第7回浜松国際ピアノコンクール2次予選第1日(11/13)の感想です。


2次予選の課題曲は以下(40分以内)。

  1. Chopin, Liszt, Debussy, Scriabin, Rachmaninov, Bartok, Stravinskyのエチュードから2曲(異なる作曲家から)
  2. Schubert, Mendelssohn, Chopin, Schumann, Liszt, Brahms, Franck, Faure, Debussy, Ravelの作品から1曲ないし数曲
  3. (a)西村朗: 白昼夢
    (b)権代敦彦: ピアノのための無常の鐘
   のいずれか
今回も前回と同じかと一瞬思ったが、よく見ると前回まではChopinのエチュードは必須だったのが今回は選択肢の一つに(格下げに?)なっている。 より自由度が高まって(自分の得意曲で勝負できて)よいことかも。実際にはやっぱりChopinを選ぶ人が多いが。 そのせいもあってか時間も50分から40分に短縮されている。 (というか時間を短縮するためにエチュードを2曲にしたのだろう。)

委嘱作品は今回も前回と同じ趣向(2曲の中から選択)で、これは私も前回成功したと思っているので頷ける。 (いっそのこと、世の中の作曲コンクールはこのように演奏コンクールと結託して、より多くの演奏家に選ばれる曲が勝る、という風にシビアに評価した方が、理論とかコンセプトとか、そういう聴衆から遊離した作品が尊ばれるような現代音楽の風潮を打破する上でもよいのではないだろうか。) ちなみにプログラムで選択状況を見ると、今回は西村作品の方が圧倒的に人気である。(2次出場者で権代作品を選んだのは1人。)

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16. Francois DUMONT

 西村朗:白昼夢
 Debussy: 組み合わされたアルペジオのための
 Scriabin: Op.8-12
 Ravel: 夜のガスパール
最初に弾いた西村作品はワケワカメ系の無拍子の曲とわかりガックシ。これをあと22回聴くかと思うと少し憂鬱になった。 以降この曲の演奏については基本的にコメントは書かないでおく。 Debussyはさすがにお国ものとあって上手い。音色が優しく濁らない。模範的演奏と言えそう。 それに比べるとScriabinはもう少しスケールやダイナミックさがほしい。 深々とした響きという点でももう一つ。こういうロシアものにはあまり向いていなさそう。 Ravelのオンディーヌは、さすがにフランスものになると違ってきて安心して聴ける。(安心して聴けるということは驚きの要素も少ないということだが。) そういう意味ではスカルボは予想の範囲内の演奏で、悪く言えばコンクールで弾かれるスカルボとしては平凡な部類。
というわけで彼の聴くのはこのステージまででよいかなというのが正直なところ。


81. Alessandro TAERNA

 権代敦彦:ピアノのための無常の鐘
 Chopin: Op.25-4
 Stravinsky: Op.7-2
 Mendelssohn: 幻想曲
 Schumann: プレスト・パッショナートOp.22a
 Liszt: 「ボルティチの唖娘」のタランテラによる華麗なタランテラ
権代作品は、個人的にはこちらの方が西村作品よりいくぶん聴きやすい。(変拍子だが無拍子ではない。) やはり「グリッサンドでの指の保護のために手袋推奨」というのが演奏者に嫌われたのか。(←そんな曲をコンクール用に書くなよな。) Chopinは落ち着いたテンポでしっかり表情がついており、音楽的。指の運動的演奏になっていない。 Stravinskyはあまり聴いたことがない曲だがこれも良さげ。 Mendelssohnはこのステージでは一番引き込まれた。音色が幻想的だし第1楽章での盛り上げ方も素晴らしい。終楽章の指回りも万全。 最後のLisztは前回も2次で弾いた曲。やはりあまり詳しくない曲だが相変わらず達者である。 強いて言えば個人的にはLisztではもう少し透明感というか輝かしい音の方が好きであるが。(彼の音はどちらかと言えば暖色系。)


62. 野木成也

 西村朗:白昼夢
 Chopin: Op.10-1
 Debussy: 組み合わされたアルペジオのための
 Liszt: バラード第2番
 Liszt: ハンガリー狂詩曲第6番
1次はあまりよいとは思わなかった野木君。1次では高熱を出していたそうである。
Chopinは無難といったところ。右手は1音1音をもっとクリアにした方が好きだが。 Debussyは最初のDumontに比べるともう少し響きに広がりがあるとよいかも。 Lisztのバラードは今ひとつ。もう少し引き締まった力強さみたいなものが欲しい。音は大きいのだが上に飽和してしまった感がある。ハン狂6番も完成度がもう一つで1次で聴いた3人の演奏の方が印象に残っている。


69. Ivan RUDIN

 Brahms: 6つの小品Op.118
 西村朗:白昼夢
 Rachmaninov: Op.39-4
 Chopin: Op.25-10
1次では愛らしく弾いたOp.10-8が印象に残っているロシア人である。
最初のBrahmasはいきなり苦手曲、というか苦手曲がメインという私にとってはつらいプログラム。 が、1次を聴く限り彼はテク(メカ)よりも表現力で勝負するタイプだったのでそれで少し助かった。 たとえば(曲のツボがわからない中でも)第2曲の音色は魅力的。 ただ第3曲はもう少しガッチリした筋肉質の響きがあった方がよい気がした。 Rachmaninovは直球ではなく変化球勝負といった感じで、遅めのテンポで細かい表現上の工夫をしている。 一方最後のChopinは直球勝負。速くて力強い。豪腕といった感じ。


