第5回浜松国際ピアノコンクール1次予選第4日(11/13)のレポートです。
今日の演奏者も18人。 以下、各演奏者の感想を。


69.関本昌平(日本、18歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻ホ長調
  Beethoven: ソナタ第26番第1楽章
  Chopin: スケルツォ第2番
Bachの前奏曲は小品ながらもうまく盛り上げる。 フーガもホールエコーのせいで細かい動きがはっきり聴こえないのが惜しいが、悪くない。 音色やタッチの変化など、あまり小細工はしない方である。 Beethovenはフォルテ和音にちょっと力みがあるか。 昨日の森田君ほどではないが、少し和音が汚く感じられるところがある。 (音に気を遣い過ぎると昨日のデシャルムのようにこぢんまりしてしまう危険もあり、バランスが難しいところである。) Chopinは力強く、悪い演奏ではないが、もう一段の音の美しさを求めたい。まだ人を惹き付ける音になっていない感じ。 どちらかと言うと力で押す傾向。引くところもあった方がよい。
彼の名前は(PTNAでグランプリをとったということで)掲示板か何かで聞いたことがあったのでどれだけやるかと思ったが、さすがに浜コンの中では埋もれてしまう感じだ。


30.ジョシュア・ハナム イザード(アメリカ、25歳、男性)

  J.S.Bach: 第2巻ト長調
  Haydon: ソナタ第13番第1楽章
  Liszt: リゴレット・パラフレーズ
写真ではわからないが彼もおじさん体型である。 Bachは小細工なしのストレートな演奏(繰り返しで変化はつけているが)。コンクールでこの曲は割と珍しいが、この曲を弾くならもう少し聴かせる工夫が欲しいところ。それでも不安定なところもあってさっぱりアピールしなかった。フーガは明確なスタカートで統一していて面白いが、もう少し表情が欲しい。 BeethovenはBachより印象はよい。(途中の急速な部分の細かい音型が少し怪しい気はしたが。)全体的にさりげない演奏である。 Lisztは出だしのフレーズでミスしたが、音が柔らかく、歌心もある(これが最重要)。 汚い音は出さないし、よくまとめていたが、技術的なところ(技巧のキレ)でもう一段アピールするところが欲しかったか。


50.ソフィア・リシチェンコ=リシッサ(ロシア、22歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻ト長調
  Haydn: ソナタHob.XVI-48全楽章
  Chopin: ポロネーズ第5番
Bachは前の人と同じ曲だが彼女の方が表情を付けていて印象がよい。 フーガも強弱にかなり工夫がある。安定感もある。 最後の音にトリルを付けたのもお洒落。 Haydnも音がきれい。表情がよくついていて音楽性を感じる。第2楽章も(小さなミスはあったが)メリハリがあってよい。思わず聴き入った。 最後のChopinもよい。和音がきれいである。(関本君にこれがあったら…。) これも多少ミスがあったのが残念だが、CD購入に値する出来だと思った。と思ったら時間切れ打ち切り。うーん残念。
彼女はコンクール歴はないようだが、そうそうたるコンクール歴のある人でも「アレ?」という人もいて、いつものことながら結構アテにならないものである。


39.ロスティスラフ・クリマー(ベラルーシ、23歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ト短調
  Mozart: ソナタK.457第1楽章
  Chopin: バラード第1番
Bachは靄のかかったような音が曲の雰囲気に合っている。フーガは主題の入り(最初の音)を強調しすぎるところが少し気になった。 Mozartもヴェールのかかったような音がよい。曲のツボをよく押さえている。 Chopinもよい。音かきれいでツボも押さええいる。音を気にするあまりこぢんまりするようなことがなく、逆にヒステリックにもならない。 テクニックも十分。今回これまで聴いたバラ1の中では一番よかった。


