第4回浜松国際ピアノコンクール1次予選第4日(11/16)のレポートです。
今日の演奏者は17人。 以下、各演奏者の感想を。


82.タチアナ・チトーヴァ(ロシア、20歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ短調
  Beethoven: ソナタ第18番 第1楽章
  Liszt: ハンガリー狂詩曲第10番
Bachはロマンチックだがややもっさりした感じ。フーガも同じ陰鬱な雰囲気(曲に合っているんだけど)。 だが表情のつけ方が少しわざとらしい感じがする(よく努力しているのはわかるがセンスに欠ける?)。 Beethovenも速い走句やトリルでの指回りの安定感、明晰さに欠け(特に前半)、もうひとつ。 Lisztは出だしの和音とスケールのところで音が濁っている。 その後の和音などでもLisztらしい音の輝かしさの面で不満。 フリスカに入ってからはグリッサンドもきれいでよくなってきたが、全体の印象を覆すまでには至らない。


6.チョン・ユン(韓国、23歳、男性)

  J.S.Bach: 第2巻ニ短調
  Haydon: ソナタHob.XVI-48
  Rachmaninov: 音の絵Op.39-6
彼は珍しくSteinwayを選んでいる(私が聴いた中では初めてかも)。 Bachのプレリュードはストレート系で指回りもまずまず安定している。フーガはゆったりめのテンポだがよくコントロールされている。 特に印象に残る演奏というわけではないが、悪くない。 次のHaydnも指回りというか技術が安定。 やや硬質の音だが悪くない(なぜ他の人がほとんどSteinwayを選ばないのかよくわからない)。 一分の隙もない感じで非常に完成度が高い。 ただ彼の呼吸音が大きいのが気になると言えば気になる。 第2楽章も悪くないが、急速楽章なのでもう少し溌剌とした躍動感やダイナミックさを出してもよかった。また(厳しくみれば)ややclarityを欠くところもある。 最後のRachmaninovも落ち着いたテンポをとり、その分音をしっかりくっきり出している(悪くない)。 中間部(赤頭巾ちゃんが狼から逃げる部分?)の弾き方に多少違和感があったが。
全体的に技術的安定感がある。 彼も(私の中では)「2次に行けそう」組である。


34.バタング・コダナシビリ(グルジア、22歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
  Beethoven: ソナタ第23番「熱情」第1楽章
  Chopin: 夜想曲第13番
Bachのプレリュードはペダルを多用した優美な音だがclarityを欠く感じがしてあまり私の好みでない。 フーガもペダルのせいか、ホールエコーのせいか音がモゴモゴしがち(きっと録音を聴くとまた印象が違うんだろうけど)。 でも指回りは安定していそうである。 次のBeethovenがよかった。 今回これまで聴いた熱情の中では一番よさそう。 様式に合っていて(ツボを押さえている)、それでいて微妙なニュアンス、陰影、力強さもある。 音をよく吟味しており、KAWAIのよさをよく引き出している。 (一瞬ヒヤリとするところもあったが)よい意味で模範的である。 (今年の音コンの津島君もこれくらい弾けていれば3次で落ちることもなかったかも…。) 最後のChopinも音がよい。 KAWAIを選んだ訳がわかるような音である。 心にしみる感じ。 中間部の盛り上げ方は非常に印象に残った。
彼もまず2次に行けるだろう。2次が楽しみだ。


83.上原彩子(日本、20歳)

  J.S.Bach: 第2巻イ短調
  Beethoven: ソナタ第6番 第1楽章
  Chopin: スケルツォ第3番
Bachのプレリュードはゆったりしたテンポで流れるようなレガート。ちょっと大人しい(日本らしい奥ゆかしさか)。 フーガは一転鋭い打鍵。落ち着いた足取りながら指回りはしっかりしており悪くない。 相当さらってあるという感じだ。 Beethovenも端正な音。ただ1音1音をしっかり出そうとしているのはよいが(特に第2主題で)ややリズムが重い。 個人的にはもう少し軽快感があってもよい。 全体的に自発性があまり感じられない(真面目すぎる?)。 最後のChopinも、よく弾き込んではいるが、音がやや硬いのが気になる。 中間部で音色の変化があまりないのも少しつらい。 ファンタジーがあまり感じられない(このあたりは勉強して会得するというより持って生まれたセンスの問題かもしれない)。
全体的に立派な演奏ではあるのだが、ちょっと行儀が良すぎるというか堅苦しさが残るというか…。


