第6回浜松国際ピアノコンクール1次予選第2日(11/13)の感想です。

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35. Sean KENNARD(ショーン・ケナード、アメリカ、22歳、男性)

  J.S.Bach: 第2巻ト短調
  Beethoven: 第31番第1楽章
  Mendelssohn: 厳格な変奏曲
顔立ちからするとやっぱりアジア系?。Bachは割とストレートでシンプルな弾き方だが、デュナーミクや音色など、ちょっと単調。フーガも手堅いが少し機械的な印象を受ける。 また途中でソフトペダルで音色を変えているが、それがやや唐突でワザとらしい感じがする。 Beethovenもどうも音楽にのれていないというか、自然な呼吸が感じられない。ともかく私とは波長が合わなそうである。 Mendelssohnも音に締まりというかキレが感じられず、メリハリがあまりないので(起伏はあるものの)なだらかな山がどこまでも続く、みたいな印象を受ける。 ちなみにMendelssohnの途中で時間切れとなった。(今回初めて?)


3. Arta ARNICANE(アルタ・アルニカーネ、ラトビア、24歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ヘ長調
 Haydn: Hob.XVI-52第1楽章
 Chopin: バラード第4番
Bachは非常に柔らかい音。表情の付け方などセンスもあるようでホッとする。 フーガもタッチがよくコントロールされていて実力者っぽい(こればっか(笑))。 Haydnも優美系。やや小ぢんまりしているかなとは思うが、タッチの精度など完成度は高い。 Chopinも暖かな音色で非常に優美。ただときには毅然としところ、一本芯が通った表現もあるとよいかも。 彼女は3曲とも同じ傾向でまとめられていて、これが彼女の持ち味だと思うのだけど、浜コンの1次を突破するにはさらに突き抜けたところも必要かもしれない。


37. KIM Tae-Hyung(キム・テヒョン、韓国、21歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ヘ短調
 Haydn: Hob.XVI-20第1楽章
 Liszt: エステ荘の噴水
Bachのプレリュードはタッチの変化など考えていると思うのだが、どこか作為的な感じがする。フーガは速めのテンポかつストレートな弾き方で、この方が彼に合っていそう。 Haydnもよく考えられているが、どこか表面を塗り固めたというか、自発的でない感じがする。そのためふとした(油断した)瞬間に地の部分が見えてしまう、みたいな印象。 Lisztも悪くはないが、それほど好きにはなれなかった。彼との相性もよくなさそうである。


78. 鈴木健太(日本、23歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ヘ短調
 Mozart: K.330第1楽章
 Chopin: バラード第4番
Bachは速めのテンポだが自然で気負いはなさそう。ただフーガは結構ミスが目立ってもったいなかった。 Mozartも速めのテンポで天真爛漫風。音は硬質で音色の変化もあまりないが、溌剌とした自然さがよい。 Chopinも音色の多彩さはないが自然な呼吸があるのが救い、というか長所となっている。 流れが沈滞したり淀んだりしないのが良い。 (こういうアゴーギクは教えられるものではないので、本人のセンスなんだろう。) コーダは少し惜しかったが、爽やかさが感じられる演奏だった。


30. JEAGAL So-Mang(ジェーガル・ソマン、韓国、23歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ト短調
 Mozart: K.331第1楽章
 Chopin: バラード第4番
Bachのプレリュードはトリルのキマり具合がもうひとつ。 フーガも時々ややぶっきらぼうな音が聴こえたりしてタッチのコントロールが今一つに思える。 Mozartもデュナーミクなどやはり作った感じがあり、そのあたりは37番と通じるものがある。一言で言うと共感できない。 Chopinも同様だが、時間切れで打ち切りとなって正直ホッとした。


23. Sasha GRYNYUK(サーシャ・グリュニュク、ウクライナ、23歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
 Haydn: Hob.XVI-32第1楽章
 Chopin: バラード第4番
注目の人、Grynyukが2日目で登場。 Bachの出だしを聴いて、これは期待通り。繊細でよくコントロールされていて、噂に違わぬ(ネットでも見ているのだけど)実力の持ち主である。フーガも何も言うことはない。 Haydnは表情の変化が大きくいろいろやってきている。攻めの解釈とでも言おうか。もちろん悪くない。 Chopinもさすがに音のコントロールが巧い。 でも個人的には鈴木君の方が面白かったかな。(多分Grynyukの方が正統的なんだろうけど、この曲はそれほど好きというわけではないので真っ当な演奏ではダメなのかも(笑)。) しかし全体的には十分に彼のポテンシャルが感じられた。


