第5回浜松国際ピアノコンクール1次予選第5日(11/14)のレポートです。最終日なので1次の結果もあります。

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77.須藤梨菜(日本、16歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻変ホ長調
  Beethoven: ソナタ第16番第1楽章
  Liszt: ハンガリー狂詩曲第12番
Bachはフーガで特定の音を強調しているが音楽的に響いていない。全体的にゴチャゴチャした感じ。 Beethovenも音が単調。フォルテがむやみに強すぎる。これも音楽的に鳴っていない。 コクがないというか慌しい。指はそれなりに回っているのだが。 最後のLisztは特にラッサン部分が力で押すだけの演奏。やはり力を抜いたり変化をつけることもしないと。 (ここらへんは音楽センスによるところが大きいが。) 昨日リフィッツの素晴らしい演奏が耳に残っているのも大きいと思うが、それがなくてもイマイチである。
全体的に、年齢相応の演奏だったと言わざるをえない。


72.イネサ・シンケヴィッチ(イスラエル、26歳、女性)

  J.S.Bach: 第2巻ト短調
  Beethoven: ソナタ第31番 第1楽章
  Chopin: バラード第1番
Bachの前奏曲は少し単調。あまり音色などの変化がない。フーガも安定はしているが単調。途中で一瞬ヒヤリとする場面もあった。 Beethovenは表情をあまり付けず、機械的とまでは言わないが淡々と弾き進める。無表情という言葉が似合う。 こういう解釈は珍しいので却って新鮮に聴いた(多分解釈的にはダメなんだろうけど)。 Chopinのバラードではさすがに無表情ではまずかろうと思ったが、今度は普通に付けている。 ただ技術的にも音楽的にもアピールするところまではいっていない。というか平凡。


35.アレクサンドル・コブリン(ロシア、23歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻変ホ短調
  Haydn: ソナタHob.XVI-48全楽章
  Chopin: エチュードOp.25-12
ついに噂のコブリン登場である。 気のせいか客席もひときわ埋まっている。 Bachは最初の1フレーズを聴いただけで(多少先入観はあるかもしれないが)さすがという感じ。音のコントロールが絶妙。 フーガも、息をするのも憚られるような静寂とした雰囲気に包まれていた。 噂に違わぬ実力の持ち主である。 Haydnも、昨日のリシチェンコ=リシッサもよかったがさらにその上をいく。 ただ第2楽章はちょっと大人しかったか(技術的にも)。 まるで盆栽のように細部まで完成された世界を見るような演奏だった。 最後のChopinもうるさくならず音楽的な演奏。 彼は技巧を誇示するようなタイプでないことがわかった。(逆に言えばスケールの大きさで勝負するタイプでもないと言えそう。3曲しか聴いてはいないが。)


37.コン・スン スン(韓国、21歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻ハ長調
  Beethoven: ソナタ第3番第1楽章
  Liszt: ハンガリー狂詩曲第6番
おじぎのし方がまだステージ慣れしてなさそうな感じである。 Bachは柔らかい音だがちょっとペダルに頼りすぎの気がする。 フーガは一転明晰な音だが、音がぶっきらぼう。不安定さも感じる。 Beethovenもイマイチ、というかイマニくらい。小さなミスが多いし騒々しい。フォルテ和音が音楽的でない。 昨日のリフィッツとの差は大きい。正直言って終わるのをずっと待っていた。 最後のLisztも出だしから騒々しい。フリスカの連続オクターヴは終盤少し崩壊気味(と言ったらオーバーか。ちょっと爆演系入っていた)。


75.マチアス・ソウチェク(オーストリア、25歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻ロ長調
  Mozart: ソナタK.570 第1楽章
  Brahms: パガニーニ変奏曲第2巻
Bachは割とシンプルな弾き方。フーガも速めのテンポで、音色の変化はあまりないが各声部ともよく出ている。 Mozartも音色の変化こそあまりないが、よくコントロールされている。装飾音がきれいに決まっていなかったところがあるのが惜しい。 問題は最後のBrahms。 技術的にパッとしないというか、恐る恐る弾いている感じ。テクニシャンという感じではない。 最終変奏あたりは弾けていなかった。 正直なところ、期待はずれであった。(BachとMozartはそれほど悪くなかったが。)


52.ヴァクラフ・マチャ(チョコ、24歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
  Mozart: ソナタK.310 第1楽章
  Chopin: スケルツォ第3番
Bachは落ち着いていて、大人しい。フーガもシンプル。 MozartはBachより表情は付けていて、ツボの押さえているが、細部のツメが少し甘い。ただ昨日のラヒモヴァよりはよい。 最後のChopinは悪くない。アピールするところまではいっていないが、うまくまとめている。 今日これまで弾いた人の中ではコブリンに次いで2番目によいか。(というか他の人が明らかにイマイチ。)


29.泉ゆりの(日本、20歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ短調
  Mozart: ソナタK.282 第1楽章
  Albeniz: トゥリアーナ
写真を見るとアイドル並みにかわいく写っているが、実物は少し落ちる…かな:-)。 Bachはゆったりしたテンポでしっとりしている。 フーガもゆったりめのテンポ。音もよく考えている。 ただ後半盛り上がってきたときの表現がどうだったか。ちょっと飽和した感じがある。(もう少し抑えてもよかった。) Mozartもゆったりしてデリケートな音。非常に優美。ただ第1楽章(緩徐楽章)だけという選曲はどうだったか。 最後のAlbenizはちょっと響きすぎ。音ギレをよくしたい。(ペダルの使い方?) またもう少し乾いた音や軽やかな音も出したい。全体的にちょっと重い感じがした。


