第7回浜松国際ピアノコンクール1次予選第5日(11/12)の感想です。 1次の最終日なので結果もあります。

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39. KIM Sun-Hwa(キム・ソンファ、韓国、17歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ロ短調
 Beethoven: 第2番第1楽章
 Liszt: エステ荘の噴水
Bach前奏曲はしっとりとのびやかに歌っている。フーガも(最後ちょっとミスったが)手堅くまとめた。 Beethovenの2番は、前々回のBlechaczの演奏が今でも強く印象に残っているが、それを忘れたとしても、ディテールでの磨き方が足りない。特にフォルテ和音で音がきれいに鳴らないのが気になる。また指回りの点で痛いミスもあった。 Lisztも右手の細かい動きの部分はともかく、歌い回しがもう一つ。


33. Sean KENNARD(ショーン・ケナード、アメリカ、25歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Beethoven: 第23番第1楽章
 Kreisler/Rachmaninov: 愛の喜び
Bach前奏曲は至極まっとうで健康的。フーガも同様。 ここまでは体操の規定演技(今はないけど)をほぼノーミスで終えた感じ。 Beethovenは3日目のCho Seong-Jinの印象が強いだけに、それに比べるとややスケールが小さいが、手堅くまとめた。 意地悪な言い方をすると、悪くはないが印象には残らない演奏と言えるけど。 Kreisler/Rachmaninovも好演とは思うが、初日に聴いたZhu Haoの演奏の方が初めてという新鮮さもあって心に残っている。


88. Francesca VIDAL(フランチェスカ・ヴィダル、イタリア、24歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ニ短調
 Beethoven: 第11番第1楽章
 Schumann: アレグロOp.8
Bachは落ち着いて安定感がある。印象に残るという点では初日のMouzaの方がよかったが。 Beethovenもツボを押さえていて、少なくとも以前に弾いた人(誰か忘れたけど)より曲らしくなっている。 指回りもしっかりしている。欲を言えば初期のBeethovenらしい明晰な音があればさらによいけど。 Schumannはあまり詳しくない曲だけど、表現にメリハリがあってなかなかよい。少なくとも退屈はしなかった。


51. Fatimat MEROANOVA(ファティマット・メルダノワ、ロシア、26歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ホ長調
 Beethoven: 第16番第1楽章
 Liszt: メフィストワルツ第1番
Bach前奏曲はシンプルな中にも絶妙なアゴーギク。フーガも推進力があり、速めのテンポでも指回りにまったく不安を見せない。かなりの実力者に見える。 Beethovenも、昨日の加藤君もよかったがそれに負けていない。ツボをよく心得ている。 Lisztもかなり健闘。前半ときどきタメが入るところは気になったが、技術的には非常にしっかりしている。音も輝かしい。


34. Stanislav KHEGAY(スタニスラフ・ヘガイ、カザフスタン、24歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
 Haydn: Hob.XVI:23 第1楽章
 Liszt: メフィストワルツ第1番
Bachの前奏曲は(つぶやくようなpで始める解釈が一般的だが)結構大きな音で弾くのが個性的。 フーガは各拍にアクセントを付けるのがちょっと洗練されていない感じはあるが、重い足取りを表現しているのかも。 Haydnがかなり気に入った。明るい音色で躍動感がある。指回りも気持ちよい。 Lisztは出だしのスピード感に驚く。かなりのテクの持ち主であることがわかる。 ただ後半は2重トリルや跳躍部分でちょっとミスったのが惜しい。技巧ポテンシャルの高さは十分に窺える。


93. Kwan YI(クワン・イ、アメリカ、24歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻ト短調
 Beethoven: 第3番第1楽章
 Chopin: スケルツォ第3番
Bach前奏曲は非常に繊細な音で開始し、思わず引き込まれる。その後も起伏をつけているうまく盛り上げている。 フーガも同様。単調にならないように起伏をいろいろつけている(サービス精神旺盛?)。 Beethovenの3番はやっと評価に値する演奏が登場。 表現のコントラストが激しいというかアグレッシブな演奏で、端正な演奏とは少し違うが、推進力は十分。というかありすぎて急速部でテンポを上げすぎの感もあるがまあ許せる。 第2主題での音色の対比も大きく、聴いていて飽きさせない。 ただ冒頭重音音型はやっぱりきれいにキマっていなかった。 Chopinもやはりアグレッシブ。音が(汚くはないが)大きいのでBeethovenと続けてだと正直ちょっと聴き疲れした。


14. Sara DANESHPOUR(サラ・ダネッシュプール、アメリカ、22歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻ホ長調
 Beethoven: 第3番第1楽章
 Schumann: アベッグ変奏曲
Bach前奏曲は落ち着いてしっとり。フーガも落ち着いたテンポで(というか他の人が速すぎる)1音1音しっかりと弾いている。 Beethovenは最初の重音トリルがキマる人がやっと出てきた(毎回というわけではないが)。 解釈もまっとうで、やっとオーソドックスな、しかもツボを心得た演奏に出会えたという感じ。(多少ミスもあったが。) Schumannはあまり聴き込んでいない曲だがよかったと思う。