57.ポン・ボー(中国、26歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ト短調
  Beethoven: ソナタ第21番「ワルトシュタイン」第1楽章
  Brahms: パガニーニ変奏曲 第2巻
Bachは全体に淡白な味付けで、無造作というわけではないが、あまり神経質にならない。 Beethovenもインパクトはないがまずまず悪くない。 彼女もKAWAIを弾いているが、KAWAIの音はBeethovenに合っているような気がする。 ただ、サッと流れすぎて細部に対するこだわりがなさ過ぎる感じがなきにしもあらず。 最後のパガニーニ変奏曲も、雑とまでは言わないが、何か(同じ曲を繰り返し弾きすぎたために)曲に対する新鮮さや集中力が減ってきている(擦り切れた)ような感じがする。 これは彼女の演奏全体にいえるかもしれない。 こちらの(聴く方の)集中力も切れてしまった。


8.アリア・クレメンティ(イタリア、25歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ短調
  Mozart: ソナタ第6番K.284 第1楽章
  Chopin: スケルツォ第4番
Bachのプレリュードはタッチがよくコントロールされている。これは期待できそう。 明晰な音でかつ歌っている(機械的にならない)。 フーガもキビキビしていて技術的に極めて安定。 この曲の理想的な演奏の1つといえる。 Mozartも溌剌として推進力がある。 音もしっかり出ていて、Mozartだからといって変に抑制しない。 (昨日のカプリンのようにある意味で道を極めた人は別として、普通の人はこういう路線の方がよいのではないかな。) 最後のChopinもよい。 主題の急速連続和音もその後の右手の細かく急速な動きも上手い。 特に素早いスケール的な動きの滑らかさはまさに流れるようで特筆に価する。 欲を言えばもう少し音色の変化があってもいいか。音にまだ硬さが残る。
彼女も2次へ行く資格十分にあり、である。


38.リ・ヒョ ジョ(韓国、15歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻ホ長調
  Beethoven: ソナタ第4番 第1楽章
  Chopin: スケルツォ第2番
15歳の女の子らしいかわいらしい(子供がよく発表会で着るような)衣装で登場。 椅子の高さを調整するハンドルをなぜか自分で回せなくて(固かった?)、係りの人に回してもらったのが微笑ましい。 Bachのプレリュードはレガート主体で優しい音。アゴーギクもつけてロマンティック。 フーガは躍動感があり指回りも安定(やはりホールエコーで細部が聴きづらいが)。 Beethovenも速めのテンポで推進力がある。 第2回浜松コンでの、同じく韓国のチョ・ジェヒョクの演奏を思い出した。(彼もこの曲で素晴らしい演奏をしたんだけど、でもなぜか1次で落ちてしまったんだよね…。) 彼に比べると明晰さと完成度の点で多少負けるが、それほど遜色ない。 ホールエコーのせいもあるのかやや和音が濁る感じもあるが。 15歳でここに出る(しかも既に2つの国際コンクールの優勝経験がある)だけのことはある。 最後のChopinは和音強打で音が硬い(割れる)。さすがにこういうところでは肉体的なハンデを感じさせる。 中間部の後半もフォルテで攻めすぎ。もう少し強弱のメリハリ(息を抜くようなところ)があった方がよい。 悪い演奏ではないが印象に残るというほどではなかった。


84.宇宿真紀子(日本、20歳)

  J.S.Bach: 第2巻変ロ長調
  Mozart: ソナタK.400
  Albeniz: トゥリアーナ
Bachはわりとストレートな音の出し方でやや一本調子な感もあり。 タッチがどことなく不安な感じもする。 Mozartはあまりなじみがない曲(通常の18曲のソナタ以外から選ぶという手もあったのか…)。 指回りの安定性がもうひとつでやや平凡。 今年のニコライ・ルービンシュタインコンクール第3位だそうだが(明らかに悪いというわけではないが)どこがそんなにいいのかよくわからなかった。 特に聴かせるところもなかったようにみえる。 最後のAlbeniz(ロマン派でない気もするが…)も、技術的な面(技巧の鮮やかさ)でも音楽性の面でもあまり感心しなかった。 キレがもうひとつでちょっとだらしなく聞こえる。


35.カレン・コルニエンコ(ロシア、26歳、男性)

