第6回浜松国際ピアノコンクール1次予選第3日(11/14)の感想です。

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62. Ronald NOERJADI(ノナル・ヌルヤディ、インドネシア、19歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ハ短調
 Beethoven: 第8番第1楽章
 Chopin: スケルツォ第2番
物腰が妙に落ち着いていて、顔立ちもどこか及川ミッチー風。 Bachのプレリュードは拍節感がイマイチ。フーガも変なところにアクセントがついている気がして、解釈の問題ではあるが個人的にはもう一つ好きになれない。 Beethovenも序奏でやはりリズムというかアクセントの置き方に違和感がある。 主部に入っても指が流れるというか、拍節感が曖昧になりがち。ミスも結構多い。 Chopinは音に締まりがないように聴こえる。 また細かな走句で指がしっかり回っていない(流れる)。 コンクール歴がないところを見ると多分オーディション合格組なんだろうけど、よく通ったなというのが正直なところ。 失礼な言い方だが、このくらい差があると審査も楽なんだろうけど…。


10. Evgeny CHREPANOV(エフゲニー・チェレパノフ、ロシア、22歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変ホ短調
 Beethoven: 第15番第1楽章
 Schubert/Liszt: 戦士の予感
彼は第4回から3回連続の出場である。それでもまだ22歳というのが凄い(笑)。(そういえば以前はTcherepanovという綴りだった気がする。) ちなみに第4回は3次まで進出、前回は1次落ちである。 プログラムを見ると今回は3次でBerlioz/Lisztの幻想交響曲の最後の2楽章を弾くようで、それまで残っていて欲しい(1,2次でそれに価する演奏をし欲しい)ものである。
Bachは繊細で歌があり、それでいて大きな起伏が感じられる。このBachを聴いてホッとした。 この曲は前回のKobrinの演奏が印象に残っているが、それを思い出した(あそこまで病的に繊細ではないが)。 Beethovenでは暖かく霞がかかったような音色が全曲を包む。曲想にピッタリである。(ただ個人的にはKAWAIの音はどうも好きになれない。) Shubert/Lisztは初めて聴くような曲。(第4回ではSmetanaの「海辺より」を1次で弾いたりと、彼は結構珍しい曲を持ってくる。そこがいいのだが。) 割と穏やかで叙情的な曲なのだが、これまで既にだいぶ時間を使っているので時間は大丈夫かなと思っていたら、やはり時間オーバー。 あまり盛り上がらないうちに(といってもこの後盛り上がるのか知らないが)終わってしまった。 そういえば彼は第4回の2次でも時間オーバーでほとんど1曲まるごと弾けなかったこともあった(それでも3次に進んだんだけど)。 さすがに今回はヤバいかな、ということでBerlioz/Lisztに黄信号が灯ったかも。(時間計算をキチンとしてくれ〜。)


73. SHEN Wenyu(シェン・ウェンユー、中国、20歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ヘ短調
 Beethoven: 第23番第1楽章
 Balakirev: イスラメイ
噂のShen Wenyu、生では初めて見るがかなり小柄である。 Bachのプレリュードはメリハリにやや欠けてあまりよいとは思えない。(これでエリザペート2位?) フーガは悪くないが割と普通。 Beethovenは技術的には非常に安定しているけどどこか小ぢんまりしてあまり印象に残らない、というか悪い方で印象に残る。 ダイナミックレンジなどスケールが小さく、リズムが弛緩しているというか、ノリが悪い。 「熱情」なのに妙に落ち着いた感じで切迫感が感じられない。 こんな退屈な熱情は久しぶりに聴いた。 最後のBalakirevについては、この曲(だけ)は彼の良さが出ていた。 かなりのテクニシャンであることは間違いない。
全体としては、個人的にはちょっと肩透かしだった。技巧は確かにあるのだが音楽性の面で少し疑問を感じた。


5. Gabriele BALDOCCI(ガブリエレ・バルドッチ、イタリア、26歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻変ホ長調
 Beethoven: 第21番第1楽章
 Schumann: アレグロOp.8
Bachのプレリュードは音が美しい。昨日のValbonesiと言い、イタリア人の弾くピアノはなぜこうなるのだろう。 フーガも歌謡的で心地よい。 Beethovenも響きが豊潤。ツボを押さえており、今回やっと納得がいくワルトシュタインが聴けた。 Schumannのアレグロはあまりよく知らない曲(実はSchumannはよく知らない曲が多い)だが、メリハリ、ダイナミックレンジ、音の豊かさがあり、結構楽しめた。(やはりその分裂症的というか、曲想の変化についていけないところはあるけど。)


66. Daria RABOTKINA(ダリア・ラボトキナ、ロシア、25歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ホ長調
 Beethoven: 第2番第1楽章
 Chopin: バラード第1番
Bachのプレリュードは非常にゆったりしていて、慈しむように弾いている。フーガも手堅くまとめていて悪くない。 Beethovenも大筋では悪くないが、この曲は前回のBlechaczの名演をよく聴いているので細かいところではいろいろ不満なところが出てきてしまう。 たとえばもう少し打鍵にデリカシー(上品さ、優美さ)が欲しいところがある。 Chopinはもうひとつ。強音で音があまりキレイに響かない。 また細かい部分で不明瞭になるところがある。(ごまかし気味に聴こえてしまう。特にコーダなど。)