28.ヴァレンティナ・イゴシナ(ロシア、25歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻イ短調
  Beethoven: ソナタ第26番第1楽章
  Chopin: スケルツォ第1番
Bachは表現力があり、タッチもよくコントロールされている。 噂に違わずやりそうである。 フーガは主題を突き刺すような音で弾く。個人的にはやり過ぎに見えるが、これが個性的と言われる所以か。 確かに好悪を分けるかもしれない。(私もフーガについてはあまり好きになれない。) Beethovenもフォルテの和音でやや攻撃的過ぎるきらいはある(もう少し音を磨いて欲しい)。が、緩徐部分での音色は悪くない。 コーダのところで低音和音を強調するのがちょっと変わっている。 最後のChopinはどこか水を得た魚のよう。起伏が大きくドラマチックな演奏。 主部も悪くないが、どちらかというと中間部の歌い方に感心した。 ただ和音強打はそれほどきれいでない。


87.吉永哲道(日本、25歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ヘ短調
  Beethoven: ソナタ第32番第1楽章
  Liszt: ハンガリー狂詩曲第10番
かなり小柄な男性である。 Bachの前奏曲はストレートな音でちょっと騒々しい。フーガはそういうことはなかったが、さらに音色の変化があってもよい。 Beethovenは冒頭和音での音ヌケがよくない(籠もった感じ)。和音での各音のバランスがよくないのかも。(もう少し高音を出した方がよさそう。) その後もいまひとつピリっとしなかった。 最後のLisztは生き生きしている。おおらかで歌があり、技術的にも悪くない。まるで別人のようである。 フリスカでのグリッサンドの連続も絶好調という感じ。 その後はちょっとミスがあったが大いに楽しめた。 彼の十八番の曲なのかも。


36.タチアナ・コレッソヴァ(ロシア、18歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ短調
  Beethoven: ソナタ第22番全楽章
  Liszt: ラ・カンパネラ
なぜか聴衆を全く見ないようにおじぎをする。 Bachはフーガがかなり遅めのテンポ。しっとりした情感が出ている。クライマックスでは音量を上げすぎかも。でも悪くない。 Beethovenもゆったりしたテンポ。オクターヴのところが少し重いか。(多少ミスも。) 傾向として、しっとり丁寧に弾く人である。 その分、リズムの生き生きとしたところ、ノリのよさには欠けるかもしれない。 第2楽章もレガート主体の落ち着いた足取り。 本当はもっとピチピチと飛び跳ねるような曲なんだろうが、こういう解釈もアリか。 最後のLisztは普通のテンポ。丁寧で手堅い。音もきれいだが、ダイナミズムや躍動感のようなものは少なかったかもしれない。


25.フウ・チーロン(台湾、27歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ短調
  Beethoven: ソナタ第4番第1楽章
  Chopin: バラード第1番
Bachはすっきりしているが必要な表情は入っている。さりげないところがよい。 フーガも、前の人よりこちらの方が好きである。(途中でちょっと危ないところがあったが。) 次のChopinは出だしで少しミス。音はきれいだが低音部のパンチがやや足りないか。ちょっとナヨっとしたところがある。 あとアゴーギグに関してはもう少しダイナミズムがあってもよいかも。終盤もややミスが目立った。 最後のBeethovenも、まとまっているがやはり強弱のコントラストが少し足りない感じ。ちなみに時間オーバーで途中打ち切りだった。


1.アンドレス・アナスコ(エクアドル、17歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻変ホ長調
  Mozart: ソナタK.281第1楽章
  Chopin: バラード第4番
Bachの前奏曲は出だしテーマのアーティキュレーションが面白い。第2部は音の出し方がちょっと無造作に感じられるところもある。 第3部は速めのテンポで小細工なし。フーガもかなり速いテンポ。ただメカが目立ってどこか騒々しいというか慌しい感じがしないでもない。 次のMozartは(私の好きな曲ということもあるが)良かった。 あまり小細工せずにストレートな演奏だが、自在というか天真爛漫というか、自然な勢いがある。メカのよさも生きている。 最後のChopinも良い。内声、バスの出し方がよい。特に低音部が充実している。そしてなんと言っても歌が感じられる。 実のところ、この曲は(バラードの中で最高傑作とは言われてるが)もうひとつ好きになれないところがあったが、彼の演奏を聴いて、こんなに歌に溢れているんだということに気付かされた。 技術的には多少瑕もあったが、気に入った。


