第4回浜松国際ピアノコンクール2次予選第1日(11/18)のレポートです。

2次予選の課題曲は以下。これを50分以内で(ちなみに前回は40分だった)。

  1. Chopin: Op.10またはOp.25から1曲
  2. Liszt, Debussy, Scriabin, Rachmaninov, Bartok, Stravinskyのエチュードから2曲(異なる作曲家から)
  3. Schubert, Mendelssohn, Chopin, Schumann, Liszt, Brahms, Franck, Faure, Debussy, Ravelの作品から1曲ないし数曲
  4. 野平一郎: ピアノのための響きの歩み
これは前回と(委嘱作品と制限時間以外は)まったく同じである。

第1日の演奏者は9人。以下演奏順に感想を。なお曲は演奏順に並べてある。


31.菊地裕介(日本、23歳)

  Chopin: ソナタ第2番
  Chopin: Op.25-6
  Scriabin: Op.42-5
  Debussy: 装飾音のための
  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Ravel: スカルボ
'94年音コン2位の菊地君である(そのときの演奏は清潔感のある確かな技術があって結構好きであった)。 聴くのはそれ以来だがどのような成長したか(しなかったか)期待と不安が混じる。 最初のChopinのソナタはあまり力んでいないというか、すっきりと端正。 ダイナミックレンジがもう少しあった方がよいかも。 昨日のレフコヴィッチと比べると自己主張の強さの差がよく出ている。 うねるような、ロマンチックなところは少なく、むしろ古典派的というか整っている。 第2楽章の緩徐部分もとろけるような甘い感じではなく、節度を保っている。音色の変化もあまりつけない。 葬送行進曲の緩徐的なトリオ部分も左手が正確にリズムを刻んでいる感じ。 折り目正しいChopinであった。 25-6は印象付けるほどではないがまずまず。 42-5はテンポが速めでインテンポ感がある(彼の特徴はインテンポ感かも)。 あまりアゴーギクを付けず、すっきりしている。ロシア的雰囲気はない。 緩徐主題の歌い方など素っ気ないほど(これはこれで面白いかも)。 終盤もあまり音を大きくしない。やはり清潔感のある演奏。 野平の委嘱作品は予想通りの雰囲気の曲。今回はいつにもましてわけのわからない曲だった。 いつものように特にコメントはしない(できない)。 (外国のコンクールの委嘱作品には、同じ現代曲でももっとビートが利いて楽しめるものもあるんだけど…。) 最後のスカルボlは、それほど悪くはないが特に印象に残る演奏でもなかった。
全体的には、筋のよい技術は悪くはないが、この浜松コンではそれが特徴になるほどでもなく、あまり印象に残る演奏でなかった。


73.ソン・シフェン(中国、18歳、男性)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Chopin: Op.10-2
  Debussy: 装飾音のための
  Rachmaninov: Op.39-9
  Brahms: 4つの小品Op.119
  Liszt: ダンテを読んで
Op.10-2はかなり速くて勢いがある。 特に左手が元気で躍動感がある。 右手の動きの安定性は、やはり決して満足できるものではないが、全体的には悪くない。音楽的である。 Debussyは菊地君に比べるとゆったりとした感じで音色も優しい。温かみがある。 次のRachmaninovはDebussyが終わるやいなや始める。 非常にダイナミック(音がデカい)。 でもあまり力任せにするより音の輝きやclarityを増した方がいいと思う。 でも前の曲からの流れが対比的で悪くない。 全体に自然の流れを大切にするタイプという感じ。 Brahmsは苦手な曲なのでコメントなし(笑)。 個人的には特に印象の残る演奏ではなかった。 最後のLisztは激しい。 Allegro部はスピード感に満ち、ダイナミック。特に終盤は白熱。 ただ少しミスが目立ち、多少空回りしている気がしないでもない。 (そう考えると、音コンの津島君のダンテもややミスが多く、空回りしていると感じた審査員いたのかもしれない。) あと個人的には(Brahmsでも感じたが)音にもうひとつ魅力が感じられない(Lisztらしいヌケのよい輝きのある音)。 ともかくも彼の*熱演ぶり*は印象に残った。 あくまで醒めた菊地君とは対照的である。 でもやっぱりハートは熱く、頭はクールに行きたい。


80.エヴゲニー・チェレパノフ(ロシア、16歳、男性)

