第4回浜松国際ピアノコンクール2次予選第2日(11/19)のレポートです。

今日の演奏者は9人、のはずだったがリ・ヒョジョが急病のため明日の最後に回ることになった。(結構急病が多いな…。) 以下、各演奏の感想を。


49.タチアナ・ミチコ(ロシア、21歳)

  Chopin: Op.10-1
  Liszt: パガニーニ練習曲第5番「狩」
  Rachmaninov: Op.39-9
  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Liszt: ソナタロ短調
2次に進んだことがかなり意外だったタチアナ嬢である。 最初の10-1はスピードと勢いはあるが右手の粒立ちがもうひとつ。一本調子な感じでもある。昨日のケルンの方がよかった。 狩も平凡な出来。それほどの難曲でもないのにミスが多くやはり一本調子。 39-9も水準以下。音が濁っているし細かい動きもクリアでない。勢いだけが目立つ。 最後のロ短調ソナタもあまり期待しないで聴いていたが、無造作な(神経にさわる)ような音を出すのが気になる。 音のデカさや勢いだけで勝負している感じ。 これなら音コンの本選あたりで聴くような演奏の方がナンボかいい。 途中からはあまり集中して聴いていなかった。


81.アミール・テベニヒン(カザフスタン、23歳)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Chopin: Op.10-1
  Debussy: 組み合わされたアルペジオのための
  Rachmaninov: Op.39-9
  Liszt: ソナタロ短調
1次で好印象だったテベニヒンである(やはり彼のCDも繰り返し聴いている)。 10-1は前のミチコに比べると変化があり音楽的。 終盤の1往復で軽い音色に変えるという(よくある)手も使っている。 よい出来である。 Debussyは弱音主体だが音がきれい。音をよく吟味している(前の人がアレなのでその差を感じる)。 優しくしなやか。ただときにはもう少し強くしてメリハリやダイナミックレンジの幅をつけた方がよかったかもしれない。 39-9は少し平凡だったかも(期待しすぎで)。 ややclarityを欠くところがあった。 それでもミチコのように濁った音は出さない。 主部ではもう少しスピード感があってもよい。 最後のLisztは期待以上の出来。 非常に正統的で細部までよく磨いている。技巧もかなりのもの。なんと言っても音が魅力的。 これまでコンクールで聴いたロ短調ソナタの中でも最高の部類に入る。 この演奏を聴けただけでも今日来た甲斐があったという感じ。 3次でも是非聴いてみたい。

(CDは意外なほど低競争率でゲットできたが後で聴いてみるとDebussyは結構ぎこちない感じもある。逆にRachmaninovは力強くて思ったよりいい。Lisztももちろんよかったが、生では気づかなかった傷が多少あるのが惜しい。)


47.ヴィヴ・マクリーン(イギリス、26歳)

  Chopin: 幻想ポロネーズ
  Chopin: Op.25-12
  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Rachmaninov: Op.39-1
  Ravel: ソナチネ
  Liszt: マゼッパ
1次ではBachが印象に残り、2次で要確認だと思ったマクリーンである。 幻想ポロネーズは前回のモロゾフ(私の愛聴盤^^)と比べると骨太で健康的(でもこちらの方が普通だろう)。 そのせいか音の出し方がやや無神経に感じるところもある。 途中、急速な部分はやや雑っぽいところもあった。 クライマックスの部分は(1次でも感じていたが)やはり音の透明感がない(こもりがち)。 というわけでそれほどのめり込めなかった。 次の25-12もやや音にclarityを欠き、もやもやした感じでもうひとつ。 39-1は勢いは悪くないが細部が雑な印象。 やはり音ヌケが悪いのが(私にとっては)痛い。 透明感のない音は次のRavelに不向きかと思ったが、それは分厚い和音強打のときで、この曲ではそれほど悪くなかった。 第3楽章はなかなかスピード感、躍動感がある。 その分明晰性、粒立ちのよさに欠ける感もあるが、これはホールエコーのせいかも。 最後のマゼッパは主題のところが残響多すぎ(ペダル使いすぎ?)で音の分離がもうひとつ。 中間部はなかなか手馴れていてよかったが、後半はやや勢い任せの感がある。 細部の明瞭さをもう少し大切にしたい。
全体として、聴くのはここ(2次)まででよいかな、という感じ。