72. Olivia SHAM(オリヴィア・シャム、オーストラリア、21歳、女性)

 Mozart: K310第1楽章
 J.S.Bach: 第1巻変ホ長調
 Liszt: メフィストワルツ第1番
彼女も顔立ちからアジア系のようである。 Mozartは出だしを聴いて、これはイケてなさそう。 強弱(表情)が不自然で、また付くべきところで付いていない。 棒弾きとまでは言わないが、Caroline Fischerの演奏を思い出してしまった。 後はあまり真剣に聴いていなかったが、BachもMozartの印象を覆すものではなかった。 ただ最後のLisztはMozart/Bachから予想したほどは悪くない。 多少荒削りではあるが勢いがある。(彼女の十八番の曲?) ミスも結構あったし、終盤は勢いを重視するあまり少々暴走気味(小崩壊)だったりしたが、楽しい演奏であった。 こんなことを言っては僭越だが、Lisztを聴くとメカはそれほど悪くないので、BachやMozartは良い先生について勉強した方がよいのではと思ってしまった。


82. Alessandro TAVERNA(アレッサンドロ・タヴェルナ、イタリア、23歳、男性)

 Mozart: K330第1楽章
 J.S.Bach: 第2巻変イ長調
 Alkan: イソップの饗宴
Mozartは悪くはないが、多少演出過剰な感があって、個人的には昨日のValbonesiの方が自然な感じで好きである。 (ちなみにValbonesiのCDはその後買って聴いてみたのだが、音のキレイさは生のときほど味わえないものの、やはりMozartは良かった。) Bachは柔らかでゆったり。先ほども書いたが、イタリア人の音はなぜ皆豊かなのだろう?。さらに根底に歌が流れているような気がする。 これは文化的DNAみたいなものなのだろうか。(同じようなものに日本人の几帳面さ、ロシア人のスケールの大きさ、フランス人の明晰さ、韓国人のアグレッシブさなどもある気がする―ステレオタイプではあるが。) 最後のAlkanだが、浜コンにもついにAlkanが登場するようになって、時代は少しずつ変わってきているようである(ちなみに今回はもう一人1次でイソップを弾く人がいる)。 演奏はまずまず。緩徐楽章ではかなりテンポを落としてロマンチックに歌うなど、かなり今まで聴いたどれよりも表現の振幅が大きい演奏。 (そういえば同じイタリア人のIgor RomaのCDもその傾向を示していた。)


68. 坂本彩(日本、17歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ロ長調
 Beethoven: 第16番第1楽章
 Mendelssohn: 厳格な変奏曲
Bachは柔らかい音を出そうとしているのだろうけど、音がか弱いというか、不安げに聴こえてしまう。 個人的には弱音であってももう少し安定感のある音で弾きたい気がする。 Beethovenも特に速い走句で音が弱く不明瞭になりがち。まだ指が弱いのかも。 前のイタリア人と比べるとやはり音が出来ていないというか、音の魅力が少ないなと感じがしてしまう。 Mendelssohnも昨日の最初に聴いたSean Kennardと似たような感じ。もう少しキレ、メリハリが欲しい。結構同じ調子が続く感じがある。 全体的には、精一杯頑張ってはいるのだが17歳相応の演奏という感じがした。


50. LIM Hyo-Sun(イム・ヒョソン、韓国、25歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ長調
 Chopin: エチュードOp.10-10
 Beethoven: 第3番第1楽章
Bachはやや抑えた音でまずまず無難。フーガは遅めのテンポで読みが深いが、ただその分流れが少し滞っている感じがしないでもない。 Chopinもまずまず悪くない。ただ1次に持ってくるほどかと言われると微妙。 Beethovenも同様。悪くはないけど印象に残るほどでもない。これでもBeethovenコンクールで特別賞を取っているそうだが…。


89. WANG Shiran(ワン・シーラン、中国、16歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ長調
 Haydn: Hob.XVI-42全楽章
 Rachmaninov: 前奏曲Op.32-12, 23-7
子供が発表会で着るような、浜コンではちょっと違和感のある衣装で登場。 Bachはプレリュードの前半で少しモタついか感じがあったがフーガは一応ツボを押さえている。 Haydnはストレートでシンプルな音。雰囲気は出ているが、さらに音色の変化などがあるとよいか。 Rachmaninovは例によって感度が高くないので何とも言えないが悪くない気はする。 ただ全体的にはあまり印象に残らない演奏であった。


