第5回浜松国際ピアノコンクール2次予選第1日(11/15)のレポートです。


2次予選の課題曲は以下。これを50分以内で。

  1. Chopin: Op.10またはOp.25から1曲
  2. Liszt, Debussy, Scriabin, Rachmaninov, Bartok, Stravinskyのエチュードから2曲(異なる作曲家から)
  3. Schubert, Mendelssohn, Chopin, Schumann, Liszt, Brahms, Franck, Faure, Debussy, Ravelの作品から1曲ないし数曲
  4. 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
これは前回と(委嘱作品外は)まったく同じである。

第1日の演奏者は9人。以下演奏順に感想を。なお曲は演奏順に並べてある。


43.アンドレア・ラム(オーストラリア、21歳、女性)

 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
  Chopin: ソナタ第2番
  Debussy: オクターヴのための
  Chopin: Op.25-5
  Rachmaninov: Op.39-9
最初は一柳の委嘱作品。今回は例年よりわかりやすい(=拍子感のある)曲だったらいいなと淡い期待を持っていたが、当然のごとく裏切られた。 (と言っても前回の野平作品よりは多少とっつき易いか。でもあと24回この曲を聴かなくてはいけないと思うと少し鬱な気分。)というわけで以降はこの曲についてはコメントなし。 次のChopinソナタは提示部を聴いただけで、期待できなさそう。 音が平板であまりきれいに響かない。 技術的にも水準以下。どうして彼女が2次に進めたのか不思議だ。(でもひょっとしたらこういう演奏が好きな審査員もいるのかもしれない。) 次のDebussyはChopinのソナタほどは悪くない。ただ技巧にキレはあまり感じられない。 Op.25-5もほとんど印象に残らなかった。 最後のRachmaninovは上手いかどうかは別にして一番存在感はあったか。勢いはある。


19.ダヴィッド・フレイ(フランス、22歳、男性)

 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Ravel: 鏡より悲しき鳥たち、洋上の小舟
 Rachmaninov: Op.33-9
 Scriabin: Op.8-10
 Chopin: Op.10-11
 Schubert: さすらい人幻想曲
Ravelは音がよい。透明感がある。音の運びも滑らかで技術がしっかりしている。 Rachmaniov, Scriabin, Chopinのエチュードもよい。品が良いというか、派手さはないが筋の良い技巧である。 大きな個性やスケールの大きさはないが、どこかフランス的(=明晰さと知情のバランス)である。(単なる先入観かな?)ふと昔日本国際に出たパスカル・ゴダールを思い出した。 最後のSchubertも整っている。模範的演奏タイプ。 個人的にはこの曲はもう少しロマンチックに起伏を付けた方が好きだが、悪くない。 ともかく彼は3次でも聴いてみたい人だ。


89.プイ=ラム アヴァン・ユウ(カナダ、16歳、男性)

 Chopin: Op.25-11
 Liszt: ため息
 Rachmaninov: Op.39-5
 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Liszt: ソナタロ短調
いかにも少年という感じの子である。多分中国系だろう。 最初の木枯らしはまあまあ。予想通り指がしっかりしている。ただ表情付けは必ずしもしっくりいかないところがあった。左手の表現力に向上の余地ありか。 Lisztはゆったりしたテンポで高音部の音が美しく響く。抒情的にまとめていた。 Rachmaninovは最初の方でミスがあったが悪くない。力で押すだけの騒々しい演奏になっていないのがよい。スケール感もある。 最後のロ短調ソナタはもうひとつ。 特にテクニカルな部分で(音を磨く余裕がないせいか)いまひとつ音に深みがない。 悪い意味で若さが出ている。 今年の音コンの泊さんの方が面白かった。 フーガのところは技術的にもキレがもうひとつ。 途中で少し飽きてしまった。


4.ラフアゥ・ブレチャッチ(ポーランド、18歳、男性)

 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Chopin: Op.10-7
 Liszt: 軽やかさ
 Debussy: 組み合わされたアルペジオのための
 Debussy: ベルガマスク組曲
 Schumann: ソナタ第2番
Chopinの10-7は最初の方、少しモゴモゴした感じだったが、こんなものかな。 Lisztは音が繊細でデリカシーに満ちている。完成度も高い。 Debussyも同様。同系統の曲が続くこともあるが、彼はこういう音楽が得意なのかも。(リリシスト系?) ベルガマスク組曲は実は睡魔と闘っていてあまり覚えていない(実はこれが昼食後の最初の演奏)。 Schumannも美音かつ繊細な音。スケールは大きくないが、技術も十分。 問題は私がこの曲をあまり好きでないことか(笑)。
全体的にはきれいにまとめていたという感じで(私の好きな曲が少なかったのが残念だったが)、好感の持てる演奏だった。


79.田村響(日本、16歳、男性)

 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Liszt: パガニーニ練習曲第2番
 Liszt: 鬼火
 Chopin: Op.25-12
 Chopin: ソナタ第2番
 Scriabin: Op.42-3
Lisztのパガニーニ練習曲は教科書的演奏でなく、彼の個性が出ている。小手先だけでない力強さがある。 鬼火もまずまず。守りに入ってないのがよい。 Chopinのソナタは(引き合いに出して申し訳ないが)最初のラムとは比較にならないくらいよかった。 音がよい。ダイナミックで、力強く、かつ騒々しくならない。 こぢんまりとしていないのが魅力である。(そのせいか多少瑕はあるのが惜しいが。)終楽章の解釈にも彼の個性が出ていた。 最後をモスキートで締め括るところもしゃれている(演奏もよかった)。
彼も16歳ということで話題になっているが、このステージを聴く限り確かに逸材である。


