9月3日に行われた第69回日本音楽コンクールピアノ部門第2予選の2日目のレポートです。

以下、2次予選2日目の全演奏の感想です(演奏順。敬称略)。名前の前の番号は演奏者番号。

046.仁上亜希子
彼女の名前は聞き覚えがあったが、去年と一昨年も2次まで進んでいるようである(例によって過去のレポートを読み返さないとどんな演奏だったか記憶がないが)。黒のノースリーブのワンピースで登場。長い髪をポニーテールにしている。 最初はBachの平均律II-19。プレリュードは優美路線。(個人的にはグールドのような軽快路線が好きだが、これは少数派だろう。)変化があってなかなかよろしい。フーガはこれも落ち着いた感じ。個人的にはやはり発音をもう少し明瞭にした方が好きだが、まとまっている。 次はChopinの10-4。これも落ち着いたテンポながら、模範的。指の動きも安定。端正でケレン味がない。インパクトはないが、ケチをつけるところもない。 次はLisztの鬼火。出だしは安全運転で丁寧。右手はまずまずだが、左手は昨日の新居さんに比べるとそれほど生き生きしていない。まことに丁寧であるが、やや躍動感が少ないかも(これだけ弾けていれば贅沢かな。速く弾いて崩壊しても困るし)。ミスも少ないし、完成度は新居さんより高いかもしれないが、魅力という点ではどうか。 最後はRavelの夜のガスパールからオンディーヌ。あまり神経質にならない。メロディーの音色がまだ磨けるのではないかと思うが、全体的には悪くない。
全体的には、インパクトはそれほどないが、平均点が高いという感じ。安定した実力の持ち主と言えるだろう。

048.村田千佳
白いフレアのロングスカートに黒のノースリーブ姿。 最初はBachのII-24。プレリュードは落ち着いたテンポで、左手もなかなか生きている。悪くない。装飾音もキマっている。表情がついていて一本調子になっていない(個人的にはもう少し付けてもよいかな)。フーガはスタカートを多用したアーティキュレーションが意欲的。トリルもよくキマっている(よく練習しているのだろう)。もう一段の明晰さがあるともっとよいかな。でもこのBachはなかなか完成度が高い。 次はChopinの25-5。丁寧。内声の強調もあり、中間部の歌い方もまずまず。これもインパクトのある演奏ではないがまとまっている。強いて言えばリズムがもっと生き生きとしているとよいかも。 次はRavelの水の戯れ。これはちょっとおとなしい印象。 最後はLisztの超絶第10番。これもダイナミズムはないが、優美(この曲で優美という形容も変だが…)。中間部の右手オクターヴのメロディーも(ミスは少しあったが)叩きつけることがない。このLisztも完成度が高い。ただコーダの最初のところは少し改善の余地あり。
全体的に彼女の演奏も完成度が高い。こうなってくると審査はアラ探しみたいになってきそうだ…。

049.松本光史
黒のパンツにゆったりとした白いシャツで、ちょっと芸術家風である。 最初はBachのI-13。プレリュードはシンプルな中にも表情があって悪くない。フーガもタッチに清潔感がある。端正。左手も生きている。最初の方でトリルのキマり具合がもうひとつなのが残念。 次はChopinの10-2。かなり速いテンポ。主部の方がまずまずだが(もちろん完璧ではない。音コンでこの曲の完璧に粒の揃った演奏を聞くことはほとんど諦めている)中間部はちょっと危うかった。再現部のところでもかなり目立つミス。残念である。 気を取り直して次はLisztの野生の狩。出だしの和音が充実。リスト向きの音である。今年の狩の中(と言っても前にまだ2人しか弾いていないけど)では1番いいかなと思ったけど、歌謡的に部分に入ったらもうひとつ。ミスが多め。終盤のオクターヴ跳躍もあまりよくなかった。でも迫力はありツボは押さえている。 最後はDebussyの前奏曲集第1巻からアナカプリの丘、雪の上の足跡、西風の見たものの3曲。アナカプリは最初でちょっとミスしたような気もしたが溌剌としている。中間部の歌い方にもセンスがある。西風の見たものも、細部の向上の余地はあるが、ダイナミックで悪くない。
全体としてはChopinのミスなどで完成度は高くないが、音楽センスも含めて、可能性は感じさせる。

060.中根浩晶
紺のスーツに赤ネクタイ、パリッとした新人サラリーマン風。 最初はBachのI-9。プレリュードは明るい音で、装飾音も良い。フーガはちょっとゴニョゴニョした感じがある。 次はChopinの10-9。こもれ明るく輪郭のはっきりした音。逆に言えば音が少し硬い感じがしないでもない。 次はLisztのパガニーニ練習曲第2番(変ホ長調)。主題のスタカートの連続和音のところがちょっと重い(もう少し短く切ったがいいのでは?)。32分音符や64分音符での急速な下降のところも(特に両手交替で弾くところが)もうひとつ。丁寧に弾こうとしている分、流麗さが欠けている感じがある。中間部もやや重い。このLisztは技巧的に今ひとつの感があった。 次はFaureの即興曲第2番。あまり聞いたことのない曲でよくわからないが、主旋律を弾くタッチが単調な気がする。それにしても、技巧的にあまり見せ場のない曲のようであったが、アピールになったのだろうか?(それなりにしっかりした技術を持っていることはわかるが。)
全体的には、素直な音楽性(と技術)の持ち主であることはわかる。後はさらにレベルを高めていくといいだろう(なんかえらそうだな…)。

