9月6日に行われた第69回日本音楽コンクールピアノ部門3次予選のレポートです。

3次予選の課題曲は以下の(a)(b)を30-35分にまとめて演奏するもの。

(a) Haydn, Mozart, Beethovenのソナタまたは変奏曲(抜粋不可)
(b) 自由曲(既出版のもの。内部奏法不可)

(b)は作曲家はもちろん作曲年指定もなしで、いつもよりさらに自由度が高まったようである(国際コンクールではごく普通だけど)。 なお上の書き方だけではわからないが、実際の選曲を見てみると(b)は複数曲もOKのようである。
以下、3次予選の全演奏の感想です(演奏順。敬称略)。名前の前の番号は演奏者番号。

016.前田勝則
  (a) Mozart: ソナタ ハ長調K.330
  (b) Prokofiev: ソナタ第7番
2次と同じような服装だが、シャツを黒からエンジに変えて登場。 まずMozart。第1楽章は、出だしタッチがちょっと安定せず心配したが、すぐに調子が出てきた。すっきり優美であまり粘らない。表情付けは必要最小限とまでは言わないが少なめで、個人的にはちょっと素っ気無い気もする(省エネ奏法?)。粒の揃いやトリルのキマり具合も100%完璧とは言えない。音が軽いのが気になると言えば気になる。 第2楽章も淡々としている中にも、必要なツボは押さえている。ただテンポが遅めで表情付けが少ないのでやや退屈に感じないでもない。 第3楽章は装飾音も含めて指回りが安定。あくまで優美というか力まないでロココ風である。タッチの安定感は2次のようなperfectさはないが、悪くない。 (やはりMozartを完璧に弾くのは難しい。それを思うと曲は違うが一昨年の松本君のすごさがわかる。) 続いてProkofiev。第1楽章は落ち着いたテンポ。音が明晰にしっかり出ている。端正な演奏で、激情型よりもこの方が私の好みである。展開部の急速和音降下もまずまず。ただその後で少し弱いところがあったか。響きにも注意を払っていてむやみに叩かないのが彼のいいところ。特に凄みはないが、完成度が高い。 第2楽章も端正で整然としている。もちろん盛り上げるところは盛り上げる。 第3楽章が素晴らしい。なんと言ってもテンポが正確で、最後までインテンポが乱れない。打鍵もコントロールされている。一言で言って冷静というかクール。 この曲は音コンで聴くのは多分2回目だが、高いレベルにあるのは間違いない。 Mozartは少し平凡だったかもしれないが、このプロコはいい。

023.脇岡洋平
  (a) Beethoven: ソナタ第26番「告別」
  (b) Rachmaninov: ソナタ第2番
2次と同じ黒の上下で登場。2次のレポートではちょっと太り気味と書いたが、改めて見ると「健康的」というぐらいかな(:-)。 最初の告別は前田君に比べると音に丸みがあるというか、悪く言うとややdullな感じがある。技術的なポイントである右手の急速な連続和音の個所は最初はうまくいったが再現部では少し乱れた。コーダの8分音符の急速な動きも、さらなる安定感があった方がいい。 第2楽章は音色、響きにもう一工夫ほしいか。 第3楽章は冒頭の16分音符の技巧的パッセージでやはり少し乱れた。その後も乱れた個所あり。全体的にはそんなに悪くないが。 続いてRachmaninov。第1楽章の冒頭は迫力十分。こちらの曲の方が合っていそうだ。 体をいかして(?)力強さがある。さらに音ヌケの良さというか、音の輝き、透明感があるともっとよいと思うが、こんなものかな。 表情が自然で曲が自分のものになっている。さすがに自由曲だけあって自分の得意な(好きな)曲を選んだという感じである。 第2楽章もよく歌っている。きっとこの曲が好きなんだなと思わせる。内声部などの強調もあったがちょっとこなれていない感じもする。 第3楽章はちょっとスピード感に欠ける。少し平凡になってきた。(今年のアマコンの大沼君の方がインパクトがあったかな。)彼の場合、音に魅力があるともっといいかも。 全体としては、Rachmaninovはまずまずよかったが、Beethovenが若干弱かったかな。

