9月4日に行われた第69回日本音楽コンクールピアノ部門第2予選の3日目のレポートです。

以下、2次予選3日目の全演奏の感想です(演奏順。敬称略)。名前の前の番号は演奏者番号。

113.森住昭子
黒のタイトなノースリーブワンピースで登場。 最初はBachの平均律I-14。プレリュードは一瞬かすかに指がもつれそうになったところもあったが、指回りはまずまず安定。ストレートな演奏。フーガは音色がやや単調。また、確信に満ちていないというか、聴いている方が何か少し不安を感じる弾き方である。 次はChopinの25-8。ゆっくりめのテンポだが丁寧で悪くない。レガートでの粒も揃っている。下手にスピードを上げるよりはまずは6度をしっかり弾く方が大切だろう。 次はDebussyの喜びの島。緩急が少し単調か。もう少しメリハリをつけたい。強弱に関してもやや微温的な感じがある。クライマックスではもう少し畳み掛けるスピード感が欲しい。が、全体的にはそんなに悪くない。(どうもアラさがしみたいな聴き方になっているな…。) 最後はLisztのマゼッパ。最初のテーマのところで少しスピード感が足りない感じ。絶対的なテンポというより、何か重心が後ろに残っているようなところに原因がありそう。緩徐変奏での右手の重音でのアルペジオがちょっとぎこちない。その後の連続和音もやや苦しい。その後は大過なく弾き終えたが、このLisztはイマイチだった。
全体的にはLisztで少し印象が悪くなった。マゼッパを弾く心意気はいいのだが逆に自分のテクニックの限界をさらけ出す結果になってしまったのではないかな。

114.鈴木美紗
黒と緑のツートンの少女っぽいワンピースで登場。やや小柄で童顔、まだ若そうである。 最初はBachのI-3。プレリュードは優美路線なんだろうけど、芯のないような軽い音。もう少し張りと艶のある音で溌剌としていたほうがいいような気がする。少し損をしたかな。フーガは細かい動きが少しゴニョゴニョ聞こえる。タッチの安定性に欠け、これも聴いていて少し不安。(本人も不安なのか)弾き急ぐ感じもある。途中で指がもつれそうにもなった。このBachは心証がよくないのではないか。 次はChopinの25-6。これももうひとつ。昨日の今井さんのような目立つミスはなかったが、各所で危なそうなところ、不明瞭なところがあった。 次はLisztの鬼火。(どうでもいいことだが、彼女は曲の間にかなりインターバルをとる。なかなかよい舞台度胸をしている?。)Chopinを聴いて少し不安になったが、この鬼火もそれほど悪いとは言わないが、全体的にはまだまだと言ったところ。重音のclarityと流麗さがもうひとつ。(こうしてみると、'96年の奥村さんは上手かったな…。) 最後はDebussyの花火。途中の交替連打のところがもうひとつ。だが全体的には悪くない。
彼女は25-6、鬼火と意欲的な選曲だったが、残念ながらこれらを鮮やかに弾いてのけるという感じではなかった。

123.大川香織
彼女も黒っぽい衣装。 最初はBachのII-17。プレリュードは明るい音。安定していて安心して聴ける。表情は少なめだがアゴーギクなど必要なポイントは押さえている。 フーガはテーマのタッチが非常に繊細で磨かれている。変化もあり声部の弾き分けも十分。このBachは個人的には気に入った。 次はChopinの10-1。これもよい。右手がスムーズで左手も充実。何と言っても強弱、緩急の流れというか呼吸が自然である。ちょっとミスがあったのは惜しかったが、今回聴いた10-1では一番よかったかも。 次はLisztのマゼッパ。これもよい。技術的に安定し、キメるべきところはキメている。アゴーギクというかテンポの変化(第1変奏で畳み掛けるところなど)も上手い。技巧というより表現が自然なのがよい。もちろん多少のミスはあるがほとんど気にならない(最後の最後の和音ではずしたのはご愛嬌だが)。模範的、正統的なマゼッパであった。 最後はDebussyのエチュードからオクターヴのための。冒頭のところで音をはずした。中間部でオクターヴのスタカートはタッチをもう少し明瞭にしたいところ。再現部でもまたも音を派手にはずした(ひょっとして譜読みの間違い?)。全体の流れはよいだけに惜しまれる。
全体として彼女はかなりレベルが高い。Debussyが少し残念か。

