第7回浜松国際ピアノコンクール1次予選第1日(11/8)の感想です。

今年も聴くのは1次の初日から。 実は今年は1週間しか休みを取らなかったので、1次を取るか、3次を取るか少し迷ったのですが、去年1次を全部聴いて、やっぱり出場者全員を聴かなければという思いを強くした(よいと思った人も結構1次で落とされる。前回のKorobeynikovとか)ので1次を取りました。 というわけで今回は生で聴くのは1次と2次のみ。まあこれくらい聴けばお気に入りの演奏者は決まってくるので、3次はライヴCDなどで十分楽しめるのではないかと思っています。 ちなみにレポートの方は3次以降はどうするか決めていません(一応ネット配信があるのでそれを見て簡単な感想ぐらいは書くかも)。

なお公式サイトはこちら

出場者に関しては、今回は特に注目している人はおらず(本当は前回のHugangi嬢が再度出てくれないかと密かに期待していたのですが)、知っているは名前はちらほら程度。 大部分が知らない人だけに、今回も新しい発見が期待できそうです。 あと思ったのが例年以上に韓国勢が多いこと(15人。韓国系を含めればもっと多そう)。主催国の日本人(11人)より多いのはちょっと異様な気がしますが、それだけ熱心だということでしょう。ちなみに中国は6人と意外と少ない。(中国系を含めるともっと多いけど。)

***

1次の課題曲は以下の3曲(20分以内)。

  1. J.S.Bach 平均律クラヴィーア曲集から1曲。ただし、フーガが三声以上のものとする。
  2. Haydn, Mozart, Beethovenのソナタより第1楽章、または第1楽章を含む複数楽章
  3. ロマン派の作曲家の作品から1曲

今回はBachのフーガに3声以上という制約がついたのが目新しい。それ以外はこれまでと同じ。

***

以下、1次予選第1日の感想です(演奏順)。名前の前の番号は出場者番号。

48.Aaron LIU(アーロン・リウ、オーストラリア、16歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
  Haydn: Hob.XVI:31 第1楽章
  Liszt: ハンガリー狂詩曲第12番
Bachは優しい感じだけどちょっと押し出しが弱いか。こぢんまりしている。フーガはやや弾き急ぐ(呼吸が足りない)感じがある。 Haydnも優しく丁寧だが、もう少しメリハリ、溌剌感が欲しいところ。 Lisztもちょっとナヨっとしている。流行り言葉で言えば草食系Lisztというところなんだけど、でもLisztなら力強さや瞬発力が欲しい。
今回のトップバッターは全体的に今ひとつの感であった。


47. Tami LIN(タミ・リン、カナダ、13歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ホ長調
 Beethoven: 第18番 第1楽章
 Barakirev: イスラメイ
今回の最年少。遠目で見ると、写真より大人びていて13歳には見えない。
Bachは表情のつけ方がやや不自然というかわざとらしいところがあって、ちょっと作り物っぽいところがある。フーガはしょっぱなでいきなり小ミスがあり、そのあせりを少し引きずっているよう。 Beethovenもやはりアゴーギクなどが少しわざとらしい。アクセントが強すぎたりペダルが踏みっぱなしで音がモヤモヤしたり、いろいろ改善の余地はありそう。 Barakirevは特に緩徐部分の歌い回しに問題あり。流れが途切れ気味。技巧面でも特に目立つところもなく、また暗譜が一瞬飛んだところもあった。
全体的にまだまだこれからの人という感じ。


38. KIM Kang-Un(キム・カンウン、韓国、20歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Haydn: Hob.XVI:32
 Rachmaninov: 前奏曲Op.23-3, 23-7
Bachはやや単調で面白みが少なかったが、 Haydnはオーソドックスだがツボを押さえていて悪くない。第2楽章が速めのテンポだったのが新鮮。終楽章もサラっと弾いているが指回りも安定、実はなかなかの実力者であることが窺える。 Rachmaninovはスケールの大きさはないが流れがあってセンスを感じる。ただ23-7はちょっと大人しかったか。
全体的に強い個性やインパクトはないが地味によい演奏をしていて、割と好感を持った。


6. 浅川真衣(日本、25歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ロ長調
 Haydn: Hob.XVI:32 第1,3楽章
 Liszt: 波を渡るパラオの聖フランチェスコ
Bachは自然に流れるよう。丁寧で落ち着いていて、相当弾き込んであるという感じがする。 Haydnも同様。良い意味で日本人的というか、日本人のよいところが出た演奏で、完成度が高い。 最後のLisztも雰囲気は悪くないが、さらにスケールの大きさや力強さが欲しかった。


19. John FISHER(ジョン・フィッシャー、オーストラリア、25歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ長調
 Mozart: ソナタ第10番K.330 第1楽章
 Barakirev: イスラメイ
Bachはまずまず無難。 Mozartは非常に繊細な音でガラス細工を思わせる。展開部の最後でアチェレランドするのは少し違和感があったが。 Barakirevは出だしから意欲的なテンポ。多少が音が抜けたり、速すぎてclarityを欠いたりする部分はあったが、前に弾いた13歳の子よりはずっと音楽としてこなれている。
全体としてちょっと線は細いけど、筋のよい演奏家という感じである。