  Schmann: クライスレリアーナ
  Chopin: Op.25-12
  Rachmaninov: Op.33-4
  Scriabin: Op.8-12
  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Liszt: メフィストワルツ第1番
メガネをかけており、横顔がちょっと(CDジャケットで見た)D.Shostakovich Jr.に似ている。 最初のSchmannは技術的に安定。 特に個性的とかキラリと光るセンスのようなものは感じないが、ケレン味がなく整っている。 音をわりあい美音系。 もう少し透明感がほしいというか、多少音ヌケの悪いところあるが(KAWAIあるいはSchumannの音楽のせい?)。 25-12と33-4はまずまずオーソドックス。特に印象に残るわけではないが。 8-12は音に輝きがあってよい。標準以上の出来。 うねるようではないが格調が高い。 最後のLisztは主部に入る前になんとベル。確かに時間を過ぎていた(多少のオーバーは許されるが、さすがに後10分もあるとね)。 Schumannに少し時間をかけすぎたような気がする。 1曲がほとんど弾けなかったとなると、プログラム構成に問題ありとみなさざるを得ないだろう。
全体的にはそれほど悪い印象はないが、もうひとつ決め手に欠ける。


5.エヴェリーナ・ボルベイ(ロシア、24歳、女性)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Rachmaninov: Op.39-6
  Chopin: Op.25-6
  Chopin: アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ
  Liszt: 鬼火
  Schubert/Liszt: 糸を紡ぐグレートヒェン
  Liszt: メフィストワルツ第1番
上半身が黒のシースルーのちょっとセクシー?な衣装で登場。 39-6は音の透明感がもうひとつ。キレもそれほどでもない。 中間部の和音が濁っていてdullな音。 はっきり言ってあまりよいとは思わなかった。 25-6も輪郭がぼやけた感じ。 ポロネーズも、一昨日のリソフスカヤほどではないがリズムのタメが少ない感じ。 急速な細かい動きのキレ、明晰さも今ひとつ平凡。 そして相変わらず輝きの乏しい、浅い、dullな音。(こういうのは日本人の専売特許かと思っていたがそうでもなかった。) こういう音色が好きな人もいるだろうし、公平に言えば、私の趣味でない。 鬼火は重音がまずまず上手く弾けていたのは評価できる。 出だしの半音階上昇もまずまずだった。 ただ終盤も盛り上げ方など音楽面でもうひとつ感動がない。 グレートヒェンは(曲がいいからか)基本的に悪くない。暖色系の音がここでは合っているのかも。 ただクライマックスはもう少し盛り上げてもよかった(ダイナミックレンジに関して)。 最後のメフィストも技術的にも音楽的にも平凡な出来(1次の最初に聴いたシュ・ホンの方がまだ好み)。 あるいはもう彼女の音に対する拒否反応が出てきているためかもしれないが。
正直言って今日は昨日のハイレベルがうそのように、これといった演奏に出合っていない。


27.オルガ・ケルン(ロシア、25歳、女性)

  Chopin: Op.10-1
  Rachmaninov: Op.39-9
  Liszt: 鬼火
  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Schumann: 子供の情景
  Liszt: ドン・ジョヴァンニの回想
10-1は速めのテンポながら流れるようで良い。音楽的で、思わず聴いている自分の体が合わせて揺れる。 これは期待できそう。 39-9は重厚。かなり自由というか個性的なアゴーギクを付けている(彼女の特徴といえる)。 和音がもう少しきれいに響くといいが。 鬼火は左手に躍動感があって前の人よりよい(少なくとも私の好み)。 重音はperfectとは言えないが何より音楽が生きている。 終盤の手の交差するところ(交差して弾かない人も多い)はもうひとつだったが。 次の委嘱作品も、わけのわからないなりにも聴く気にさせるような演奏。リズムが良い気がする。 音もコントラストがあってよい。 かなり音楽的才能もある人という感じがする。 Schumannも(すでに彼女の音楽を信用しているので)安心して気持ちをゆだねて聴けた。 最後のドンファン幻想曲は出だしの音が重厚。 また「お手をどうぞ」の主題の歌い方というかアゴーギクが個性的で面白い。 技術的には水準以上だろう(といっても浜松コンではこの曲は初めて聴くが^^;)。 ただ(鬼火でもわかるように)ピロジェンコやガヴリリュクのようなテクニシャンというタイプではない。 その意味で彼女の技術的限界を見た感もあって(特にシャンパンアリアのところ)、少し複雑な気分である。 でもこれまでの5人のうちでは一番よいと思った。


85.マリアンジェラ・ヴァカテロ(イタリア、18歳、女性)

  Liszt: 吹雪
  Chopin: Op.25-11
  Rachmaninov: Op.39-5
  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Schumann: 幻想曲
去年のリストコンクール2位ということで、多少期待できそうである。 吹雪はかなり小さい音で始めるが、何か打鍵に自信がないように感じる。 ミスも結構あり(派手にはずしたところもあり)、はっきり言って平凡な出来。 このくらいなら音コンの2次でも聴けそう。 あまり期待できなくなってきた…。 25-11もイマイチ。 テンポは速いが音に張りがなく、タッチも明晰さを欠く。 和音にも魅力がない。 どうしてこれで2次に来られたのか、1次はよかったのかそれとも単に審査員がボケだったのか。 後はもう集中して聴く気がなくなったが、一応書くと、39-5は途中で失笑したくなるようなミス(それでも他の曲ほど悪くないが、やはり音に魅力がない)。 野平の曲を聴いても、彼女の音がフニャフニャして芯がないことがわかる。 Schumannのファンタジーも、この平板な音はなんとかならないのかと、ただただ終わるのを待っていた。 (あと、力が入ってくるところでは妙な呼吸音?が気になった。始めはだれかがいびきをかいてるのか見回してしまった…。)
なにか1次(の最終日)の方がレベルが高かった感じである…。


