第7回浜松国際ピアノコンクール1次予選第3日(11/10)の感想です。

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44. KUAN Sheng-Yuan(クアン・シェンユエン、台湾、27歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ハ短調
 Beethoven: 第32番第1楽章
 Chopin: スケルツォ第2番
Bachの前奏曲は、くぐもった音を狙っているのだろうけど、ちょっとモゴモゴしている。滑舌が悪い感じ。 フーガも速めのテンポで攻めるのは買えるが、フレージングが不明瞭でやはりモゴモゴしている。 Beethovenは序奏のフォルテ和音があまりきれいでない。 主部に入っても細かい動きが今ひとつ、というか明らかに明確さを欠く。 この曲を聴く限り、メカニックに少々難ありという感じ。 Chopinもイマイチ。やはり指の弱さが気になる。(ちなみに時間切れ)


3. AN Jong-Do(アン・ジョンド、韓国、23歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ヘ短調
 Mozart: 第16番K.570第1楽章
 Chopin: スケルツォ第1番
Bachはしっとりと抒情的。トリルの入れ方が私の趣味と違うが雰囲気はよい。 フーガも悪くないが、経過句での表情の変化など、もう少し起伏があってもよいか。 Mozartもオーソドックスだがうまくまとめている。 Bachより表情豊かでよほどこなれている感じ。 さすがモーツァルテウム出身というところか(関係ない?)。 Chopinが特に良かった。音がきれいだし技のキレも十分。 中間部の歌い方も自然で音色のコントロールも巧い。


25. HAN Sang-Il(ハン・サンイル、韓国、25歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ト短調
 Beethoven: 第3番第1楽章
 Chopin: スケルツォ第3番
Bachの前奏曲はゆったりめのテンポにかかわらずずっと同じ調子なので少し単調。 フーガは音の運びが滑らかで悪くはないが、細かい動きが少しモヤモヤ。このあたりは昨日のTsoyの演奏が秀逸だった。 Beethovenは何度も現れる冒頭音型をもう少しクリアにキメたい。 全体的に指回りの俊敏性がもう一つというか、ちょっと重い感じ。 Chopinは攻めの姿勢が現れてなかなかよかった。Beethovenもこれくらいの出来ならよかったのだけど。


65. PARK Jong-Hai(パク・ジョンヘ、韓国、19歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻二長調
 Mozart: 第10番第1楽章
 Scriabin: ソナタ第4番
Bachは非常に安定。勢いがある中にも細かい表情を付けているのがニクい。 Mozartは優美というよりは溌剌系だが、ツボをよく押さえており(個人的にはもう少しアゴーギクがあった方が好きだが)、全体としては素晴らしい。 Scriabinは第1楽章での煌くようなピアノの音が魅力的。 テクも十分だし音楽センスも感じさせる。3曲とも穴がなく、解釈も王道をいく感じで、全体としていわゆる正統派タイプ。 歳もまだ若いし、これまでで2次には一番近いところにいるかもしれない。


9. Sean CHEN(ショーン・チェン、アメリカ、21歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ロ長調
 Beethoven: 30番第1,2楽章
 Chopin: 舟歌
Bachの前奏曲は骨太な音でまずまず悪くない。トリルがもう少しきれいにキマっているとよかった。 フーガも、もうひとつ響きが洗練されていない感じはあるが、1日目に弾いた人(誰か忘れたけど)よりずっと音楽になっている。 Beethovenは昨日のShelestの印象が強かったので、それと比べると細部に至るまで磨かれ方がまだまだ足りない。 あといくらなんでもアクセントをつけすぎのところがあった。 Chopinは音の響きがあまり美しくない。だらしないというか濁っている感じ。 そればかり気になって音楽自体にはあまり集中できなかった。


78. Michal SZYMANOWSKI(ミハウ・シマノフスキ、ポーランド、21歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ハ長調
 Beethoven: 第24番第1楽章
 Chopin: ポロネーズ第5番
Bachはオーソドックスだが細かい音色の変化をつけていて悪くない。フーガも安定。 Beethovenは今回この曲を選ぶ人が多く、さながら準課題曲みたいになってきたが、その中で言うと中くらいというところか。雰囲気はよいがミスが散見されるのが惜しい。またやや響きが多め。 Chopinも響きが豊か(というか本音を言えばもう少し響きを刈り込んだ方がよいと思うが)。 リズムやアゴーギクもツボを押さえている。ただこの曲もややミスが多いのが残念。また中間部は少しダレ気味だったかも。


