第5回浜松国際ピアノコンクール3次予選第1日(11/18)の感想です。

3次は演奏時間60分を限度として各自自由にリサイタルを構成する(前回までと同じ)。
本日の演奏者は7人。以下感想を。


19.ダヴィッド・フレイ(フランス)

 Mozart: 「ああ、お母さん聞いて」による変奏曲
  Liszt: ソナタロ短調
  Janacek: ソナタ「1905年10月1日、街頭にて」
 Prokofiev: トッカータ
最初のMozartは強い個性はないが手堅くまとめている。 個人的にはもう少し変奏間のコントラストがあってもよいと思うが、Mozartの様式には反するかも(F.サイのCDを聴きすぎか?)。 それでもときには暖色系の音色を入れて変化をつけたらよいと思った。 次のLisztもよくまとまっている。 欲を言えば、個性というか他の人とは違う特徴みたいなものがあればいい。 あとフォルテ和音でたまに音がちょっと汚くなることがある。 またフーガ部分は技術的にちょっと弱い(余裕が無くてリズムが寸詰まりになったりする)と感じるところもあった。でもコーダは健闘。 また緩徐部でのミスタッチはいいところだけにちょっともったなかった。 Janacekは(これまでの何回か聴いたことはあるが)あまりよく知らない曲なのでコメントはパス。 最後のProkofievはもうひとつ。 テンポが微妙に揺れる(走る)ところがあるし、その他にも技術的に万全とは言いがたい。 表現的にもフレーズの切れ目がはっきりせずにダラダラ続く感じのところがある(前半)。 最後の(グリッサンドの直前の)和音連打もちょっと失敗気味(これはキメたかった)。 難曲でかえって技術的限界が見えてしまった感じである。
全体的に、期待したほどではなかったという印象。


4.ラフアゥ・ブレチャッチ(ポーランド)

 J.S.Bach: イタリア協奏曲
 Beethoven: ソナタ第2番
 Chopin: ノクターンOp.62-1
 Chopin: バラード第3番
 Szymanowski: 変奏曲Op.3
Bachの第1楽章は装飾音がよくキマっている。ちょっとセカセカしたところはあるが、ところどころ彼の個性も出ている。 第2楽章の歌い方も上手く、スッと入ってくる(私のfeelingに合っている)。 第3楽章はテンポが前のめりになるのがちょっと気になるか。 これは慌しいと感じる人がいても不思議でない。 全体的にはまずまず。(どうも私は3次でBachを弾くような人にシンパシーを感じてしまうことが多い―前々回のモロゾフ、前回のテベニヒン、チェレパノフ―みんな本選に進めなかったけどね。) 次のBeethovenはBach以上によかった。 私の思い描くこのソナタの姿とほとんど違わない。硬くなり過ぎず、ナヨナヨせず、キメるべきところはキメる。 完成度が高いというか、ミスをほとんどしないところもエライ。(そういう意味では天才肌の演奏家かも。) Chopinのバラードは悪くないが意外と普通(私が期待しすぎ?)。 最後のSzymanowskiはあまり詳しくない曲なのではっきり言えないが、悪くない(と思う)。 少なくともこれまでこの曲を聴いたときよりは興味深く聴けた(奏者にシンパシーを持っているせいもあるかも)。
全体的に、フレイとは逆に期待していたよりよかった。というかかなり気に入った。


78.鈴木弘尚(日本)

 Brahms: 4つの小品Op.119
 Vine: ピアノソナタ(1990)
 Schubert/Liszt: 水車屋と小川
 Schubert/Liszt: 水の上で歌う
 Rachmaninov: ソナタ第2番
Brahmsは苦手系の曲だが印象はもうひとつ。1、4番はフォルテ和音が少し汚く感じるし、2番はやや音が硬く、3番は動きが少し重い。4番ではもう少し響きを整理した方がよいか。(ポノチェヴニーのような深々した音ならよかったが、全体的にちょっとヒステリックに感じる。) 次のVineのソナタは生では初めて聴くが、もう少し透明感のある音が欲しい気がする。 フォルテ和音もやはり少し汚い(割れる)。 この曲のCDはあまり出ていないのでよい演奏なら買おうかと思っていたが、ちょっと食指が動かなかった。 (それにしても日本人委嘱作品もこれくらいわかりやすい曲にしてくれないかな。) 次のLiszt編曲物はいずれもゆったりしたテンポでじっくりと歌っていてよかった。 特に水車屋と小川は好きな曲(原曲も)ということもあってゾクゾクとした。 ただ音色はもう少し磨いて欲しいと思うところはある。 また水の上で歌うのラストの方はやはりフォルテ和音が美しくないのが残念。 最後のRachmanionvもフォルテ和音が割れるのがどうしても気になる。(手はあまり大きそうに見えないので、そこらへんがハンディになっているのだろうか。) むしろ第2楽章の歌い方に好感を持った。 終楽章はミスが多く技術的に少し精彩を欠いたか(疲れが出た?)。
全体的に、彼も2次の方がよかった。特に音の汚さ(割れ)が気になる(汚いと感じない人もいるかもしれないが)。

65.アントン・サルニコフ(ロシア)

