第6回浜松国際ピアノコンクール1次予選第1日(11/12)の感想です。

例年は1次の3日目くらいから聴きに来るのですが、今回は初日から。 ただその代わりに本選は聴かずに帰る予定です。(もともと協奏曲よりソロの方が好きですし、前回のように1次で良い人がバタバタと消えていくようなことがあるなら最初から聴いた方がよい気がして。) なお日程等は公式サイトを参照。今回はネット配信もあります。(というわけで本選はネットで聴くつもり。)

今回の出場者は聴いたことがある人はあまりおらず、前回のPirojenkoのように特に注目している人もいないのですが、強いて気になる人を挙げればまずSasha GRYNYUK。この人の演奏は今年の春の浜松アカデミーコンクールのネット配信で見たのですが、それを見た限りは結構やりそう。あとは前回のエリザベートコンクール第2位のSHEN Wenyu。この人はChopinコンクールでの演奏(やはりネットで見ました)はあまり好みではなかったのですが、エリザベートコンのハイライトCDなど、Chopin以外なら結構面白そうです。日本人では話題(?)の北村朋幹君もどんな演奏をするのか少し気になります。

実は今回一番興味があるのは、審査がどうなるかということ。 正直、前回の予選は何かの思惑が働いたような、個人的には非常にすっきりしないものであったので、今回もそれが踏襲されるのか、それとも前々回までのように(一部日本人枠が噂されることがあっても)まあ納得できるものになるのか、今後の浜コンの方向を占う分かれ目になるような気がしています。

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1次の課題曲は以下の3曲(20分以内)。例年通りです。

  1. J.S.Bach 平均律クラヴィーア曲集から1曲
  2. Haydn, Mozart, Beethovenのソナタより第1楽章、または第1楽章を含む複数楽章
  3. ロマン派の作曲家の作品から1曲

以下、1次予選第1日の感想です(演奏順)。名前の前の番号は出場者番号。

なお、最初の2人(CHEUNG Jae-Won、崎谷明弘)は間に合わなくて聴けなかったので、レポートは3人目からです。ちなみにホールについてみると席は8割以上(9割近く?)埋まっていてビックリ。いつもは1次は平日から聴いているので席はガラガラとは言わないまでもだいぶ余裕があるのですが、さすがに日曜だから人出が多いのか、それとも浜コンも第6回になってだいぶ人気が出てきたのか…。

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65.Esther PARK(エスター・パーク、アメリカ、22歳、女性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰変ロ短調
  Haydn: 第32番第1楽章
  Liszt: リゴレット・パラフレーズ
名前と顔立ちからアジア系(韓国系?)のようである。 Bachは速めのテンポで音が豊潤。途中に即興的なパッセージを入れるなど工夫もある。 Beethovenは冒頭近くで音をハズしたのが痛かったがそれ以後は安定。ただ細かい走句で(響きが豊かすぎるせいか)音のclarityを欠くところがあるのが多少気になる。 Lisztは細かく速い走句での音が優美で、(Lisztにありがちな)ゴリゴリしたところがないのがよい。終盤のオクターヴ連打部分のテンポが速いが余裕が感じられる。 全体的にどの曲もよく練られていて完成度が高い。2次に行ってもおかしくない出来。


55. James Jae-Won MOON(ジェームズ・ジェ-ウォン・ムーン、オーストラリア、20歳、男性)

 Haydn: Hob.XVI-34
 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Liszt: リゴレット・パラフレーズ
彼も見るからにアジア系。Haydnは優美系で音がよくコントロールされている。 ただ個人的にはもう少しメリハリが利いていた方がよい気もする。Haydnということでややダイナミックレンジを抑えたのかもしれないが、 大事に行こうとするあまり少し縮こまった感じがしないでもない。もう少し伸びやかさがあってもよいところ。 Bachはやはり優美な音でよくまとまっている。 Lisztは前のPARKに比べるとさらに表情を付けたり色々とやってきている(よいか悪いかは別として)。 最後の部分で少し不安定なところがあって、個人的には前のPARKの方がよかったと思う。 実は前の人のときと席を変えて音の聞こえ方が違ったせいかもしれないが、全体的にこぢんまりした音に聴こえた。


57. Ksenia MOROZOVA(クセニア・モロゾヴァ、ロシア、21歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Beethoven: 第21番第1楽章
 Liszt: 婚礼
Bachはプレリュードで一瞬音が間が開いたところがあった。フーガは弾き急ぐ感じがあり、テンポがやや不安定に感じる。(アガっている?) Beethovenも指が流れるようなところがあり、またやはり弾き急ぐ感じもあり、緊張でテンポが十分にコントロールできていないように聴こえてしまう。(国際コンクール優勝歴もある人なのだが。) Lisztの婚礼は浜コンの1次としては地味な曲。悪くはないがあまり印象に残らず。 全体的にこれまでの3人の中ではイマイチ度が高いというか、私の好みでない感じである。


