第5回浜松国際ピアノコンクール1次予選第3日(11/12)のレポートです。今年も1次予選3日目からの観戦(?)です。

なお日程等は公式サイトにあります。今回からは公式サイトのかなり内容も充実して、出場者、審査結果はもちろん、演奏曲もすべて掲載されています。さすがに演奏自体は公開していませんが。

今回の出場者で個人的に注目しているのは、まず前回「曲芸的」テクニックで強烈な印象を残したアレクサンドル・ピロジェンコ。今回もまた聴けるのはうれしい。(ちなみに彼のHPを見ると前回の浜コン以降もコンクールを受けまくってているようであり、ちょっとしたコンクール荒らしである(笑)。大きなコンクールでの入賞はないようだが。) そしてショパンコンクール3位、日本でも名が知られているアレクサンドル・コブリン。同じくショパコンで結構個性的な演奏をしたらしいヴァレンティナ・イゴシナ。 あと何枚かCDを聴いたことがあるマチアス・ソウチェク。 また経歴でいうとドミトロ・オニシチェンコ、アンドレイ・ポノチェヴニー、ダヴィデ・フランチェクケッティあたりも期待できそう。 以上はピロジェンンコ以外は生で聴いたことはないが、いままで聴いたことのある人ではエフゲニー・チェレパノフ、セルゲイ・サロフ、グレゴリー・デタークあたりもそこそこやってくれそうである。 だが、出場者のほとんどはこれまで聴いたことのない人であり、しかも16歳のような若い人が多いので、この中から前回のガヴリリュクのような新星が現れるかもしれない。

残念ながらピロジェンコの1次は2日目だったので聴くことはできなかったが、聞くところによるとやはり凄かったそうである。 なお予選演奏のCD販売は、今回から10枚限定ではなく、希望者は(全員即日というわけにはいかないが)すべて購入できるようになった。 大きな進歩である。

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1次の課題曲は以下の3曲(20分以内)で前回と同じ。

  1. J.S.Bach 平均律クラヴィーア曲集から1曲
  2. Haydn, Mozart, Beethovenのソナタより第1楽章、または第1楽章を含む複数楽章
  3. ロマン派の作曲家の作品から1曲
ただ最後のロマン派の作曲家というのは結構アバウトで、「この人がロマン派?」という曲が結構選ばれている。

以下、1次予選第3日の18人の感想を(演奏順、敬称略)。名前の前の番号は出場者番号。

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31.兼子隆貴(日本、28歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ短調
  Haydn: ソナタHob.XVI-32第1,3楽章
  Rachmaninov: 音の絵Op.39-5
Bachは柔らかい音で装飾音の入れ方も感じが出ている。音色をよく考えていることがわかる(ぶっきらぼうな打鍵にはならない)。 フーガの2つ目の主題のところで弱音になるのがちょっと変わった解釈。 次のHaydnもよく考えている。ただ急速な走句のところはもう少しキレをよくしたい。そのあたりがガヴリリュクとの違い(彼も前回3次でこの曲を弾いている)か。解釈的に彼の方が練ってあるのだが。 最後のRachmaninovはゆっくりめのテンポ。丁寧で悪くはないが、もう一押しなにか―ダイナミックレンジ、迫力、スピード感、ノリのよさ、歌心、どれでもよいのだが―が欲しい気がする。


85.ウー・チェイン(中国、19歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻ヘ短調
  Haydn: ソナタHob.XVI-52第1楽章
  Chopin: 舟歌
写真ではちょっと上戸彩に似ている(実物は遠目のためよくわからない)。Bachは速めのテンポ。音は小さいが音色はよくコントロールされている。フーガも音が小さめ。謙虚というか控えめだが温かみがある。 Haydonもやはり音が小さい。狭いダイナミックレンジの中で勝負している感じである。音が細やかで指回りも安定しており、嫌いな演奏ではないが、ただすスケールの大きさが要求されるロマン派の曲やロシア物はどうだろうかと思ってしまう。 最後のChopinではさすがにスケールの小ささが少し気になる。こぢんまりというか、盛り上がりに欠ける感がある。


