第4回浜松国際ピアノコンクール2次予選第3日(11/20)のレポートです。 2次の最終日なので最後に結果もあります。

今朝来てみると、なんと最初の演奏者のはずの鈴木弘尚君が棄権。 また、急病のため今日の最後に回されていたリ・ヒョジョも結局棄権。 結果的に貴重な2次の人数枠が浪費されてしまった…。

ところで今日もまた小学生が大量入場していた。 またしても開演15分前くらいだったがやっぱり固まって座れていた(今回は人気の少ない右側の席だったけど…)。
棄権者が出たため今日の演奏者は6人。以下感想を。


7.ジェーン=ミネッテ・シリアーズ(南アフリカ、26歳)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Chopin: Op.10-7
  Debussy: 半音階のための
  Rachmaninov: Op.33-9
  Liszt: 葬送
  Schumann: 交響的練習曲
1次での熊蜂の飛行が印象的であったシリアーズである。 Chopinの10-7はもうひとつ。音ギレが悪く、モゴモゴなりがち。ちょっと失望した。 Debussyはソフトタッチで非常に滑らかというか流麗なのだがリズムがやや平板(アクセントが足りない)。 強さのメリハリも欲しい気がする。 33-9も和音の輝きがもうひとつで、全体的に微温的。(それにしても昨日のサヴィトスキーとは別の曲に聞こえるほどおとなしい。こっちの方が普通なんだだろうけど。) Lisztは最初の低音をわりあい静かに始めるのが少し新鮮。 が、はやり音の魅力がもうひとつ。 中間部のリズミックなところはやはり左の動きがやけに落ち着いている。 交響的練習曲は主題の歌い方がすっきりあっさり(昨日の彼とはだいぶ違う)。 ただ音がもうひとつ練れていない。 全体に淡白というか微温的。 テクももうひとつキレに欠ける。 フィナーレで初版を使っていたのだけは買えるが…。 あきらかに昨日のサヴィトスキーの方が(やりすぎの感はあるが)よかった。 彼女も2次で失望組の一人である。

こうやってみると、やはり1次の曲だけでは、技術的な実力(エチュード系テクニック)は十分に見極められないということか。 その意味では1次であまり人数を絞り込むのはやめて、2次のエチュードで実力を見極めてから絞った方がよい気がする。 (1次でエチュードを課す手もあるが、バラエティが減って見る方はやはり面白くなくなる。) 実力がまだよくわかっていない時点で50分も弾かせるのは聴いている方もつらいことがあるし。 個人的には前回のように2次進出者を増やし、1人の演奏時間を減らした方がよいと思った。 2次の委嘱作品をやめるという手もある…いつもあのような曲なら(笑)。

それにしても、結構渋めの曲が多かったので(現代曲もあったし)、見学の小学生達にはクラシックはやっぱり難しくてつまらないという印象を植え付けてしまわなかったかな…。


43.イム・ドンへ(韓国、16歳)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Chopin: Op.10-1
  Scriabin: Op.8-12
  Liszt: ラ・カンパネラ
  Chopin: 夜想曲第8番
  Chopin: ソナタ第2番
1次では急病の割に完成度の高い模範的な演奏を見せたイムである。でもやっぱり病み上がりなのか足取りが心なしかふらふらしている。 直前にはアルゲリッチも入場して聴いている(やっぱりあの噂は本当だったようだ)。 10-1は右手の粒立ちが良い。小細工は少なくあっさりしているが、やっぱり模範的である。 8-12は中間部の音色の変化は少なめだが音ヌケがよい。 悪くはないが細部の詰めなどは10-1ほど模範的ではないかな。 次のLisztはまるで針の先でつついたような繊細で透明な音。ガラス細工を思わせる。 スケール感とかダイナミックさはないがキレとスピードはあり、かなりの出来である(気に入った)。 ノクターンはわりと淡々としている。ここで一旦退場(まだ病み上がりのせいか?)。 Chopinのソナタも素晴らしい。 清潔感があり、かつスピード感や力強さもある。やはり模範的。 第1、2楽章はアミーロフの上を行く感じ(というか好きである)。 特に第2楽章の急速部は上手い(アミーロフはややミスが多かった)。 個性の強さや、緩徐部分の甘くとろけるような歌い方などはアミーロフの方が上だが。 特に歌うところはちょっとおとなしい。もっと大胆に歌ってもよいのではないかな。 終楽章も起伏は少ないがすごく滑らかでタッチが揃っていて上手い。 全体として1、2楽章はイム、第3楽章はアミーロフという感じ。 アルゲリッチが買っているのもわかる気がする。
CD希望者はアミーロフの99人に次ぐ67人だった(私はハズレ)。