48. LEE Yun-Yang(リー・ユンヤン、台湾、24歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ハ長調
 Haydn: Hob.XVI-52第1楽章
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第13番
顔立ちがどこか米村でんじろう先生を思い出させる。 Bachのプレリュードはストレートで骨太な音。テンポの揺らし方というか、アゴーギクに少し癖があってあまり私好みではなかった。 一方フーガは細かい動きが非常にクリアなところが印象的(滑舌がよい感じ)。 Haydnもあまり小細工せずに直球勝負だが、それで勝負できているのがよい。 もちろん必要な表情は付いているし、強弱のメリハリが利いている。指回りというか、メカニックも非常に安定している。 Lisztは昨日の2人のように音圧が高くない(聴き疲れしない)のがよい。(曲が違うので一概に比較できないが。) フリスカでの急速で細かいパッセージが上手く、顔に似合わず(?)かなりのテクニシャンである。


83. Shorena TSINTSBADZE(ショレーナ・ツィンツァバジ、ロシア、24歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻イ短調
 Mozart: K.331第1楽章
 Liszt: オーベルマンの谷
Bachのプレリュードは安定感があって悪くないが、フーガは指が流れる感じのところがあった。 Mozartは歌が自然で心地よく、同じ曲を弾いた30番よりずっと私好みである。ただ後半やや息切れをしたのか少しミスが増えた。 Lisztは音が充実していて悪くなかったが、途中で(時間オーバーの)鈴が鳴らないか気になってあまり集中して聴けなかった。 と思ったら案の定時間切れ。最後のクライマックスのところが弾けなかったのは痛い。 (そもそも時間的にプログラムに無理がありそうなのは私でもわかりそうだが…。)


52. 前山仁美(日本、19歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ヘ長調
 Haydn: Hob.XVI-32全楽章
 Scriabin: エチュードOp.2-1, 8-12
Bachのプレリュードはゆったりと時間が流れるような柔らかい音楽。再現部のところで小さなミスがあったりしたが、悪くない。 フーガもアーティキュレーションなど緻密で隙がない。設計図通りという感じ。何事も几帳面な日本人の美質を見た思いがする。 HaydnはGrynyukと比べるとずっと標準的な解釈で、面白みは少ないかもしれないが終楽章での指回りも完璧に近く、ケチの付けどころがない。 敢えて言えばやや音が硬いと思わせるところがあるので、緩徐楽章などではさらに音色の変化があるとよいのかも。 最後のScriabinは、こういう曲だと音色の少なさが出てしまう気がする。また8-12はダイナミックレンジなどもう一歩のキレと迫力が欲しいところ。 全体的にどの曲も準備万端といった感じで完成度が高く、恐らく演奏者も悔いはないのではないかな。あとは運を天(審査員)に任せるといった感じか。 (個人的にはScriabinという選曲はどうだったかという気はするが。)


39. KIM Da-Sol(キム・ダソル、韓国、17歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Beethoven: 第7番第1楽章
 Liszt: BACHの主題による幻想曲とフーガ
Bachは小細工なしの直球勝負。フーガは速めのテンポにも拘らず指回りが非常に安定しており、今回これまで聴いた中で一番よいかも。デキる。 Beethovenもツボともいうべきメリハリが利いていて、展開部の始まりと終わりでのミスが惜しかったけど、かなり気に入った。メカニックのポテンシャルを感じる。 Lisztが圧巻。迫力、キレ、スピード感とも素晴らしく、 この曲は前回の田村君の演奏が強烈な印象を残している(と言っても生ではなく録音で聴いた)のだが、それを思い出させる、というかそれに勝るとも劣らない出来。 聴きながら脈拍が上がるのを感じた。ブラヴォである。


1. Alex ALGUACIL(アレックス・アルガシル、スペイン、27歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ヘ短調
 Albeniz: セビリアの聖体祭
 Beethoven: 第32番第1楽章
Bachは前のKim Da-Sol君の余韻が覚めやらぬうちに聴いたが、しっとり系で悪くない。 Albenizはあまり詳しくない曲だが面白く聴けたのできっと悪い演奏ではないだろう。ややくぐもった音である。 Beethovenも温かみのある音。ただ急速部ではややメリハリというかキレに欠ける感じもある(ドッシリはしているが)。 ところでAlbenizを2番目に持ってきて、断章であるBeethovenを最後に持ってきているのはやや不思議な曲順である(何か最後が締まらない感じ)。


