第6回浜松国際ピアノコンクール1次予選第5日(11/16)の感想です。
今日は1次予選の最終日なので結果もあります。

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14. Frederic D'ORIA-NICOLAS(フレデリック・ドリア=ニコラ、フランス、27歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻イ長調
 Haydn: Hob.XVI-23第1楽章
 Scriabin: ソナタ第2番
Bachのプレリュードは指回りが少し不安定になるところがあり、フーガは残響のせいか少しゴニョゴニョした感じ聴こえる。 各声部をもう少し明瞭にしたいところ。(こういう演奏でも録音で聴くと結構クリアだったりするのでホールのせいでもあるんだけど。) Haydnは暖かみのある音で指も流麗に回っている。 個人的にはもう少しフレーズの切れ目を明確にしてメリハリのある表現にしたい気もするが。 Scriabinは第1楽章がよく歌っている。曲想が次から次へと流れ、決して停滞しないのがよい。起伏の付け方がうまく、センスを感じる。 第2楽章もリズムが躍動していて悪くない。右手の細かい動きはもう少しクリアに聴こえてくるとよいが、これは例によって残響のせいか。 全体的にはなかなかの好演であった。ただ個人的にはもう一押し何かが欲しい感じ。


53. Josiane MARFURT(ジョシアン・マーフルト、スイス、24歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ヘ長調
 Beethoven: Hob.XVI-23
 Chopin: スケルツォ第3番
Bachは響きが豊か。 日本人の演奏では概してペダルを抑えることが多いが、ヨーロッパの人はペダルをふんだんに使う傾向にあるようである。 (日本人(の先生)はペダルを「ごまかし」と捉えがちなのかな。) フーガはちょっとテンポが走るというか、弾き急ぐ感じがある。音は美しいのだが。 Haydnも優美。ただやはりときにテンポが走ってしまうところがあるのが惜しい。 第2楽章は優美の一言。音が空間と溶け合うようである。 ピアノをやるとき、向こうの人が音(いかに美しい音を出すか)から入るのに対し、日本人は指回り(いかに指が正確に鍵盤を押さえるか)から入るなんてことがあるのかも。 Chopinは悪くははないが、個人的には昨日のChang Sungの端正な演奏が印象に残っていて、それに比べるとやや響き過多の傾向がある。 コーダあたりは指回りがやや不明瞭になりがち。


40. 北村朋幹(日本、15歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰へ短調
 Beethoven: 第24番
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第10番
Bachのプレリュードは個人的にはもう少し表情を付けて歌ってもよいかなと思う。やや淡々としている。 フーガも(無表情とまでは言わないが)淡々。 Beethovenも同じ印象で、 端正で清潔感はあるが、あまり感興というものを感じない。感情を押し殺しているような。 第2楽章も指回りの点でそれほど満足はしなかった。 Lisztは3曲の中では一番よいと思う。 全体としては、確かに15歳としてはよく弾けていると思うけど、(浜コンの中の他のコンテスタントと同じ土俵で比べれば)あまり騒ぐほどでもないという印象。


9. CHEN Yun-Ho(チェン・ユンホー、台湾、16歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ト短調
 Haydn: Hob.XVI-50第1楽章
 Brahms: パガニーニ変奏曲第2巻
Boesendolferを使用(私の知る限り今回初めて。ちなみに今回もYAMAHAを選ぶ人が圧倒的に多い)。 Bachはもう少し音を磨いて欲しい感じ。音がガチャガチャしている。(ひょっとしてBoesendolferのせい?) フーガはあまりそういう感じはせず、スタカートで弾く主題も安定していて悪くない。 Haydnを聴くと、はやりこのカチャカチャとした音は楽器のせいのようである。 演奏は細部がいまひとつキマってないところはあるが方向性は悪くない。 ただ音色のコントロールを含めて昨日のGong Jingの方が印象に残る。 Brahmsはピアノのガチャガチャした音と相まって、ガンガンバリバリ突き進むという印象。変奏によってはもっと精妙なデリカシーのあるタッチを求めたい。 いわゆる聴き疲れする演奏で、あまり感心しなかった。 あと、この演奏を聴く限り他の人がこのピアノを選ばない理由がわかった気がする(Bosendolferがすべてそうだと言うつもりはないが)。


27. Fazliddin HUSANOV(ファズリディン・フサノフ、ウズベキスタン、28歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ハ長調
 Beethoven: 第26番第1楽章
 Liszt: 鬼火
Bachのプレリュードはかなりゆったりとしてロマンチック。フーガは動きが滑らか、躍動感があってよい。 例によって残響が多いせいか細かい動きがわかりづらいけど。 Beethovenは雰囲気は悪くないがメカ的に少し不満なところがあって、全体的にはHuangci>彼≧Mustonenという感じ。 Lisztは出だしで少しボケた。主部に入っても右手の重音が明瞭に聴こえてこず、多少ごまかし気味に聴こえる。 曲全体の雰囲気というか盛り上げ方は悪くないと思うが。