55.大西真由子(日本、25歳)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Chopin: Op.25-10
  Liszt: 夕べの調べ
  Rachmaninov: Op.39-1
  Brahms: 6つの小品Op.118
25-10は落ち着いたテンポながら1音1音確実に弾いている。 遅めのテンポをとる中間部はややインテンポで音色変化も少なく歌い方がいまひとつ。 Lisztはやはりゆったりしたテンポで和音もきれいに響く。 ただ途中の単音でのメロディーの歌い方をもう一工夫させたい。 盛り上がりもまずまずだが欲を言えばもう少しスピード感、畳み掛ける感じが欲しい。 1音1音を大切にしている感じは伝わっており、結構楽しめた。 39-1もまずまず。 これもスピード感や畳み込み感じはそれほどでもないが細かい音符もおろそかにしていない(弾き飛ばす感じがない)。 最後のBrahmsは苦手な曲なのであまりコメントできないがもう少しメリハリ(特にリズムに)があった方がよい気がした。やや重い。
全体に彼女の演奏はいずれも悪くないんだけど、次にまた聴きたいという気持ちや、ワクワクさせるような気持ちを(私に)起こさせないのがつらいところ。 あと、プログラムが少し地味すぎるのではないかな。


61.イリーナ・ポポーヴァ(ロシア、22歳)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Schumann: ソナタ第2番
  Chopin: Op.25-11
  Scriabin: Op.42-5
  Stravinsky: Op.7-4
  Ravel: 夜のガスパール
Schumannは音ヌケはいいのだが音にどうも深みがない。軽いというか薄いというか。 打鍵が確信に満ちていない感じ。細部のclarityももうひとつ。ミスもやや多い。 というわけであまり印象に残る出来ではなかった。 25-11も平凡。昨日のキムやボーよりはましだが右手の粒立ちがイマイチというか弱い。キラキラ輝く感じがない。 42-5も第1主題の旋律が平板。全体的におとなしい。左手に変なアクセントが入るのも気になる。やはりこれもイマイチ。 Stravinskyの7-4はやや線が細いがそれほど悪くないように思えた(甘いか?)。 ガスパールのオンディーヌは出だしは右手の弱音が精妙でなかなかよい。その後も起伏(ダイナミックレンジ)が小さめでややこじんまりした感じの演奏。 スカルボは予想通り技巧のキレに乏しい。ミスも多め。 ただテンポや音量をあまりダイナミックに変えないので、スタティックな雰囲気があってかえって少し新鮮。結構楽しんで聴いていた(音コンではあまりないタイプ)。 客観的にみれば平凡な出来といえるだろうが。
全体的には彼女も2次ではイマイチな出来であった。


60.アレクサンドル・ピロジェンコ(ロシア、21歳)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Chopin: Op.10-12
  Scriabin: Op.8-10
  Debussy: オクターヴのための
  Liszt: ソナタロ短調
いよいよ(私にとっての)本日最大の見せ場のひとつ、ピロジェンコの登場である。 直前にはアミーロフを始め多くのロシア人参加者も入場してきてみている(やはりロシア人の間でも注目の人なのかな?)。 1次ではKAWAIを使ったが、2次ではYAMAHAに変えたようである。 10-12は出だしの和音の輝きがもうひとつだが左手の動きは非常に滑らか。 でもフレーズの始めにもう少しアクセントをつけてもよかったかも。 途中でややこもり気味な感もあった。 総合的にはかなりの出来。でもアミーロフの方がよかったかな。 8-10はかなり速いテンポでかつ軽いタッチ。 やや響き多めだったがもう少し輪郭をはっきりさせた方が好みである。 これも総合的にはよい。 Debussyも出だしのオクターヴがかなり軽いタッチ。 中間部のスタカートのところやクライマックスの連続オクターヴはメチャ速いテンポ。 その間のテンポの変化も彼独特で、他では聴けないオクターヴエチュードという感じである。面白い。 絶対的な音量は大きくないというか小さめで、彼の特徴は洗練された軽めのタッチ(を駆使した技巧)にあると言ってもいいかもしれない。 最後のLisztもスピード感に満ちている。急速部分でのアチェレランドは凄い。特にオクターヴの速いこと!。 ただその分、間は少ない(あっさり系)。 フーガ部分のテンポもやたら速いのに弾けているのはたいしたもの。 コーダのクライマックスで少しミスったのは惜しい。 全体的には昨日のテベニヒンに勝るとも劣らない、というか技巧のキレに関しては当然上(ここまで弾ける人はそういない)。 ただコクの面は(別に悪いわけではないが)テベニヒンに軍配を上げたい。 彼が今までコンクールで2位、3位どまりで1位がないのは、あるいはそこらへんに原因があるのかもしれない。 でもともかく彼の洗練された技巧は魅力である。
CDの購入希望者は意外と少なめで32人。 やはりアミーロフに比べると華というかスター性には欠けるのかもしれない(顔も地味だし(笑))。 (私はまたもハズレ。)


