第7回浜松国際ピアノコンクール1次予選第4日(11/11)の感想です。

***

85. Krzysztof TRZASKOWSKI(クシシュトフ・トシャコフスキー、ポーランド、22歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ト短調
 Haydn: Hob.XVI:37
 Chopin: ノクターン第3番
Bachはアーティキュレーションや強弱などいろいろ工夫があって自分のものになっているのがよい。音楽に推進力があるのも○。 だがHaydnはもう一つ。モニョモニョとしてフレーズがはっきりしないところがある。ペダルの使い方がイマイチかも。 Chopinの選曲は、技巧のポテンシャルを見せるべき1次の自由曲としてはちょっと疑問。 演奏も特筆すべきものとも思えない。


79. 高木竜馬(日本人、16歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻イ短調
 Beethoven: 第3番第1楽章
 Chopin: 英雄ポロネーズ
数年前にHorowitzコンクールで優勝したということで話題になった高木君。聴くのはこれが初めて。
Bach前奏曲は速めのテンポで決然と、フーガはやや落ちついたテンポで手堅くまとめた感じだが、ポリフォニーの線のからみが今ひとつわかりにくかったかも(もともと音が密集した曲だから仕方ない面もあるが)。 Beethovenは意外と落ち着いたというか、どっしりとした解釈。悪くすると重いという印象につながりかねない。 個人的にはもう少し端正かつ推進力がある方が好みである。音もガツンガツンとやや聴き疲れするタイプ。 Chopinはよい出来とは思えない。リズムがもうひとつポロネーズっぽくないしトリルもあまりキマっていない。時間切れにもなってしまった。
今日は調子が悪かったのかもしれないが、この3曲を聴く限り、正直私のタイプではないことがわかった。


98. Darrett ZUSKO(ダーレット・ズスコ、カナダ、24歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ト短調
 Beethoven: 24番
 Liszt: 超絶技巧練習曲第10番
Bachはフーガでやや弾き急ぐ感じがあり、その分丁寧さが失われている。前奏曲も最初の人の方がよかった。 Beethovenはフレーズがだらしなくなりがち。細かい音型が不明瞭で、トリルもうまくキマっていない。 フレーズの開始前でいちいち間を空けるのも気になる。 Lisztは勢いとスピード感がありスケールが大きい。これまでのこの曲の演奏よりはだいぶマシ。(ただ冒頭音型はやはりもう少しクリアに弾いて欲しかった。)前2曲はダメダメだったが、このようなロマン派的曲を弾かせればよくなるタイプなのかもしれない。


59. Margarita MUZYCHENKO(マルガリータ・ムジィチェンコ、ロシア、24歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ハ短調
 Beethoven: 第32番第1楽章
 Tchaikovsky/Pletnev: くるみ割り人形よりアンダンテ・マエストーソ
Bach前奏曲はゆったりしたテンポで情感がこもっている。フーガも妥当なテンポ(昨日のKipiani嬢は速かった)で安定している。欲を言えばもう少し主題の入りを強調するなどの工夫があるともっとよかったかも。 Beethovenは最初の和音を聴いて、昨日弾いた人よりはやりそう。というか実際なかなかの秀演だった。 音が充実しているし、細かい動きでの指回りも安定している。 Tchaikovskyも曲の雰囲気がよく出ていて盛り上げている。 聴いていてなんどもゾクゾクしてしまった(よい(編)曲だ)。和音がさらに美しく響くともっとよかったが。


92. YE Sijing(イエ・シーチン、中国、18歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻変ホ長調
 Beethoven: 第30番第1,2楽章
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第6番
Bachは音が美しく、また強弱の起伏を大いにつけて飽きさせない。フーガも変化が多くて面白い。 Beethovenはやはり2日目のShelestの美しい印象の印象が強く残っているが、それには少し及ばないものの、十分によい出来。 Lisztも少しミスはあったがこれも上出来。 この曲は今まで3人弾いたがいずれもレベルが高い。(超絶10番とは対照的。)