58. Alexia MOUZA(アレクシーア・ムーサ、ギリシャ、20歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ短調
 Haydn: Hob.XVI:50 第1楽章
 Chopin: 英雄ポロネーズ
Bachは弾け飛ぶように勢いがあって元気。こういうBachは今回初めて聴く。 フーガも音楽的で悪くない。弱音であっても音に力がある。 Haydnもダイナミックスつけ方が意欲的で面白い。Haydnの枠をはみ出さない範囲で自分を出しているのがよい。 Chopinも結構奔放な演奏。正統的なChopinでないという人もいるかもしれないが、このくらいは許される範囲だろう。
全体的にエネルギーを感じる演奏だった。


80. Nattapol TANTIKARN(ナタポル・タンティカーン、タイ、22歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ホ長調
 Beethoven: ソナタ第7番 第1楽章
 Chopin: ソナタ第2番 第1楽章
Bachはノンレガート主体なのだが音抜けがあったりしてタッチが不安定。また音に変にアクセントがついていて田舎っぽい。コンクール歴がないところをみると多分予備(ビデオ)審査組なんだろうけど、このBachを聴く限りは正直浜コンのレベルに達していない感じ。 ところがBeethovenは意外とそんなに悪くない。フォルテのアクセントがやや汚いのが気になるが、躍動的。 だがChopinはこれまた一転、感心しない。勢いはあるがちょっと弾き散らかしている印象。


16. Francois DUMONT(フランソワ・デュモン、フランス、24歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変ホ短調
 Mozart: ソナタ第6番 K.284 第1楽章
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第11番
Bachは出だしの1フレーズの音色を聴くだけで実力者であることがわかる。この曲にありがちな、流れの停滞がないのもよい。フーガも各声部の弾き分けが見事。この曲の演奏の1つの理想系とまで言えるかもしれない。 Mozartは実はあまり好きではない(ピンとこない)曲なのではっきり言えないが、健康的で悪くない。 Lisztもやはり音色のコントロールが見事。細かい走句での指回りも十分。欲を言えばフリスカの最後ではもっと激しく畳み掛けて欲しかったが、でも秀演と言える。


81. Alessandro TAVERNA(アレッサンドロ・タヴェルナ、イタリア、26歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ト長調
 Beethoven: ソナタ第24番
 Chopin: スケルツォ第4番
前回3次まで進んだTaverna登場。その後も各地のコンクールに出まくっているようで、ついこの間にはLeedsで3位になっていたので、今回正直「まだ出るのか!」という気がしないでもないが、実力は折り紙つき。今回は髪を好青年風に刈り込んでいて、一瞬別人かと思ってしまった(笑)。
Bachは1音1音かみ締めるようなマルカート気味のタッチが意外だが、さすがに安定している。トリルのキレがよい。 BeethovenはBachとは一転、柔らかく、細かい音色や表情の変化をつけている。 第2楽章も指の運動的演奏とは対極的にあるような、ニュアンスに富んだ演奏(良いか悪いかは別にして)。 Chopinも音色が魅力的。 指回りを誇示する感じはあまりなく、あくまで音楽的、しかも彼の個性がにじみ出ている。自由と成熟という言葉が似合う感じ。特に中間部が印象に残ったが、ただ一瞬止まったように聞こえたのは気のせいか。
全体的にはさすがというところ。


62. 野木成也(日本、20歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
 Beethoven: ソナタ第17番 第1楽章
 Liszt: 葬送
Bachはあっさり系。個人的にはもう少し繊細と陰影、デリカシーが欲しいところ。 フーガは主題の最初の音だけが強くなってしまっているのが気になる。 Beethovenは音がやや平板。前回のGorlatchの1次での演奏を思うと、もうひとつ。 ペダルの問題なのか、音に透明感がなく、特に細かい走句はモヤモヤしがち。 Lisztも、フレーズ内のデュナーミクなどの盛り上げ方が今ひとつ不自然。ちょっと空回りしている感じ。


11. CHO Sung-Soo(チョ・ソンス、韓国、21歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ト短調
 Haydn: Hob.XVI:32 第1,3楽章
 Liszt: リゴレットパラフレーズ
Bachはストレートな音だが、左手とのタイミングというかバランスがどこか不自然な気がする。 フーガも前半はちょっと危うい感じがあった(後半は安定)。 Haydnは左手がやや機械的というかぶっきらぼうであまり音楽的でない。 Lisztも指はよく回るが、歌い回し(リズムやアゴーギク)にセンスを感じない。優雅さが足りないというか。 音ももう一つきれいでない。