15.アレクサンダー・ガヴリリュク(ウクライナ、16歳)

  野平一郎: ピアノのための響きの歩み
  Chopin: Op.10-1
  Liszt: パガニーニ練習曲第6番
  Rachmaninov: Op.39-5
  Brahmas: パガニーニ変奏曲
本日のもうひとつの見せ場、ガヴリリュクである。 ここでアルゲリッチが再び入場(彼女も注目しているのかな?)。 アミーロフもやはり見ている(ライヴァル偵察か?)。 それにしても彼は16歳とは思えないほどステージマナーも洗練されている。 Chopinの10-1は(もっと凄い演奏を期待していたのだが)意外なほど普通。 イムの方がよかったかな。 Lisztは主題でちょとミスったが、全体にキレがある。 弱音を使ったりして、解釈も結構個性的。 ミスも少しあってperfectとは言えないがかなりの出来。 最終変奏のコーダの畳み掛けがもっと強ければもっとよかった。 39-5もよい出来。音に輝きがあり力強い。 少なくとも今回の浜松コンで聴いた中では一番(って他にあまり弾いていないか)。 Brahmsはまず主題がいい。アルペジオの高音の輝きがある。 完成度、メカニックの安定性は前回のラネリに負けるが(あれだけ弾ける人はそうはいない)、音楽的なコク、抒情性、音色の豊富さ、表現の巧みさは彼の方が上という感じである。 若い頃のタラソフのパガニーニ変奏曲を思い出させる。 繰り返しはすべて行っているが、繰り返しでかなり変化をつけるのもセンスを感じる。 はやり彼は大変な才能の持ち主である。 願わくはこれから擦り切れていって「ただの人」になってしまわないことを祈る。
ちなみにCD希望者は79人で今回もハズレ(まあ今日の3人はいずれもMDに録音してもらう予定だけど)。


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というわけで2次の最終日を聴き終えた。 今日聴いた中ではやはり

  イム・ドンへ
  アレクサンドル・ピロジェンコ
  アレクサンダー・ガヴリリュク
の3人がダントツである。

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2次の3日間トータルでは、是非3次に残って欲しいのが

  アミール・テベニヒン
  フョードル・アミーロフ
  イム・ドンへ
  アレクサンドル・ピロジェンコ
  アレクサンダー・ガヴリリュク
の5人。(この中でも周囲の評判も高いアミーロフ、イム、ガヴリリュクの3人はまず確実だろう。ちょっと気が早いが優勝はこの3人の中から出てきそうな気配である。)
それに次いで、残るといいな、と思うのが
  パク・ジョンファ
  イディーシャ・サヴィトスキー
  フレンク・ヴィジ(多少おまけ)
というところ。 パクは3次でハンマークラヴィーアを弾くのでそれを多少加味している(技術が結構しっかりしているのでちょっと聴いてみたい)。 上原彩子さんも2次の出来からすれば残ってしかるべき(というか多分残るだろう)だと思うんだけど、どんな演奏をするのかだいたい予想できてしまうのがアレである。奈良さんも多分残りそう。

ちなみに、前回は2次を終えた時点で3次に是非残ってほしいと思ったのは9人(タラソフ、ウラシン、ケンプ、マツーエフ、モロゾフ、カーン、ラネリ、バリーニ、アームストロング)。今回は5人なので前回に比べるとやっぱり多少レベルが落ちる気がする。 (一人一人を比べるとそれほど遜色あるわけではないが、人数の問題。) やはり2次進出者を前回より減らしたのも多少影響しているのかもしれない(実は才能をもっているという人を落としてしまった可能性がある)。

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そして実際の結果は、以下の12人が3次進出。

  エヴゲニー・チェレパノフ   上原彩子
  エヴェリーナ・ボルベイ    フョードル・アミーロフ
  オルガ・ケルン        イディシャー・サヴィトスキー
  奈良希愛           イム・ドンへ
  フレンク・ヴィジ       アレクサンドル・ピロジェンコ
  アミール・テベニヒン     アレクサンダー・ガヴリリュク
アッと驚くようなとこもなく、だいたい妥当な感じである。 エヴェリーナ・ボルベイの代わりにパク・ジョンファを入れれば私の好みとピッタリなのだが、まあボルベイは2次では早々にCDが売り切れたのに対しパクはまだ残っているなど、客観的にみたらこの結果が妥当なのかもしれない(私はどうもボルベイと波長が合わないようだが)。 あと良い意味で意外だったのがチェレパノフ。 彼は2次では時間切れで1曲をほとんど弾けなかったので駄目かと思っていたが、大丈夫であった。 彼の演奏は結構嫌いなタイプではないので3次では少し期待したい。

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