63. Dmitriy ONYSHCHENKO(ドミートリ・オニシチェンコ、ウクライナ、26歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ハ短調
 Mozart: 第8番K.310第1楽章
 Brahms: パガニーニ変奏曲第2巻
彼は前々回(1,2次で良い人が大量に落ちた回)にも出ていて(その前年のチャイコンでは5位)、そのときは結構良い演奏をしていたそうだが、1次で落ちてしまったので聴けなかった。 生で聴くのはこれが初めて。ちなみにこれまで客席にもちょくちょく顔を出しており、余裕があるというかリラクッスしているというか…。
Bachはやや淡白だが必要なツボは押さえて安定。ただ後半ちょっと弾き急いだ感じがあったか。 Mozartはもう一つ。情感が乏しくちょっと指の運動みたいな感じになっている。目立つミスもあった。 昨日のAlexandrovじゃないけど、曲への愛があまり感じられない。 Brahmsももう一つ。テクはあると思うのだがどこか曲に対する真摯さが足りないというか、端正でないというか、キチっとしていない。どうでもよいけど最終変奏がえらくゆっくりの(逃げの?)テンポで始まったのは萎えた。
というわけで前々回はどうだったのかは知らないが、今回はもし1次で落ちてもまあ納得がいく。


1. Aliya AKBERGENOVA(アリヤ・アクベルゲノワ、ウクライナ、26歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ト短調
 Mozart: 第13番K.333第1楽章
 Liszt: リゴレットパラフレーズ
Bachは途中で音色をがらりと変えるなどして前奏曲はよかったが、フーガは気のせいか途中でテンポが速まった感じがありちょっと不安定。 Mozartもはやり指回りが明らかに不安定。テンポが走ってしまうところもあった。 LisztはMozartのことを考えると思ったよりは悪くないが、 印象に残るというほでもない。音がもう少し磨かれているとよいのだが。


61. Silvan NEGRUTIU(シルヴァン・ネグルシェ、ルーマニア、25歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
 Beethoven: 第32番第1楽章
 Chopin: エチュードOp.25-10
Bachはツボを押さえていてなかなかよい。1日目のMorozovくらいよかったかも。フーガも特に言うこと無し。 Beethovenも悪くはないが、今日弾いたMuzychenkoと比べると、急速部のテンポがあまり上がらないのがもうひとつか。 トリルのキマり具合も少し改善の余地がある。 Chopinはちょっとミスはあったが悪くない。 全体的には次に進むにはBeethovenがちょっと弱いか。


7. CHANG Sung(チャン・ソン、韓国、23歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Haydn: Hob.XVI:31
 Mendelssohn/Rachmaninov: 「真夏の夜の夢」よりスケルツォ
Bachの前奏曲は暖色系の音で軽やか。フーガも躍動的でかなりよい出来。これと比べると昨日のCho Seong-Jinはまだ少し硬いくらい。 Haydnもよい。音に透明感がありよく磨かれている。指回りも万全。 Mendelssohnも上手い。そして音楽的。特に弱音での軽やかな動きが秀逸。 昨日の韓国人達も上手かったが、この人もさらに輪をかけて上手い。


60. 仲田みずほ(日本、23歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ヘ長調
 Haydn: Hob.XVI:31
 Chopin: スケルツォ第3番
彼女は数年前の音コン3次で聴いた記憶がある。そのときは確か交響的練習曲を弾いたが、今回も2次のプログラムに載せているようである。
Bachの前奏曲は少し慎重か。もう少し伸びやかに起伏をつけて弾いてもよいように思えた。でも悪くはない。 フーガは昨日の人よりは常識的なアーティキュレーションで、無難にまとめた。ただ最後の32分音符の部分でちょっとルバートが入ったのはどうかと思う。 Haydnはやや響きが多めで、もう少しすっきりさせた方がよいか。細かい動きがあまりクリアでない。ミスも少々あった。 Chopinも響きがやや厚ぼったい。すべての音を鳴らしすぎるような感じ。すっきりと透明感のある音の方が好みである。