56. Mikhail MOROZOV(ミハイル・モロゾフ、ロシア、19歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Beethoven: 第32番第1楽章
 Brahms: 間奏曲Op.118-6
手の汗を拭ったハンカチをクシャクシャのまま鍵盤の端の置き、大きくため息をつく。(かなり緊張している?) Bachはプレリュードは悪くないが、フーガはちょっと急く感じ。息を止めて一気呵成に突き進む、みたいと言ったらよいか。 ミスも少しあり、Kim Da-Sol君ほどの安定感はなかった。 Beethovenは指が回って仕方ないというか、エネルギーがあり余っているというか、若くて素朴な演奏。 Brahmsは苦手な曲なのであまりコメントできず。 全体的にまだ荒削りといった印象である。


85. Viller VALBONESI(ヴィレル・ヴァルボネシ、イタリア、24歳、男性)

 Mozart: K.330第1楽章
 J.S.Bach: 第2巻ニ短調
 Liszt: タランテラ
メガネをかけて登場したのだが、弾く前にそれをはずして鍵盤の端に置いていた(何のためにメガネをしてきたのかな?)。 Mozartは音に透明感があってとてもキレイ。呼吸も自然で心地よい。美しくて印象に残るMozartである。 Bachも表情が自然で音楽的。この曲にありがちなメカメカした感じがないのがよい。 Lisztのタランテラは(毎度言っているが)前々回のGavrylyukの鮮烈な演奏が耳にこびりついているのでそれに比べると物足りない面はあるが、まずまず悪くない。 特に中間部の歌謡的な部分に聴き応えがあった。強靭なメカニックを持っているというよりは歌心が魅力。音楽に身をゆだねたくなるような心地よさがある。


76. Irina SHKURIDINA(イリーナ・シクリンディナ、ロシア、28歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ハ長調
 Beethoven: 第23番第1楽章
 Rachmaninov: 前奏曲Op.3-2
Bachは48番のLee Yun-Yangよりずっと自然でこなれている。フーガも滑らかで淀みがない。 Beethovenも完成度は高いが、個人的にはフォルテの部分などもう一歩踏み込んだ表現が欲しい気がする。 熱演だし悪い演奏ではないと思うが、やや手堅くまとめた感じがする。 Rachmaninovは、この曲に対する感度が高くないのであまりコメントできないが、迫力は十分。もう少し音ヌケがよいといいかも。


31. JIA Ran(ジア・ラン、中国、17歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ短調
 Mozart: K.533
 Rachmaninov: 前奏曲Op.32-4,5,6
Bachは弾けるように始まるが、指回りが非常によく、それでいて表情が付いている。Valbonesiの演奏もよかったが、さらにメカに安定感を加えた感じ。 フーガは一転非常にゆったりした解釈だがタッチがよくコントロールされている。完成度が高い。 Mozartは意外にも溌剌系というよりはしっとり系で、非常に丁寧。タッチが高度に安定している。 Rachmaninovはあまり詳しくない曲だが、3曲を急・緩・急のように配してメリハリをつけている。これも完成度が高そうである。


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というわけで1次の2日目も終了。今日印象に残った人(と曲)は

 78. 鈴木健太(Chopin: バラード第4番)
 23. Sasha GRYNYUK(J.S.Bach: 第1巻変ロ短調)
 48. LEE Yun-Yang(Liszt: ハンガリー狂詩曲第13番)
 39. KIM Da-Sol(Liszt: BACHの主題による幻想曲とフーガ)
 85. Viller VALBONESI(Mozart: K.330第1楽章)
といったあたり。また52番や31番も全体的な完成度の高さが印象に残った。 ちなみにこのうちCDを購入したのは39番で、85番も後で買おうかなと考えているところ。(以前にも言ったように、購入に踏み切るかどうかは曲の好きさ加減なども大いに関係しているので必ずしも演奏の出来だけでは決まらない。) 注目のGrynyukはよかったし、2次に進む可能性は高いと思うが、群を抜いているというほどでもないように思う。

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