第4回浜松国際ピアノコンクール3次予選第2日(11/22)のレポートです。最終日なので3次の結果もあります。

今日の演奏者も6人。以下感想を。


83.上原彩子(日本)

  Haydn: ソナタHob.XVI-46
  Rachmaninov: 前奏曲Op.32-1, 32-10, 23-9, 23-6, 23-2
  Prokofiev: ソナタ第6番
Haydnはまずまず手堅い無難な演奏。 ハッとするような瞬間や特に印象に残るところもなかったが、そんなに悪くない。 (ピロジェンコも1次でこの曲を弾いていたが、そちらの方が印象に残る。) Rachmaninovは指回りは悪くないが、特に緩徐系の曲で音色の単調さが気になる。モノクロームな感じ。 表現もやや工夫が少なくて停滞気味な感じがしないでもない。 いずれもそれほど聴き込んだ曲ではないのではっきりとは言えないがそんな印象。 和音強打が多い最後の曲では、やはり腹の底に響くような音の深さ、豊かさの点で不満が残る。 Prokofievは第1楽章出だしのテンポがかなり速い(そのあとで微妙に落ちた気がするが)。彼女の硬質な音は結構曲にあっているようである。 第2主題の歌い方も、(自発性は感じられず、なにか教えられたような感じは残っているが)それほど悪くない。 展開部も微妙にテンポが揺れるところもあったが打鍵がしっかりしていて予想以上の出来。 第2楽章は曲想に合わせてテンポをやや揺らすのが気になる。リズムのノリがもうひとつの感がある。 第3楽章はやはり硬質な音がマッチしている(どこか氷の世界を思わせる)。ただ中間部はもう少し激しくメリハリをつけた方が好きだけど。 終楽章も、正直言えばメカニックの面でもうひとつ満足できなかったがまあまあ水準以上であろう。
全体的に、本選に日本人枠というものがあるとすればそこに入れそうな出来ではあった(対象は2人しかいないけど:-)。


2.フョードル・アミーロフ(ロシア)

  Schumann: ウィーンの謝肉祭の道化芝居
  Chopin: 夜想曲第5番
  Poulenc: ナポリ
  Rachmaninov: ソナタ第2番
3次なのにネクタイもせず、ニコリともしないでちょっとふてぶてしい(笑)。 またしても椅子に座るやいなやSchumannを弾きだす。 これはまた苦手な曲なのではっきり言えないが、あまり音がきれいでないのが気になる(KAWAIであることも影響?)。 よく言えば神経質でないのだが、あまり音を磨いているという感じではない。 あまり音に頓着していないのだろうか?。多少暴力的に響くこともある。 正直言ってあまり感心しなかった。 Chopinのノクターンは、こういう緩徐系の甘く歌わせるような曲は得意のようで、よかった。 Poulencはあまり聴いたことのない曲だが歌わせ方にセンスがある。 アゴーギクの付け方がうまい。 それに緩徐な曲では音がきれいに響いている。 終曲のような急速系のやや激しい曲ではやはり音が気になる(シャリシャリした音)。 Rachmaninovも悪くないが音のせいでもうひとつのめり込めなかった。 (チェレパノフのこともあり)やはり楽器の問題のような気がする。 第2楽章も歌い方がうまいが個人的には昨日のケルンの方が胸に響いてきた。 終楽章も水準以上だと思うが、これも個人的には特に印象に残るほどでもなかった。 コーダの追い込みではちょっと体育会系入っていた(笑)。
全体的な印象では、彼が本選に行けなかったとしてもそれほど驚かないという感じだった。 ちなみに演奏後には聴衆に笑顔をふりまいていた(笑)。


68.イディシャー・サヴィトスキー(グルジア)

  J.S.Bach: パストレラBWV590 第3楽章
  Schubert: ソナタ第21番
  Prokofiev: ソナタ第7番
Bachは終始静かな曲で演奏は悪くないが、プログラム的にちょっと中途半端な気もした。 この後に(激しいフーガのような)急速な曲が来ないとなにか物足りない。カタルシスがないというか。 Schubertは、正直言うとこのソナタの第1、2楽章はまだもうひとつピンとこないところがあるので、その良さをわからせてくれるような演奏を期待していたのだが、そうでもなかった(これは完全に私の問題だけど)。でも悪くない。 第3楽章はリズムがよく、変化があって一本調子にならない。トリオも左手が生きている。 終楽章も変化がありよく考えている。強弱のコントラストも十分。 でも彼にしてはやりすぎることがなく、節度がある。 全体的にあまり文句をつけるところがない。強いて言えば少しミスタッチがあったことか。 Prokofievはある意味で予想通りの激しい演奏。ダイナミックレンジが広い。強弱のつけ方が極端といってもいいほど(笑)。 第1楽章展開部などはピアノの弦が切れるのではないかと思うくらい。 技巧のキレは彼ほどではないが、マツーエフを思い出させる。(前田君とは正反対。) 終楽章もテンポはそれほど速くなく、出だしは意外とおとなしいが、強弱の激しさは相変わらず。 (楽譜でfのところはみなfffになってる感じ。) こういう演奏は少なくともCDで聴くときはあまり好きではないが、生ということで(ちょっと苦笑するところもあるが)楽しく聴けた。 彼の演奏はコンサートホール向きといえそう。


