第5回浜松国際ピアノコンクール2次予選第2日(11/16)のレポートです。今日の演奏者も9名である。

38.ヴィクトリア・コルチンスカヤ(ロシア、25歳、女性)

 Rachmaninov: Op.39-6
 Liszt: パガニーニ練習曲第2番
 Chopin: Op.25-12
 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Brahms: ソナタ第3番
Rachmaninovは割と落ち着いたテンポだが中間部は凝った表現。強弱のコントラストが強い。悪くない。 Lisztもまずまず。低音部が充実、というかちょっと出しすぎかも。 Chopinもやはり低音部に重心ががあって高音部のきらめくようなパッセージがあまり聴こえない。 表情もやや一本調子。1次のコブリンの音楽的な演奏と比べるとちょっと落ちる。 Brahmsは、音量はあるがフォルテで音がヒステリックに感じる。 デカい音を出せばよいというものではないという感じ。 個人的にはもう少し音量を落としても響きをコントロールした方がよいと思えるが…彼女はスケール感や迫力を重視しているのかも。 そもそもこの曲はあまりピンと来ないので、長く感じた。(でも次の人もこの曲を弾くんだよね…。)


49.イエンジェイ・リシエツキ(ポーランド、22歳、男性)

 Brahms: ソナタ第3番
 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Rachmaninov: Op.33-5
 Chopin: Op.25-10
 Scriabin: Op.42-5
いきなりBrahmsということで3番ソナタの連続攻撃となった(;_;)。 少しこもったというかヌケの悪い音。 あまり魅力的な音ではないが、聴き疲れしないだけでもいいかも。技術(メカ)的には前のコルチンスカヤより少し弱い感じ。 第2楽章もそれほど深く歌わずにすっきりしているが、前の人のボリュームのあるステーキのような演奏の後だと、こっちの方がホッとする。 終楽章も打鍵が無造作に感じられるところはあったが、こぢんまりしている分、疲れなかった。 Rachmaninovもこぢんまりとしており、あまりスケール感はない(技術的にも)。 Chopinは開始がノンレガートでインテンポで入るのが面白い。中間部はちょっとミスしたが思ったよりよかった。 最後のScriabinもあまりゴチャゴチャせず、すっきりして悪くない。
全体的にいいのか悪いのかよくわからない人だったが、多分後者だろうな。


14.ロマン・デシャルム(フランス、23歳、男性)

 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Ravel: スカルボ
 Schubert: ソナタD.784
 Chopin: Op.10-4
 Debussy: 対比的な響きのための
 Liszt: 超絶第8番
ここからは1次で聴いたことのある人である。
Ravelはなかなかの佳演であるが、もうひとつインパクトに欠けるか。(逆に言えば、インパクトには欠けるが悪くない。) 細部で細かい瑕があるのが惜しいが、 (1次でも感じたが)技術的な筋はよさそう。 Schubertもツボを押さえている。模範的演奏と言ってもよいかも。 個人的にはもう少し強弱のコントラストを付けてもよいと思ったし(特にフォルテやアクセント)、 緩徐部分では音色に変化をつけてもっと歌ってよいと思ったが、何事もバランスを重んじる(極端に走らない)のはいかにもフランス的である。(これも先入観かな。) 終楽章が特によかった(ここはケチをつけるところがない)。 Chopinの10-4も流れるような演奏。 最後のLisztも多少ミスはあったがよかった。クライマックスのオクターヴ跳躍が完璧だったのがえらい。
全体的に、今日これまでの3人の中では一番よいと思った(というか好きなタイプ)。 彼も昨日のフレイと同様、強い個性はないが、透明感のある音とフランス的なバランスのよさを持った人と言える。汚い音は出さない。


60.岡本麻子(日本、26歳、女性)

 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Liszt: 鬼火
 Debussy: 4度のための
 Chopin: Op.10-8
 Ravel: オンディーヌ、スカルボ
 Chopin: アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ
鬼火はまずまず。ちょっとミスがあるが昨日の田村君より手馴れた感じである。 Debussyは最初の4度の高速パッセージのキレがもうひとつ。明確に聴こえない。 中間部の見せ場の4度のパッセージも音が弱くてよく聴こえない。このDebussyはイマイチ。 Chopinの10-8はまことに滑らか。リズムも生き生きしている。これは上手かった。 Ravelはスカルボがもうひとつ。 デシャルムよりミスが多いし、細部のclarityに欠ける。(モゴモゴした感じ。)ちょっと変調気味だったかも。 強弱のメリハリも小さめ。(大きければよいというものでもないが。) 最後のChopinは右手の細かい動きが非常に滑らか。 リズムもよい。10-8といい、1次のスケルツォといい、彼女はChopinが合っているのかも。 あえて注文をつければ左手にもう少し存在感があってもよいか。
全体的に、彼女はよい曲と悪い曲が混在している感じである。


58.オイゲニー・ムルスキー(ドイツ、28歳、男性)

 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Chopin: バラード全曲
 Chopin: Op.25-11
 Scriabin: Op.8-12
 Liszt: ラ・カンパネラ
Chopinのバラードはどの曲も手馴れた感じでよく弾けているが、なぜかあまり胸に来るものがない。 1番や4番など、あまりフォルテ和音がきれいでない(音が割れる感じ)なのも一因だと思うが、それだけではないだろう。 彼とは波長が合わないのかもしれない。 正直、長く感じた。(今回は1番はクリマー、4番はアナスコの好演が印象に残っているせいもあるかも。) 25-11はテンポが速く、それなりに上手いことは認めるが、音があまり魅力的でない。目立つミスもあった。 Scriabinは出だしは大人しめだったが最後はかなりの音量。ちょっと騒々しく聴こえなくもない。 最後のLisztはなかなかよかった。
全体的に、明らかに悪いところは指摘できないのだが、どうも「好きでない」。


