9月2日に行われた第69回日本音楽コンクールピアノ部門第2予選の1日目を聴いてきました。 そのレポートです。

2次予選の課題曲は以下の(a)(b)(c)(d)を15-20分にまとめて演奏するもの。

(a) J.S.Bachの作品から任意の曲(編曲、抜粋不可)
(b) ChopinのエチュードOp.10またはOp.25から1曲
(c) Lisztのエチュード1曲(「夕べの調べ」を除く)
(d) Faure, Debussy, Ravelの作品から任意の曲

(a),(b),(c)は去年と同じで、今年はさらに(d)が加わった。 それで時間は去年と同じだから、時間的にBachでパルティータのような組曲を選ぶのは実質的に不可能になってしまった。 ちょっと残念。 (今年は本選がコンチェルトの年だから予選で課題曲が多くなってしまうせいだろうが。)

ちなみに1次予選の課題曲はChopinのバラード2、3番、スケルツォ3番、舟歌から2曲を用意して当日の抽選で1曲弾くもの。 今年は1次がすべて平日だったし、曲的にもあまり食指を動かされなかったので聴きに行かなかった。

場所はいつもの通りイイノホール。1年ぶりに来てみると(数年前にトイレなどは新しくしていたが)座席やロビーもリニューアルしていた。
以下、例によって2次予選1日目の全演奏の感想を(演奏順。敬称略)。名前の前の番号は演奏者番号。

001.前田健治
黒いシャツに濃いグレーのパンツ、少し茶髪がかった髪でややカジュアルな格好で登場。 最初はBachの平均律I-14。プレリュードはペダルを使わずストレートな表現。出だしは明晰さがもうひとつ。個人的にはもう少し軽快さが欲しい。 フーガはペダルを使っているがそれほど深刻にならない。やや硬く、音が少しぶっきらぼうに響くところがある。一本調子でなく変化を付けようとしているが、まだこなれた状態になっていない感じ。 次はChopinの10-10。これもやや音が硬く、タッチの安定性や明晰さも向上の余地あり。クライマックスの部分もいまひとつ(ここは実演でクリアに弾かれたことをあまり聴いたことがないが)。 次はDebussyの前奏曲第2巻の花火。最初の3連符の細かい動きがもうひとつ明瞭でないかな。音は力強いが、強弱、緩急など変化にもう少し鋭さがあってもよい。 最後はLisztの野生の狩。出だしの方で少しミス。もう少し音ギレをよくした方がいいかも(ペダル?)。和音は力強いが、(ミスって違う音を弾くせいもあるが)あまりきれに響いていない。和音の各構成音への力の配分のしかたに向上の余地ありだろう。
全体的に、そんなに悪いわけではないが、細かく見ていくといろいろ改善すべき点がある。 特に音をきれいに響かせることに気を使った方がよい。ちゃんと聴きながら弾いているのかな。

005.延時幸子
白のノースリーブにエメラルドグリーンのロングスカート、ポニーテールの女性。 最初はBachの平均律I-17。プレリュードはこれもノンペダルでストレートな表現。左手がよく出ているのはよいが、右手の粒の揃い方、安定性がもうひとつ。 フーガはなかなかよくまとまっている。経過句の変化がついているし、主題もよく出ている。左手の歌い方もまずまず。 次はChopinの10-1。右手の1音1音にもう少し強さ、明確さがあればよいが、これくらいならまずまずか(ポリーニあたりの演奏の聴き過ぎかな)。 次はLisztの超絶第10番。やはり明晰さ、メカニックの強さが欲しいが、まずまずまとまっている。中間部の右手のメロディーがぶっきらぼうにならずによい。 最後はRavelのクープランの墓の前奏曲とトッカータ。プレリュードはまずまず。だが上を目指すならば右手の細かい動きでのタッチの安定性、粒の揃いが必要ではないかな。トッカータはこれも同音連打などの粒の揃いがもうひとつ。音が抜けたように聞こえるところがある。
全体として、彼女の場合はメカニックが1番の課題かもしれない。