63.アンドレイ・ポノチェヴニー(ベラルーシ、26歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻ロ長調
  Beethoven: ソナタ第30番第1,2楽章
  Brahms: 狂詩曲Op.79-1
Bachはさりげなく優しい音で弾く。音色の変化もあって大人のBachだ。さすがに実力者である。 Beethovenも音色、解釈、ケチを付けるところがない。模範的演奏。第1楽章だけにしないところもさすがにコンクールを心得ている。 最後もBrahmsらしい深々とした音。(上に飽和しない。) 正統派という言葉が似合う(嫌味なほど)。ともかく相当の実力者であることは間違いない。(もうコンサートピアニストとしてやっていけるのではないかな。) この調子でいけば本選まで行きそうである。 あえて難をいえば「surprise」がないことか。


13.グレゴリー・デターク(アメリカ、21歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻イ短調
  Mozart: ソナタK.281第1楽章
  Scriabin: ソナタ第4番
Bachはアーティキュレーションが面白いが、緊張からか少しミスがあった。 フーガも意欲的な解釈だが、指の動きが少し不安定。トリルもキマらなかった。全体的にもうひとつである。 Mozartも出だしのトリルがもうひとつ。アナスコと比べると明らかによくない。 勢いがないし、細かなところの指回りも不安定。どこか自信なさげというか、去勢されたような感じ。 最後のScriabinもピリっとしない。特に第2楽章のリズムのキレがもうひとつ。
彼は3月のピアノアカデミー・コンクールのときはもっといい演奏をしていたと思うが、今日は体調が悪いのか?


20.スチーニ・ゴー(インドネシア、23歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ短調
  Mozart: ソナタK.330第1楽章
  Granados: 「ゴイエスカス」より愛の言葉
Bachはリズムが重い、というかメトロノーム的であまり歌が感じられない。 (正直この前奏曲を聴いただけで後があまり期待できなくなった。) フーガも立体感に乏しい。 Mozartも、こんなことを言っては実も蓋もないないが音の出し方がよくない。音が硬いしレガートができていない。 最後のGranadosも出だしから昨日のジシとは歴然の差。歌心が感じられない。 申し訳ないが終わるのをただ待っていた。


48.ミハイル・リフィッツ(ウズベキスタン、21歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻ト長調
  Beethoven: ソナタ第3番第1楽章
  Liszt: ハンガリー狂詩曲第12番
Bachは安定感がある。しかも一本調子でない。フーガも速めのテンポで、これほどの安定感は珍しい。(ガブリリュクより上かも。)しかも表情が付いている。これはなかなかの実力者っぽい。 Beethovenもツボを押さえた模範的演奏。(ノーミスというわけではないが。)アクセントもしっかりして、メリハリがある。聴いていて気持ちがよい。 最後のLisztもスケールが大きく格調が高い。(ラプソディーとは思われないほど。) この格調の高さはまるでドイツ物を聴いているような錯覚すら覚える。 力で押すだけでなく、フリスカの細かい音型も実にデリケートなタッチ。 あまりコンクール歴はないようだが、彼もポノチェヴニーに劣らない実力者である。


68.ジャン=ジャック・シュミット(スイス、26歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰へ短調
  Beethoven: ソナタ第23番 第1楽章
  Balakirev: イスラメイ
最初はBeethovenは悪くはないが、もうひとつインパクトが足りない。(前の人が良すぎたから?) 目立つところでミスがあったのも痛い。ただ技術的には割としっかりしている。 それよりこのペースでいくと(多分)最後のイスラメイで時間切れになりそうで、それが気になった。 次のBachも、Beethovenでわかるように技術的に非常に安定している。フーガもよく音がコントロールされている。 最後のイスラメイはいまひとつ。ちょっと大人しい。 緩徐部分もテンポが遅い割に歌がない。リズムが停滞しがち。(これが彼の解釈なんだろうが。) 最後に時間切れでベルを鳴らされたときに軽く和音だけ弾いて終わったところがお茶目。