2. Ivan ALEXANDROV(イワン・アレクサンドロフ、ロシア、22歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻二長調
 Beethoven: 第7番第1楽章
 Liszt: 超絶技巧練習曲第10番
Bachは素っ気無い。雑とは言わないが曲への愛が感じられない。指のウォーミングアップくらいにしか思っていないのかも。フーガも同様。主題の弾き方からしてデリカシーが感じられない。 経過句もへったくれもないような一本調子。 Beethovenもイマイチ。出だしから覇気が感じられないし、何かこうモッサリしている。 やる気あるの?と聞きたくなる。音もどこかだらしない。 Lisztも冒頭音型がモゴモゴしてクリアに聴こえない。それ以外の部分もイマイチ。 (今回これまでこの曲を3回聴いたが、いずれも不作だ。)
おじぎをするとニコリともせず足早に去って行った。彼は浜松まで何をしに来たのだろう…。


40. Ana KIPIANI(アナ・キピアニ、グルジア、15歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ハ短調
 Haydn: Hob.XVI:50第1楽章
 Chopin: 舟歌
ピアノを弾くにはありえないようなミニスカートが目を引く。
Bachの前奏曲はすごくゆっくりしたテンポで情感たっぷり。ポリフォニックなからみもうまく弾けている。フーガは一転激しい。(この対比を狙っていたのだろう。)さすがにちょっとテンポ速すぎとは思ったが、若いのだからこのくらいアピールした方がよいのかも。 Haydnも指回りがすごい。アクセントがやや唐突というか不自然だったりするところもあるが、コントラストの激しい表現を目指している模様。それを可能にするだけのメカニックの強さがある。より速く、より強くという感じ。 Chopinでは音色の変化やコントロールが聴かせる。そのあたりがただ指が回るだけの少女とは違うところか。 このChopinも個人的にはやや不自然なところを感じるが、それでも彼女の主張が伝わってくる。 音色を含めたテクの点では前回のHuangciを思い出させるが、Huanguciの演奏が彼女の内面から自然と湧き出ているような(本能的な)感じがあるのに対し、Kipiani嬢のはどこか作られた感じもする(サイボーグ的?)。でも今回の若手の注目株である。


8. CHEN Cheng(チェン・チャン、中国、26歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰へ短調
 Haydn: Hob.XVI:42
 Chopin: 英雄ポロネーズ
Bachの前奏曲はしっとりと抒情的。三重フーガはそれぞれの主題の入りが非常にわかりやすい演奏で、感心した。 Haydnもよい。アーティキュレーションをよく考えており解釈的に隙がない。指回りも不安なし。 最後のChopinはちょっとリズムが重いか。またトリルがよく聴こえないのが残念。 時間切れだったのだが鈴に気が付かずしばらく弾いていた。(やはりステージからだと鈴はよく聴こえないようだ。あるいはそれだけ没頭していた?)


55. James Jae-Won MOON(ジェイムズ・ジェ・ウォン・ムーン、オーストラリア、23歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ハ長調
 Mozart: 第9番K.311第1楽章
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第12番
Bachの前奏曲は左手音型にいろいろ表情をつけていたのは好感。フーガは落ち着いたテンポだが、終盤のアルトとバスのそれぞれの主題拡大形がよく聴こえなかったのはもうひとつ(個人的にこの曲を聴くときのポイントの1つ)。 Mozartも途中不自然なデュナーミクがないこともなかったが、まずまずツボを押さえていて悪くない。 Lisztは冒頭のフォルテが、渾身の力を込めたようなヒステリックさがないところは個人的に好感。その後もわりと暖色系の音で、優雅というかあまりガツガツしていない、それでいてキメるべきところはキメるという感じ。 終盤の見せ場はやや安全運転のテンポで、コンクールなので確実性を狙ったのかも。


97. Adam ZUKIEWICZ(アダム・ジュキェヴィッチ、ポーランド、25歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ト長調
 Mozart: 第13番第1楽章
 Chopin: 英雄ポロネーズ
Bachの前奏曲は覇気があり、フーガも安定していてかつ単調にならず、悪くない。 彼もコンクール歴無し組だけど、ちゃんとした実力がありそうで安心。 Mozartも流麗。個人的にはもう少し強弱や緩急でメリハリがあってもよいと思ったが、音も美しい。 Chopinは今回これまで聴いた中(3回)では一番正統的でしっくりきた。音も輝かしい。ちょっとミスがあったのは残念だが。