43.イム・ドンへ(韓国)

  Schubert: 即興曲D.899
  Beethoven: ソナタ第23番「熱情」
  Ravel: ラ ヴァルス
Schubertの即興曲第1番は悪くないけど、前のサヴィトスキーに比べると、音色の磨きや変化(手練手管)がまだかな、という感じ。 ややあっさりしている。 第2番では彼のメカニックのよさが出ている。 でもそれを前面に出さず、あくまで優美で繊細。 ただ最後はちょっと盛り上げ方がたりないかな。もう少しクレシェンドした方がよかったと思う。 全体的に彼の演奏はダイナミックレンジが広くない。(病み上がりということと細身の体から、何か病人が弾いているようなイメージがある。と言ってもメカニックに不安定さはなく音が繊細ということ。) 終曲でも左手がやや単調なところもある。 もっと表情をつけてもよさそう。 でも全体的にはまずまずの演奏。 Beethovenはやはり針の先でつついたような、透明感のある繊細な音。 解釈はオーソドックスだがタメが少なく例によってインテンポ感がある。 個人的にはもう少しBeethovenらしいタメやアクセント、音色の変化等があってもよかったかな。 第2楽章もオーソドックスだがあっさりしすぎというかもう少しコクが欲しい。 技術的には模範的で、特に第3楽章ではメカニックの安定性が光る。 インテンポ感があり、風のようにすぎていく感がある。 全体的にメカニックは一級品(ミスもほとんどない)だが、個人的にはもうひとひねり欲しいかな。 最後のRavelも清潔感あふれる演奏。 リズムにタメが少なく音量の変化も少なめ。音のアラベスクという感じではないが、やはり風のようにケレン味のない演奏。 でも技術的には洗練されていて新鮮で面白い。 技巧に関しては本当に天才肌(苦労して身に付けたという感じではない)で、音をはずすなど明らかにわかるようなミスをしないのがすごい。


60.アレクサンドル・ピロジェンコ(ロシア)

  Scarlatti: ソナタK.319, K.39, K.87, K.455
  Chopin: 序奏とロンドOp.16
  Debussy: 映像 第1集
  Dutilleux: ソナタ
2次ではYAMAHAに変えたのに、3次ではまたKAWAIに戻したようである(KAWAIの人が説得したのか?)。 K.319は落ち着いた曲のためか、思ったより残響多めの音である。でも最後の急速なパッセージをノンレガートにして対比をつけている。 急速曲のK.39は彼の技巧が発揮されて当然よい。音色の変化もつけている。 その後の曲もまずまず。技巧が安定している。 (個人的にはやっぱりYAMAHAの方がいいと思うが…。) Chopinはあまり聴いたことのない曲だが指回りを示すのにはいいかも。 彼の洗練された軽いタッチがピッタリ。 確かに彼にはあまり深刻な曲はあっていないのかも。 羽根のように軽いタッチ、指回りの敏捷さは舌を巻く(メチャうま系)。 Debussyもアルペジオ等の細かい動きの粒が完璧に揃って爽快感がある。しかも速い。 終曲(運動)はややくぐもった音で個人的にはもう少し明晰な音の方が好きだが、でも非常に滑らかでビロードのよう。 あとは和音の強打により一層の輝かしさがあったらよかったか。 最後のDutilleuxが圧巻。 テンポが相当速く、彼の技巧が全開。 しかも音が明晰。これまで聴いたこの曲の演奏では(CDを含めて)文句なく一番だった(少なくとも技巧のキレに関しては)。 まさにピロジェンコの面目躍如、今日これまでで一番興奮した演奏だった。


15.アレクサンダー・ガヴリリュク(ウクライナ)

