第6回浜松国際ピアノコンクール1次予選第4日(11/15)の感想です。

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43. Sergey KUZNETSOV(セルゲイ・クズネツォフ、ロシア、28歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻変ホ長調
 Haydn: Hob.XVI-34全楽章
 Schumann: 夜にOp.12-5
Bachはゆったりとロマンチックな解釈。 Haydnも繊細な音遣いで音が美しい。ただ個人的にはもう少しキレというかメリハリがあった方がよいかも。 十分に音楽的ではあるのだが、やや微温的に感じられてしまう嫌いがある。また指回りで多少不安が感じられるのが惜しい。 一言でいうと「優しい演奏」。 Schumannはあまりよく知らない曲で、雰囲気は出ていたと思うが、やはりもう少しキレや音のヌケのよさが欲しいと思うところがある。 全体的にはやや地味な演奏で、浜コンで抜きん出て行くのは難しいかもしれない。


18. GONG Jing(ゴン・ジン、中国、24歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ長調
 Haydn: Hob.XVI-50第1楽章
 Alkan: イソップの饗宴
Haydnは速めのテンポでスピード感に溢れる。 指回りにも安定感があり(多少ミスはあったが)明るく溌剌、爽快感があった。 Bachのプレリュードも同傾向のキビキビとした演奏で、左手を結構出しているのが特徴的。 フーガはオーソドックスな解釈だがツボは的確に押さえていて盛り上げ方も上手い。 Alkanは、昨日のTavernaが変化球タイプだとすればこちらは正統派直球タイプ。 音が明晰でメリハリが利いており、ダイナミックレンジも広い。 第14,15変奏(激しく和音連打するやつ)はやや安全運転気味にもかかわらず少しミスが出たのが惜しいが、17,18変奏あたりの細かい動きが見事。 また19,20変奏でかなり速いテンポをとっていたのが特徴的。 彼も(コンクール歴がないので)多分オーディション組だと思うが、かなりの逸材であるように思える。


59. Marko MUSTONEN(マルコ・ムストネン、フィンランド、22歳、男性)

 Beethoven: 26番第1楽章
 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Chopin: スケルツォ第4番
彼もChopinコンクールに出ていた気がするが、演奏は多分見ていないと思う。 Beethovenは初日に聞いたClaire Huangciより骨太というか、響きが豊か。その分やや明瞭さを欠くところがある。 指回りも万全とは言えず、例の高速連続和音も1回もキレイにはキマらなかった。 Bachのプレリュードは素直でシンプルな演奏だがもう少し表情、起伏があってもよかったのでは。 フーガは手堅いがやや単調な感じ。もう少し変化が欲しい。 Chopinはもう一つ精彩を欠いていたように思う。 主題の連続和音はもう少しleggieroな感じが欲しいし、その後の右手のすばやい動きももう少し粒立ちのよさを求めたい。 あと全体的に響きが過剰な感じがするので、もう少し響きを整理した方が良い感じ。


77. Sara SUMITANI(サラ・スミタニ、アメリカ、23歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
 Mozart: K281第1楽章
 Tchaikovsky: ドゥムカ
名前からして日系のようである。 Bachはいい線いっているけど、Grynyukの演奏を聴いたあとでは、さらに1音1音にデリカシーというか神経を研ぎ澄ませて欲しいところ。 Mozartは出だしで大きくミス。アセっているのかその後も弾き急いで寸詰まりになったり、主題のトリルはことごとく失敗するなどいいところなし。 このMozartは心証が悪かった。 Tchaikovskyも同様で、技術的にも音楽的にもイマニという感じ。


58. Jean MULLER(ジャン・ミュレル、ルクセンブルク、26歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ロ短調
 Beethoven: 第23番第1楽章
 Chopin: 英雄ポロネーズ
大柄な男性で、髪型など第3回のOlver Kernをちょっと思い出させる。 Bachは響きが豊かで音が美しい。フーガはやや響き過多でポリフォニックな線があまり出ていないのが惜しいが。 Beethovenが素晴らしい。 音が充実しているし、ダイナミックレンジも十分。曲のツボを押さえており、 昨日のShenの退屈な演奏を聴いた後だけに、やはり熱情はこうでなくてはと思わせる。よい耳直しになった。 Chopinは逆に初日のGorlatchの演奏を聴いたあとではもう一つだったか。 流れはよいのだが、トリルの入れ方など細部の詰めが少し甘いように思われる。ただ音は相変わらず充実している。