41. Andrey KOROBEYNIKOV(アンドレイ・コロベイニコフ、ロシア、20歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ短調
 Beethoven: 第30番第1,2楽章
 Scriabin: 焔に向かって
Bachのプレリュードはこれもゆったりしたテンポで、情感溢れるしっとりした演奏。 フーガは各声部の弾き分けが上手い。いわゆる立体感がある。このBachは気に入った。 Beethovenは速めのテンポで開始。音が繊細で美しい。 第2楽章も期待通りの音で、力強いけど透明感があって決して力任せの汚い音にならないのがよい。 Scriabinはあまり詳しくない曲だが、(これまでの曲の出来から)悪いようには思えない。彼の実力を信用して聴き入っていた。 彼も私のお気に入りリスト入りである。


90. Slawomir WILK(スラヴォミル・ヴィルク、ポーランド、24歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ト短調
 Haydn: Hob.XVI-32第1楽章
 Liszt: ファウストワルツ
Bachのプレリュードは(昨日の後藤君とは違って)ちゃんと表情が付いている(というかこれが普通なんだけど)。 フーガは主題後半の連打の部分を弱音からクレッシェンドしていくのが彼の解釈のようである。 途中少し乱れたり、ポロポロとミスはあったが方向性は悪くない。 Haydnはかなり表情をつけているは悪くないが、もう一本芯の通った感じも欲しいかな。 Lisztは音が豊潤だがその分動きがやや緩慢な感じがする。 スピード感や俊敏な動き(キレのよさみたいなもの)が欲しいところ。 また響きが多すぎるのでもう少し響きを整理した方がよい気がする。全体にやや締まりがなく聴こえる。 技巧面ではあまり満足いくものではなかった。(さほどのテクニシャンではなさそう。)


80. 田中正也(日本、27歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ト短調
 Haydn: Hob.XVI-23第1楽章
 Balakirev: イスラメイ
髪が若干伸びていて写真とはイメージが結構違う。 Bachはやはり前の人と比べると響きが抑制されている(日本人的?)。 表情はついているがあっさり気味。(こういう傾向は、人前で感情を露にするのをよしとしない日本文化からも来ているのかな…。) フーガもモノクロームな、能面のようなイメージ。モヤモヤしたところもあって各声部の明晰さももうひとつ。 Haydnも指は回っているけど表情というか生気に乏しい。全体がのんべんだらりとつながってフレーズの切れ目がはっきりしないのが一因か。 Balakirevはかなり速めのテンポで開始したが、これもHaydnと同様、先を急く感じで「間」があまりない。 それでもこのスピードで精確に弾けていればいいのだけど、ごまかし?みたいな部分やポロポロと弾きこぼしがあって、逆効果。 (スピードがコントロールできていないということ。) 終盤は曲のフォルムが崩れる寸前という感じであった。


42. Valeriya KUCHERENIKO(ヴァレリア・クチェレンコ、ウクライナ、18歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ヘ長調
 Haydn: Hob.XVI-49第1楽章
 Balakirev: イスラメイ
かなり長身そうな女性である。 Bachはプレリュードはまずまずだがフーガは気のせいかテンポがどこか不安定な(弾き急いでいるような)感じがあってもう一つの感。 Haydnは悪くないけど昨日のChang Sungほどの満足感はない。 なにか弾き急ぐような、音の流れが自然でないような感じがある。指も少し流れ気味。 Balakirevもイマイチ。後半はミスも多く、技術的にも音楽的にも感心しなかった。 おじぎのときも自分の出来に明らかに不満そうな表情であった。


75. Nika SHROCORAD(ニカ・シロコラド、モルドバ、27歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ロ短調
 Mozart: K.457第1楽章
 Liszt: リゴレット・パラフレーズ
プログラムを見ると3次ではFinnissyやらG.Crumbやら現代曲を並べていて、どんな怖い(笑)人かと思ったら、Bachは極めて常識的というか、しっとりとして情感豊か。 プレリュードでは最後の方でミスしてしまったが。 Mozartはイマイチ。リズムがのっておらず、妙に落ち着いているというか切迫感が感じられない。 一言で言うとちょっと弛緩したMozart。 Lisztも同様でキレに欠ける。 暗譜が危ういところもあったりして、今回聴いたリゴレット・パラフレーズの中では一番イケてなかった。