  J.S.Bach: 嬰ハ長調
  Beethoven: ソナタ第23番「熱情」第1楽章
  Chopin: バラード第1番
かなりの長身で、手も大きそう。 '97年のRachmaninovコンクールで優勝しておりちょっと期待できそうである。 Bachのプレリュードは体に似合わず(?)控えめな表現でやや窮屈そう(マリア・クレメンティの方が好み)。 フーガはストレート系でちょと危なっかしいところもあるが基本的にはまずまず。 でもBachには向いてないような感じがする。 Beethovenはコダナシビリの佳演を聴いた後だと(無造作とは言わないが、ポン・ボーのように)やや擦れているような感じがする。 最後のChopinが彼の資質に一番合っている。 ファンタジー、歌があって聴かせる。
全体的にはBach, Beethovenではやや期待はずれだったが、Chopinでは盛り返した。 確かにロマン派やRachmaninovに向いていそう。 2次以降は(賢明にも?)Bachも古典派も弾く予定はないようなので結構期待できるかもしれない。


25.イリーナ・ケレベーフ(カナダ、19歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻ロ短調
  Haydn: ソナタHob.XVI-41
  Chopin: 舟歌
Bachのプレリュードを恐る恐るといった感じで始める。ゆっくりしたテンポだが指の動きがやや不安定。フーガは決然としたアーティキュレーション。 可もなく不可もなくといったところ。 Haydnはあまり聴き慣れてない曲だが基本的には悪くない。指回りは安定。 しかし(睡魔に襲われていたこともあって)特に印象には残らなかった。 Chopinも悪い演奏ではなかったがこれもあまり印象に残らなかった(眠たかったせいもある)。少なくとも昨日の松井さんよりはよさそう。


75.ユメト・スエナガ(フランス、19歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻へ短調
  Haydn: ソナタHob.XVI-49 第1楽章
  Brahms: パガニーニ変奏曲第2巻
名前と顔立ちからすると日系人か。 Bachのプレリュードは音がよくコントロールされている。トリルが均等音符割りだがなかなかに悪くない。 フーガは弱音主体でヴェールをかぶったような音。基本的にまずまずコントロールされている。 ただ主題をもう少しきれいに浮き立たせたらと思うところもある。一瞬ヒヤっとするところも。 Haydnはこれも優しい音。タッチの安定性がもうひとつのところもある。 強弱をもっとつけた方がよい。悪く言えば気が抜けた感じ。 彼はあまりテクニシャンという感じでないと思ったが、果たして最後のBrahmsは弱いところだけが目立った。 主題からしてキレがない。 申し訳ないが、後はただただ弾き終わるのを待っていた。 これでも'96年にどこかの国際コンクールで2位になっているんだけど…。


23.パウリ・カリ(フィンランド、24歳、男性)

  J.S.Bach: 第2巻変ニ長調
  Beethoven: ソナタ第8番「悲愴」第1楽章
  Liszt: メフィストワルツ第2番
彼は珍しくBosendorferを使っている。 最初のBachのプレリュード(アルトニコル写本の稿)はアレグロ部の安定性がもうひとつ。 フーガはクライマックスとも言えるアルトとバスでの主題の拡大形があまり出ていないのはマズいだろう。 Beethovenでは最初のフォルテ和音を聴いて、なぜ他の人がBoesendorferを選ばないのかわかるような気がした。 言葉で形容しにくいが、あまり美しい音とは(少なくとも私には)思えない。 解釈的には問題ないが、指回りがもうひとつ。フレーズの語尾があいまいになりがち。 Lisztはメフィストワルツの第2番の方を弾くとは珍しい。(コンクールでは初めて聴く。しかも彼は2次では第3番、3次で第1番を弾く!)。 しかし予想通りというか、あまりよくない。 主題の細かい走句の明晰さがもうひとつ。 この曲はCDではこれといった演奏がないので良い演奏だったら買おうと思っていたのだが、その気にさせる演奏ではなかった。 (今回メフィストワルツ第3番を聴けることはなさそうである。)


2.フョードル・アミーロフ(ロシア、19歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻ト長調
  Beethoven: ソナタ第16番 第1楽章
  Chopin: 幻想曲
いよいよ噂のアミーロフ登場である。お手並み拝見といった感じ。 椅子にすわるといきなりBachを弾きだす。プレリュードは意外なほど落ち着いたテンポで、基本的に非常にストレートな演奏。 フーガはスタカートを用いて、テンポこそそれほど速くないがキビキビした感じ。 変化もつけているが基本的にあまり小細工しないタイプである。 Beethovenは強弱の差が大きいが、KAWAIの音があまりきれいに響かない。 やや叩きつける感じがある。 テクは確かにありそうだが、少し雑な感じのところもある。 (もしChopinコンクールが今と同じような出来だったのなら、2次で落ちても不思議はない感じである。) 最後のChopinは音の出し方が割とストレート。 スケールは大きいが結構まともな演奏で強い個性は感じない。 音はどうも私の好みでないが、テクはたいしたもの。 ここへきてその才能の片鱗を示した。 とにかく(ポテンシャルを含めて)テクがすぐれていることだけはわかった。 ただ少し聴き疲れのするタイプかもしれない。


