(浜松国際ピアノコンクールレポートその7〜ファイナル) 久島です。 浜松国際ピアノコンクールのファイナル(11/23,24)の感想です。今回のコン クールレポートもこれが最後になります。最終結果もあります。 ファイナルは例によって協奏曲。予め挙げられた曲の中からの選択であるが、 曲の選択肢はかなり広く、全部で35曲ある(のでここでは挙げない)。このコ ンクールの第1回ではたったの6曲しかなかったことを思うと格段の進歩だ。日 本国際音楽コンでさえ22曲しかない。 ファイナルの出場者は6名で、3人ずつ2日間にわたって行われる。会場は浜 松アクトシティの大ホール。オケは小林研一郎指揮の新日本フィルハーモニー 交響楽団。 以下、演奏順に感想を。 (1日目) 93. セルゲイ・タラソフ(ロシア) 曲はTchaikovskyのピアノ協奏曲第1番。この曲は'90年のチャイコンでも弾い てるし、むかし来日したときのコンサートでも弾いている(実はそのとき聴き に行った)。というわけで彼にとっては手慣れた曲だろう。実はチャイコンの ときのライブCDを持っていてよく聴くのだが、今回の演奏もそれと基本的に同 じコンセプトであった。いわゆる正攻法で、音が特別きれいというわけではな いが、迫力がありクッキリしている。カデンツァなどの歌う部分も音楽性十分。 第3楽章ではロンド主題を最初は弱音ペダルで弾くのもCDと同じだ。最後のダ ブルオクターヴの地響きのような迫力も健在。全体的に演奏はもちろん良いの だが、本音を言えば、このコンクールでは別の曲をやって欲しかった。 しかし彼はステージに出てから最後のおじぎまでニコリともしない。このコン クールでまだ1度も笑顔を見せてないのではないだろうか。カーテンコールは 2回だったが、これは後のすべての人が同じだった。コンクールということで 聴衆が配慮したのかな?。 99. レム・ウラシン(ロシア) 曲はChopinのピアノ協奏曲第2番。第1楽章は精彩を欠くというほどではない が、思ったより大人しいというか、あっさりしている。あまり歌わないし、も う少しデュナーミクの幅があってもいいのではないかと思った(タラソフと比 べたからか?)。第2楽章はまずまず。ここでもあまり濃密な表現はしない。 第3楽章では右手の細かい動きが思ったよりクリアでない。第1楽章よりはよ くなって来たが…。というわけで、全体的にそれほどいいとは思えなかった。 3次のSchumannのような面白い、あるいはもっと溌剌とした演奏を期待してい たのだが…。 7. アレッシオ・バックス(イタリア) 曲はBrahmsのピアノ協奏曲第1番。第1楽章はどうもリズムが重いというかモ ッタリしている。Brahmsと言えどももっとキビキビして欲しい気がする(音は 大きいのだが)。第2主題など、歌うところの表現もどうも共感できない。 第2楽章も同じ印象。彼の歌い方にどうも違和感を感じる(趣味の違いか?)。 第3楽章も平板というか単調というか、メリハリに欠ける印象。テンポが走る ようなところもあり(ワザとか?)、リズム感がイマイチなのかと思ってしま う(3次のBartokはよかったのに…)。オケと合わないところもいくつかあっ たように思う。ただロンド主題のトリルはよく決まっていてうまい。 全体的にはイマイチの感で、この曲では前回日本国際コンのショーン・ボトキ ンの方がよかったと思う。 (2日目) 42. フレデリック・ケンプ(イギリス) 曲はRachmaninovのピアノ協奏曲第3番。第1楽章はやはり彼らしくスッキリ している。オクターヴの和音の強打がもっと大きく響いてくれるといいのだが、 これはこんなものなのかも知れない(他の人と比較できないのではっきり言え ない)。なおカデンツァは長い方である。 第2楽章では、中盤の右手が細かい動きをするところで、左手が生きているの はさすがにセンスの固まり(こればっか)。 第3楽章はオケと合わないところが結構目立った。(リハーサル不足か。ピア ノの方がテンポを結構変えていたので、責任はそっちにありそう。)また第1 主題の終盤のpiu mossoのところでテンポが落ちるのはちょっと疑問(再現部 では落とさなかったが)。しかし展開部終盤の右手の細かい動きのところや、 コーダで左手が跳躍するところで逆の手の方を強調するするのはセンスを感じ る。ラストはオケの音が大きすぎてピアノがよく聞こえなかったのは残念。ミ スもやや多いが、それでも全体的にスポーツ感覚がしてもちろん悪くない。終 わった後の拍手ではオケの人も足踏みしていた。 43. オリヴァー・カーン(ドイツ) 曲はBeethovenのピアノ協奏曲第1番。彼はBrahms大好き人間みたいだからコ ンチェルトでもBrahmsを選ぶかと思いきや、意外にBeethovenである(それで もやっぱりドイツものだけど)。3次のBeethovenの演奏はあまり好きでなか ったので、実はあまり期待していなかったのだが、第1楽章を聴くと、これが あにはからんや非常によい。アーティキュレーション、デュナーミク、音の粒 の揃い方、どれをとっても一分の隙もない。