127.坂野伊都子
彼女は一昨年も2次まで進んでいたようである(例によって覚えていなかったが)。黒のスカートに濃いワインレッドのノースリーブ。座っていきなり(曲間にも)深いため息をついている(呼吸を整えている?)。 最初はBachのI-22。プレリュードはしっとりしていて悪くない。もう少し繊細に音を出した方がいいと思われるところもあったが('97年の浜松コンのモロゾフの超繊細な演奏を聴き過ぎたせいかな)。フーガはこれも確固たる足取り。こういうのも悪くないが、やはりもう少し音に神経を使った方がよいと思うところもある。途中のトリルの処理はもうひとつだった。 次はChopinの25-1。メロディーの音の出し方をもう一工夫、きれいに歌うことはできないかな?(こんなものなんだろうか)。 次はDebussyの交替する3度。普通の出来かな(あまり聴き込んでいない曲なので)。 最後はLisztのエロイカ。出だしの音がデカい。音がやや金属的というかもうひとつきれいに響かない感じがある。スケール感を大切にした演奏だが、やや腰が重い印象を受ける。
全体として、無難にまとめたと言えるかも知れないが、個人的にはあまり惹きつけられない演奏であった。

134.加藤大須
彼も'98年に2次まで進んでいる。そのときのレポートを読むとあまりよい印象を残さなかったようだが、今回は果たしてどうか。グレーのスーツにスポーツ刈りで、純朴な体育会系新入社員風である。 最初はBachのII-17。プレリュードは屈託のない音。大川さんに比べると丁寧さの点でもうひとつで細部の詰めが甘い。フーガはタッチが安定していない。不安を感じさせる。表情づけというか変化もなにか不自然。 次はChopinの25-8。スピードは森住さんよりあるが、タッチの安定性(揃い)は彼女の方が上。でもそんなに悪いわけではない(甘いか?)。 次はLisztの野生の狩。(よく見るとChopinとLisztの選曲は'98年と同じである。)ややミスが多い。主題のリズムの明確さもイマイチ。ミスの多さはあまり改善されていないようである(多分前回ほどひどくないのだろうが)。でも後半になってミスが減ってきた。オクターヴ跳躍部分も思ったほどひどくない。 最後はDebussyの水の反映。アルペジオの滑らかさに多少難ありである。
全体的に、やっぱりいまひとつであった。

141.小関紘子
薄いピンク色のドレスで登場(どうでもいいけど今年は女性は黒以外の方が珍しくなっている)。 最初はBachのII-19。優美路線と軽快路線の中間くらいの感じ。本人としては優美路線なんだろうけど。だとしたらもう少し変化、表情があった方がいいかな。フーガは落ち着いている。まずまず安定していてそれほど悪くない。 次はChopinの10-5。こぢんまりとしているが丁寧で悪くない。左手もまずまずで押さえるべきところは押さえている。 次はLisztの超絶第10番。冒頭音型、最初はちょっと失敗。(練習で本番用のピアノに触れるのかどうか知らないが、そうでないとしたら、ピアノのアクションの状態がよくわからい状態でいきなりこのような曲−鬼火や25-6なども−を弾くのはちょっと冒険である。そうなると逆にいきなり弾ける人は相当すごいのだけれど。)その後はアクションの調子を掴んだのかこの音型はまずまず。ただ中間部で右手がもう少しきれいに鳴らしたいところ。コーダももうひとつ。 最後はRavelのスカルボ。同音連打など細かい部分でイマイチのところはあったが、全体的にはまずまずうまくまとめたというところか。凄みを感じさせる演奏ではないが。一部ちょっと危ないところもあった。
全体的に、彼女は典型的な「うまく(無難にそつなく)まとめた」タイプと言えるかもしれない。

143.上野優子
黒地に細かい花柄のノースリーブワンピース。 最初はBachのII-12。プレリュードは表情たっぷりでテンポもゆったり。タッチもそれなりにコントロールされていてまずまず。 フーガは一転速めのテンポ。いろいろ表現を工夫して考えているが、タッチの安定感、明瞭性がもうひとつなのが残念。 次はChopinの10-8。悪くないが、ところどころで右手の粒の揃いにもう一段の完璧さを望まれるところがある。 次はLisztの吹雪。多少のミス(跳躍で)はあったが全体的にはまずまずか。表現が自然でツボを押さえている。ただ個人的には最初のところは音が少し神経質すぎる(弱い)気がした。 最後はRavelの道化師の朝の歌。リズムが少し几帳面すぎる気もするが、アクセントが鋭く効いていて悪くない。前半の同音連打はまずまず無難にこなしたが、後半の同音連打はもうひとつだったか。(これもピアノのアクションに左右されやすい部分だろう。)
全体的に彼女もうまくまとめた感じである。