52.奈良希愛(日本、27歳)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Chopin: Op.10-4
  Bartok: Op.18-2
  Liszt: 野生の狩
  Schumann: ソナタ第3番
今年のシューマンコンクール1位だった奈良さんである。 10-4は重厚というかちょっと厚ぼったい音(響き多め)だが、技術的な安定感(ちょっと押したくらいでぐらつかないような)がある。 Bartokの18-2はあまり聴きなれない曲だがこれも安定感がある。技術に関しては問題なし。 野生の狩(正しくは「死霊の狩」だそうだが)は出だしの和音連打がゆっくりとしていてやはり重厚な音。 結構アゴーギクというかタメを作るが、逃げには聞こえない。 やたらテンポを上げるようなことはせず、丁寧な弾き方(1音1音しっかり出す)で、その分表情をつけている。 本音を言えばもっとスピード感が欲しかった(音コンでのツッシーのような…)。 Schumannに関しては、演奏がどうのこうのよりも、曲自体がどうにもよくわからないというかついていけない感じなのでコメントできない(繰り返し聴けば良さがわかってくるかもしれないけど…)。演奏は悪くないんだろうけど、気が付いたら途中で少し眠っていた(^^;)。
全体的に、なかなか手堅い演奏だったのではないかな。


90.フレンク・ヴィジ(ルーマニア、26歳、男性)

  Liszt: ダンテを読んで
  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Chopin: Op.10-4
  Scriabin: Op.8-12
  Debussy: 装飾音のための
  Debussy: 西風の見たもの、帆
  Liszt: ハンガリー狂詩曲第9番「ペストの謝肉祭」
ダンテは音が混濁しているというか、輪郭がはっきりしない音であまり感心しない。 ホールエコーのせいかもしれないが、急速な細かい動きのクリアさ、音の分離がよくない。 緩徐部分の弱音はきれいだが、問題はフォルテか。 アゴーギク的にややタメが多いのも気になった。 浜松コンのダンテとしては平凡な部類だろう。 10-4はよかった。テンポは速めで流れる感じ。手馴れている。 粒がよく揃っていて水準以上。彼は結構テクも持っていることがわかった。 8-12も悪くない。 スピード感があり、和音の打鍵にも(美音とまでは言わないが)余裕がある。 ちょっと見直してきた。 Debussyの装飾音も速めのテンポでレガートが流麗。 (彼はエチュードが得意なのかな。) 今年のマリア・カナルス2位の実力を見せ始めた感じ。 西風は高音部での分散和音のパッセージが(テンポが速すぎるのか)よく聞こえなかったが、勢いはある(どの曲にもいえることだが)。 最後のLisztは出だしの和音でヌケの悪い音がまた出てきたが、歌い方が上手く堂にいっている。 特に弱音のときがいい。年齢を感じさせる。 ラプソディーはやっぱりこうでないと(と、ふと1次の弘尚君の演奏を思い出す)。 手馴れた自家薬籠中の曲という感じ。 今日聴いた人の中では一番次に期待をもたせる出来であった。


58.パク・ジョンファ(韓国、26歳)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Rachmaninov: Op.33-5
  Chopin: Op.10-10
  Debussy: 組み合わされたアルペジオのための
  Schumann: 幻想曲
ここからは1次でも聴いた人である。(それにしても1次の1,2日目は本当にこれくらいの人しかいなかったのだろうか…。) 彼は1次では脱力感のある(力みのない)シューマン・トッカータを聞かせてくれた。 最初の33-5は音を磨く余地はあるがまずまず。勢い、流れがある。 25-10もかなりいい。 スピード感があり、力強い。轟音のようは迫力がある。 中間部の歌い方は昨日のヤコビッゼ=ギットマの方が好きだが。 Debussyもまずまず。1次のトッカータで見せた技術の高さは本物という感じ。 Schumannも出だしからしてヴァカテロとはレベルが違う。 何と言っても音に芯、輝きがある。 技術的にも当然のことながら安定している(第2楽章のコーダの跳躍は少しミスったのは惜しいけど)。 全体的に今日聴いた中では総合的(平均的)には一番いい感じだ。


***

というわけで2次の1日目を聴き終えた。 今日聴いた中では特に気に入った人はいなかったが、まずまずと思ったのは

  パク・ジョンファ
次いで(多少おまけして)
  フレンク・ヴィジ
というところ。 しかし全体には低調であった。 やはり前回と比べるとレベルが落ちているのかも知れない。 inserted by FC2 system