024.新居由佳里
  (a) Beethoven: ソナタ第3番Op.2-3
  (b) Scriabin: ソナタ第5番
1次と同じ黒のノースリーブドレスである。遠目では髪型などが山口もえ風である。 Beethovenの第1楽章は、冒頭の重音トリルもまずまずキメた。細かいミスは多少あるが、表現のツボは押さえているし、メカニックも安定している(再現部で指の転びがあったのはちょっと痛かったけど)。特にここぞという力の入るアクセントをバチっとキメるのが気持ちいい。 第2楽章も音色がコントロールされている。デュナーミクも十分、完成度が高い。ケチをつけるところがない。 第3楽章はトリオ部はペダルのせいか右手のアルペジオがくっきりでないのは私の趣味と違うかな(多分彼女の好みなんだろうけど)。 主部は2、3ミスはあったが問題なし。特に表現的にはパーペキ。Beethoven的なスフォルツァンドが効いている。 終楽章は最初の16分音符のパッセージの指回りがちょっと安定しなかった。スタカート和音での上昇も少しミス。表現的には問題なし。特にコーダの全休止にやや長い間をとるところなどは聴かせる。終楽章での急速なパッセージが少し弱いが、全体的にはよい。ミスは若干あるが特に表現の完成度が高い。 次のScriabinも(あまり聴きこんだ曲ではないが)よい。スピード感があり、音も明晰。というか音がボヤけるところとクッキリするところのメリハリがある。 強弱、間の取り方もうまい。緩徐部分は音を自在に操る感じ。
全体的に、3次を聴いて一段と印象がよくなった。次も聴いてみたい。

067.加納静香
  (a) Mozart: ソナタ イ短調K.310
  (b) Rachmaninov: コレッリの主題による変奏曲
彼女も2次と同じ黒系の衣装。 最初のMozartの第1楽章は指回りの安定性がもうひとつ。そういうことが1度だけではなく、心証が悪い。装飾音の処理にも違和感がある。例によって思い入れのない弾き方でもある。はっきり言って不出来である。第2楽章はトリルのキメが甘いところがある。指回りの安定性は第1楽章ほどで悪くないが、もうひとつ。第3楽章も、大筋では悪くないが、細部では不安定なところがある。でもそういうところが少しでもあるとMozartは駄目だから難しい。 次はRachmaninov。主題は訥々とした弾きかた(悪くない)。あまり聴いてない曲なのではっきり言えないが、全体的にキレ、スピードがもうひとつ(たとえば第5,6,7,10変奏など)。でも久しぶりに聴いて結構面白い曲ということがわかった(パガニーニ狂詩曲と似た雰囲気)。
全体的にはやはり今ひとつだった。

069.山本亜希子
  (a) Mozart: ソナタ 変ロ長調K.333
  (b) Chopin: 幻想ポロネーズ
彼女も2次と同じ黒のノースリーブのイブニングドレス風。 まずMozart。第1楽章は、出だし悪くないと思ったが、急速パッセージで指が転んだ(惜しい。でも再現部ではOK)。表現的には強弱をもう少しつけた方がいいのではないかな。Mozartだといってちょっと遠慮しすぎではという気がする。トリルはうまく、そんなに悪くないのだが、何か物足りない(技術的にも音楽的にも)。微温的と言ったらいいのか。(ここらへんは前田君にも言えるかも。Mozartといっても音はしっかり出してほしい。) 第2楽章はまあ普通。第3楽章は左手の伴奏型をスタカートで目立たせるのが面白い。ただ(個人的には)音が軽いので小手先で弾いているような印象がつきまってしまう。でもだんだん調子が上がってきた。トリルもよく、尻上がりによくなってきている感じ。 次の幻想ポロネーズは、表現的にはまずまず。ただ技術的には、前半の3度重音のパッセージがもうひとつ。その後の右手の連続和音上昇のところも。(でもその後のカデンツァ風パッセージはうまくいった。)その後の両手の重音トリルはもうひとつだったかも。またクライマックスはもう少し音量が上げた方がよかったかな。 でも全体的にはなかなかよかった(曲がいいからか?)
彼女は2次に続いて3次もうまくまとめた感じである。

099.今井彩子
  (a) Haydn: ソナタ ホ短調Hob.XVI-34(No.53)
  (b) Schubert: さすらい人幻想曲
彼女は2次よりおしゃれな金色っぽいノースリーブのドレスで登場。 Haydnの第1楽章は指回りが安定。躍動感、勢いがありまずまず。第2楽章も1音1音がしっかり出ている(前の山本さんもこれがあれば…)。第3楽章も音が魅力的(よく響く)。Haydn向きである。全体としてよい出来だった。 次のSchubertも全体的に模範的、正統的。技術も安定。楷書的というか折り目正しい感じ。あと欲しいとすれば和音の輝きや音色の変化などか。彼女は2曲ともミスも少なく完成度が高い。ただなぜかグッと胸に迫ってくるものがないのはなぜか…。