146.岸美奈子
彼女も珍しく水色のノースリーブワンピース。 最初はBachのII-5。プレリュードは昨日の福アさんより16分音符がクリアで、トリル、装飾音もキマっている。指回りも非常に安定。リズムにもビートが効いていて楽しめた。フーガは優しい音、優美。やや主題を強調しすぎる感がなきにしもあらず(しかも主題の最初の3つの音の強さが均等に響いていない。意図的か?。だとしたらちょっと不自然)。でも曲がいいから楽しめた。昨日の福アさんよりよいだろう。 次はChopinの10-2。これはイマイチ。やはり粒の揃いの点で満足できない。(そもそも一昨年の高田君の演奏でも満足いかなかったのだから。) 次はLisztの鬼火。出だしの半音階上昇がもうひとつ。残念ながら右手の重音がちゃんと弾けていない。ごまかして弾いているように聞こえる。コーダの右手と左手の半音階上昇もイケていない。 最後はFaureの即興曲第2番。よく知らない(初めて聴く?)曲だが結構面白い曲で楽しめた。
全体として、彼女も鈴木さんと同様、10-2と鬼火という挑戦的なプログラムだったのだが、逆効果だったような気がする。Bachのプレリュードを聴けばそれなりの実力はあるようなのだが。

152.冨士素子
黒のロングスカートにワインレッドの半袖姿。 最初のBachはII-9。プレリュードは優美に弾こうとしているだろうけど、何かタッチが頼りなさげに聞こえる。 フーガはもう少し音色に変化があるといいが、まずまず悪くない。やや一本調子で、もっと手練手管を使って欲しいと思わないでもない。 次はDebussyの組み合わされたアルペジオのための。何かリズムがのっぺりしていて、もう少しメリハリが欲しい。キレももうひとつ足りない。途中で弾き直しあり。 次はChopinの25-6。これはまずまず。多少ミスはあったものの今日聴いた中では一番まともだった。彼女の得意曲かもしれない。 最後はLisztのマゼッパ。技術的にも音楽的にも特によかったというわけではないが、まずまず水準以上の出来だろう。ただコーダの処理に少し違和感あり。
彼女も全体的に悪くはないが、もうひとつ決め手に欠ける。

153.有吉亮治
半袖ワイシャツにグレーのスラックスという高校の夏服風の格好(容貌は高校生には見えないが)。やや小柄である。 最初はBachのII-10をいきなり弾き出す。途中の長いトリルが機械的に正確でちょっと面白い。何か淡々と弾いている。 フーガもまずまず安定している。 次はChopinの25-5。やや音が混濁するというか響き過ぎの感。中間部の右手は最初ちょっとぎこちなかった。 次はDebussyの版画から塔。よくわからない曲なのでコメントはパス。 最後はLisztのエロイカ。リズムがやや機械的というかインテンポ気味なのが面白い。途中の右手の19連符での下降は少しぎこちない。全体的にはリズムやアゴーギクが正統的でないが、ちょっと変わっているということで楽しめた。

155.川端智恵
赤色系の柄のノースリーブワンピース。 BachはI-14。プレリュードは出だし明瞭性を欠いた。途中も危ないところもあり、トリルも甘い。やや心証が悪い。 フーガも主題のトリルが甘い(はっきり聞こえない)。ただし各声部の強調のしかたなどはよく考えている。 次はChopinの25-5。中間部はゆったりしたテンポをとってしっとりと丁寧に歌う。ここは前の有吉君よりいい。ただ主部は多少不明瞭な感じが残ってもうひとつだったかも。 次はLisztの吹雪。かなり遅いテンポをとるが、最初のトレモロが1音1音確実に鳴っていない感じがする。その後もどうもトレモロの処理に難があるようである。終盤は持ち直してたが全体的にはもうひとつだったように思える。 最後はDebussyの喜びの島。昼食後の眠くなる時間帯、半分睡魔と闘っていたのであまりよく覚えてないが、最後は畳み掛けるというより弾き急いだ感じがあった。