67. Daniele RINALDO(ダニエレ・リナルド、イタリア、22歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ヘ短調
 Beethoven: 第18番第1,2楽章
 Chopin: スケルツォ第3番
上背のありそうな男性である。 Bachのプレリュードは響きが豊かで表情も豊か。ややロマン派的なBachだが決して機械的にならないのはよい。 フーガも同様だが右手が主役になり過ぎてあまりポリフォニーが聴かれないのは残念。(発想がロマン派なんだろうな。)でもそんなに嫌いではない。 Beethovenもやはり表情が豊か。音がグラマラスというのか、豊潤なところに魅力がある。響きに禁欲的な、それよりも指回りが気になる日本人(音コンあたり)ではこういうBeethovenはなかなか聴けない。 Chopinも音に力があり、オクターヴのスピードも十分。この曲が一番彼向きのように感じる。やはり深々とした響きは魅力があり、ちょっとGarrick Ohlssonを思い出させる。


84. Olesya TUTOVA(オレシア・トゥトヴァ、ロシア、28歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ長調
 Beethoven: 第4番第1楽章
 Glinka: ベッリーニの歌劇「カプレーティとモンテッキ」の主題による変奏曲
Bachのプレリュードは出だしでいきなりミス(前回の森田君同様)。その後もポロポロと細かいミスが出る。 フーガは音色のコントルールに感心したが、少し不安定な部分もあった。 Beethovenはくぐもった音で、もう一つスカっとしない。アクセントが弱いというか、鋭さが足りないというか、一言でいうとメリハリに乏しい。 Glinkaはよく知らない曲で、曲自体は面白いのだが、演奏はBeethovenと同じ印象。 どこか縮こまっているというか、小さくまとまっている感じ。音のヌケが悪く、スケールが不足しているように思われる。 彼女も私の趣味ではない感じである。


28. Mi-Yeon I(ミ・ヨン・イ、ニュージーランド、24歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ハ短調
 Beethoven: 第21番第1楽章
 Chopin: バラード第2番
写真を見るとなかなかの美人。(実物は遠目からではよくわからず。)やはりアジア系か。 Bachは楷書的で指がよく回りそう。ソツなく終えた。 Beethovenはどちらかというと日本人的で、真面目だが音に面白みが少ない。打鍵が浅いというのか、どこか表面的に聴こえる。指回りに少し不安なところもあった。 Chopinはホールの残響のせいか細かい走句で音のクリアさがもう一つ。全体的には悪くないと思うがあまり印象に残らず。


15. Martina FILJAK(マルティナ・フィリャク、クロアチア、27歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ハ長調
 Haydn: Hob.XVI-20全楽章
 Rachmaninov: 楽興の時Op.16-2
Bachはシンプルだがフーガなどキビキビとして悪くない。 Haydnは音のコントロールが絶妙。表情もよく付いており、装飾音もきれいにキマっている。このHaydnは気に入った。 Rachmaninovはあまり詳しくない曲だが、指回りも確かで悪くない。 さらに(ロシア的)スケール感というか、感情の昂ぶりみたいなものがあるとよいのかも。


92. Chun-Chieh YEN(エン・チュンチェ、台湾、23歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ト短調
 Haydn: Hob.XVI-49第1楽章
 Chopin: 舟歌
Bachのプレリュードは表情豊か、かつ過度にロマン的にならないというバランスがよい。フーガも立体感が感じられ、実力者っぽい。(もちろんここに出てくる人は皆それなりの実力者なんだけど。) Haydnはやはり前の人同様、音がよくコントロールされている。 音色はどちらかというとモノクロームだが、水墨画が濃淡だけで描かれるように、濃い黒から淡いグレーまで音色を駆使している感じ。 途中少し乱れたところがあったのが惜しい。 Chopinはアゴーギクに結構変化を付けていて、そこが面白い(一本調子にならない)。 音は非常に繊細で、悪く言えば少しナヨっとしているが、でもキメるべきところはキメる、みたいな感じ。 これもなかなか気に入った。


32. JIN Hanwen(ジン・ハンウェン、中国、23歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ヘ短調
 Beethoven: 第21番第1楽章
 Chopin: バラード第1番
Bachのプレリュードはストレート系の音で、(曲による違いもあるが)今回は珍しい。 フーガは主題の低速トリルが私の好みではないが、でもタッチやよくコントロールされている。 Beethovenはダイナミックでメリハリのある解釈は好きだが、細かい走句で指回りが少し不安定というか万全でないところがあるのが気になる。 (今回はワルトシュタインを弾く人が結構多いが、まだ満足できる演奏に出会っていない…。) Chopinは熱演だったが(Mi-Yeon Iのバラード同様、)なぜか胸にあまり響かなかった。