061.中西るみ子
黒のスカートとタンクトップに、黒のストッキング姿。 最初はBachのII-7。プレリュードは左手のやや意表を突くアーティキュレーションが印象的。悪くない。タッチが非常に安定している。さらに音色の変化もあるといいかな。フーガも模範的。楷書的だがケチをつけるところがない。 次はChopinの10-1。これもなかなかよい。多少ミスはあるが、音がしっかり出ているのがよい。 次はDebussyのエチュードから装飾音のための。ややくぐもった音を使い過ぎかな(音ヌケがよくない)。(しかしこうなるとほとんどアラ探しだな…。) 最後はLisztの野生の狩。中間部でアゴーギクが少なくスッと流れすぎのような気がする。もう少しタメがあった方がいい。また音は大きいのだが、もっとメリハリがあった方がよいかも。終盤のオクターヴ跳躍部分ももうひとつ。
全般的に彼女も完成度が高い。これは審査が大変かも…。

067.加納静佳
グレーのワンピースに黒のカーディガン。おじぎのときの表情がちょっと不機嫌そうである。 最初はBachのII-23。プレリュードは右手の表情が少なくやや単調。テンポが微妙に走る気もする。 フーガは主題がよく出ているが、なにか淡々として無表情な感じである。 次はLisztの超絶第10番。冒頭音型の分離がもうひとつなのはまあいいとして、やはりサラリと弾かれている感じがして、もう少し表情があってもよいと思う。 次はDebussyの喜びの島。「キメ」のところもあまり強調せずにスッと流れる。やや弾き急ぐ感じ。技術的には悪くない(というか高い)。 最後はChopinの10-1。これは速めのテンポにもかかわらずよく弾けている。彼女の得意曲かも。流れに淀みがない。素っ気無さは相変わらずだが。
最後のChopinを聴けば、彼女はかなりの実力を持っていることがわかる。が、弾いていて何か楽しそうでない。

069.山本亜希子
彼女も去年2次まで進んでいる。やはり黒のノースリーブワンピース。 最初はBachのII-23。前の加納さんと同じ曲だが、プレリュードは彼女と比べると表情がある。 フーガも彼女に比べると変化が多い(これがよいかどうかは一概に言えないが)。ただ安定性は加納さんの方があったかもしれない。 次はChopinの10-5。まことに溌剌、生き生きしている。悪くない。ただ左手がスタカートになりきれていないかな。 次はLisztの超絶第10番。畳み掛けるようなアゴーギクがうまい。ツボを押さえている。ただ繰り返し出てくる冒頭音型の明瞭さがもうひとつ。コーダも少し乱れた。表現的には言うことなし。あとはメカニックである。 最後はDebussyのアナカプリの丘と西風の見たもの。アナカプリは音が生き生きとしていて勢いがある。(ちなみにDebussyの曲はエチュード以外それほど聴きこんでいないので、全体的に評価が甘めである。)西風の見たものも同様だがクライマックスの右手で少しミス。
全体的には彼女も悪くない。勢いを大切にするタイプである。

073.渡辺敬子
白いブラウスに黒いロングスカート、合唱団員かオケの奏者のような服装である。 最初はLisztの超絶第10番。冒頭音型の分離もいまいちで、最初に持ってきた割にはそれほど得意曲とも思えない。中間部は歌おうとしているのはわかるが、それならば左手の分散和音をもっと雄弁にしないと。技術的にも音楽的にもいまひとつである。特にコーダやよくなかった(技術的に)。 次はBachのII-21。プレリュードはすっきりしているが、ペダルの使い方が不自然なところあり。表情付けにやや違和感があってしっくりこない。タッチの安定性ももうひとつ。フーガはやはりタッチの安定感に欠ける。明晰さが足りない。最後の方ではやや大きなミス(危なかった)。 次はChopinの25-12。アルペジオの1音1音をもう少しくっきり出したいところ。やや曖昧。曲の流れは悪くないが。 最後は山本さんと同じくDebussyのアナカプリの丘と西風の見たもの。アナカプリは出だしがちょっと鈍い。平凡な出来か。西風の方も特に印象に残らない。(これまでの曲の出来であまり期待できないと思ってしまうせいもある。)
全体としては、今日はこれまでみんな実力が結構拮抗していると思ったたが、(申し訳ないが)彼女は他の人と比べると一段低いところにいる感じである。