93. 吉田友昭(日本、23歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ長調
 Beethoven: 第17番第1楽章
 Liszt: BACHの主題による幻想曲とフーガ
Bachはプレリュードはキビキビ、フーガはしっとりとして悪くない。表情も自然で作為的なところがない。 フーガの終盤盛り上がるところなど(ここ数日この曲を聴き過ぎて多少不感症的になりかけていたのだけど)久しぶりにゾクゾクした。 Beethovenは、まだGolratchの演奏の記憶が残っているだけにさすがに分が悪い。 それほど悪い演奏ではないが少し音が粗いところがある。 LisztもKim Da-Solの印象が強かったので同じくやや分が悪い。 またフォルテの和音があまりキレイに(輝きを持って)鳴っていない感じがある。 おまけに時間切れオーバーになってしまった。 (こうやってみると同じ曲でも前の人の方が新鮮な気持ちで聴けるので、後ろの人の方が多少損なのかも。 後ろの方だと普通の演奏では感動しなくなってきたり。 そういえば誰かが初日の真ん中くらいに弾きたいと言っていたような。 圧倒的な実力がある人はむしろ最後のトリみないなかっこうで弾く方が効果的なんだろうけど。)


70. Nikolay SARATOVSKIY(ニコライ・サラトフスキー、ロシア、19歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ヘ長調
 Beethoven: 第23番第1楽章
 Schumann: トッカータ
Bachのプレリュードはやや慎重ながらおだやかな音で悪くない。 フーガはcrispyなアーティキュレーションがキビキビとして気持ちよい。このフーガは気に入った。 Beethovenはもう一つ。痛いところで結構ミスが出ていたし、音も昨日のMullerほどの充実感がない。 一方Schumannはかなり健闘。響きが豊か過ぎて、もう少し音を整理して各声部の動きが明瞭になるような演奏の方が好きだが音は充実している。 テンポも、展開部のオクターヴ連打で最初やや走った感じもあったが終始インテンポをキープ。 全体としてはBeethovenが少し惜しい。


13. Roger Longjie CUI(ロジャー・ロンジェ・ツェイ、オーストラリア、18歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
 Mozart: K330第1楽章
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第6番
彼もアジア系である。(こうやってみるとアメリカだけでなく、オーストラリアやニュージーランドなど「移民の国」から出場している人はみなアジア系である。) Bachは暖かな音色で、割とあっさりめだが十分に抒情的。それでいて各声部の動きがわかる。フーガは最後にミスったのが残念。 Mozartも私が気に入っていた2日目のValbonesiに匹敵する出来。 Valbonesiが明るく伸びやかなのに対し、彼のは陰影があり慈しむような雰囲気。どちらもツボを押さえている。 Lisztも前半でちょっとミスが出たが、丁寧でフリスカの連続オクターヴも(やや安全運転気味なところもあったが)粒が揃っていて粗くならないのは好感が持てる。 途中では面白いアゴーギクも見せた。 全体としては、BachフーガでのミスがなければCDを買うところであった。


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というわけで1次の最終日が終了。今日印象に残った人(と曲)は

 41. Andrey KOROBEYNIKOV(Bach: 第1巻嬰ハ短調)
 13. Roger Longjie CUI(Bach: 第1巻変ロ短調、Mozart: K330)
といったところ。このうち41番のCDを購入した。

1次の各日に印象に残った人はそれぞれのレポートの最後に書いた通りだが、5日間を通して聴いて改めて分類すると、以下のような感じ。 (なお1日目の最初の二人は聴いていないので除いている。)自分の好みであって審査結果予想ではないのはいつもの通り。

Shen君は、音楽性は好きではないけど技巧はやっぱり魅力ということで(笑)。

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そして実際の結果は、以下の25人が2次予選進出。(長くなるので番号だけ)

 11, 55, 15, 26, 87, 19, 37, 23, (48→)59, 31, 10, 73, 82, 50, 89, 43, 4, 7, 25, 21, 54, 61, 40, 90, 70
48番は発表後に2次を辞退したということで代わりに59番が入っている。

率直な感想としては、う〜ん、毎度のことで自分の希望通りになることはないことはわかっていても、やはり気に入っていた人が落ちるのは非常に残念ですね。 1,2日目は結構私と好みが合っていたのですが、後半に行くほど離れていく感じ。まあ好みの問題なので仕方ありませんが。 そして審査の傾向ですが、どちらかというとやはり前回の傾向に近い感じがします。 特に日本人に関しては何か思惑というか、今回はこの人をプロデュースしよう、みたいな意図が。 それを除いても若い人が多く、このコンクールの特徴は(多少未熟でも)若い人をかなり優遇するところにあるのかもしれません(前々回のGavrylyukで味をしめたのか知りませんが…)。 前回あたりから、「国際青田買いコンクール」的性格に変わろうとしているのかも(笑)。

まあ1次ではよいと思わなかった人でも、2次でまた聴けば新たに魅力に気が付くのかもしれませんが、今までそういうことはめったになかった、というかむしろ確信に変わることが多いんですよね…。  

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