26. Claire HUANGCI(クレア・ファンチ、アメリカ、16歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻イ短調
 Beethoven: 第26番第1楽章
 Chopin: バラード第2番
Bachはプレリュードの柔らかい音とフーガでの鋭いタッチの対比が目覚しい。 Beethovenは表現にいろいろ細かい工夫があって面白い。 例の難所の高速和音もまずまずだし、メリハリもあって気に入った。 Chopinは音に立体感があり、ポリフォニーのセンスを感じる。 最初のフォルテの部分もまさに音が迫ってくる感じ。 正直バラード第2番はそれほど好きな曲ではないが、この演奏は聴かせる。 これで16歳というのだから恐れ入る。今回のCD購入第1号となった。


20. 五島史誉(日本、26歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ヘ長調
 Mozart: K.311
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第12番
Bachは表情の付け方がちょっとワザとらしいというか硬い。ただ音は健康的。途中で一瞬音が途切れるミスもあり、冒頭(やけに音が大きかった)といい、ちょっと気負っているのかも。 フーガはやや弾き急ぐ感じがある。もう少しゆったり落ち着いて弾いてもよいと思うのだが、緊張しているのかな。 Mozartもやはり速い部分で弾き急ぐ感じがあり、フレーズの切れ目をもう少し意識した方がよい気がする。 装飾音がキマっていない(不明瞭になる)ところもあって、やはり少しアセっている? Lisztは日本人にありがちな真面目な演奏。音色があまり豊富でなく、音が少し硬い感じがする。また特にラッサン部分では、スケール感を出そうとするあまりか、音圧が高いというか、ややうるさく感じられなくもない。ただフリスカでの指回りは悪くない。全体的に、良くも悪くも日本人的な演奏であった。


87. WANG Chun(ワン・チュン、中国、16歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Beethoven: 第4番第1楽章
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第2番
Bachのプレリュードは割とストレートな音で、左手を結構強調するところが面白い。表現意欲に溢れているようである。フーガは割と普通。 Beethovenは前に同じ曲を弾いたTutovaよりはずっと私好みの解釈。強弱の対比やアクセントなど曲のツボをよく押さえていて、(必ずしも全面的に賛成というわけではないが)まずまず。 Lisztはやはりこれもラッサン部で音圧が高い感じ。でもフリスカでのメカニックの安定性は大したもので、これでさらに遊び心というか、この曲ならではエンターテインメント性が出ればよさそう。 全体的にやや聴き疲れするタイプである。


19. Alexei GORLATCH(アレクセイ・ゴルラッチ、ウクライナ、18歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ハ短調
 Beethoven: 第17番第1楽章
 Chopin: 英雄ポロネーズ
彼は去年のChopinコンクールに出ていた気がする(どんな演奏だったかは記憶にないが)。 Bachは前の人と一転、柔らかい音でホッとする。自発性があり、トリルが美しい。 フーガも一瞬「?」なところもあったが安定している。 Beethovenは、前の人のように音は大きくないが、繊細で魅力的。曲のツボをことごとく押さえており、音楽的に響く。(今年の音コンでタンホイザー序曲を弾いた彼とどこか通じるものがある気がする。) ChopinはBlechaczのような高貴さ、品のよさはそれほど感じられないが、輝かしく力強い。


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というわけで1次の1日目を聴き終えた。今日印象に残った人(と曲)は

 65. Esther PARK(Liszt: リゴレット・パラフレーズ)
 67. Daniele RINALDO(Chopin: スケルツォ第3番)
 15. Martina FILJAK(Haydn: Hob.XVI-20)
 92. Chun-Chien YEN(Haydn: Hob.XVI-49、Chopin: 舟歌)
 26. Claire HUANGCI(Beethoven: 第26番、Chopin: バラード第2番)
 19. Alexei GORLATCH(Beethoven: 第17番)
といったあたり。あと55番や87番も悪くはない(というわけで好みでない人を挙げた方が早いのかも)。このうち26番はCDを購入した(他の人のも後で買うかもしれない)。 1曲ならば結構気に入る演奏はあるのだけど、3曲とも、となるとなかなか難しいのは以前書いた通りである。

2次に進むのが25人くらいだとすると、1次の1日あたりで約5人。上に挙げた人がそのまま通るとは思わないが(これまでの経験から)、この中から通る人が多く出ればラッキーである(審査委員と私の趣味が合うということで)。ただ今日は飛び抜けて気に入った(2次も是非聴きたい)という人はまだ現れていないかな。

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