012.田村篤志
彼はここ数年ずっと出ていて去年も2次まで進んでいる。今回もワイシャツにネクタイ、スラックスと真面目な格好で登場。 最初はBachの平均律I-3。やはりストレートな表現。もう少し音に表情があってもよい(浜松コンのときの岸本雅美さんくらいまで付けろとは言わないが)。 フーガもストレートで小細工なし。少し幼稚に聞こえる。音が平板でぶっきらぼう、楽譜どおりに音を出しているだけのように聞こえる。このBachは審査員には心証がよくないのではないかな。 次はChopinの木枯らし。すごく機械的な演奏。特に強弱・緩急が機械的。自然な息づかいのようなものがほとんど感じられない。メカニックはまずまずだが。 次はDebussyの前奏曲第2巻のオンディーヌ。あまり聞き込んだ曲でないので甘いかもしれないが、悪くない。技術的にも安定。彼はこういう近代的な、やや無機的な音楽があっていそう。 最後はLisztの超絶第10番。出だしがなかなか上手い。これもやや機械的で、暴力的に響く音があるが、メカニックが優れているのでなかなか面白く聴けた。
彼の場合はメカニックは強いが、BachやChopinで暴露された(と言ってもみんな知っているだろうけど)音楽性の面が問題かも。 入退場のときの直線的な歩き方も彼の音楽をよく表している。

016.前田勝則
黒のシャツとパンツに赤いネクタイ。なかなか洒落た格好で登場。 最初はBachの平均律II-1。プレリュードはしっかりした艶のある音。安定感もある。これはやりそう。 フーガも左手の16分音符の細かい動きが極めて安定。勢い、スピード感もある。これまでのBachでは一番いいだろう。 次はChopinの10-8。出だしを聴いた瞬間に、これは上手い。音が安定、スピード感があり、タッチがみずみずしい。この2曲だけ聴いても(これまでに人の出来からして)次に進めそうである。 次はLisztのエロイカ。これも期待に違わぬ出来。和音に輝きがある。表現のツボも心得ている。右手の急速な音型も万全。クライマックスのダブルオクターブはやや慎重過ぎる感じがないでもないが、全体の印象には影響ない。 最後はRavelの水の戯れ。速めのテンポで音が明確。音楽的な表情もあって、けちを付けるところがない。
全体的には、もちろんこれまでで一番良い。初めて聞く名前であるが、彼は要チェックである。

017.日下知奈
彼女の名前はどこかで聞いたことがあると思ったが、'96年に3次まで進んでいる。黒のワンピースがなかなかシック。 最初はBachの平均律I-5。この曲は右手の16分音符の粒を揃えるのが結構大変だと思うが、これはまずまず(完璧とまではいっていないが)。左手はもう少し変化をつけてをよいかも(グールドとまでは言わないが)。 フーガも淡々としていながらしっとりとして悪くない。 次はRavelの鏡から洋上の小舟。最初にちょっとミスしたが大勢に影響はない。右手の重音トレモロもキマっている。ただもう少しダイナミズム(それこそ大海原のうねるような感じ)があってもよいと思う。 次はChopinの10-10。スケール感や派手さはないが安定している。溌剌というよりは落ち着いた感じだが、悪くない。クライマックスの部分がもっと明確になればもっとよいが。 最後はLisztのパガニーニ練習曲第6番。スピード、ダイナミズムともにやや慎重過ぎる感じがある。丁寧でよく練習しているが、鮮やかな技巧というか、余裕で弾いているという感じではない(ポテンシャルの高さをあまり感じさせないというか)。
全体的に彼女の演奏は完成度が高い。ただしLisztが鬼門だったかもしれない。

018.藤崎陽子
胸に花飾りのついた真っ赤なベルベット風のノースリーブのワンピースで登場。健康的な体格(婉曲表現)に見える。 最初はBachの平均律II-3。プレリュードは穏やかな感じ。左手をもう少し出してもよいかも(グールドの演奏を聴き過ぎかな)。Allegro部はちょっと響きが多めだったかも。フーガは元気で変化もあってよい。ただし(プレリュードでも)譜読みの間違いか、あるいは単なるミスか、違和感のある音がしたようだが…気のせいかな。 次はChopinの10-1。これも勢いがあって悪くない。ただ後半少しバテたかな。 次はLisztの超絶第10番。出だしはくぐもった音。勢いは悪くないが完成度はもうひとつ。音をしっかり出そうとしている(体重がよく乗っている?)のはよいが。また譜読み間違いかと思うところがあった。 最後はDebussyの映像第1集から水の反映と運動。水の反映は少し表面的な気がしないでもないが、悪くない。運動は3連符の細かい音型がやや出すぎで、テーマの方をもう少し強く出したいところ。中間部のメリハリがもうひとつ。もっと強弱をつけた方がよい。