しかしここにきてそれなりにレベルの高い人が続き、やっといつもの浜コンらしくなってきた感じがする。


75. Oliver SHE(オリヴァー・シア、オーストラリア、18歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ヘ長調
 Beethoven: 第23番第1楽章
 Barakirev: イスラメイ
Bach前奏曲は伸びやかで広々としている。フーガも音が磨かれ美しい。 彼もコンクール歴なし組だが、実力はありそう。(18歳なのでまだ受けていないのかも。) Beethovenもツボを押さえた好演。端正ながら十分に力強い。(やはりCho Seong-Jin君と比べると分が悪いけど。) Barakirevはスピード感が秀逸。音もクッキリ明確で、キレが素晴らしい。 さすがにノーミスというわけにはいかないが(というかちょこちょこあり)、それでもこれまで浜コンで聴いたイスラメイの中では最も印象に残る演奏の一つだった。聴いていて体中からアドレナリンが放出されるようだった。


64. 尾崎有飛(日本、20歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ハ短調
 Haydn: Hob.XVI:52 第1楽章
 Liszt: リゴレット・パラフレーズ
Bachは左手がよく歌っているしトリルもきれい。フーガも速めのテンポで滑らか。途中でミスがあったのが惜しい。 Haydnも端正かつタッチが非常に洗練されているのが印象的。指回りはもちろん申し分なし。 Lisztも非常に完成度が高く、洗練されている。ノーブルな雰囲気も漂って、あまりガツガツいかない。日本人で言うと岡田博美タイプかも。


31. Gintaras JANUSEVICIUS(ギンタラス・ヤヌセーヴィチェス、リトアニア、24歳、男性)

 J.S.Bach: 第1巻嬰ハ長調
 Beethoven: 第21番第1楽章
 Liszt: 半音階的大ギャロップ
Bachは途中でペダルで音色を変えるなどいろいろ工夫している。フーガは溌剌。 Beethovenは弱音主体というか、軽いタッチなのが特徴。 (個人的にはこの曲に関してはもっと芯のある方が向いていると思うが。) 解釈的にはツボをことごとく押さえ、ケチをつけるところはない。 Lisztはあまり詳しくない(あまり好きではない)曲だが、迫力十分でメカニックも不安がなく、よかったように思う。 本人も楽しんでいる様子。

ここらへんになるとみな自由曲では自分の得意曲を披露している感じで、本当に審査付きジョイントコンサートっぽい雰囲気になってきた気がする。


29. HUH Jae-Weon(ホ・ジェウォン、韓国、22歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ト長調
 Beethoven: 第26番第1楽章
 Liszt: メフィストワルツ第1番
Bachは音色がやや素朴で、曲がシンプルなだけにもう少し工夫があってもよい気がする。フーガもストレートな表現。 Beethovenは解釈的には問題ないが、音的には響きをもう少し整理して透明感を出したいところ。 Lisztはやはり和音がちょっと厚ぼったいというか少し濁る感じ。スケールは大きいが、ミスもややあり。


5. Angelo ARCIGLIONE(アンジェロ・アルチリオーネ、イタリア、27歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻二短調
 Beethoven: 第11番第1楽章
 Chopin: スケルツォ第3番
Bach前奏曲は部分部分で音色を変えるなど工夫している。しかしフーガで(止まりはしなかったが)痛いミス。 Beethovenもまずまず悪くない。 ツボをよく押さえ、展開部の反復進行での指回りもスムーズ。 ただここでも再現部でちょっと痛いミス。 Chopinもややミスが目立ち、あまりよい印象を残さなかった。


70. Tamila SALIMDJANOVA(タミーラ・サリムジャーノワ、ウズベキスタン、17歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ト長調
 Mozart: 第14番第1楽章
 Liszt: スペイン狂詩曲
Bachの前奏曲はくぐもった暖かい音、一方フーガはパキパキと曲想に合った音色を選択。 いずれも表現の完成度が高い。 Mozartも音色の変化のつけ具合が上手い。魅力的。 Lisztも基本的な雰囲気はよいのだが、頻出する重音パッセージの精度が今ひとつで、ちょっと満足いかない。 終盤はややミスも重なった。 彼女の場合、Lisztがなければ(というかもっと粗が目立ちにくい曲を選べば)非常に良い印象で終われたのだが。


37. KIM Jun-Hee(キム・ジュンヒ、韓国、19歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ヘ長調
 Haydn: Hob.XVI:34 第1楽章
 Chopin: 舟歌
Bach前奏曲は基本的にあまり小細工しないタイプ。でも十分美しい。フーガはしっとりと抒情的で音がきれい。(最初の方でドキっとするミスがあったが。) Haydnは良い意味で模範的演奏。端正でメリハリがあって、情感にも不足しない。 Chopinも解釈的にいやみがなく、格調が高い。 3日目のPARK Jong-Haiと同じような正統派タイプとみた。(そういえば歳も彼と同じ19歳。)