17. Nazareno FERRUGGIO(ナザレノ・ファルージオ、イタリア、28歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻二長調
 Mozart: 第3番K.281第1楽章
 Chopin: アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ
Bach前奏曲はペダル踏みすぎのせいかモヤモヤとしている。フーガではタメを入れるなど結構アゴーギクを付けるのが気になる。 Mozartもデュナーミクを付けすぎ。また(多分意図的なんだろうけど)テンポが走ったようになるのも違和感。 これまでMozartは(弾く人が少ないせいもあるが)ツボをはずした解釈の人はほとんどいなかったが、これほど変わったMozartは今回初めて。 Chopinもところどころ風変わりな解釈が飛び出す。速い走句でクリアさに欠けるところもあってあまり感心しない。 ちなみに時間切れ。


54. MOON Hyun-Jee(ムーン・ヒョンジ、韓国、26歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ヘ長調
 Haydn: Hob.XVI:46第1,3楽章
 Medtner: 「忘れられた調べ第1集」より祝祭の踊り
Bachはとても丁寧。フーガもアーティキュレーションが意欲的でよく考えている。解釈としての完成度が高い。 Haydnも同様。非常に丁寧で、そこらへんはどこか日本人女性の演奏を思わせる。 ただ終楽章はちょっと大人しかったか。個人的には弾けんばかりの溌剌さで第1楽章の対比を出したいところ。 Medtnerはよく知らない曲だが、もう少し音ヌケをよくして透明感のある音にするとさらによかった気がする。


10. CHO Seong-Jin(チョ・ソンジン、韓国、15歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Beethoven: 第23番第1楽章
 Chopin: 英雄ポロネーズ
彼は今年3月の浜松ピアノアカデミーの優勝者。そのとき弾いたダンテソナタは後でネットで聴いて非常に印象に残っている。
Bachは非常にクリアの音なのが印象的。フーガも割とストレートだが強弱の工夫をつけている。 次のBeethovenが素晴らしい。非常にダイナミック。 メカニックにまったく不安がなく、それでいて前回のShenのような退屈な演奏になっていない。 この1曲というか1楽章のためだけでもライヴCDを買う価値があるかも。 Chopinも勢いがあり、若さ溢れる演奏。同じ15歳でもKipiani嬢がどこか「青い」感じがするが、彼には(若々しさは感じるが)そういうものが見られない。生で聴くのは初めてだが、彼は本物という感じだ。


22. Valery GOLDES(ヴァレリー・ゴルデス、イスラエル、18歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
 Haydn: Hob.XVI:52第1楽章
 Chopin: バラード第1番
Bach前奏曲は淡々としているが必要最小限のツボは押さえている。フーガはサクサク進みすぎて個人的にはちょっと物足りないが、こういう解釈もありかも。 Haydnは指回りが少し弱いか。急速なパッセージがやや不明瞭になりがち。ときに左手を強調したり面白いところはあるのだが。 Chopinは今ひとつ印象に残らず。


30. 犬飼新之介(日本、27歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変イ長調
 Beethoven: 第16番第1楽章
 Liszt: メフィストワルツ第1番
写真より髪がすっきりして、今の方がずっとよさそう。
Beethovenは覇気があってなかなかよろしい。ツボはだいたい押さえていて好印象。 最初にこれを持ってきたのは正解のように見える。 Bachも指回りが安定し、フーガもまずまず無難。 Lisztは危険な選曲かと思ったが、意外にもよかった。勢い、スピードもあるしテクも十分。 跳躍の最後でちょっとミスったのは残念だったが、国際コンクールでも十分通用するメフィストワルツだった。 総合的にこれまで聴いた日本人(といっても彼を含めてまだ4人だが)の中では一番よかったように思う。 彼は地元出身なのでそれで今回出場できたのではと思っていたが、その資格は十分ありそうだ。


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というわけで1次の3日目を聴き終えた。今日良いと思った人は

  3. AN Jong-Do
 65. PARK Jong-Hai
 10. CHO Seong-Jin
といったあたり(演奏順)。特にCho Seong-Jinは印象に残った。次点として
 40. Ana KIPIAI
  8. CHEN Cheng
 55. James Jae-Won MOON
 97. Adam ZUKIEWICZ
 30. 犬飼新之介
も悪くはない。 今日は韓国勢大活躍という感じ。さすがに大量に参加しているだけのことはある。

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