してい るかもしれない(この曲はささやくような音で弾く方がすごみがある)。 残りはラフマニノフの音の絵Op.39-5とスクリャービンのOp42-5。これらもうまかっ た。 全体的には、テクニックと音楽性を兼ね備えており、非常によい。バッハの分だけ 最初のドミトリ・クリヴォノス君より上ではないか。さすがにブゾーニコンクー ル優秀ファイナリスト、ロン・ティボーコンクール4位だけのことはある。 (ちなみにドミトリ・クリヴォノス君もブゾーニコンクールのファイナリスト。) 4. 松岡淳(日本、25歳) ここからなんと日本人が6人続く(少し憂欝)。ちなみ演奏は名前のアルファベッ ト順。バッハは、プレリュードはゆっくりとしたテンポで、なかなかよい。が、 フーガでは少しミスが多かった。 モーツァルトはなかなかセンスがある。特に中間部がよい。残りのエチュードは ショパンのOp.10-4とラフマニノフの音の絵Op.39-3とスクリャービンのOp.8-12 「悲愴」。いずれもまあ普通の演奏といったところ。 全体的には、悪くはないのだが、これといった特長がなく、インパクトに欠ける。 5. 水村さおり(日本、24歳) バッハがよい。装飾音が少し凝っており、しかも見事に決まっている。モーツァルト もよい。さすが日本モーツァルトコンクール2位、国際モーツァルトコンクールディ プロマ、と思っていたら、途中の何でもないところであやうく止まりそうになった。 突然頭が真っ白状態だったのか。 ショパンのOp.10-8は粒が揃い、細かい表情も付いていて完成度が高い。ドビュッシ ーとリストのエチュードもまずまず。 全体的には、手慣れた感じがあり、非常によいと思う。技術も十分にある。 6. 南雲竜太郎(日本、27歳) 彼は4年前の第1回浜松国際ピアノコンクールに出ており、そのときは見事4位を とった。そのときは私も見に行ったのだが、確かに若さにあふれる好演をしていた。 しかし一昨年の日本音楽コンクールでは本選出場ならず、最近は少し伸び悩んでい るのかもしれない。 バッハとモーツァルトは平均的なところ。ショパンのOp.10-10はややルバートが 多い感じ。リストは超絶第8番「狩」。なかなかよいのだが、難所と思われる、後半 の右手のオクターブの跳躍ではぐっとテンポを落とし、さらに少しハズしたのが 惜しかった。最後のラフマニノフ音の絵Op.39-6はなかなかよい。 全体的にはやはり少しインパクトに欠けた感は否めない。悪いわけではないが。 7. 中川朋子(日本、25歳) バッハとモーツァルトはよく覚えていない。ショパンのOp10-4はところどころクリア でない音がある。ドビュッシーのエチュード第12番「和音のための」は、肝心の 和音があまり力強くない。この曲は手の小さい人には不向きなのではないかと思う。 最後のラフマニノフ音の絵Op.39-1も、音がクリアでなく、和音がよく聞こえない。 全体的には打鍵の力強さや確かさなどに不満が残った。 8. 中井恒人(日本、26歳) バッハはペダルが多く、左手がよく聞こえない。モーツァルトは普通といったところ。 ショパンのOp.10-10は途中の2小節の、右手は急速な上昇下降音形でイマイチ音が はっきり出ていないが、あとはまあまあ。残りのラフマニノフOp.39-6とスクリャー ビンOp.8-12「悲愴」は非常に良い。ピアノがよく鳴っており、余裕がある。 全体的には最後のエチュード2曲で盛り返したという印象。 9. 中尾純(日本、22歳) 彼はおととしの日本音楽コンクールの3次予選で見ており覚えている(そのとき弾 いた「クープランの墓」の中のトッカータは、スピード感、迫力とも鬼気迫るもの があり、これまで実演で聴いたトッカータでは最高だったと思う。ちなみこのとき 3位入賞。)小柄ながら指の動きがよいという印象を持っている。 モーツァルトではその指の動きのよさが出ていた。速めのテンポで、長調になった ところの3度での急速な上昇などのキレがよい。 ショパンはOp.10-1、ドビュッシーは5番「オクターブのための」。これらもまあま あ。最初のクリヴォノス君と同じパターンになったが、彼ほどではないか。(比べ られて少し損。)最後のラフマニノフ音の絵Op.39-9はよかった。 全体的には、圧倒的な技巧を見せつける、というところまではいっていないが、技術 は確かである。スケールが少し小さいかと思わせないでもない。 10. ドミトリ・ネステロフ(ロシア、29歳) 大柄で少しこわもての男性。バッハでは左手をちゃんと目立たせ、特にフーガでは 左手の16分音符の音形をスタカートで弾いているのが私の好み(これをやったのは 今迄では彼だけ。)だがときどきテンポが走るところが安定感に欠ける。 次はショパンのOp.10-10。速い。が、例によって途中の右手の上昇下降部分はやはり クリアでない。モーツァルトは個性的な解釈でおもしろい。まさに幻想的、即興的 で自由な感じがし、中間部がえらく速い。おそらく楽譜の指定は無視しているだろう。 最後はリストの超絶第10番。冒頭の両手の交互の和音をいきなり(最初失敗したと 思って)引き直したのは驚いた。すごいスピードかつ自由な演奏で、多少の音の はずしは気にしないといった感じ。演奏後、隣にすわっていた人が「メチャクチャで すね」と私に話かける。演奏は「メチャクチャ」というほどひどくはないが、確かに 個性的で爆発していた。 最後に、今日の中で、2次で是非また聴いてみたいと思ったのは 1. ドミトリ・クリヴォノス 3. イ・ヨンキュ 5. 水村さおり の3人。全体しては昨日よりも好調であった。