15. Antoine DE GROLEE

 Chopin: Op.25-11
 Liszt: パガニーニ大練習曲第6番
 西村朗:白昼夢
 Schumann: 交響的練習曲
Chopinはえらく速いテンポだが右手のキラキラ感がまったくない。右手はレガートに徹しているのかゴニョゴニョと、1音1音がくっきりとせず、正直右手のメカニックが弱いようにしか聴こえない。 Lisztも全体的にどれも速いテンポなのだが、たとえば第1変奏も右手がゴニョゴニョ。速いけれどそれだけという感じ。またときどき変にアクセントをつけるのが気になる。あと呼吸音が大きく、そういえば1次でもそんな人がいたなと今思い出した。 Schumannもイマイチ。全体としてもうちょっと細部までキチッと弾いて欲しい。 なにか音がフニャフニャしているし、かと思うとある音だけやけにアクセントをつけたりと、ちょっと不自然。 彼は1次では名前を挙げなかった一人だが、その判断は間違いではなかったことを再確認する結果となった。


4. ANN Soo-Jung

 西村朗:白昼夢
 Schumann: ユモレスク
 Rachmaninov: Op.33-6
 Liszt: ラ・カンパネラ
1次では美音と日本人を思わせるような丁寧な仕上がりが印象に残る女性である。1次とは違うドレスで登場。
Schumannの出だしを聴いて相変わらず音が美しい。ただ痛いことにこれも苦手曲。 (曲自体の面白さがまだわかっていないが)仕上げも丁寧で、きっとよい演奏なんだと思う。(昔Freddy Kempfが2次でこの曲を弾いたときは初めて面白いと思えたが、彼はセンスの塊だから特別。) Rachmaninov、Lisztも上手い。凄味はないのだが、模範的演奏という感じ。音も良い。 カンパネラは、水谷さんも悪くなかったけどさらに安定感がある。


3. AN Jong-Do

 西村朗:白昼夢
 Ravel: 夜のガスパール
 Chopin: Op.10-5
 Scriabin: Op.42-5
1次ではMozartとスケルツォ第1番が印象に残っている男性。
Ravelのオンディーヌはえらく弱音で開始し、弱音過ぎて音がクリアに聴こえないがでも全体の雰囲気は悪くない。音が幻想的。 が、スカルボが期待はずれ。スケ1でのようなキレを期待していたのだが、キレが思ったほどではなく、また 後半かなり激しくなるのはDumontと違って面白くはあったが、その分精確さや精緻さが失われていた。 Chopinも端正というよりはやや自由な演奏で好悪を分けるか。Scriabinの方が彼の自由なスタイルには向いていた。


25. HAN Sang-Il

 Chopin: Op.10-1
 Liszt: 超絶技巧練習曲第8番
 Debussy: 花火
 西村朗:白昼夢
 Schubert: さすらい人幻想曲
Chopinは野木君と同様、右手をもう少しクッキリ弾いて欲しい気がする。 Lisztはメカニックは悪くないけど音に輝きがない。というか汚い。 音のきれい・汚いは多分に主観的なものがあるのでそう思わない人もいるとは思うが、ただ私とは絶対的に相性が悪いようだ。 Schubertも音の汚さは我慢するしかないとして、第2楽章はアゴーギクが単調で歌心を感じないし、 第3楽章も細かいパッセージでクリアさに欠ける。 正直今年の音コン3次で聴いた演奏の方がずっと印象に残っている。


55. James Jae-Won MOON

 西村朗:白昼夢
 Schubert: 即興曲Op.90-3
 Schubert: ピアノソナタ第4番
 Chopin: Op.10-12
 Chopin: ポロネーズ幻想曲
 Rachmaninov: Op.39-9
Schubertの即興曲が優しい音で、(前の人がアレだっただけに)思わずホッとする。 それに何といっても歌心がある。 ソナタの方も、実はあまり聴き慣れない曲だが、いかにもSchubertらしい魅力を引き出していて、好きになりそう。 特に音が充実しているのが嬉しい。 Chopinも右手和音が輝かしい。 彼は1次では一応名前を挙げたが、正直ここまで良いとは思わず、私の中での株がグンと上がった。 が、次にポロ幻を弾き始めてえっ?となる。 プログラムをよく見ていなかったのだが、すでに35分くらい経過していて、どう考えてもこの曲の途中で時間切れになる。 となると最後のエチュードがまるまる弾けなくなるのだが…、でやっぱりその通りになった。 もしかしたら彼は2次は前回と同じく50分と勘違いしていたのだろうか…(彼は前回も出ているし。が、PTNAのインタビューを見たらそうではないみたい)。


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というわけで2次の1日目を聴き終えた。今日よかったと思ったのは

  81. Alessandro TAVERNA
   4. ANN Soo-Jung
  55. James Jae-Won MOON
の3人。次点(多少おまけ)で
 69. Ivan RUDIN
といったところ。が、常識的に考えると課題曲を1曲弾かなかったJae-Won Moonは次に進むのは難しいだろう。

それにしても、過去の浜コンの2次のレベル(充実ぶり)を思うと、今日の出来はまことに寂しいものがあった。

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