 Beethoven: 幻想曲Op.7
 Chopin: スケルツォ第1番
 Chopin: Op.10-3
 Scriabin: ソナタ第5番
 Rachmaninov: 前奏曲Op.32-5
 Shostakovitch: ソナタ第1番
金髪で横顔がちょっとリスト風のサルニコフである。 Beethovenの幻想曲は多分初めて聴く曲。(2次から感じていたが)フォルテ和音が美しくない。(これも、そう感じない人もいるかもしれない。)和音以外でも音の磨きがもうひとつという感じ。 次のChopinのスケルツォは意外と悪くない。勢いがある。 セレデンコでないけど、フッ切れているというか、思い切り伸び伸びと弾いているのがよい。 次の10-3も悪くない。中間部はもう少し畳み掛けてもよいと思ったが。 Scriabinも思ったよりよい。急速部でのノリがよいし、ダイナミズムが感じられる。緩徐部分の音色も悪くない。 Rachmaninovも、大きな曲の間にこういう小品を入れるプログラムはなかなか。演奏も悪くない。 最後のShostakovitchもまずまず。特に緩徐部分の表現が上手い。急速部分も打鍵が縮こまっていないのがよい。 (この曲ならフォルテ和音で多少音が汚くても気にならないし。)
彼も2次のステージよりずっとよかったと思う。と言っても2次のイマイチの印象を完全に払拭できたわけではないが。


38.ヴィクトリア・コルチンスカヤ(カナダ)

 Rachmaninov: 前奏曲Op.23-5, 32-5, 32-12, 23-2
 Brahms: シューマンの主題による変奏曲
 Prokofiev: ソナタ第6番
Rachmaninovの32-5は、彼女の低音の効いた音が曲にあっている。32-5は一転、繊細な音がよくコントロールされている。 23-2は左手がちょっと出すぎか。また右手はもう少しきれいに響かせたい。(力で押すという2次のBrahmsの印象がちょっとよみがえってくる。) 次のBrahmsはあまり聴きなれない曲だが、メリハリがきいてよかった。技術的にキレも感じられる。 最後のProkofievは、(個人的な)技術的ポイントである第1楽章が展開部もかなり健闘して悪くない。 迫力があり、打鍵に力がみなぎる。(その分少し乱暴というか無造作に聴こえなくもない―もっと音を磨ける―ところもあるが。) この曲は彼女に合っている。 第3楽章もよく歌っている。 終楽章も部分的にもうひとつ(速い走句でclarityを欠く―というか残響のせいでよく聴こえない)ところもあったけど、総合的にはツボを押さえていてよい。 印象としては前回の上原さんの演奏より良いという感じだ。
全体的には彼女も2次よりずっと印象が良い。特にProkofievが(好きな曲ということもあって)よかった。


14.ロマン・デシャルム(フランス)

 Scriabin: ソナタ第10番
 Brahms: ソナタ第3番
 Rzewski: ウィンズボロ綿紡績工場のブルース
Scriabinは詳しくない曲なのであまりコメントできないが、くぐもった音のせいで多少ヌケが悪い気がする(それを意図しているのだと思うが)。 次のBrahmsもそれほど聴き込んだ曲ではない(もうひとつ好きになれない曲)ので、全体的な印象になってしまうが、悪くない。 少なくとも今回聴いた3人の中では一番好きだった。 コルチンスカヤのように聴き疲れしないし、リシエツキのようにフニャフニャした感じもない。 この曲が今までより少し好きになるような演奏だった。 最後のRzewskiは演奏がどうのこうのというより、曲が面白かった(演奏も多分いいのだろうけど)。 この曲はアムランのCDを持っているが実はあまり聴いたことがなく、今日実演で聴いてその面白さがわかった。
総合的には彼も2次と同様のよい印象を残して聴き終えた。


60.岡本麻子(日本)

 Mozart: ソナタK.330
 Schumann: クライスレリアーナ
 Messiaen: 喜びの精霊の眼差し
Mozartは第1楽章のトリルがよくキマっている。ただ(1次のHaydnでも感じたが)たまにテンポが微妙に走る感じになるのが気になる(やはり意図的?)。 全体的に優美で結構表情を多めにつけている。 第3楽章はトリルのキマり具合が第1楽章ほどでなかったか。 Schumannは個人的にはもう少しダイナミックレンジを大きく、ドラマチックな感じの方が好きである。 2次のChopinでも感じたが低音がもうひとつ弱い気がする。 全体的には、どこが悪いというわけではないが個人的にはもうひとつピンとこない演奏だった。 最後のMessiaenは悪くない。これももう少し鋭い打鍵があるとよいと思ったが、キレがあって3曲の中では一番いい感じがした。


***

3次の1日目を聴き終えて、本選で弾く曲の好みも加味して、本選に進んで欲しい順に3人挙げると

  ラフアゥ・ブレチャッチ
  ロマン・デシャルム
  ヴィクトリア・サルチンスカヤ
というところ。 ブレチャッチは本選曲とは関係なく、今日聴いた中では一番気に入った。 デシャルムは2次、3次ともよかったがさらに本選でBartokの2番を弾くというのでさらに加点である。 コルチンスカヤも本選で私の大好きなProkofievの2番を弾くというのが大きい。今日のProkofievの6番の出来からして結構期待できそう。 以上は私の好みが強く反映されているが、今日の演奏は全体的にそれほど優劣はなく、結果の予想はつかない。(それでなくても今回の審査の基準は私のそれとずれているし…。)

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