一言でいえば「端正」。 第2楽章もやはりよい。第3楽章は出だしの重音で弾くロンドのテーマがちょ っとぎこちないというか重いが、それ意外は第1楽章と同じでよい。展開部の ところでは左手が生きている。これはいいぞと思ったいたら、その後のソロの ところで大きなミス。指が転んでちょっと弾き直してしまった(これは痛い)。 これで動揺したかその後も1回小さなミスがあった。それまではミスらしいミ スがほとんどなかたのに…。カーテンコールのときも、気のせいかちょっと残 念そうな顔をしていた。このミスがなければ、これまでのコンチェルトの中で も1番よかったかもしれないと思ったのだが…。 72. 大崎結真(日本) 白い、割りとシンプルなドレスで登場。曲はRachmaninovのピアノ協奏曲第1 番。実はこの曲はあまり聴き慣れていないので細かくコメントできない。 (本音を言えば、Rachmaninovの1番や4番を入れるくらいだったら他に入れ る曲があるだろう、と言いたいところ。ProkofievやBartokの1番は入ってな いのに。)でも演奏は思ったより悪くない。音が結構出ている。細かなパッ セージがもっとクリアならいいかと思ったが、あまりはっきりとは言えない。 *** というわけで、全演奏が終わった。 ファイナルを終えて、3次の演奏も考慮に入れて私が順位を付けるなら次の ようになる。(なお実際の審査でも最終順位に3次の点が加わるのかはよく 知らない。) 1. セルゲイ・タラソフ 2. オリヴァー・カーン 3. フレデリック・ケンプ 4. レム・ウラシン 5. アレッシオ・バックス 6. 大崎結真 順位はつけたものの、正直言って確信を持ってこれ、と言うものではない。 特に2,3,4位はほとんど同じで、どの順序にしてもいいくらい。カーンは、 ファイナルは(ミスを除けば)よかったけど、3次はいま一つ、ウラシンは その逆、ケンプは全体に悪くはないけどそれほど強いインパクトはなく、こ のようになった。タラソフもダントツというわけではなく、半ば私のひいき 目である。 そして、実際の結果は… 第1位 アレッシオ・バックス 第2位 オリヴァー・カーン 第3位 セルゲイ・タラソフ 第4位 レム・ウラシン 第5位 大崎結真 第6位 フレデリック・ケンプ (奨励賞:アンドリュー・アームストロング, オラフ=ジョン・ラネリ) (日本人作品最優秀演奏賞:セルゲイ・タラソフ) という、意外な結果になった。しかし、バックスが1位なのを除けば、それ 以外は(たとえタラソフが3位でも)それほどショックな結果ではなかった。 それにしても、バックスが1位とは思いもよらなかった(笑)。実はバックス が良かったという声は結構回りで聞いたので、ひょっとしたら私の耳がおか しかったのか…。 *** ここで、コンクールハイライトCDに入れるならこの演奏を、というのを挙げ ておきます。 アレッシオ・バックス: 3次で弾いたBartokの舞踏組曲。 でも多分ファイナルで弾いたBrahmsが入るでしょう。(これを聴けば、自分 の耳がおかしかったか確かめられるかもしれない(笑)。) オリヴァー・カーン: まず2次のエチュード3連発(Debussy 8番、Rachmaninov Op.33-7、Chopin Op.10-4)は入れたいところ。それとファイナルのBeethovenの協奏曲第1番。 でも第3楽章はキズがあるのがちょっとつらいところ。 セルゲイ・タラソフ: 2次予選のChopinソナタ第2番。これは今回の彼の演奏で1番いい出来では なかったかな。同じく2次予選の(思わず拍手が出た)ChopinのOp.10-1や 3次のバラード第4番もいかも。個人的には1次を聴き逃しているので1次 で弾いた曲(特にラ・カンパネラ)を入れてくれるとうれしいが。 レム・ウラシン: 彼は3次の謝肉祭で決まりでしょう。(でも4位だから時間が少なくて入れ てくれないかも…。)あとは2次のSchubert/Liszt編曲集かな。 フレデリック・ケンプ: 3次のBeethovenソナタ28番か、Rachmaninovのソナタ第2番。Rachmaninov のオリジナル版はCDも少ないからいいかも。 *** 入賞者以外でももちろん、ラネリのShumannトッカータやBrahmsパガニーニ 変奏曲、マツーエフのLisztやBeethoven, Schubert、チポレッタのScriabin Op.8-10など、入れてもらいたい曲はたくさんあるが、これはもう仕方ない。 でも、今回のコンクールで一番印象に残ったのは実はドミトリー・モロゾフ だった。もし今回の出場者のコンサート(リサイタル)があったら一番行き たいと思うのは彼のだと思う。(タラソフのも行きたいけど。)彼ならば、 今までどうもピンと来なかった曲でもその良さをわからせてくれそうだし、 聴き慣れた曲でも何か新しい発見をさせてくれそうな気がする。(3次では 脆弱性を感じさせてしまったが、あれは体調不良だと信じたい。)また日本 に来てくれないかな…。                              (おしまい)