32.マリア・キム(ウクライナ、19歳)

  Mendelssohn: 厳格な変奏曲
  Liszt: 雪嵐
  Chopin: Op.25-11
  Rachmaninov: Op.39-1
  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Liszt: スペイン狂詩曲
1次ではメカニックの良さを見せていたキム嬢である。 最初のMendelssohnは、正直言ってよくない。 彼女は音楽センスよりもメカニックのよさが特徴だと思っていたのだが、その技巧にキレがない。 細かい音型が曖昧になる。 歌うような部分でそれほど聴かせるわけではないだけに、いいところがあまり見つからない。 次の雪嵐も最初の方で音ヌケのミスがあるなど精彩に欠ける。 その後もミスタッチが多い。 後半はやや持ち直し、表情は悪くないだけに惜しい。 25-11はまた右手が弱い。タッチが不安定。この3曲の中でも目立って不出来か。 39-1ももう一つ。 今日は調子が悪いのか、それとも準備不足なのか…。 最後のスペイン狂詩曲も水準以下の出来と言わざるをえない。 ミスも多いし、音に魅力も少ない。 彼女の弱点として、弱音でなにか自信なさげに、頼りなげに聞こえてしまう。
正直言ってこのステージの出来には失望した。 (2次から聴いた人がいたら、なぜこの人が残ったのかと思うだろうな。昨日のヴァカテロなどももしこういうことなら審査員は責められないが…。)


83.上原彩子(日本、20歳)

  Schubert: ソナタ第19番
  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Liszt: 鬼火
  Rachmaninov: Op.33-9
  Chopin: Op.10-4
1次では手堅い演奏を見せていた上原さんである。 Schubertは日本人らしく?、ファンタジーよりも造形性を重視した演奏。 和音も結構きれいに響いている(多少平板になるところもあるが)し、カッチリしている。 緩徐楽章もなかなか聴かせる。ただクライマックスのフォルテでの和音連打ではもう少し音に透明感があるとよかった。 終楽章もリズムがよい。アクセントが利いている。 (曲が好きなこともあるが)1次を含めてこれまでの日本人の中では一番楽しめる演奏だった。 鬼火は出だしの半音階上昇はちょっと震える感じだったが、主部の右手重音は消え入るような弱音で上手い。 今回聴いた鬼火の中では一番完成度が高い。 33-9は和音の輝きがもうひとつ。あまり向いてない曲に思う(でも3次でまたRachmaninovを弾くんだよね)。 偏見かもしれないが、Rachmaninovはやっぱり大きな手で余裕を持って弾かれないと…。 33-9が終わって間髪を入れずにChopinの10-4。 これは模範的演奏。 勢いがあって細部までクリア。 きっと彼女の十八番の曲だろう。 とてもよかった。
全体になかなかよい出来だったと思う。(というか他で不出来な演奏が多すぎるせいか…。)


57.ポン・ボー(中国、26歳)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Brahms: ソナタ第3番
  Liszt: 軽やかさ
  Rachmaninov: Op.39-6
  Chopin: Op.25-11
2次に進んだことがやや意外だったボーである。 なにか既にベテランといった雰囲気を漂わせている。 Brahmsは和音が美しく響かないのが気になる。KAWAIが曲に合っていないような気がする。 客観的に見ればそんなに悪くなさそうだけど、彼女の音楽と波長が合わないのかもしれない。 どうも聴いていてのめりこめない(この曲がそれほど好きでないせいもあるが)。 Lisztもそれほど印象に残らない。 Rachmaninovも音ギレがイマイチで平凡な出来に思う。 25-11も水準以下の出来。メカニックが弱い。
彼女もやっぱり3次では聴きたくない人である。


2.フョードル・アミーロフ(ロシア、19歳)