157.津島啓一
去年第3位だった津島君である。 去年に比べると気のせいか髪が少し伸び、垢抜けて(スーツもばっちり決まって)かわいい好青年といった感じである。 (実はもう各所でリサイタルを開いていて、すでに演奏家として活動しているようである。愛称は「ツッシー」だとか。)
最初はBachのII-1。プレリュードはさすがに安定感がある。ストレートで明るく伸びやかな音。左手はあまり出さないようである。 フーガは勢いがある。ただし最初のテンポが少し速すぎたか、気のせいか途中でテンポを少しセーブしたような気もする。途中のトリルの処理も少し違和感があった。が、全体的にはもちろんレベルが高い。 次はChopinの25-6。3度のタッチが安定していないせいか出だしのトリルが上から始めているように聞こえる。はっきりいって危なかった。安定感がもうひとつ。左手もミスっていた。彼にしては不出来だったのではないかな。 気を取り直して次はLisztの野生の狩。テンポが速い。上手い。今回聴いた野生の狩の中では文句なしに一番(音コンでこれまで聴いた中でも一番かも)。 緩徐部分の歌い方も上手い。他の人(のこの演奏)とはレベルが違う感じ。クライマックスのオクターヴ跳躍部分もほぼOK。Chopinでのミスを完全に挽回した。 最後はRavelのスカルボ。出だしの同音連打がよく響く。これを聴いただけでやりそうである。 主部に入ってからも、細部の処理でもっと安定感の高さが望まれるものの、勢いがありダイナミック。途中でミスがあったようだが大勢に影響はないだろう。何と言ってもスケールが大きい。何か去年までの堅実一辺倒の演奏とは違うようだ。
去年聴いたときはあまりパッとしない印象を持っていたのだが、一年の間に(容姿も含めて)一皮も二皮もむけたようである。 さすがに再応募するだけはある感じ。 Chopinのミスはあったが、他の人の出来からして次に進むのは間違いないだろう。

***

3日目を聴いた中で一番よかったのは何と言っても津島君。それに次いで大川香織さんというところか。 2次の3日間トータルでは、1日目の前田勝則君と3日目の津島君をまたぜひ聴きたいところ。

で、審査結果は以下の10名が3次進出。

 前田勝則   脇岡洋平
 新居由佳里  加納静香
 山本亜希子  今井彩子
 坂野伊都子  岸美奈子
 有吉亮治   津島啓一

その2人が入って一安心といったところ(津島君は去年の入賞者だしまず大丈夫だと思ったけど)。 あと1日目の新居さんが入ってよかった。が、3日目の大川さんが落ちたのは残念。「あの人が入るくらいなら彼女が入っても…」と思う人もいるが、まあしょうがないだろう。
現在の時点では(私の中では)本命津島君、対抗前田君といったところか(もちろん3次を聴いて変わることもある)。 でも一昨年の松本君、去年の高田君のような大本命というか超「音コン」級の人はいない感じである(普通の状態に戻ったということか)。

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(おまけ)
今年の課題曲の選曲傾向です。 まずChopinエチュード。

10- 1 *******
10- 5 *****
25- 6 *****
10-10 ****
10- 2 ***
10- 4 ***
25- 5 ***
25-11 ***
 …(以下2人以下)
今年は25-6とか10-2のようなchallengingな曲を選ぶ人が結構多かったと思う。(10-2は今年も満足できる演奏ではなかったけど。)逆にいつもは常連の10-8が少なかった。あとは10-1がいつもより多めで25-11が少なめかな。
続いてLiszt。
超絶第10番 ***********
野生の狩   *********
マゼッパ   ******
鬼火     ****
エロイカ   ****
吹雪     ****
 …(以下1人以下)
こちらも鬼火を弾く人が4人もいるとは意欲的である。残念ならが出来はもうひとつであったが。マゼッパも結構多かった。 第10番は今年も1位だったが、例年のようにダントツということがなかったのはよかった。 個人的は2番や幻影を弾く人がもっといてもいいと思うのだが。さらに小人の踊りや森のざわめき、軽やかさ、ため息なんかも上手く弾けば結構印象深いと思うのだけどね…。
コンクールは学校の試験じゃないんだから、難しい曲を努力してここまで弾けるようになりました、というのを見せるのではなく、自分の良さをアピールしなくてはと思うんだけど…(確かに音コンは普通の国際コンクールに比べて「学校の試験」的な性格が強いけど)。 自分の能力のポテンシャルよりも限界が暴露されるような曲を選ぶ人が結構いるような気がする。(自分のありのままの実力を評価してください、という考えで望むのならそれはそれでいいけど。) inserted by FC2 system