23.アレクセイ・グルニュク(ウウライナ、26歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻変ロ長調
  Beethoven: ソナタ第10番 第1楽章
  Liszt: メフィストワルツ第1番
写真ではわからないが、割と小柄な男性である。 Bachは割と速めのテンポですっきり。ちょっと素っ気無く感じないでもない。(モロゾフの演奏を聴きなれているせい。) Beethovenは実に優美。彼も軽いタッチが出来る人である。完成度が高い。特に細かいパッセージが美しい。 最後のLisztでも非常に上手い人であることがわかる。 ただ特に前半で弾き急ぐというかテンポが走る感じになるとこが少し気になる(意図的?)。 緩徐部の重音トリルも上手い。また終盤の加速は凄い。(跳躍はちょっとはずしたが。)ただ加速し過ぎ?でコントロールしきれない感じのところはあった。 '99年のホロヴィッツコンクール第1位ということで密かに期待していたが、確かにかなりのテクニシャンである。


76.コンスタンチン・スホヴェツキー(ロシア、22歳、男性)

  J.S.Bach: 第2巻イ短調
  Beethoven: ソナタ第27番 第1楽章
  Medtner: 悲劇的ソナタOp.39-5
彼も写真うつりがよいタイプのようである:-)。 Bachはリラックスした音でしかも自発性が感じられる。かなりのセンスの持ち主っぽい。 フーガもかなり自由に表情を付けているが、フーガとしてのハメははずさない。 フーガという枠の中でできるだけ自由にやっている感じである。 Beethovenは最初のフォルテ和音が少し汚い感じはしたが、でも表現力がある。これもよい出来。 最後のMedtnerは多分知らない曲。 やはり和音がそれほど美しくないが、そもそもそういう曲なのかな。 正直あまりピンとこない曲ではあるが、演奏は悪くなさそう。 ただ時間オーバーで途中打ち切りであった。 これがなければ(この曲は持っていないので)CDを買ってもよいと思ったが…。


44.リー・ヒョ ジョ(韓国、18歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
  Mozart: ソナタK.311 第1楽章
  Chopin: スケルツォ第2番
Bachは立体感に欠ける感じ。音自体が少し平板な感じがする。 Mozartはまずまずだがやはり音にもう少し魅力があるとよい。 Chopinは弱音部で音が軽いというかやや小手先に聴こえるところもあったが、全体としては悪くない。 ただ胸に響いてくるかというと…。


86.矢島愛子(日本、21歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ヘ長調
  Haydn: ソナタHob.XVI-46 第1,2楽章
  Albeniz: ナヴァーラ
いよいよ最後の演奏者、去年の音コンで聴いたことがる矢島さんである。 Bachはさりげないけど上手い(特にトリルが)。フーガも表情の付け方がよい。絶品である。 Haydnは前回ピロジェンコが弾いた曲だが、彼と比べるとずっと落ち着いたテンポ(多分彼女の方が普通)。優美で丁寧である。 最後のナヴァーラも悪くない。少なくとも同じAlbenizを弾いた泉さんより感じが出ている。 ただ音が少し軽い(芯が鳴っていない)嫌いがある。低音部が少し弱いかも。 また全体にまとまってはいるが、テクニカルな面でアピールする曲が少なかったのはどう影響するか。 特に(第1楽章でない)緩徐楽章をわざわざ(貴重な時間を割いて)持ってきた人はあまりいないのだが…。


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というわけで1次の最終目を聴き終えた。 今日聴いた中では

  35.アレクサンドル・コブリン
 23.アレクセイ・グルニュク
 76.コンスタンチン・スホヴェツキー
の3人が良かった。特にコブリンは確実に2次に行けそう。

予選の後半3日間全体では、まず

 63.アンドレイ・ポノチェヴニー
 48.ミハイル・リフィッツ
  35.アレクサンドル・コブリン
の3人は(もちろん残って欲しいが)私の希望と無関係に2次に進めるだろう。 そして
 39.ロスティスラフ・クリマー
  1.アンドレス・アナスコ
 22.ヴィアチェスラフ・グリヤズノフ
 23.アレクセイ・グルニュク
 76.コンスタンチン・スホヴェツキー
は是非残って欲しい人。(が、個人的好みが入っているので予断は許さない。) そして
 91.マリア・ジシ
 50.ソフィア・リシチェンコ=リシッサ
はできれば残って欲しいところ。

ただ実際はホームタウン・ディシジョンがあるので、もっと日本人の通過者が多いだろう。

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で、実際の2次進出者は以下の25名(1次予選での演奏日ごとに示す)。

 第1日: アンドレイ・ラム        ダヴィッド・フレイ
      プイ=ラム アヴァン・ユウ    ラフアゥ・ブレチャッチ
      田村響             鈴木弘尚
 
 第2日: デニス・クズネツォフ      アレクサンドル・ピロジェンコ
      アントン・サルニコフ      ヴィクトリア・コルチンスカヤ
      イエンジェイ・リシエッキ

 第3日: ロマン・デシャルム       岡本麻子
      オイゲニー・ムルスキー     アレクサンダー・セレデンコ

 第4日: 関本昌平            ヴァレンティナ・イゴシナ
      タチアナ・コレッソヴァ     グレゴリー・デターク
      ミハイル・リフィッツ      セルゲイ・サロフ

 第5日: 須藤梨菜            アレクサンドル・コブリン
      リー・ヒョ ジョ         矢島愛子
う〜ん。私の希望はほとんど全滅状態であった。 特にポノチェヴニーが落ちたのは意外だった。 まあ希望者が落ちるのはしかたないとして、いつものことながら入った人の方に?が付く。 全体として今回ほど1次予選の結果が意外なことはなかった。 正直言ってこれからの興味が多少薄れてしまった。

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