6. Katarina BILJMAN(カタリーナ・ビリュマン、セルビア、20歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ長調
 Beethoven: 第21番第1楽章
 Chopin: バラード第2番
メガネをかけ、スラリとしたどこかインテリ風の女性である。 Bachは前の二人と比べるとペダルやら左手のアクセントやらいろいろ工夫している。かなりアグレッシブな解釈だが、ビートが効いて結構面白い。 ただホールの残響のせいで細かい音が聴こえないのが残念。 フーガは落ち着いた感じで小細工があまり前面に出ず、こちらの方が説得力がありそう。 次のBeethovenは頂けない。何か腑抜けたような音で、技術的にも冴えない。ミスもボロボロ。 Bachの方はピアノ向けに「編曲」していると言ってもよいのである程度の解釈の自由があると思うが、Beethovenは個性的解釈では済まされないだろう。 ChopinもBeethovenと同傾向。弾き終わるのをただただ待っていた。


60. Howard NA(ハワード・ナ、アメリカ、21歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ハ長調
 Beethoven: 第31番第1楽章
 Balakirev: イスラメイ
やはりアジア系の男性。今回アメリカ国籍の人はすべてアジア系っぽい。 Bachは暖かみのある音。シンプルな曲だが聴かせる演奏をするのはそれほど簡単でないことを思うと結構やりそう。 Beethovenも、もう少しデリカシーのある音が欲しいところもあるがまずまず。タッチの変化が巧みである。 ただ例によってKAWAIの音は(録音で聴くと気にならないのだが)どうも私の好みに合わない。 Balakirevも音ギレが悪いというか、残響のせいで音がダンゴ状態になるのが惜しいが、Shenの演奏よりノリがよくて、面白さというか音楽的感興の面ではこちら方が上かもしれない。 もっとも終盤は結構ハズしたりしてやや暴走気味なところもあったが。(技術的精度ではやはりShenの方が上。)


22. Artyom GRISHAEV(アルチョム・グリシャエフ、ロシア、25歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ短調
 Beethoven: 第4番第1楽章
 Chopin: エチュードOp.25-10
さっぱりとした短髪になっていて、写真とはだいぶ雰囲気が違っている。 Bachはプレリュードで指が転ぶなど結構乱れた。(相当アガっている?) フーガもプレリュードの印象が残っているせいかどこか不安な感じが漂う。 Beethovenは、いろいろ細かく見れば不具合はあるが基本的な方向性は好きである。 sfやアクセントなどツボは押さえているし、力強く、リズムに推進力がある。 Chopinもまだまだ磨く余地はあると思うが深々とした響きが魅力。 さらにスピード感というか、キビキビとした感じがあるとよかった。 全体的には最初のBachのプレリュードが痛かった。最後のお辞儀のときも深呼吸をしたりして、相当緊張していたんだな…。


94. ZHANG YouYou(ツァン・ユーユー、中国、22歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ長調
 Haydn: Hob.XVI-50第1楽章
 Chopin: スケルツォ第3番
Bachのプレリュードは一段と活きがよく、フーガも上手い。あっさり弾いているようだがツボは押さえている。 Haydnは一転して軽くて繊細なタッチ。優美系である。フレーズ間に結構間を入れるのが特徴的。 Chopinも、個人的には初日のDaniele Rinaldoの方が印象に残っているが悪くない。ただ途中で暗譜が飛んだような気がした。


64. Sun-A PARK(ソナ・パーク、アメリカ、18歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ長調
 Beethoven: 第24番第1楽章
 Szymanowski: 変奏曲Op.3
初日の最初に聴いたEsther Parkと経歴や写真の顔立ちが似ていて、もしかしたら姉妹かもしれない。(だとすると期待できるかも。) Bachは明晰で明るい音。フーガは速いテンポ(Gould並み?)だがこういう解釈も悪くない、というか結構好きである。 今日はこの曲をさんざん聴いたが、結局最後に聴いた彼女の演奏がすっきりと明晰で一番よかったかも。 Beethovenもかなり速めのテンポで明晰に弾いている。指回りがよく爽快感のある演奏。できればこの指回りで第2楽章も聴きたかった。 Szymanowskiはあまり詳しくない曲(Blechaczも前回弾いていたはず)だけど、キレがあって悪くなさそう、というか多分かなりの好演だと思う。


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というわけで1次の3日目が終了。今日印象に残った人(と曲)は

 10. Evgeny CHREPANOV(J.S.Bach: 第1巻変ホ短調)
 82. Alessandro TAVERNA(Alkan: イソップの饗宴)
 64. Sun-A PARK(J.S.Bach: 第2巻ニ長調)
あたり。あと5番も(特にコレという曲はないが)全体的に悪くない。話題のShen Wenyuはイスラメイは感心したのだが、その他の曲の印象が悪かった。 また今日は全体的に1,2日目に比べると低調だった気がする。CD購入も今日の分はなし。(Cherepanovの演奏は時間切れでなければ買おうと思ったのだけど…。)

ちなみにコンクールCDは普通は注文生産(?)なのだが、売れ筋のCDだけは注文コーナーに平積みにしてあって、そこを見ると売れ筋は(1,2日目分では)

 28. Mi-Yeon I
 26. Claire HUANGCI
 20. 五島史誉
 19. Alexei GORLATCH
 37. KIM Tae-Hyung
 23. Sasha GRYNYUK
のようである。

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