081.南部麻里
グレーのイブニングドレス風の装いである。やや小柄でおでこが広いかな(前髪を上げているせいもあるが)。 最初はBachのI-18。プレリュードは途中のトリルがちょっと不自然。左手にもっと工夫をしてもよいかも(歌うように)。 フーガももうひとつ。安定性、表現ともにまだまだという感じ。('96年の2次でこれを弾いた山口博明君は上手かったな…。) 次はChopinの10-5。勢いはあるが右手の3連符のリズムをもう少し明確にしたい。指が流れがち。終盤左手で少しミスもあった。 次はLisztのマゼッパ。和音でミス(音をはずす)のが多い。和音が余裕を持って掴めていない。なにか安心して聴けない感じである。その後もはずしまくりとまでは言わないが結構ミスが目立った。 最後はDebussyの花火。これも最初の3連符のclarityがもうひとつ。進みにつれてだんだん調子が上がってきたようだが…。
全体的に彼女も他の人と比べると出来はいまひとつだったかな。

087.澤田智子
彼女も黒っぽいドレス(今年は黒が流行りなのかな?)。髪も少し染めている。 最初はBachのI-23。プレリュードは優美に弾こうとしているのだが、何かナヨナヨしたというか、恐る恐る弾いているように聞こえる。 フーガはトリルの処理が甘い。安定感がいまひとつ。自身を持って弾いている感じがせず、止まらないかと何か不安を感じさせる弾き方である。 次はChopinの10-1。右手の粒の揃いがもうひとつ。ミスもあり、あまり良い出来ではなかった。 次はDebussyの沈める寺。よくわからない曲なのでなんとも言えないが、高音がやや金属的なのと、中低音の連続和音が鈍い(ヌケがよくない)感じがした。 最後はLisztの野生の狩。序奏部は迫力があってよいのだが、主部がもうひとつ。安定していないし、軽快さがない。終盤のオクターヴ跳躍も失敗。技巧的に苦しい。
彼女全体的にイマイチだった。午後になって(073番から午後の部)急に調子が落ちてきたようだ。

093.福富彩子
彼女も黒のノースリーブのタイトなワンピース。 最初はBachのII-1。プレリュードは出だしをかなりデカい音で始めるなど元気がいい。ストレートな表現。フーガもかなり速いテンポでタッチが安定している(初日の前田君にも劣らない)。 次はChopinの木枯らし。右手の動きが安定。途中で左右の役割交替で右手で和音を弾くところで少しミスしたが、なかなか良い出来かなと思っていたら、その直後に止まってしまう大ミス。何度か弾き直そうとしたが成らず、結局再現部へ飛ぶことになってしまった。出来がよかっただけに非常に残念である。 次のDebussyの水の反映は悪くないと思う。感じが出ている。 最後はLisztの野生の狩。付点のリズムが少し曖昧(音が抜けたようになる)。またリズムが杓子定規過ぎる感じで、もう少しタメというかアゴーギクがあってもよい。Chopinの失敗を引きずっているわけではないだろうが、期待していた割にはもうひとつであった。
彼女ははやりChopinで止まったのが(しかも止まったときにすぐに復帰できなかったのが)痛すぎる。実力は結構あると思うのだが。

098.福ア由香
薄い緑っぽいワンピース。 最初はBachのII-5。プレリュードは前半部の16分音符をもう少し明確にしたいなど、細部にまだ向上の余地を残すが、全体的にはまずまず。フーガもまずまずだが安定性がもうひとつだったかも。 次はChopinの10-2。これははっきり言ってよくない。粒が揃っていないし音ヌケも多い。左手も硬い。まだ人前で(少なくともコンクールで)弾くレベルでないような感じである。(きっと練習ではそこそこ弾けているんだろうけど。) 次のDebussyの喜びの島は線が細いが普通の出来か。 最後はLisztのマゼッパ。これは悪くない。今回聴いた中では(と言っても3人しか弾いていないが)一番いいだろう。ミスは多少あるけど技術的には一番余裕を感じる。テンポが速めでモタモタすることがないのがいい。このLisztはよかった。
全体的には、ChopinのミスをLisztでカバーしたという感じかな。

099.今井彩子
彼女の名前もどこかで見覚えがあると思ったが、'98年に3次まで進んでいたようである。 紺地に水玉のワンピースでとても小柄である。 最初はBachのI-15。プレリュードはまずまず良い出来(ピアニスティックで、コンクールでの私のお薦めの曲である)。フーガは少し音が混濁するところがあるが全体的には悪くない。トリルも線は細いがよく入っている。 次はChopinの25-6。出だしはいいと思ったが、その後の3度での上昇、下降で失敗。その後もミスがあり、もうひとつの出来である。 次はLisztの吹雪。右手の跳躍で弾くメロディーがもうひとつ美しく歌えていない(余裕がない?)感じもするが、全体的には悪くない。強弱、緩急のツボを押さえている。 最後はDebussyのオンディーヌと花火。これらも曲が自分のものになっている感じでよいと思う(が例によって甘いかも)。
全体としては、彼女もChopinのミス(と言ったら大げさか)が痛いが、他は悪くない。

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2日目は全体的に(特に午前の部は)実力が拮抗しているようで、(一部の人を除いては)誰が次に進んでもおかしくなさそうな感じである。 逆に言えば次もぜひ聴きたいと思う人がいなかったわけであるが…。

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