14.ロマン・デシャルム(フランス、23歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻変イ長調
  Beethoven: ソナタ第4番第1楽章
  Chopin: バラード第1番
Bachは溌剌とした音。途中の細かい動きのところが危なかった?(例によってエコーが多くて細部がよく聴き取れない)。フーガも音色の変化をよくつけている。 Beethovenも、こぢんまりとしているが、音色をよく考えていて汚い音は出さない。流麗である。 最後のChopinはやはりスケール感がもうひとつ。高音部の急速な動きをもう少し明確にしたかった。 見せ場の右手の高速オクターヴのところでミスったのも痛い。 (日本人にありがちな)ヒステリックな演奏にならないのはよいが。


6.カサール・ブレスリン(アイルランド、25歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ト短調
  Beethoven: ソナタ第30番第1楽章
  Medtner: ソナタOp.11-2
Bachは音色のコントロール、各声部の出し方など、今までの人より上手い。 フーガも、地味なこの曲でこれほど飽きさせないのは大したもの。 Beethovenも優しい音。1音1音に神経を使っている。ただ(30番の第1楽章だけというのは)選曲がどうであったか。 また彼も前の二人と同様、ダイナミックレンジは小さく、そのあたりは少し物足りない。 最後のMedtnerはよく知らないのでなんとも言えない。 全体的にBachは気に入ったのだが、他の曲はもう1つインパクトが弱かったか。


27.居福健太郎(日本、21歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻へ短調
  Mozart: ソナタK.576第1楽章
  Chopin: バラード第1番
Bachは前の人たちと比べるとタッチがちょっと単純。またフーガの主題の出し方など声部の弾き分けがもうひとつ。 Mozartも音が単色。またちょっと音が硬いか。解釈的にもMozartのツボがもうひとつ押さえられていない感じだ。 Chopinもキメるべきところがもうひとつキメられていない(スッと通り過ぎていくような)感じ。後半で痛いミスもあった。


59.エミ・ナカジマ(アメリカ、25歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻ホ長調
  Beethoven: ソナタ第11番第1楽章
  Chopin: バラード第1番
名前からわかるように日系である。 Bachはゆったりしたテンポでロマンチックな解釈。 Beethovenは、くぐもった音の使い方は上手いが、力強さが少し足りない。(他の人にも言えるが、もう少しBeethovenらしいアクセントやスフォルツァンドがあって欲しい。)また特に展開部の細かい走句がもうひとつ明晰でない。 最後のChopinは一言で言ってゆるい。やはり強弱の付け方がいまひとつ。表現のコントラストに欠けるのではないか。 悪く言えば気の抜けたソーダのようである。


60.岡本麻子(日本、26歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻ホ長調
  Haydn: ソナタHob.XVI-50第1楽章
  Chopin: スケルツォ第3番
今年のエリザベートでいいところまで行った岡本さんである(諌山氏のレポートを読むと結構期待できるかも。) Bachはバスの出し方が上手い。(音色はやや単調であるが。) Haydnは解釈、特にアゴーギグが個人的にしっくりこない。(意図的であると思うが)ときどき弾き急ぐ感じのところがある。 第2主題は表情付けすぎ(ロマン派の曲みたい)。古典派にしては落差つけすぎではないか。 (そういえば諌山氏のレポートだったか、この曲について彼女とテベニヒンの解釈の差を云々してた気がしたが、私は断然テベニヒンの解釈が好きである。) 最後のChopinはなかなかよい。主題部の動きが生き生きとしている。オクターヴがスムーズでその後のスタカートもよく効いている。 ただ緩徐的な部分(高音部から降りてくるところ)はもっと優しくデリケートにした方がよいか。(主部との対比が少なめ。) コーダも、特に左手にもうひとつ畳み込むような迫力があるとよかった。


53.ルシー・マガリット(フィリピン、27歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻ハ短調
  Beethoven: ソナタ第17番第1楽章
  Chopin: ノクターンOp.48-1
Bachは音がモゴモゴしているし、音ヌケもちらほら。フーガも一抹の不安がある。 Beethovenもメカニックの弱さを感じる。提示部(手が交差するところ)で目立つミスも。 最後のChopinもリズムが杓子定規というか、アゴーギグがない。 全体的にこれまでの人より明らかに見劣りする。


91.マリア・ジシ(ギリシャ、27歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻変ロ短調
  Haydn: ソナタHob.XVI-32第1,3楽章
  Granados: 「ゴイェスカス」より愛の言葉
Bachは立体感・遠近がある。フーガもすごく変化があり、手練手管という感じ。やりすぎてあざとさを感じるほど。(でもやろうと思ってもなかなかできないものである。) Haydnも出だしの1音から音が生きている。緩急の付け方も自在。音色やタッチの変化、内声の出し方など、一言でいって表現力がある。かなり気に入った。 Granadosはよく知らない曲だが、魅力があった。まず歌があるし、技術的にも細かい動きが滑らかで淀みがない。華のある演奏である。