  Haydn: ソナタHob.XVI-32
  Liszt/Horowitz: ラコッツィ・マーチ
  Mendelssohn/Liszt/Horowitz: 結婚行進曲
  Rachmaninov: ヴォカリーズ
  Rachmaninov: ソナタ第2番
  Moszkoswski: 火花
  Prokofiev: ソナタ第3番
いよいよ最後のトリにガヴリリュク君。まさにてんこ盛りのプログラムである(笑)。 Haydnは、1次のMozartを考えれば悪いはずがない。 YAMAHAを使っていることもあり、音色は(少なくとも私には)ピロジェンコよりさらに魅力的。 古典派もちゃんとこなすところがアミーロフと違う(笑)。 全体的に節度ある表現である。 ラコッツィも品格があり、あまり下品にならない。 エグさはやはり本家に負けるが洗練性は上かも。 結婚行進曲も、なぜこれをラストに持ってこなかったと残念なほど。 音楽的にも技巧的にも完成されている(怖いのは早熟すぎることだけか…)。 終わったとき拍手しようかと思ったが(コンクールということでみんな行儀がよく静かにしているので)こらえていた(笑)。 ヴォカリーズも、こういうのも上手いのが彼のすごいところ。あまりにオールラウンド。顔もいいし(笑)。 Rachmaninovもこの調子で特にコメントすることがない。 あえて難癖をつければ、円満すぎてトンガったところがないというか、これは誰々の演奏!とすぐわかるような個性、独創性がまだないことか(でもまだ16歳)。 Moszkoswskiも非の打ちどころがない。 最後のProkofievもスピード感があり打鍵も明晰。(それにしても他にラスト向きの曲がいくらでもあるのに敢えてこれを最後にもってくるとは。) どうして16歳でこうもすべての曲で完璧な演奏ができるのか、(この言葉は使いたくなかったが)やはり天才的と言うほかない。 もうこの段階に達していたら、あとはどうしたらよいのだろう?、なんて心配もしたくなる。
演奏後は当然のことながらCD購入希望者でロビーがごった返していた。 間違いなくこれまでで最高の人数だっただろう。 抽選札(先着順で99枚しかない)を手に入れるのだけでも一苦労(私も95番で危なかった)。 もちろんはずれたが、それにしても10枚限定にしなければこれだけで相当稼げるのではないかな…。 ちなみに今日はその前の2人も抽選札切れだった(この3人しか買いに行かなかったので他の人はどうだったか知らないけど)。

***

というわけで3次の2日目を聴き終えた。 今日のステージで特によかったのは

  アレクサンドル・ピロジェンコ
  アレクサンダー・ガヴリリュク
の2人。次いで
  イム・ドンへ
だった。特にピロジェンコのDutilleuxのソナタ、ガヴリリュクの技巧曲に対するテクニシャンぶりには大いに感銘を受けた。

3次全体を通して聴いて、本選に是非行ってほしいのは

  アミール・テベニヒン
  アレクサンドル・ピロジェンコ
  アレクサンダー・ガヴリリュク
の3人。次いで
  エヴゲニー・チェレパノフ
  イム・ドンへ
  フョードル・アミーロフ
  イディシャー・サヴィトスキー
というところか。ケルンやヴィジももちろん悪いわけではない。 これは例によって本選で弾く曲も考慮に入っている。
予想としては、ガヴリリュクはまず大丈夫だろう。ピロジェンコも高い確率で行けそうな気がする。 テベニヒンは個人的趣味が入っているだけに予断を許さない。 チェレパノフはちょっと危ないかも。 イムとアミーロフも確実とまでは言えない。 サヴィトスキー、ケルン、ヴィジも入っておかしくない。 ちなみに本選進出は6人である。
あと、日本人が入るかどうかも興味がある。これまで日本人が本選に残らなかったことはなかったので日本人枠の噂があるが、もし今回も入ればその信憑性を増しそうである。もし入るとすれば上原さんだろう。

***

そして実際の結果は、以下の6人が本選進出。

  オルガ・ケルン
  フレンク・ヴィジ
  上原彩子
  フョードル・アミーロフ
  イム・ドンへ
  アレクサンダー・ガヴリリュク
うーん。それほどおかしくない結果とはいえ、やっぱりちょっとショック。(テベニヒンとピロジェンコが落ちたこと。) それにしても上原さんが入っているのは、やっぱりあの噂は本当っぽい。(この点では、日本人の本選出場者に必ずしもこだわらなかった日本国際コンクールの方がfairであった。その政治的配慮のなさで無くなってしまったのかもしれないけど(笑)。) 実はガヴリリュクとアミーロフと上原さんはともに本選でパガニーニ・ラプソディーを選んでいて、(私はそれほど好きな曲でないので)その組み合わせは避けたいな〜と思っていたら、見事にハマってしまった(笑)。
なお奨励賞はテベニヒンと奈良希愛さんの2人。

inserted by FC2 system