第7回浜松国際ピアノコンクール1次予選第2日(11/9)の感想です。

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72. 佐藤元洋(日本、16歳、男性)

  J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
  Beethoven: ソナタ第24番
  Schumann: トッカータ
Bachはストレートだが表情の変化や工夫があまり見られない。フーガではミスもちらほら。 相当緊張している感じが伝わってくる。 BeethovenはBachよりはエンジンがかかってきた感じ。ただやや響きが多すぎ(ペダルの使い過ぎ)のように思われた。 そのあたりをコントロールできるとよいのだが。 Schumannはなかなか健闘。ただやはり響きが多すぎるのは気になった。
最初のBachを聴いたときはどうなるかと思ったが、曲が進むにつれて調子が上がってきたようにみえる。


45. Natalia KUCHAEVA(ナタリア・クチャエワ、ロシア、26歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻変ホ長調
 Haydn: Hob.XVI:26
 Liszt: 超絶技巧練習曲第10番
Bachのこの曲は昨日のDumontの印象が強すぎるのだが、それを忘れれば、ちょっと重いがまあ悪くはない。フーガでは一瞬ヒヤっとするところがあった。 Haydnはあまり聴き慣れない曲だが、拍節感が希薄なのかフレーズの切れ目がわかりにくく、ちょっとだらしなく聴こえる。 第2楽章での歌心の点でもやや疑問。 Lisztは冒頭の音型が最後までクリアに聴こえない。かなりイマイチ。


76. Anna SHLEST(アンナ・シュレスト、アメリカ、26歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻変ホ長調
 Beethoven: ソナタ第30番第1,2楽章
 Chopin: バラード第2番
Bachは前の人より動きがあってダレず、情感も豊か。音色の変化こそDumontほどではないが、音楽の自然な流れという点では勝るとも劣らない。フーガも一本調子でなく盛り上げるところ、緩めるところの起伏があって素晴らしい。 Beethovenも非常に良い。 弱音が美しく聴いていてゾクゾクしてしまった。 第2楽章も、最後の方でちょっとミスしたのが惜しかったがBeethoenらしい力強さに満ちている。 是非終楽章も聴いてみたいと思わせた。 Chopinは冒頭の緩徐部分の暖かい音色が魅力的で聴かせる。激しい部分は前回のHuangci嬢のインパクトが強くそれに比べるとキレがもう一つだが、これはHuangciが特別なのかもしれない。


84. Marie-Helene TREMPE(マリー=エレン・トランプ、カナダ、26歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ロ長調
 Beethoven: ソナタ第11番第1楽章
 Chopin: バラード第1番
Bachはあっさりと弾き始め、リラックスしていて悪くないと思ったが、フーガはそれに比べると幾分硬い。 Beethovenは今ひとつ。指回りの安定性や強靭さがもう一つで、テンポが走ってしまっり、またフレージングの明確さをやや欠いたりするところがある。 Chopinも特に印象に残らず。


12. CHO Young-Hoon(チョ・ヨンフン、韓国、22歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻変イ長調
 Beethoven: ソナタ第4番第1楽章
 Mendelssohn: 無窮動Op.119
Bachは非常にシンプルだがリズムが単調で生き生きしたところが少ない。フーガも工夫が見られない。「ただ弾いている」感が漂う。 Beethovenはテンポ速めなのだがそれがスピード感につながっておらず、どこかせかせかした感じ。フレーズの切れ目をしっかり意識していないせいか。雑っぽく聴こえる。軽く弾きなおすミスも2回ほどあって心証が悪い。 Mendelssohはそれほど良く知らない曲だが、Beethovenと同じことが言えそう。フレージングが明確でないく、少しだらしなく聴こえてしまう。


57. Ksenia MOROZOVA(クセーニャ・モロゾワ、ロシア、24歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
 Mozart: ソナタ第10番K.330第1楽章
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第2番
Bachは前奏曲でのアゴーギクがちょっとやりすぎ。流れが止まってしまう感じのところもある。フーガはさすがにそういうことはないが、それでももう一つ納得がいかない。 MozartはBachよりはよっぽどよい。響きが多めだがそれが一つの魅力になっている。 Lisztは音がよく響くというか、ピアノの鳴らしっぷりがよい。彼女の自由なアゴーギクはラッサンに向いている。 フリスカの同音連打のところで最初テンポがあまり上がらないのは萎えたが、その後は回復。しかしここで時間切れ。 ちなみ鈴が鳴っても無視して無理やり最後のところへワープして一応弾き終える形にしたのは笑えた。中村紘子も苦笑していたかも(笑)。