70.アレクサンダー・セレデンコ(カナダ、16歳、男性)

 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Chopin: Op.10-1
 Liszt: ラ・カンパネラ
 Rachmaninov: Op.39-5
 Ravel: 夜のガスパール
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第2番
爆演系の16歳、セレデンコである。 まず一柳の委嘱作品から個性的。轟音をとどろかせるなど笑いを誘うところも。 Chopinの10-1も爆演系の名に恥じぬ。ほとんどデタラメに近いと言ってもよいかも。(シフラほどではないが。) この演奏を「矯正」しなかった先生もえらい!(さすがグールドを生んだトロント音楽院。) Lisztはテンポは速いがどちらかというと大人しい。と思ったら後半は怒涛のフォルテシモ攻撃。やはり爆演だった。 Rachmaniovはすべてフォルテから上で勝負している感じ。 はっきり言って騒々しいんだけど、確信犯だからどうこう言ってもしかたがない。 Ravelはオンディーヌが最初から繊細さ、デリカシーとは無縁。違う曲を聴いているみたいだった。 このあたりから真剣に聴くのはやめて、とにかく演奏を楽しむことにした。 スカルボもところどころ崩壊気味に爆走していた。 ただ最後のLisztだけは、ある程度自由にやってよい曲だけに彼に合っている。意外性のあるアゴーギグなど、自由奔放である。でもハンガリー狂詩曲は本来はこうでなくちゃいけない。(真面目に)素晴らしかった。 この演奏だけはCDを欲しいと思った。最後に彼のad libを入れなかったのが残念(密かに期待していたのだが)。
常識的に考えれば、さすがに彼が3次に進むことはないと思うが、正統的、模範的演奏が続く中、気分転換にこういうステージが1つくらいあってもよい。 (審査員もそれを狙っていた?)


69.関本昌平(日本、18歳、男性)

 Rachmaninov: Op.39-9
 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Scriabin: Op.8-12
 Chopin: バラード第1番
 Chopin: Op.25-5,6,7
 Liszt: メフィストワルツ第1番
Rachmaniovは勢いと音量はあるが音楽の練りが足りない感じ(特に緩徐部分)。やはり力で押す傾向にある。 Scriabinも、どうも彼の乱暴な(と言ったら言い過ぎかもしれないが)音が好きになれない。 だが次のバラード第1番ではそれを感じなかった。 音が磨かれている感じだ。力任せに叩かないときはいい音を出しているのかも。 このバラードはよかった(目立つところでミスもあったし、コードの追い込みもおとなしめだったが)。 少なくともムルスキーの演奏より好きだった。 次の25-5はもうひとつピンボケみたいだったかな(主部が)。 25-6は完璧とはいえないがまずまず。だた強くアピールするところまではいかなかったか。 Lisztは技術的にいまひとつ。また響きがコントロールされていない感じである。


28.ヴァレンティナ・イゴシナ(ロシア、25歳、女性)

 Schumann: ウィーンの謝肉祭の道化芝居
 Chopin: Op.25-10
 Liszt: 超絶第10番
 Rachmaninov: Op.39-6
 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Liszt: スペイン狂詩曲
Schumannはくぐもったというか、少しこもったような音(よく言えば暖色系)。 実はそれほどよく知っている曲ではないのでなんともいえないが、正直、音に魅力を感じない。 もっと透明感のある音が好きなのだが。 Chopinの25-10は悪くない。テンポこそ速くないがオクターヴが安定している。中間部の歌い方もよい。 超絶10番はよく歌う演奏。フッとテンポをゆるめたり、解釈にも個性が出ている。 Rachmaninovは鈴木君やサルニコフと比べると大人しい感じ。ミスもあってもうひとつか。 最後のスペイン狂詩曲は途中の3度が上手い。 ただ残念ならがクライマックスでのオクターブ交互連打があまりキマっていなかった。 その後の部分を聴いても、技巧的に水準以上であることは確かなのだが…。


36.タチアナ・コレッソヴァ(ロシア、18歳、女性)

 Brahms: パガニーニ変奏曲第1、2集
 Chopin: 幻想曲
 Debussy: 半音階のための
 一柳慧: ピアノのためのピアノ・ポエム
 Scriabin: Op.8-9
 Chopin: Op.25-11
今回も客席を見ないようにおじぎをする。 Brahmsはあまりパッとしない、というかかなりイマイチ。 難曲を選んだが、かえって技術的限界が見えてしまった。 表現も生硬。 このコンクールでのこの曲の水準よりはだいぶ下という感じである。 Chopinの幻想曲も音が重く、美しくない。歌のセンスも感じられない。リズムのキレも悪い。(今日は体調が悪いのか?) Debussyはフレージングにしまりがない。 Scriabinも見通しの悪い演奏。乱暴にしか聴こえない。 木枯らしもあまり印象に残らない。
全体的に、2次のこれまでの人の中でもイケてない度はかなり高い。 (彼女のような人が2次に進んで、ポノチェヴニーが進めないのだから、コンクールはやはりある程度「運」なんだなと思う。)


***

2次の2日目を聴き終えて、個人的に特に好感を持ったのは

  14.ロマン・デシャルム
である。 あとは数人を除いて横一線、というか是非3次に進んで欲しいと思う人は見あたらなかった。(正直、低調だった。) 今日はよくも悪くもセレデンコのステージがハイライトだったのかもしれない。 inserted by FC2 system