66.セルゲイ・サロフ(ウクライナ、24歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ短調
  Beethoven: ソナタ第21番第1楽章
  Balakirev: イスラメイ
前回も出ており、ピアノアカデミーにも参加していて(私の中では)すっかりおなじみのサロフである。 Bachは割とすっきりしている。装飾音の入れ方に少し特徴がある。 フーガは主題の入りを強調するあまり少しタッチが耳障りに感じられるところはあったが、まあまあ。 Beethovenはスケールが大きい。ただ手慣れてはいるが細部が少し流れる傾向にある。(また彼も時間内に納まるか少し心配。) 最後のイスラメイは前回も弾いた曲。相変わらず達者ではあるが、これも細部がちょっと荒れた感じがある。 あまり弾きすぎて丁寧さというか真摯さが失われてしまった感じ。 正直彼は前回の1次の方がよい出来たったように思う。(それでも1次で落ちたのだが。)


64.タルラン・ラヒモヴァ(アルゼバイジャン、16歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻ハ長調
  Mozart: ソナタK.310 第1楽章
  Chopin: ポロネーズ第5番
Bachはさりげない表情があって安定している。フーガも速めのテンポながら淀みがない。なかなかやりそうである。 次のMozartは小さなミスが結構目立った。テンポは速いがちょっと単調で、どこか常動曲みたいな感じになってしまった。 最後のChopinもリシチェンコ=リシッサと比べるとディテールのところでもうひとつ。 音に対するデリカシー、繊細さが足りないのかもしれない。 途中からは興味を失ってしまった。


24.ホン・コーフィー(韓国、24歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻ニ短調
  Mozart: ソナタK.330 第1楽章
  Chopin: バラード第4番
Bachの前奏曲はすごく速いテンポだがそれでも破綻のないのはたいしたもの。音はストレート系である。 テンポが速すぎて音色を工夫する余地がないからかと思ったが、フーガの方も単色系。 Mozartは指回りが良い。ただ音が硬いのが難点。(ガヴリリュクとの違い。) 恐らく鍵盤を底までしっかり付けるタッチだからだろう。 このタッチ(硬い音)でバラードはどうなるかと思ったが、やっぱり音が単色になりがち。 (ソフトペダルを使う以外に音色に変化がない。) アナスコのような歌も感じられなかった。


22.ヴィアチェスラフ・グリヤズノフ(ロシア、21歳、男性)

  J.S.Bach: 第2巻ニ長調
  Beethoven: ソナタ第23番 第1楽章
  Tchaikovsky: 瞑想曲Op.72-5
Bachの前奏曲は速いテンポとストレートな音で昨日の森田君を思い出す。ノリがよい。 フーガは森田君よりさらにデリケートな音遣いでなかなかよい。 Beethovenはスピード感に溢れ、アグレッシブ。それでいて乱暴でない。音も充実している。 特にトリルが上手く百発百中という感じ。解釈にも彼の個性が出ている。 瑕がないわけではないが(特に最初の技巧的なパッセージでミスったのは痛い)、これほどアグレッシブで面白い熱情は久しぶりに聴いた。 最後の瞑想曲は熱情のほとぼりを冷ますような優しい音。クライマックスもすごく盛り上げる。演出が上手い。


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というわけで1次の4日目を聴き終えた。 今日聴いた中でよかったと思ったのは

  50.ソフィア・リシチェンコ=リシッサ
 39.ロスティラフ・クリマー
  1.アンドレス・アナスコ
 63.アンドレイ・ポノチェヴニー
 48.ミハイル・リフィッツ
 22.ヴィアチェスラフ・グリヤズノフ
の6人。昨日に比べると全体的にずっとよかった。(CDも、昨日のウサをはらすようにポノチェヴィニーを除く5枚を購入した。)
特に(他の人は多分に私の好みが入っているが)ポノチェヴィニーとリフィッツの2人は客観的に見ても確実に2次に進めそうな出来であった。 inserted by FC2 system