87. Helene TYSMAN(エレン・ティスマン、フランス、26歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ホ長調
 Mozart: ソナタ第14番K.457第1楽章
 Scriabin: ソナタ第5番
Bachは面白い解釈だがタッチが安定しているので安心して聴ける。 フーガも細かい動きが安定していてなかなか期待させる出来。 MozartはBachに比べると割と普通で少し肩透かしだったがこれもタッチが安定していて悪くない。 Scriabinはリズムのキレがよい。表現にメリハリがあり、弱音での音もよく磨かれている。 欲を言えば終盤さらに強靭に畳み掛けてくれればよかった。


50. Misaei MEIJA(ミサエル・メヒア、ボリビア、17歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ハ長調
 Beethoven: ソナタ第23番第1楽章
 Rachmaninov: 前奏曲Op.23-5
Bachは優しい音だがちょっと覇気がなくも聴こえる。ペダルもやや使いすぎ。 フーガは元気はよかったが音がクリアでないなど細かいミスが多かった。 次のBeethovenの解釈は笑えた。超アグレッシブというか、強弱のコントラストがむちゃくちゃ激しい。だが派手にはずすなどミスも多い。さすがにこのBeethovenは通らないと思うが、でも退屈しないということでよしとしよう。 Rachmaninovはこれまた激しすぎる演奏。ノリはいいんだけど細部がいい加減になってしまっている。 ただ中間部の歌いっぷりには感心。もう少し音がきれいだとよいのだけど。


41. Dinara KLINTON(ディナーラ・クリントン、ウクライナ、20歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ短調
 Beethoven: ソナタ第24番
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第6番
前回3次まで進んで記憶にも新しいDinara嬢の登場。結婚したのか姓が変わっている。(11/12追記:名前が覚えにくいということで改姓したそうである。)経歴を見るまで知らなかったがBusoniコンクールでも2位になっているようだ。
Bachはしっとりとして悪くない。フーガも主題の入りがよくわかる。彼女としてはまずまず無難にこなしたというところか。 Beethovenもオーソドックスだがツボを押さえた好演。朝一で弾いた日本人に比べると響きがほどよく整理されている。 第2楽章はメカニックが安定していて気持ちが良い。 ハンガリー狂詩曲は前回は2番を弾いて強烈なインパクトを残したが、今回は6番。 これまでの曲では彼女の音力をまだ封印していた感じだが、この曲で発揮。 フリスカでのオクターヴ連打の安定性はさすがというところ。特に最後の最後でのスピード感は天晴れであった。


15. Antoine DE GROLEE(アントワーヌ・デュ・グロレ、フランス、25歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ヘ短調
 Haydn: Hob.XVI:49第1楽章
 Chopin: 幻想曲
Bachは前奏曲はまずまずだがフーガがイマイチ。主題の入りがはっきりしないところもあり、声部の弾き分けがもうひとつ。音の運びもやや不安定。 Haydnもタッチがどこか不安定。軽やかなタッチを目指しているのかもしれないが、モヤモヤとどこか自信なさげに聴こえてしまう。 Chopinは雰囲気は出ていたが、細かいパッセージでさらにclarityが欲しいところ。鼻息というか呼吸音が大きくてそれも気になった。ちなみに時間切れ打ち切り。


73. Tsu Tham Tommy SEAH(チー タム トミー・シア、シンガポール、20歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ヘ長調
 Beethoven: ソナタ第24番第1楽章
 Liszt: メフィストワルツ第1番
Bachはシンプルだがテンポが走る(というかアチェレランド?)ところがあり少し気になった。フーガは主題の最初の4音を鋭いスタカートにするのが面白いが、ただ少し不安定なところがある。 Beethovenも(この曲に限らず)テンポが不安定な傾向。ちょっと弾き急いで雑になってしまうところがある。実際ミスも多め。 Lisztはこれまでの曲の出来からしてあまり期待できなかったが、果たしてその通り。 テンポがもっさりしている上にボロボロとミスが多発。というか特に後半はほとんど崩壊。 聴いていてかわいそうになってきてしまった。 彼もコンクール歴がないところを見るとDVD審査組だと思うが、その負の面が出てしまった感じだ。