11.アレクセイ・チェレノフ(ロシア、21歳、男性)

  J.S.Bach: 第2巻変ヘ長調
  Beethoven: ソナタ第24番第1楽章
  Liszt: メフィストワルツ第1番
Bachは歌謡的である。細かい動きでノンレガートなのが個性的。 フーガも工夫たっぷりで聴いていて楽しい。惜しむらくはトリルがもっと綺麗にキマっていたらよかった。 Beethovenも曲に似合ってかわいらしく弾いた。(この曲ではそれほど個性は出していないが。) 最後のメフィストワルツは、それほど悪くないが、期待していたのと比べるともうひとつか(技術的に)。 歌心はすごく感じるし、普段目立たない部分を強調するところなど工夫はあるが、細部でちょっと勢いで誤魔化す感じに聴こえるところがある。 それでもクライマックスの跳躍を、かなり速いテンポながら完璧にこなしたところはさすがであった。 (第1、2日はこの曲を弾いた人が合わせて6人もいたようなのだが、それらと比べると彼のはどの程度の出来だったのであろうか…。)


56.森田義史(日本、20歳、男性)

  J.S.Bach: 第2巻ニ長調
  Beethoven: ソナタ第4番第1楽章
  Liszt: マゼッパ
Bachは出だしでいきなりミス(気負いすぎ?)だが、かなり速いテンポでメカニックの良さを出している。ただ前の人と比べるとさすがに音色のパレットは少ない。 Beethovenも力で押す感じがする(メカに頼りすぎ)。もっと柔らかい音も欲しいところ。また和音を無造作に叩く傾向あり。 14番のデシャルムの方が、こぢんまりとはしているが好きである。 マゼッパもやはり和音強打が美しく響かない。音量はこれまでの人の中でも一番あるくらいなのだが。 リストだからと言ってちょっと叩きすぎ。 緩徐部分の歌い方も(心を込めようとは思っているのだろうが)もうひとつ。 実のところ、彼には密かに期待をしていたのだが…。(今年の3月のピアノアカデミーコンクールではなかなかのヴィルトゥオーゾぶりを発揮していたので。)


80.ガリーナ・チスティアコヴァ(ロシア、16歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻変イ長調
  Haydn: Hob.XVI-40全楽章
  Mendelsshon/Rachmaninov: 「真夏の夜の夢」よりスケルツォ
写真で見ると小学生のような顔立ちだが、実際はスラリとした8等身美人(?)である。 Bachは年齢に似合ったストレートな弾き方。悪く言えば子供っぽい。 Haydnも明るく屈託のない演奏。(私が前々回のドミトリー・モロゾフの超詩的な演奏を聴きなれているからか?) 第2楽章もちょっと無造作な感じがしてしまう。 最後のスケルツォは指はよく回っていたが、タッチにもう一工夫(軽やかさやデリカシー)あってもよいか。


2.マクシム・アニクシン(アメリカ、27歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻変ホ短調
  Haydn: ソナタHob.XVI-49第1楽章
  Liszt: メフィストワルツ第1番
Bachは遅めのテンポ。打鍵はよくコントロールされているが、ちょっと大人しい感じ。 それより、こんなにゆっくりだと制限時間をオーバーしないかとちょっと気になる。 Haydnも落ち着いた丁寧な演奏。大人の味。完成度が高い。ただ小さくまとまり過ぎかも。 メフィストワルツも丁寧で折り目正しい。テンポもあまり揺らさず、インテンポ感があるのが珍しい。 ただLisztなのでもう少し華麗な技巧が欲しいか。 この時点で時間的に全部弾ききることは無理だと思っていたが、やはり途中の緩徐部分のところで打ち切られた。