4. Jun ASAI(ジュン・アサイ、アメリカ、24歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ハ短調
 Beethoven: 第32番第1楽章
 Schubert/Liszt: 水の上で歌う、魔王
この人も名前からすると日系か。 Bachはよく響く骨太な音で、安定感がある。 Beethovenも丁寧でよく練られている。相当によく準備しているという感じ。 これで音に前のMullerのような充実感、フォルテ和音での豊かな響きのようなものがあればさらによいが、でも立派な演奏。 Schubert/Lisztの水の上で歌うは、歌の部分をもう少し伴奏と分離して前に目立たせて欲しいところ。 魔王はなかなかの熱演だった。


29. Vladislav IVANOV(ウラディスラフ・イワノフ、ロシア、22歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ホ長調
 Beethoven: 第21番第1楽章
 Chopin: バラード第1番
Bachは全体にくぐもった音で、残響のせいかやや明瞭さに欠ける部分もある。 Beethovenはやはり細かい音型でモヤモヤしがち。(昨日のBiljmanほどひどくはないが、同様の傾向。) 全体的にヌルいというか、少しナヨっとした(よく言えば優しい)感じがする演奏。 Chopinもやはり優しい。最初のフォルテ和音も力が抜けており、全体的にフワフワと浮遊感がある。 こういう力感のないバラード1番も珍しいが、でも技術的な見せ場など押さえるべきところは一応押さえており、こういう演奏も悪くないかも。 と思ったら後半で暗譜が飛んで少し飛ばしてしまった(残念)。


34. 川村友乃(日本、25歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ロ短調
 Mozart: K457第1楽章
 Chopin: バラード第3番
写真を見るとちょっと小雪に似た雰囲気があるが、実際は結構小柄である。 Bachはフーガでときどき安定感を欠くところがあり、それほどよいとは思わなかった。 Mozartはツボを押さえていてBachよりずっとよい。 Chopinは優美の一言。音がよくコントロールされており、トリルがキレイにキマって気持ちよい。非常に音楽的に弾いている。 ただクライマックス部分でちょっとミスったのは痛い(こういう技術的な見せ場は絶対ハズしてはいけないところ)。 BachはともかくMozart/Chopinはよくまとまっていてケチをつけるところはあまり無かったが、ただ以前も書いたようにこういう優美系だけで1次を突破していくのはなかなか難しいかもしれない。


8. CHANG Sung(チャン・ソン、韓国、20歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ハ短調
 Haydn: Hob.XVI-49第1楽章
 Chopin: スケルツォ第3番
Bachはフーガで主題の入りをうまく浮き立たせており、安定感もあって悪くない。 次のHaydnが非常によい。完成度が高く、それでいて伸びやかで作った感じがしないという、理想型とも言える演奏。 わざとらしいことは何もしていないが、音楽が息づいている。 Chopinも完成度が高く正統派という感じ。 本当に上手い人は小細工はしないという言葉が説得力を持つような演奏であった。 というわけでまた一人個人的に要注目の人が現れた。


7. Sanja BIZJAK(サーニャ・ビジャク、クロアチア、18歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Beethoven: 第11番第1楽章
 Liszt: オーベルマンの谷
Bachは(特に良いというわけでもなく)無難にこなしたという感じ。 Beethovenは全体的にもう一つ。 方向性は悪くないけど、まだ磨けるというか、1音1音にもう少し神経を使って欲しい気がする。 また展開部では右手が細かく素早く動くところで指が転ぶミスをしてしまったが、ここはミスをしちゃいけないところ。 Lisztはそれほど聴き込んだ曲ではないのではっきり言えないが、個人的には弱音はよいが強音がもう一つに思える。 また彼女も途中で時間切れオーバーで最後のクライマックスには達せず。


25. HU Ching-Yun(フー・チンユン、台湾、24歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ヘ長調
 Haydn: Hob.XVI-52第1楽章
 Rachmaninov: ソナタ第2番第1楽章
Bachのプレリュードはかすれるくらいの弱音で始め、ムチャクチャ繊細な音。こういう風に音をコントロールして弾けるだけでも大したもの。 フーガも同様に弱音で、それでいて不安そうな音の運びにならないのが実力の証か。 しかし次のHaydnはイマイチ。キビキビした感じがやや不足気味。 こちらは普通の音量だが、音色に気を使うあまり運動性が失われているような感じ。 また急速な部分で指が転ぶミス(こういうのは絶対に避けなければいけないところ)。 最後のRachmaninovは、1次にこういうソナタの一部だけを持ってくるのは(プログラミングの点で)どうかと思ったが、演奏の方も、 抒情的な部分はともかくそれ以外の部分はちょっと手に余るといった感じ。 やたら大きい音を出していたけど、和音の響きをうまくコントロールできていない(弱音のコントロールならお手のものなんだろうけど)。


