第4回浜松国際ピアノコンクール3次予選第1日(11/21)のレポートです。

3次は演奏時間60分を限度として各自自由にリサイタルを構成する(前回までと同じ)。
本日の演奏者は6人。以下感想を。


80.エヴゲニー・チェレパノフ(ロシア)

  J.S.Bach: イギリス組曲第6番
  Rachmaninov: ソナタ第2番
  Liszt: ハンガリー狂詩曲第12番
Bachは序奏をゆったりと、優しい音で始める。KAWAIの音をうまく使っている感じ。タッチが安定していて良さげである。 急速部分に入っても、速めのテンポ設定にもかかわらず指回りが極めて安定。 ただ響きがやや多めで、輪郭が多少ぼやける感じがするのが惜しい。 その後も急速な曲で、左手も躍動的でよく出ているのだが、ペダルを使いすぎるせいか多少音に明晰さを欠くのが残念ではある。 でも全体的には期待以上の出来。 彼を残してくれた審査員に感謝である。 Rachmaninovも悪くない。 技術的にしっかりしている。 ただ分厚い和音の輝きや透明感がもう少しあってもよいか(KAWAIの音が私の趣味に合わないのか…)。 第2楽章もピアノのせいか弾き方のせいか、もうひとつ音が美しくない(アミーロフもKAWAIで同じ曲を弾くので比較できそう)。 第3楽章もスピード感、指回りは申し分ないのに音がどうもきれいに響かないのが惜しい。 しかし最後の盛り上げはよかった。これが最後の曲だったらここで拍手なんだけど。 (ちなみに改訂版ではなかった。1913年版とも違っていたような気がしたのでひょっとしたら折衷版かも。) Lisztでは音の輝きが戻ってきた。 アゴーギクがラプソディーっぽい(良い意味で予測させない)。 指回りもかなり上出来。 問題の重音のところはperfectとは言えないが、また終盤の右手の非常に細かい動きのところでミスしたのは惜しいが、総合的には今回この曲を弾いた3人の中では一番よいだろう。 2次ではどうしてこの才能を出さなかったのだろう(自分が気がつかなかっただけか(笑))。 彼は本選でまた聴きたい人である(私の好きなLisztの2番を弾くし)。 そういえば彼もまだ16歳であり、それを思えばたいした才能である。


5.エヴェリーナ・ボルベイ(ロシア)

  Liszt: ソナタロ短調
  Schumann/Liszt: 献呈
  Messiaen: 聖母の最初の聖体拝領
  Stravinsky: ペトルーシュカからの3楽章
2次ではあまり高く評価しなかったボルベイである。 3次では良い意味で予想を裏切ってくれるとよいが…。 Lisztでは、やっぱり彼女とは波長が合わないようである。 1つ1つの音がテベニヒンに比べると磨かれていない感じがする。 技術的にも(それほど悪いわけではないが)特にキレがあるわけでもなく、やはり音に魅力を感じないのが大きい。(ピアノは普通にYAMAHAなんだけど。) 次の献呈は曲がいいこともあって、なかなかよかった。 2次のグレートヒェンと同様、こういう曲が合っているのかも。歌がある。 これで特にフォルテ和音に透明感があればもっといいのだが。 Messiaenはよく知らない曲だが急速部分はもう少し激しく鋭くいった方がいいのではないかな。 あと、音ももうひとつ深みがなく胸に響いてこない感じ(偏見か?)。 ペトルーシュカも出だしから音ギレが悪い。 ペダルの使い方もうひとつよくないのではないかな。 1音1音がはっきりくっきり聞こえてこないのがつらい。 第2、3楽章は多少音ギレの悪さは減ったが、技巧的に強いとは言えず、全体的にはそれほど印象に残るものではなかった。
全体的に思ったほど悪くなかったが、でも本選で聴きたいとは思わない人である。


27.オルガ・ケルン(ロシア)

  Rachmaninov: ソナタ第2番
  Scriabin: ソナタ第9番「黒ミサ」
  Messiaen: 火の鳥 第1
  Messiaen: 火の鳥 第2
  Brahms: パガニーニの主題による変奏曲
2次では音楽的素養の高さ(と技巧的限界)を感じさせたケルンである。 Rachmaninovはやはりアゴーギクがよく考えていて面白い。 急激な強弱の変化の付け方も才能を感じる。 第2楽章の歌わせ方の手練手管もくやしいがチェレパノフより上。 思わずゾクゾクっとするところもあった。 終楽章はスピード感、細かい動きのクリアさとキレの点で少し弱いか(他に比べると)。 やはり彼女は解釈で聴かせる感じである。(ちなみに改訂版。) Scriabinも音楽的センスを感じさせる演奏。 各声部のこれというフレーズにアクセントがついて強調してあり、説得力のある表現。楽譜の読みが深いというか。 全体にいい演奏だったと思う。 Messiaenもそれほど詳しくない曲だがよかった。鋭さ、激しさがよく出ていた。キレもある。 最後のパガニーニ変奏曲は、あまりテクニシャンタイプでない彼女にとっては(しかも昨日のガヴリリュクの名演があるだけに)危険な選曲かと思ったが、第1変奏を聴いて認識を変えた。 叙情性や音楽的香りの面ではガヴリリュクの方が優るが、技術的安定性ではこちらが上。 前回のラネリにも迫るものがある。 正直こんなに弾けるとは思っていなかった。全体的に素晴らしい出来。 テクニシャンでないという認識は改めなければいけないかも。とにかく十分本選行きに値する演奏であった。