023.脇岡洋平
彼も黒いシャツに黒パンツだがちょっと太り気味(失礼!)。 最初はBachのII-9。プレリュードは(一応ペダルは使っているようだが)ストレートな音。もう少し音色に変化があってもよい。タッチに安定性ももうひとつ。 フーガは音の出し方がやや無造作。もっと1音1音をコントロールしたい。主題ももっと歌うように弾きたいところ。 次はDebussyの前奏曲集第1巻から西風の見たもの。Bachは何か窮屈そうに弾いていたが、最初の右手の華麗なアルペジオなど、気合が入ってきた。迫力がある。ただ音がデカければよいというわけではないのが難しいところ(美しく響かなければ…)。 次はChopinの10-10。メカニックが安定していて悪くない。1音1音がしっかり出ているのがよい。クライマックスの部分はやはりうまく出ていないが。 最後はLisztの野生の狩。彼向きの曲を選んだなという感じ。力強さがある。終盤のオクターブでの跳躍もかなり速いスピードながらなかなかうまくキマった。ただ緩徐部分はもっと歌った方がよい。またやっぱりもう少し響きに気を使った方がよい(やや暴力的に響く)。
全体的には、最初のBachが彼向きの曲ではなかったようだが、後はまずまず。

024.新居由佳理
黒のノースリーブのワンピースで(遠目には)かわいらしい感じ。 最初はBachのトッカータBWV914。最初の序奏部分はゆったりしたテンポで情感がよく入っている。最初のフーガも声部の弾き分けがよくできている。次のAdagio部分の表情豊か。途中からソフトペダルで変化も付けている。なかなかドラマチック。最後のフーガもまずまず。音に表情がよく付いている。ただやや安定感を欠くところがあった(途中で危ないところもあった)のが惜しい。それでもこと表現に関してはこのBachは完成度が高い。 次はChopinの黒鍵。左手のスタカートの和音が生きている。強弱の付け方も音楽的で上手い。少しミスがあったがそれを除けば申し分ない。 次はLisztの鬼火。出だしの半音階上昇はちょっとにごったがまずまず。主部に入ってからは左手がよい。生き生きとしている。右手の重音も水準には達している感じ。中間部も強弱が上手い。もちろん完璧とは言わないが、音コンならばここまで鬼火が弾けていば加点対象かな(甘いか?)。と思っていたら最後の左手の半音階上昇はちょっと失敗(惜しい!)。 最後はDebussyの西風の見たもの。これも表現が上手い。メリハリがあって、しかも音が暴力的にならない。
全体的に彼女もレベルが高い。これでミスがなければいいところまで行くだろう。

026.森忠青香
薄い水色の、ひらひらしたかわいらしいドレスで登場。まだ若そうである。 最初はBachの平均律II-16。音が少し硬い。表現もやや単調(曲自体の流れが単調なだけに「聴かせる」のはなかなか難しいところだが)。もう少しテンポを速めにとるのも一案だろう。フーガはすべての声部が均等鳴っている(注:誉め言葉ではない)。もっとメリハリ(今はこの声部、次はこの声部と変化を付ける)があった方がよい。また、やはり音が硬い。特に冒頭はちょっと気負い過ぎという感じ。先入観からきているかもしれないが、音楽が少し幼い印象を受ける。 次はChopinの25-6。これは正直言ってよくなかった。3度重音が均等に出ていない。最初の3度の急速降下も失敗。きっと練習ではうまく弾けていたのだろうけど…。 次はLisztの超絶第10番。冒頭音型のクリアさ(音の分離)が足りない。流れはよいというか感じは出ているが、細部で指が流れがちである。 最後はDebussyの映像第2集から金色の魚。さすがに若くて(←決め付けてる)ここまで来ただけあって、指回りはよいことがわかる。それほど聴きこんだ曲でないのでよくわからないが、この曲が一番生き生きと弾いているようである。
全体的に、彼女の演奏は良くも悪くも若さが出ている。

036.河本理沙
彼女も黒のノースリーブのワンピース。 最初はBachの平均律I-23。プレリュードはすっきりして悪くない。速めのテンポでタッチが安定している(一瞬危ないところもあった気もするが)。フーガはこれも淡々とした中にも必要な表情は入っている。ただ区切りで明らかに音が途切れるのはちょっと気になった。最後の方でのテンポの落とし方も(最後に向かってアラルガンドしたつもりだろうが)少し不自然だった。 次はLisztのマゼッパ。主題の左右交互に弾くところがちょっと苦しい。また音が少し硬い(金属的)。叩きつける感じがして、もう少しきれいに響かせてほしいところ。全体的に弾くのが精一杯とまでは言わないが、余裕があまり感じられない。 次はChopinの木枯らし。これももうひとつ。右手の指回りがイマイチ。特に中間部の弱音で降りてくるところが不明瞭。 最後はDebussyのエチュードから組み合わされたアルペジオのための。これもアルペジオにもう少し滑らかさがほしい。
全体的にもうひとつであった。