53. 水谷桃子(日本、18歳、女性)

 J.S.Bach: 第2巻ヘ短調
 Haydn: Hob.XVI:43
 Liszt: ラ・カンパネラ
彼女は前回も出ていて、1次を通過している。そのときは私はあまり買っていなかったが。
Bachはしっとりとして以前より表現力がついたかも。(と言っても前回の演奏はほとんど覚えていないが。) フーガも落ち着いている。 Haydnはあまり聴き込んだ曲ではないけど悪くない。 さらに伸びやかさや自由さがあるとよいと思うけど(少し堅苦しさが残る)。 Lisztは音が磨かれていて表現の完成度が高い。 全体的には、強く印象付けるというほどではないが、今回は2次に進んでもおかしくないパフォーマンスを見せたように思う。


20. Elmar GASANOV(エルマール・ガザノフ、ロシア、26歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻ト長調
 Beethoven: 第26番第1楽章
 Kreisler/Rachmaninov: 愛の喜び
Bach前奏曲はストレートな音でちょっと素朴すぎるというか、洗練されていない感じがする。情感もあまり感じられない。(まるで学習者が弾いているみたい。)フーガはそれに比べると左手を強調したりして工夫が見られる。 Beethovenは一転してまともな音色。(Bachのあの音はなんだったのだろう?) ときに左手を浮き出したりして面白いが、フォルテ和音をドシンドシンと鳴らしたりと、タッチが洗練されているとは言い難い。 Rachmaninovも悪くないけど、やっぱりさらに優雅さや気品みたいなものがあるとよいか。


77. Sergey SOBOLEV(セルゲイ・ソボレフ、ロシア、27歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰ハ短調
 Haydn: Hob.XVI:52 第1楽章
 Scriabin: ソナタ第4番
Bach前奏曲はゆっくりしたテンポであまり起伏や動きをつけずにひっそりと弾き進める。 フーガは一転速いテンポなのだけど、ちょっと先を急ぐ感じで少し不安定。と思ったら突然止まってしまって、 弾き直すことなくさっさとステージから去っていってしまった(一同唖然)。 Anderzewskiが昔コンクールで自分の演奏が気に入らず途中で帰ってしまったという話を聞いたことがあるが、浜コンでは前代未聞である。結局演奏キャンセルということになった。


36. KIM Hyun-Jung(キム・ヒュンジョン、韓国、18歳、女性)

 J.S.Bach: 第1巻変ロ短調
 Mozart: 第17番第1楽章
 Saint=Saens/Liszt: 死の舞踏
Bachは非常によい出来。フーガは主題の入りがわかりやすく、多声部の弾き分けがとても上手い。 Mozartはちょっと痛いミスがあったがそれを除けばまずまず。 Lisztも上出来。音が充実しているし、メカニックも十分。


71. 佐々木崇(日本、28歳、男性)

 J.S.Bach: 第2巻嬰へ短調
 Haydn: Hob.XVI:46 第1楽章
 Chopin: スケルツォ第3番
Bach前奏曲は速めのテンポですっきり。ただ右手ばかりが目立ってしまって、もう少しポリフォニックな面も出したらよいのではないか。と思ったらそれはフーガにとっておいた模様。 フーガでは多声的な動きに神経を使っている。3つ目の主題を非常に静かに弾くところなど解釈もなかなか面白い。 Haydnもまずまず悪くない。細かい走句やトリルが百発百中というわけではなかったが。 Chopinは目立つところでミスがあったのが痛い。疲れが出たのかコーダもややキレに欠ける。


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というわけで1次の最終目を聴き終えた。今日特に良いと思った人は

 75. Oliver SHE
 64. 尾崎有飛
 37. KIM Jun-Hee
といったあたり(演奏順)。次点として
 88. Francesca VIDAL
 51. Fatimat MERDANOVA
 34. Stanislav KHEGAY
 98. Kwan YI
 14. Sara DANESHPOUR
 31. Gintaras JANUSEVICIUS
 53. 水谷桃子
 36. KIM Hyun-Jung
も悪くはない。というかイマイチの人の方が少ないくらいで、今日は当たり日だった。

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そして1次の結果が出たので、 各日の感想で名前を挙げた人(よいと思った人および次点の人)がどうなったかを以下に書いておく(○が通過者)。

今回も前回と同じく、日が進むにつれて私の選択との乖離が多くなっていくような感じだった(やっぱり感覚が麻痺してくる?)。 特に最終日は半分以上の名前を挙げたのに、それ以外から3人も選ばれるとは(笑)。 ちなみに落ちた人で特に意外だったのはDinara KLINTONとPARK Jong-Hal。 特にPARKは安牌だと思っていたのだが。同じタイプのKIM Jun-Heeも落ち、こういう正統派タイプは今回はあまり評価されないのかもしれない。

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