23. Andrey GUGNIN(アンドレイ・ググニン、ロシア、22歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ロ短調
 Beethoven: ソナタ第6番第1楽章
 Rachmaninov: 前奏曲Op.23-2
Bachはしっとりと抒情的。 Beethovenはトリルがいまいちキマっていないが、曲のツボは押さえている感じ。(指回りが少し不安?) Rachmaminovは勢いはよいのだが響きが少し混濁するのが残念。音楽的で指回りもまずまず。
全体的に繊細な音楽をする人で音楽的センスは悪くないと思うが、やや線が細く印象に残りにくい。


24. Ekaterina GUMENYIK(エカテリーナ・グメニュク、ロシア、20歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻二長調
 Beethoven: ソナタ第3番第1楽章
 Mendelssohn: ロンド・カプリチオーソ
Bachは溌剌として指回りも安定。フーガも感じがよく出ている。主題がよく響くのがよい。 Beethovenもツボを押さえた好演。強いて言えばテンポが速めのせいもあってかやや一本調子のところがあり、また 主題の重音トリル音型がかならずしもいつもきれいにキマっているわけでないが、全体的には悪くない。 Mendelssohnもよくまとまっている。指回りも十分。


86. Samson TSOY(サムソン・ツォイ、ロシア、21歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ト短調
 Haydn: Hob.XVI:46第1楽章
 Liszt: メフィストワルツ第1番
Bachの前奏曲は決然とした響きでフーガもよく弾けている(少なくとも昨日弾いた人よりは)。タッチが安定しているし、変化もついている。好印象。 Haydnは出だしちょっと硬かったが進むにつれて調子が出てきた。細かい動きがスムーズ。 Lisztは結構弾けていたけど、細かくみるといろいろ瑕疵があって個人的には満足いかない。他の無難な曲を弾けばきっと好印象のまま終われたのだろうけど…。


4. ANN Soo-Jung(アン・スジョン、韓国、22歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
 Beethoven: ソナタ第24番
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第6番
Bachは前奏曲の音が美しく、特筆もの。 Beethovenも序奏部分の音が美しい。主部はテンポ速めだが音がクリアで磨かれている。 第2楽章に関しては、指回りの強靭さはDinara嬢の方が上かもしれないが、音の美しさは彼女に軍配か。 奇しくもLisztもハン狂6番とDinaraと同じ組合せ。 この曲になってフォルテ和音になると音が硬くなることがわかってきた。さすがに女性だと深々とした余裕のある響きは難しいのかも。 フリスカのオクターヴ連打は極めて安定していてこれは大したもの。若干タメを入れるところは少し気になったが。


68. Viachesiav RONZHIN(ヴィヤチェスラフ・ロンジン、ロシア、21歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻イ短調
 Haydn: Hob.XVI:50第1楽章
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第12番
Bachはシンプルというかあっさりというか、余計なことはしないという感じ。フーガは指回りのよさが印象的。 Haydnは(Bachもそうだったが)あまり間やアゴーギクをつけないタイプ。 ややもするとせかせかして味わいに欠ける感じになるが、でも指回りのよさには感心。 Lisztはピアノをよく鳴らす、というか音がデカい。これもフリスカでの指回りは見事。 音楽性はともかく(といっても特に悪いわけではない)、この指回りのよさは気持ちが良い。


89. WEI Zhe(ウェイ・チェ、中国、24歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ハ長調
 Mozart: ソナタ第11番K.331第1楽章
 Chopin: バラード第4番
Bachはシンプルな中にも情感がこもっていて悪くない。フーガもまずまず。 Mozartは主題のアーティキュレーションがちょっと変わっているが、音楽自体はしごくまとも。 Chopinは、実はこの頃なぜか睡魔が襲ってきてあまり集中して聴けなかったのだが、悪くはないと思った。


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というわけで1次の2日目を聴き終えた。今日良いと思った人は

 76. Anna SHELEST
 87. Helene TYSMAN
 41. Dinara KLINTON
といったあたり(演奏順)。次点として
 24. Ekaterina GUMENYUK
  4. ANN Soo-Jung
 68. Viacheslav RONZHIN
 89. WEI Zhe
も悪くはない。 昨日から聴いていて思ったのは、以前なら明らかに浜コンのレベルに達していないと思われる人が紛れ込んでいること。 その意味では前回の方が(底の)レベルが高かった。 経費節約のためにDVD審査ということにしたのだろうが、予備審査のやり方を見直した方がよいかもしれない。

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