(後でCDを聴き直してみると、パガニーニ変奏曲でラネリにせまるというのはちょっと言い過ぎだったかも。)


53.奈良希愛(日本)

  Szymanowski: 変奏曲Op.3
  Brahms: 8つの小品Op.76
  Ohana: 練習曲V "Quintes"
  Granados: 愛の言葉
Szymanowskiの変奏曲はコンクールでも何回か聴いているが、もうひとつピンとこない曲。(2次でもその傾向があったが、彼女が選ぶ曲はどうも私と波長が合わない感じ(笑)。) それでもたとえば最終変奏で細かい動きがクリアでないなどキレがもうひとつ。音にも伸びがない(平板に響く)。 あまり印象に残らなかった。 Brahmsも私の苦手な曲でよくわからないが、音に関して言えばやはりフォルテ和音でもう少し透明感やヌケの良さが欲しかった。 (日本人女性にありがちで、ちょっとこもるかまたは平板になる。) Ohanaは知らない作曲家だが、静かな雰囲気で律動感がなく先が読めない、なんとなく日本のコンクールの委嘱作品のような雰囲気の曲(そこまでひどくないが)。 それにしても何か私の弱点ばかりを突いてくる選曲だ(笑)。 最後のGranadosはまあわかりやすい曲だがそれほど印象に残る演奏でもなかった。
全体として、多分彼女は本選に残れないだろう。 選曲に関して2次の大西さんと同じような危険を犯しているように思える(曲が渋すぎ)。 (でもこの演奏のあと潮が引くように客が出て行った。やはり日本人は人気があるんだなぁ。)


90.フレンク・ヴィジ(ルーマニア)

  Beethoven: ディアベリ変奏曲
  Handel: シャコンヌ ト長調
Beethovenは技術的にも安定しており、解釈的にも正統的。ひとことで言って立派な演奏。 完成度も高く、特に文句をつけるところもない。 ただもうひとつ感激がなかったと言ったら酷か(それほど好きな曲でないせいもあるが)。 個人的にはもうひとひねりあった解釈の方が楽しめたかもしれない(ムストネンほどやれとは思わないが)。 しかし客観的には本選に行って全くおかしくない出来であったと思う。 次のHandelも、あまり聴いたことのない曲だが端正でよい演奏。技術的に安定している。 全体的に彼も2次のときよりだいぶ見直した。


81.アミール・テベニヒン(カザフスタン)

  J.S.Bach: フランス組曲第5番
  Brahms: カプリッチョ Op.76-1, 2, 5
  Prokofiev: ソナタ第8番
すでに私のお気に入りになりつつあるテベニヒンである。 フランス組曲のアルマンドはペダルを使って優美な演奏。あまりリズムを強調しない。 急速系の曲では歯切れもよく変化をつけている。左手も生きている。 サラバンドのような緩徐系では歌わせ方がうまい(美音だし)。 全体としてとてもよい出来。完成度も高い。ただ特にアルマンドでトリルの入れ方が私の趣味と違うのが残念といえば残念。 Brahmsは苦手な曲だけど、彼の魅力がそうさせるのか、聴き入っていた。 1音1音よく吟味されているし、相変わらず音がきれい。 あとで気が付いたが奈良さんと同じ曲を弾いているとは思えないほど。 Prokofievも、さすがテベニヒンと言おうか、第1楽章から聴かせる。 1つ1つの音が存在感を持っていて、これほど説得力のある演奏はあまり聴かない。 ただ最後の方の高音の煌くような高速のパッセージがあまりクッキリ出ていなかったのは残念。 第2楽章もポリフォニーに立体感がある。譜読みが深い。 彼はメカニックが滅法強いというわけではないので、終楽章は少し心配したが予想を上回る出来。 もちろんCDで聴けるような技巧派ピアニストにメカニックではおよばないもののいい線いっているし、中間部での対位法的な扱いでの譜読みの深さは相変わらず聴かせる。(多少贔屓目入っているかも(笑)。) 彼は(私にとって)何か前回のモロゾフに通じるような魅力の持ち主といえるかも。曲に何か新しい発見を加えてくれる。
CD希望者は30人とわりと少なめだったせいか運良くゲットできた。 (これで彼のCDは1次から全て入手。)


***

というわけで3次の1日目を聴き終えた。 今日の演奏でよいと思ったのは

  エヴゲニー・チェレパノフ
  オルガ・ケルン
  フレンク・ヴィジ
  アミール・テベニヒン
の4人。これらの人はいずれも本選に残っておかしくない出来だった。
これらの人を、これまでの演奏と私の趣味と本選で弾く曲を考慮して、本選に進んで欲しい順にならべると
  アミール・テベニヒン
  エヴゲニー・チェレパノフ
  オルガ・ケルン
  フレンク・ヴィジ
という感じ。 やはり1次、2次を通してよかったテベニヒンが1番である。 チェレパノフのを2番にしたのは本選でLisztの2番を聴きたいため(笑)。 ちなみに本選曲は、テベニヒンがProkofievの3番、ケルンがRachmaninovの3番、ヴィジがTchaikovskyである。

しかし、なんだかんだ言って結局3次の1日目はいい演奏が多かった。 しかも明日は優勝候補(?)3人が弾くなど、さらに激戦になりそうである。

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