41.エルアルド・クンツ(ロシア、23歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻ニ長調
  Beethoven: ソナタ第21番第1楽章
  Rachmaninov: 楽興の時Op.16
どこか病人のような顔つきで登場。 Bachは軽めのタッチで速めのテンポ。タッチにもう一段の安定性がほしかったか。前奏曲の最後のところは少しおかしかった。 フーガも軽めのタッチだが、最後のところ、今度は明らかに途中で終わってしまった。(一瞬狐につままれた感じ。) Beethovenも軽めのタッチ。少し不安定なところがあって、Bachといい、体調が悪いのか?表情の付け方などなかなか音楽的でよいのだが。 Rachmaninovは実はあまりよく知らない曲だが、よかった。 全体的に、Bachの失点で落ちるには惜しい感じの人である。


12.ムラデン・コリック(ウクライナ、19歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻ト短調
  Haydn: ソナタHob.XVI-52第1楽章
  Chopin: バラード第1番
Bachは小細工なしのストレートな音。フーガも速めのテンポ、明晰な音で攻めている。前回の(同じ曲を弾いた)イム=ドンヒョクほどの安定性はないが、悪くない。 Haydnは展開部の細かい走句で指がもつれるミス。これも全体的には悪くはないが、もうひとつ胸に迫るものがない。最後のところでもミス。 Chopinも何か足りない感じ。あるいはちょっと朝から聴き詰めで(聴くほうの)集中力がなくなってきたのかも。


58.オイゲニー・ムルスキー(ドイツ、28歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻変ホ短調
  Haydn: ソナタHob.XVI-49第1楽章
  Liszt: ハンガリー狂詩曲第6番
Bachは丁寧でよく考えている。ただ装飾音の入れ方が少し好みに合わないか。フーガも(同じ曲を弾いた)アニクシンより盛り上げている。 Haydnも奇しくもアニクシンと同じ曲。これも丁寧だが、個人的にはもう少し溌剌とした感じが欲しい。(グールドの録音を聴きなれているせい?) 急速な走句でももっとキレを見せて欲しい感じ。 最後のLisztは、問題の連続オクターヴでやはり苦しさを見せる。余裕を持って弾き切ったという感じはしない。 この曲を選ぶのであれば、やはり鮮やかに、華麗に弾き切って欲しいものである。

54.ミッコ・メルヤネン(フィンランド、27歳、男性)

  J.S.Bach: 第2巻ハ長調
  Beethoven: ソナタ第24番第1楽章
  Liszt: スペイン狂詩曲
写真ではわからないが、すっかりおじさん体型である。 Bachは細かいミスが目立つ。途中で何度か入れる大きなタメに違和感がある。フーガは音色の工夫をしているが指回りが少し不安定。 Beethovenもときおり入れる間に違和感があったが、全体的にはまとまっている。 最後のLisztも前のムルスキー同様、技術的にもうひとつピリっとしない。なお彼も制限時間オーバーで途中打ち切り。

70.アレクサンダー・セレデンコ(カナダ、16歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻ト長調
  Beethoven: ソナタ第32番第1楽章
  Balakirev: イスラメイ
弾く前にハンカチを(ピアノの中ではなく)床に直に置くのが珍しい。 Bachは元気溌剌。前回のガヴリリュクを思い出した。 フーガも(ガヴリリュクほどの安定感はないが)悪くはない。一気呵成という感じ。指はよく回りそうである。 Beethovenも小細工せずにストレート勝負。しかもテンポが超特急。 若さ爆発というか怖いもの知らずというか、ちょっと乱暴な感じだが、とにかく指回りには感心した。 最後のイスラメイも超攻撃的だが、音が混濁気味で、響きをもっとコントロールした方がよい。 またフレージングに難があり、フレーズの切れ目がわかりにくい。(間を置かず先を急ぐ感じ。) しかも最後の方で暗譜が飛んでちょっと飛ばす大きなミス。(これがなければCDを買ってもよかったが。) 思わず苦笑してしまうところもある演奏だが、面白かった。

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というわけで1次の3日目を聴き終えたわけだが、今日は全体的に低調だったというのが正直なところ。 この人は次も是非聴きたい、あるいはCDを是非欲しいという人はいなかった。 その中で一番よいと思ったのは

  91.マリア・ジシ
である。その他でも個々の曲を取り出せば、ロマン・デシャルムのBeethoven、カサール・ブレスリンのBach、岡本麻子のChopin、エルアルド・クンツのRachmaninovなど良い演奏はあったのだが、3曲とも良かったという人はなかなかいない。 結局1日目は(ちょっと迷ったが、1枚も買わないのもさみしいので)マリア・ジシのCDを買うことにした。 inserted by FC2 system