90. 矢島愛子(日本、27歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻イ短調
 Beethoven: 第24番
 Schubert/Liszt: 水車屋と小川、水の上で歌う
彼女も浜コン、音コンとも出ていて既におなじみという感じ。
Bachはフーガのテンポが少し不安定で、部分的にテンポが少し走ってしまった。指はよく回っていたけど。 Beethovenも、音はよいのだがときに(たとえば展開部)でテンポが走ってしまう感じがありちょっと気になる。 (意図的だとしたらその解釈は疑問。) Schubertの水車屋と小川は、水車屋の部分はもっと重く陰鬱にして小川の部分と対比を強くした方が好みであった。 水の上で歌うも、歌い方がやや淡白。アゴーギク、デュナーミクを駆使してもっとたっぷりと歌い上げて欲しい気がする。 また伴奏と歌の分離が今ひとつだったところもある(第2節)。


32. 加藤大樹(日本、19歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻イ長調
 Beethoven: 第16番第1楽章
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第13番
Bach前奏曲は優しい音。穏やかで自然、かつ表情も備わっている。フーガも安定している。 Beethovenも好印象。端正かつ力強い。昨日の犬飼君よりさらに安定感がある。 Lisztも音がよい。Lisztらしい輝かしい音で、フォルテでも上に飽和しない。 格調高い演奏で、技巧的にも十分。 今回やっと韓国勢に対抗できるテクの日本人が現れたという感じ。


66. Sun-A PARK(ソナ・パク、アメリカ、21歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ長調
 Haydn: Hob.XVI:50第1楽章
 Szymanowski: 変奏曲Op.3
Bachはまずまずうまくまとめた感じ。特に減点要素はなし(加点もないかもしれないが)。 Haydnも、魅力的かどうかは別としてケチをつける部分がほとんどない。 Szymanowskiはあまり詳しくない曲(コンクール以外ではあまり聴いたことがない)だが悪くはなさそう。 音がよく磨かれている。 ただフィナーレはもう少しすっきりクリアにさせた方がよい気がした。


26. HAN Yoonjung(ハン・ユンジュン、韓国、24歳、女性)

 Haydn: Hob.XVI:52 第1楽章
 J.S.Bach: 第1巻ホ長調
 Granados: コイェスカスより愛と死
Haydnはかなり個性的演奏。フォルテで結構ガツンといくし、テンポも割りといじっている。 今までずっと教科書通りの演奏ばっかりだったのでたまにはこういうのもよいかも。(通るかどうかは別として。) Bachは普通の解釈だがタッチやテンポがもう少し安定していないような気がする。 Granadosは詳しくない曲なのでコメントできない。


95. ZHANG Qiongna(チャン・チョンナ、中国、23歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻二長調
 Haydn: Hob.XVI:52 第1楽章
 Schubert/Liszt: 魔王
Bachはまずまず悪くない。 Haydnは細かい動きをもう少しクリアにしたいところ。(最初のBachもそうだが)ここらへんになると正直同じ曲を聴きすぎて感覚が麻痺してくるというか、たとえ良い演奏であっても感動が薄れてくる感じ。(その意味ではコンクールでは、トップバッターは避けたいにしても、割と前の方に弾いた方がよいのではないかという気がしてくる。) Schubert/Lisztはややミスが多かったのが残念。迫力は十分にあったので、さらに語り口の上手さもあればよいと思う。


52. Pavel MINGALYOV(パヴェル・ミンガリョフ、ウクライナ、21歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻イ短調
 Haydn: Hob.XVI:52 第1楽章
 Rachmaninov: 音の絵Op.39-6
Bachはあっさり自然体であまり小細工なし。やや素朴すぎる気がしないでもないが。 Haydnはテンポ速め、というかどこかせかせかしている。またこの曲のポリフォニックな動きには無関心の模様。 Rachmaninovはスケールが大きく、技巧のポテンシャルは高そう(完成度はともかく)。


***

というわけで1次の4日目を聴き終えた。今日良いと思った人は

  7. CANG Sung
 32. 加藤大樹
といったあたり(演奏順)。次点として
 59. Margarita MUZYCHENKO
 92. YE Sijing
も悪くはない。 今日は全体的には低調だった気がする。

[ピアノコンクールレポート][HOME] inserted by FC2 system