68.イディシャー・サヴィトスキー(グルジア、24歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
  Mozart: ソナタ第18番K.533 第1楽章
  Wagner/Liszt: イゾルデの愛の死
思ったよりずんぐりむっくりした人である。 Bachはまずまず水準以上(例によって前回のモロゾフの演奏を聴き慣れていて、それに比べるともっと微妙なニュアンスを求めたくなるが)。 Mozartもニュアンスに富んでいる(表情つけすぎ?)。 音色、強弱の変化が大きい。 軽いタッチでの指回りが気持ちいいほど安定している。 最後のLisztもよい。 格調が高く、下品にならない。 聴かせる術を持っている。クライマックスのところは思わずゾクゾクッとした。
彼も2次でまた聴きたい人である。


76.鈴木弘尚(日本、22歳)

  J.S.Bach: 第2巻嬰へ長調
  Haydn: ソナタHob.XVI-32 第1、3楽章
  Liszt: ハンガリー狂詩曲第12番
'95年の日本国際コンクールに出ていて、私にとってはおなじみの鈴木弘尚君である。 BachのII-13はそのときの課題曲でもある。 すっきりした音でストレート系。 左手もときに強調したりしてよく考えいてる。完成度が高い。 Haydnはひとことで言うと真面目。やや堅苦しい気もするが悪くない。 Lisztはこれも'95年のコンクールで弾いた曲。 最初から音がデカい。 でもデカくするより磨いた方がよい気がする。 最初から最後までちょっと力が入り過ぎというか、緊張を強いる演奏と言える。 本来ラプソディーという即興的な曲のはずが、隙のない芸術作品になってしまっている気がする。 遊び心がないというか。 最後の追い込みはなかなかの迫力。でも重音のところははやりもう一つだった。 個人的には昨日のマリア・キムの方が好きである。 でも、今回これまで聴いた日本人の中では一番良い(つーか他の人が低調過ぎ)。 (ホームタウン・ディシジョンというのもあるので)間違いがなければ2次に進めるだろう。


45.ロリータ・リソフスカヤ(ロシア、21歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻イ短調
  Mozart: ソナタ第6番 第1楽章
  Chopin: アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ
Bachのプレリュードは思い入れのない弾き方。フーガも力強いがあまり洗練された感じでない。ちょっと田舎くさい。 Mozartは指回りはまずまずだがツボを押さえていないというか何か表面的。 マリア・クレメンティの方が良かった。 Chopinはポロネーズの部分でリズムがなっていない。 タメがなくインテンポで弾き進んでいく感じ。 弾き急ぐというか、時間に追われているかのように急いで弾き終わろうとしているみたい。 そのせいで細部の処理が甘くなるところも散見される(速いテンポにもかかわらずほとんど弾けているところはすごいが)。
彼女も'96年ニコライ・ルービンシュタインコンクール第1位ということで多少は期待したが失望した。 (宇宿さんのこともあり、このコンクールはあまりアテにならないのか?)


28.アンナ・ハーニナ(ロシア、22歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻変ホ長調
  Mozart: ソナタ第17番 第1楽章
  Chopin: スケルツォ第1番
Bachのプレリュードは速めのテンポで淡々としている。 ややタッチが不安定で明瞭さを欠く。 フーガはアーティキュレーション設定がなかなかよい。 キビキビして不安定さはなかった。 Mozartはまた指回りの不安定さが出てきた。 素早い走句での粒立ちが不明瞭。 テンポが走るところもある。 最後のChopinもテンポが速くセカセカしている。 タメがなく弾き急ぐ感じ。 (これが日本の先生なら絶対「矯正」されそうである。) 前の人と同じく、そのテンポでもほとんど破綻なく弾く指回りはたいしたものなんだけど…。 中間部は逆に特に速いテンポでなく工夫がないのでややモタレ気味。
彼女も'97年ショスタコーヴィチコンクール第1位なんだけど…期待はずれ。


***

というわけで1次の4日目を聴き終えた。 今日聴いた中では

  バダング・コダナシビリ
 イディーシャ・サヴィトスキー
の2人がなかなかよかったな(CDは購入しなかったが。これは演奏曲の好みも関係するので)。あと
  チョン・ユン
 マリア・クレメンティ
 カレン・コルニエンコ
 フョードル・アミーロフ
も悪くない(多少今後の期待を込めた人もいる)。 鈴木弘尚君も2次に進めると思うが、どんな音楽になるのかだいたい予想がつくのがアレではある。 inserted by FC2 system