037.井上麻紀
腰にワンポイントがある黒っぽい(ツートンカラーの)タイトなワンピースで登場。髪をアップにして、大人っぽい感じである。 最初はBachの平均律I-17。プレリュードは左手がゴニョゴニョなりがちだが、全体的にはそれほど悪くない。フーガもしっとりしている。強弱のつけ方も上手い。タッチもまずまず安定。 次はChopinの10-4。これもちょっとミスったりしたが、流れはよい。欲を言えば16分音符をもう少し明瞭に弾いてほしいところだが(これが難しいわけだが)。 次はLisztの超絶第10番。冒頭音型(左右交替和音連打)のクリアさが欲しいところ。それ以外はまずまずか。 最後はDebussyの前奏曲集第2巻から花火。これも同音連打でもう少し明瞭さがほしい。が、全体的には手馴れた風で自家薬籠中の曲といった感じ。
全体的には、まとまってはいるが、決定打というかインパクトに欠ける。

039.久住綾子
彼女は去年も3次まで進んでいる(曲順がどうのこうのと私が言った人)。レースの柄がついた薄いオレンジ色のドレスで登場。 最初はChopinの10-4。彼女は去年の2次でも最初にLisztに持ってきていて、今回もChopinから始めるのは、その意気や良し、なのだが、最初にもってくるにしてはもうひとつだったか。勢いはあるのだがテンポがやや安定しない。指はよく回っているだけに惜しい。ダイナミズム重視ということなんだろうがちょっと気負いすぎている感じ。 次はBachのトッカータBWV914。最初のフーガはアーティキュレーションをよく考えている。トリルもキマっている。ただもう少しタッチの安定性があるといい。間奏のAdagio部分も感じが出ている。最後のフーガはもう一段の指回りの安定感が欲しい。途中危ないところもあった(トリルが入るところ)。また主題のアーティキュレーションは個人的には新居さんの方が好きかな。 次はLisztの吹雪。彼女は去年の2次も最初にこれをもってきてそれがイマイチだと思ったが、今度もその印象は変わらなかった。静かにゆったり始まるのだが、何か恐る恐る弾いている感じがある。スタティックな演奏なのだが、それが技術的な余裕のなさからきているように思えてしまう。 最後はDebussyの花火。これは(甘いかもしれないが)一番生き生きしていた。

040.竹内真紀
彼女もノースリーブの黒のワンピース(スリット付き)である。 最初はBachのII-16。プレリュードは森忠さんよりテンポが速めで、彼女ほど気負っていない感じ。私にはこれくらいの方がいい。もう少し変化があるともっといい。フーガはややゆったりめのテンポでテーマがよく出ている。それ以外の声部がもうひとつ曖昧な感じもあるが。 次はChopinの10-1。これもややゆったりめのテンポで、確実に弾く作戦か。それでも右手があまり明確でない。メカニックが少し弱いと感じさせる(何度も弾くところなので、ミスということではない)。 次はLisztのエロイカ。ペダルの使い方に難があるのか、音がクリアに聞こえない(右手の急速な動きのところなど)。指は回っているのだが。ちょっと音ギレが悪く、だらしなく聞こえるのがもったいない。 最後はRavelのクープランの墓からトッカータ。これも健闘しているが、メカニックの弱さを感じてしまう。キレがもうひとつである。

041.鈴木華重子
彼女も去年3次まで進んでいる。黒のパンツに白のノースリーブ。ショートカットで大人の雰囲気である。 最初はBachのI-17。あまり間をおかずにいきなり弾き始める。プレリュードは指回りの安定性がもひとつか(私の基準が厳しすぎるのか…)。 フーガがゆったりしたテンポでなかなかよい。静かに、よく歌っている。このフーガをとれば、今日聞いたBachの中ではかなりいい線いっている。 次はChopinの10-10。やや音が軽い(そのせいか途中でテーマがスタカートになるところとあまり変化がついていない)が、手馴れた感じで硬いところがない。ただその分指が流れる感じのところもなきにしもあらず。再現部の手前で一瞬テンポを落とすところなどは堂に入っている。 次はDebussyの映像第1集から水の反映と運動。水の反映はやはり雰囲気が出ている。やはり大人の雰囲気か(←先入観)。運動も落ち着いていてあまり気負っていない。 最後はLisztの超絶第10番。これも冒頭音型の分離がいまひとつだが手馴れており、安心して聴ける。表現的にはあまり言うことはない。
全体的にはまずまず上手いのだが、すでに完成されていてあまり伸びしろがないような感じもする。

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2次の1日目を聴き終わって、今日の収穫は何と言っても前田勝則君。彼はまた次も聴いてみたいところだ。それに次いで新居由佳理さんというところか。

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