  Chopin: ソナタ第2番
  Rachmaninov: Op.39-6
  Scriabin: Op.42-5
  Chopin: Op.10-12
  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Liszt: メフィストワルツ第1番
1次ではポテンシャルの高さを感じたものの思ったほどは強い印象を残さなかったアミーロフである。 背もたれつきの椅子にかなり深く(背もたれに背中がつくほどに)座る(うるさい先生なら直されそう)。 例によって座ってすぐにChopinのソナタを弾きだす。出だしを聴いて、これはやりそうな感じ。 (菊地君に比べると)アゴーギクが上手いし、音もいい。(でもやっぱりKAWAIはやめとけば、と思ったが。) 第2主題も音色の変化させて歌っている。 展開部はそれほどテンポを上げない(畳み掛けない)ようである。 第2楽章も技術的に完璧とはいえなかったがまずまず。 終盤では個性的な表現(アゴーギク)も出ていた。 葬送行進曲もトリオ部のアゴーギクが菊地君と違って機械的にならない。 主部もデュナーミクがつけ方がうまく盛り上げる。 終楽章も変化があって聴かせる。申し訳ないが菊地君のよりずっとよかった。 次の39-6も細かい動きがクリアで、中間部の左手の動きが(強調されていて)リズミック。水準以上の出来。 間をおかずにすぐに42-5。出だしは軽い、脱力した感じで、繰り返しでペダルで音色を変えていて面白い。再現のところでは左手をかなり強調する。 やはり個性を出している(1次の印象とはかなり違う)。 やはり間をおかずに10-12。 テンポは速いがこれも力んでいない。 左手の動きがすごくスムーズだが、それほど強調していない。 右手のメロディーの歌い方も感じが出ている。ちょっとミスしたのが惜しい。 最後のメフィストは出だしの同音連打の音の分離の良さが他の人と違う。 その序奏から主部へスピードを落とさず入るのは(E.ワイルド盤ほど極端でないが)新鮮で面白い。 主部に入ってからもテンポが速く、インテンポ感もあって推進力がある。 ダイナミックレンジも大きく、少々ミスがあるが、素晴らしい出来。デュナーミクの設定などに彼の個性も出ている。 終わってからも拍手が鳴り止まなかった。 やはり彼は噂に違わぬ才能の持ち主といえる。Bachや古典派では彼の良さが出ないのかもしれない(この後も弾く予定なし)。 3次進出はまず間違いないだろう。 多少荒いところもあるが「華」がある。 CDの方は希望者が99人とこれまでの最高(札が99枚しかなかったため。ちなみにこれまでは多分前回のウラシンの3次の65人)だったが、なんと運良く当たった。


68.イディシャー・サヴィトスキー(グルジア、24歳)

  Liszt: 超絶技巧練習曲第9番「回想」
  Chopin: Op.10-1
  Rachmaninov: Op.33-9
  Schumann: 交響的練習曲
  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
1次で結構好印象だった(イゾルデの愛の死が印象に残る)サヴィトスキーである。 椅子の高さの調節のしかたが手馴れている。 Lisztの回想は音が美しい。 歌い方がメチャ上手い。アゴーギクが絶妙。センスがある。弱音の使い方がいい。 この曲は下手な人が弾くとダラダラとしがちなんだけど、まったく退屈させない。 表現の振幅がかなり大きく、思わず引き込まれる。 次の10-1は落ち着いたテンポで左手が充実。右手にすごく表情をつけるが、安定性がもうひとつだったかも。 とにかく他の人とは違う、彼の個性が出ていた。 33-9もちょっと違う曲に聞こえるほど表情付けが大きい。 とにかく何でも工夫をしてくる人で、ちょっとやりすぎというかケレン味につながる(鼻についてくる)恐れもなきにしもあらず。 (結構おとなしそうな顔をしているのだが(笑))。 Schumannもその個性爆発。 表情の落差が大きく、また繰り返し(すべて実行)では必ずと言っていいほど変化をつけている。 だがその個性的解釈に拒絶反応を示す審査員がいても不思議ではない。 あと結構ミスが多かったので、それが命取りになるかもしれない。 和音強打で音が濁るのも少し気になる。 とにかく好悪を分ける演奏だと思うが、技術的にも(テクニシャンとは言えないが)悪くないものを持っているし、私は結構嫌いでない。 疲れる演奏ではあったが。


***

というわけで2次の2日目を聴き終えた。 今日聴いた中で良かったのは

  アミール・テベニヒン
  フョードル・アミーロフ
の2人。彼らは3次でも是非聴きたい。 後は
  イディシャー・サヴィトスキー
も、次はどんな個性的解釈をみせてくれるかまた聴いてみたい(多少聴き疲れする演奏だけど)。あと上原彩子さんも残っておかしくない。 inserted by FC2 system