96. ZHU Hao(チュウ・ハオ、中国、23歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変ホ長調
 Haydn: Hob.XVI:20 第1楽章
 Kreisler/Rachmaninov: 愛の喜び
Bachは、これだけ聴けば結構いい演奏だと思うが、前に弾いたDumontと比べると音がモノクローム。フーガは一瞬ヒヤっとする場面があった。 Haydnも悪くない。情感がよくこもっている。 Rachmaninovは一転して力強い。こういう瞬発力もある人だとは思わなかった。テクもある。
全体的にこの人も筋のよいピアニストという感じである。


91. Ibragim YAZHI(イブラヒム・ヤジ、スーダン、24歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Beethoven: ソナタ第21番第1楽章
 Liszt: メフィストワルツ第1番
Bachはずいぶん大人しい。フーガはやや弾き急ぐ感じがある。また音色の変化をペダルに頼りすぎる嫌いあり。 Beethovenは音がどこか自信なさげ。全体的にちょっと大人しい。 Lisztはどう考えても時間が足りなそうなのだが、やはりその通り(途中打ち切り)。 演奏もずいぶんこぢんまりしていて印象が薄い。 中間部はえらくゆったりしたテンポでちょっとダレ気味。 正直、いつ(時間オーバーを知らせる)鈴が鳴るかと待っていた。


56. Mikhail MOROZOV(ミハイル・モロゾフ、ロシア、22歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
 Haydn: Hob.XVI:52 第1楽章
 Saint=Saens/Liszt/Horowitz: 死の舞踏
Bachは前に弾いた日本人よりデリカシーのある音だし、立体感もある。フーガも音色・音量がよくコントロールされていて、各声部の動きが明晰。それでいて細部に囚われるあまりに流れが滞るということもない。なかなかの実力者と窺わせる。 Haydnも左手をセンスよく目立たせるのが特徴で、これも立体感があり面白い。 羽根のような軽やかなタッチを使うところはPirojenkoやKaplinを思い出させる。 Lisztではなかなかのヴィルトゥオーソぶりを発揮。多少ごまかし(?)っぽいところもあったのでGavrylyukやPirojenkoほどのテクニシャンかどうかはまだわからないが、それでも全体として悪くない。 BachやHaydnも合わせて考えると、今回のお気に入りのピアニストになるかもしれない。
実は後でわかったのだが、彼は前回も出ていたようだ(全く覚えていなかったが)。そのときと比べると、かなり成長したようである。


49. LIU Ji(リウ・チー、中国、19歳、男性)

 Beethoven: ソナタ第31番第1楽章
 J.S.Bach: 第1巻ホ長調
 Schumann: トッカータ
Beethovenはあっさりしていてい、もう少しロマン的なうねりのようなものがあってもよかったか。 Bachもシンプルだが悪くない。ただフーガはちょっと危ないところがあった。 Schumanはスピード感はよいが、滑らかさをちょっとペダルの頼りすぎか。やや明晰さに欠けるところがある。 中間部の連続オクターヴは少し苦しそう。


69. Ivan Rudin(イワン・ルージン、ロシア、27歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変イ長調
 Haydn: Hob.XVI:23
 Chopin: エチュードOp.10-8
Bachはストレートな音だがタッチは安定している。フーガは一転柔らかな音で対比がよく出ている。声部の弾き分けも上手い。だが後半かなり危ない場面があった(かろうじて止まりはしなかったものの)。 Haydnもいい感じ。繊細で表情豊か。第2楽章の歌い方にもセンスがある。 Chopinはまるで性格的小品を弾くかのように非常に愛らしく弾く。エチュードっぽさが皆無で、こういう10-8も悪くない。
全体として良い演奏家だと思うが、フーガのミスがあったし、年齢的なもの考えるとどうなのだろう。


42. Julia COCHIUBAN(ユリア・コチュバン、ポーランド、17歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ロ長調
 Beethoven: ソナタ第18番第1楽章
 Chopin: 英雄ポロネーズ
Bachは前奏曲は(ちょっとしたミスはあったが)まずまず。だがフーガはゆったりしたテンポのわりに音色の変化や工夫が少なく、声部の弾き分けも今ひとつ。特に主題の入りが目立たないのはいかがなものか。 Beethovenは可もなく不可もなく。指回りはさらに安定させたい。 Chopinはリズムが直線的(タメがない)で、ポロネーズっぽさが今ひとつ。中間部もそうだがややせかせかして弾き急ぐ感じがある。


***

というわけで1次の1日目を聴き終えた。今日良いと思った人は

 58. Alexia MOUZA
 16. Francois DUMONT
 81. Alessandro TAVERNA
 56. Mikhail MOROZOV
といったあたり(演奏順)。次点として
 38. KIM Kang-Un
 19. John FISHER
 96. ZHU Hao
 69. Ivan RUDIN
も悪くはない。 今回の1次初日は、前回の1次初日に比べると、良い人とそうでない人がわりとはっきりしていたように思う。

[ピアノコンクールレポート][HOME] inserted by FC2 system