21. 後藤正孝(日本、21歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ト短調
 Beethoven: 第6番第1楽章
 Wagner/Liszt: イゾルデの愛の死
Bachのプレリュードはストレートな音。むき出しで表面仕上げをしていないような感じの音と言ったらよいか。 フーガも音がモノクロームで硬い。聴き疲れしそう。(この音では人を惹き付けられないような…。) Beethovenもやはり音が乱暴で、汚いと言ってもいい。優美な曲なのに、そういう意味では彼に向かない曲という気がする。 そういえば昔一度だけ彼の演奏を生で聴いたことがあって、確かペトルーシュカだと思ったが、そのときもガンガンと馬力で突き進むような 演奏をしていてあまり感心しなかった覚えがあるが、今もその頃と基本的に変わってないということがわかった。三つ子の魂百までということか。 Lisztも同様。クライマックスの部分など正直うるさいとしか感じなかった。(彼を聴いているとOgdonを思い出す…。)


12. Tommaso COGATO(トマソ・コガート、イタリア、25歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ハ長調
 Mozart: K232第1楽章
 Scriabin: ソナタ第4番
Bachはテンポが微妙に揺れたり、フーガもややゴチャゴチャした感じがあってあまりよい印象はない。 Mozartはあまり好きな曲でないのでどう評価すべきかよくわからないが、かなりゆったりとしたテンポで、音は美しくコントロールされている。 Scriabinも緩徐的な第1楽章は持ち味である音色のコントロールが生かされてよいと思うが、第2楽章はテクニシャンタイプではないだけにかなり苦しそう。


54. 水谷桃子(日本、15歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ホ長調
 Haydn: Hob.XVI-24全楽章
 Liszt: リゴレット・パラフレーズ
今回の最年少出場者で、顔にはまだあどけなさが残る。 Bachは素直でシンプルな音。今日最初に弾いたKuznetsovとは対照的である。 フーガは手堅い感じ。もう少し溌剌とした愉悦感のようなものがあるとよいが。途中少し安定感に欠ける部分もあった。 Haydnはやや珍しい選曲であまり聴いたことのない曲。Bachよりはよいと思うが、音にもう少し変化というか魅力が欲しい。 直前がイタリア人だっただけに余計に感じてしまう。 (正直、これでは巷によくいる指がよく回るタイプのように思える。) Lisztも(特に人物の違いによる)音色の使い分けが欲しいところ。 彼女の得意曲なのか、3曲の中では一番よいと思ったが。


61. Dinara NADZHAFOVA(ディナーラ・ナジャーフォヴァ、ウクライナ、17歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ハ長調
 Beethoven: 第3番第1楽章
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第2番
腕っぷしが強そうな女性である。 Bachのプレリュードは薄いヴェールがかかったような音。昨日のHoward Naも上手かったが、彼女も負けていない。 (水谷さんもこういう音が出せるようになれば表現の幅が広がると思うのだが…。) フーガも同様。山場を作って巧みに盛り上げていた。 Beethovenは冒頭の3度はちょっとミス気味だったがその後はよかった。基本的に速めのテンポでキビキビしているが、 ペダルの使い方や音色の変え方も巧みでメリハリが非常に効いている。 ただ展開部の最初のパッセージでちょっとテンポが走ってしまったのが惜しい。これがなければかなりよい演奏だった。 Lisztも同様によかった。音がうるさくならないし、アゴーギクも自由でラプソディック。 フリスカでの技巧もかなりのものであった。


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というわけで1次の4日目が終了。今日印象に残った人(と曲)は

 18. GONG Jing(Alkan: イソップの饗宴)
 58. Jean MULLER(Beethoven: 第23番)
  8. CHANG Sung(Haydn: Hob.XVI-49)
 61. Dinara NADZHAFOVA(Liszt: ハンガリー狂詩曲第2番)
あたり。このうち18番と8番のCDを購入した。

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