78.鈴木弘尚(日本、25歳、男性)

 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Schumann: 交響的練習曲(遺作付き)
 Rachmaninov: Op.39-6
 Chopin: Op.10-8
 Liszt: 超絶第10番
Schumannは結構個性的な演奏。歌重視の姿勢が悪くない。 ときどき和音強打でもうひとつきれいに響かないところがあるが、これは曲がそうなのかも。 遺作の入れ方も結構考えている(5つ固めて挿入ではない)。 行儀のよい、教科書的演奏ではない分、却って楽しめた。 Rachmanionvは中間部で左手を異様に強調するのが個性的。 Chopinの10-8もかなり自由で面白い。通り一遍の演奏になっていない。 Lisztもアグレッシブで個性たっぷり。(ちょっと爆演系入っている。) こういうのが嫌いな審査員も当然いるだろうが、そういうのを気にしない姿勢に好感を持った。
彼は前回や日本国際を聴いたときには非常に真面目な演奏をするタイプかと思っていたが、そのときと比べるとどこかフッ切れたみたいだ。


42.デニス・クズネツォフ(ロシア、21歳、男性)

 Schumann: ダヴィッド同盟舞曲集
 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Chopin: Op.25-10
 Scriabin: Op.8-10
 Liszt: ラ・カンパネラ
座るや否やSchumannを弾き出す。これは苦手な曲、というかほとんど通して聴いたことがない曲なのでなんとも言えないのだが、音はよさそう。 でも正直、長かった。 Chopinの25-10は悪くないが、主部の終わりの方でミスったのが痛い。中間部はスムーズだった。 Scriabinはクライマックスのところで左手が少し弱い。もうひとつだったか。 Lisztは折り目正しいというかインテンポ感があって面白いが、細かい瑕が多めなのが残念。 全体的にエチュードがもうひとつだった感じである。


62.アレクサンドル・ピロジェンコ(ロシア、24歳、男性)

 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Chopin: Op.10-12
 Scriabin: Op.8-10
 Rachmaninov: Op.39-1
 Liszt: ソナタロ短調
いよいよピロジェンコの登場である。 ちなみに1次のCDを聴いてみたのだが、確かにホロヴィッツ編のハンガリー狂詩曲19番はブッとんでいた。 前回はスケルツォとマーチでいきなり度肝を抜いたが、今年も早々にカマしてくれたようである(笑)。 ただ残念なのは2次で弾く曲が前回とほとんど同じであること。違うのは(委嘱作品を除けば)Rachmaniovだけである。 (レパトリーはたくさんあるのだろうから別の曲も弾いてくれればいいのに…。)
Chopinは前回ちょっとミスがあったが今回はなし。まずまずの出来である。 Scriabinも相変わらず上手いが、前回の方がスピード感というかインパクトがあったかも。 Rachmaninovはちょっと響きが多すぎて細かい動きがあまり聴こえなかったか。 最後のロ短調ソナタが素晴らしかった。 前回聴いたときは、テクは確かに凄いのだが「間」がなくてどこかセカセカしたというか慌しい感じがしたのだが(実際、彼よりテベニヒンの演奏の方により感銘を受けた)、今日はそのような印象を払拭するような出来であった。 持ち前の技巧と音楽が結びついていた。 また前回はコーダでミスをしていたのだが今回は大きなミスもなく完成度も高い。 正直、今日はこの演奏を聴けただけで来た甲斐があったという気がした。


65.アントン・サルニコフ(ロシア、24歳、男性)

 Chopin: Op.25-11
 Liszt: 吹雪
 Rachmaninov: Op.39-6
 Schumann: 子供の情景
 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Liszt: メフィストワルツ第1番
Chopinの木枯らしは打鍵がちょっと乱暴。和音がドシンドシンという感じになる。 Lisztも弱音部分はよいのだが低音部のフォルテになるとその傾向あり。 (ロシアの人はたいてい音がきれいなのだが…。) Rachmaninovはメリハリが利いてスケールも大きい。この曲でも低音を炸裂させる。 鈴木君に劣らず個性的である。 Schumannもメリハリがあったがフォルテ和音がやはり濁りがちなのが気になった。 曲によって表情の違いがよく出ており、表現力はある。 最後のLisztはミスが結構あり、あまりよくない。 和音を叩く傾向は相変わらずで、緩徐部分の歌い方もあまりしっくりこなかった。 解釈は結構面白いところがあったが、それを支えるテクが万全とは言いがたい。


***

というわけで2次の1日目を聴き終えた。総括すると次のようになる。
絶対残って欲しい人:

  アレクサンドル・ピロジェンコ
これは説明不要である。
残るならばこの中からであって欲しいという人(演奏順):
  ダヴィッド・フレイ
 ラフアゥ・ブレチャッチ
 田村響
 鈴木弘尚
である。なかなか充実した一日だった。 inserted by FC2 system