127.坂野伊都子
  (a) Haydn: ソナタ ハ長調Hob.XVI-48(No.58)
  (b) Schumann: 謝肉祭
彼女も2次と同じ服装。ただ今回は深いため息はついていないようである。 最初はHaydn。第1楽章は彼女も上手い。音がいい。音、指回り、表現、言うことなし。第2楽章はちょっとしたミスはあったがかなりいい出来。これは激戦になりそうである(これまで前田君、新居さん、今井さんなど悪くない演奏をしており、後には津島君も控えていて、本選は4人ということを考えると)。 次のSchmannもなかなかよい。女性に似合わず和音が力強く芯がある。特に前口上の冒頭など、ペシャとかボヤッとした音になりがちなのだが、そういうことがない。歌い方にもセンスがあり、内声部の浮き立たせ方なども堂に入っている。もちろん注文をつけたいところは色々あるが(前向上ではもっとアチェレランドしたいとか、再開では同音連打をクリアにしたいとか、最後の更新では左手のオクターヴをもっと強調するとか)全体的にはよい出来だった。「立派」な演奏という言葉が合っている。あと望むとすればメカニックの強さと、面白さというか人を惹きつける魅力(個性)みたいなものかな。
正直言って2次ではそれほどよい印象を持っていなかったのだが、見直した。

146.岸美奈子
  (a) Beethoven: ソナタ第18番Op.31-3
  (b) Brahms: パガニーニの主題による変奏曲第1巻
彼女も2次と同じ水色っぽいワンピース。 Beethovenは第1楽章の始めの方で指回りの安定性がもうひとつ。途中の12連符や32分音符のカデンツァ風のパッセージは一応クリアしていたが少し不安を感じる。 でも再現部のスタカート上昇はもうまかった。だんだん調子が出てきているようである。でもやはり再現部でのカデンツァ風のパッセージはもうひとつか(グールドやペライアのような完璧に粒が揃った演奏を聴き過ぎたせいか?)。表現はツボを押さえている。 第2楽章は、出だしが少々おとなしく、もっとメリハリをつけたいかと思ったが、途中からノッてきて、特に中間部はよかった。まさに機関車のよう。 第3楽章もトリルがうまい。のびやかな音。 終楽章も、この楽章の命ともいうべきリズムがいい。指回りも冴えてきた。ビートが効いている。ノリノリというか、絶好調である。全体としてこのBeethovenは楽しめた(曲のよさもあるが)。第1楽章の始めは少しエンジンが温まっていなかったかな。 続いてBrahms。これはあまりよくなかった。第1変奏や第2変奏などスピード感に欠け、ややもっさりしているし、第3変奏もキレに欠ける。第4変奏は音がヌケるように聞こえる。その後も同様。技巧的にかなり苦しい。最初このプログラムを見たとき、Brahmsのこの難曲は危険な選曲だと思ったが、その通りであった。 でも彼女は2次でもOp.10-2と鬼火という難曲を選んで私が逆効果だと思ったのに3次に進んだのだから、まだわからないが。

153.有吉亮治
  (a) Haydn: ソナタ ヘ短調Hob.XVI-20(No.33)
  (b) Liszt: バラード第2番、Scriabin: 2つの詩曲Op.32
彼も2次と同じような服装である(高校夏服風)。 Haydnの第1楽章は悪くない。指回りは装飾音も含めて安定。第2楽章ではトリルが少し甘いというかピタっとハマっていないところがある。第3楽章も基本的には悪くないが、細かい走句でもう一段の明晰さがほしいところがある。やや素っ気無い気がしないでもない。 次のLisztもやや淡白。たとえば最初の低音部でのドラムロールのようなところなど。やや微温的と言ってもよい。和音の輝きももうひとつ。ダイナミックレンジ、スケール感も物足りない。緩徐部分での歌い方ももうひとつ胸に迫ってこない。 最後のScriabinは私にはよくわからない曲なのでコメントは省略。
全体的にはもうひとつ印象に残らない演奏であった。

157.津島啓一
  (a) Beethoven: ソナタ第23番「熱情」
  (b) Liszt: ダンテを読んで
彼も2次と同じおしゃれなスーツで、やっぱりかわいい青年風である。 まずはBeethoven。第1楽章は速めのテンポで進む。トリルはよくキマっているが、百発百中というわけではない。最初の速い名技的なパッセージでも少しミス(再現部では成功)。演奏は立派というか模範的な感じである。第2楽章では第2変奏が絶品。天国的な美しさがある(曲が良いせいもあるけど)。ただ第3変奏では指回りが少し乱れた。終楽章は響きがやや過多だったかもしれない。技巧はさすがに安定している。全体的には、もうちょっと面白いことをやってくるかと思ったが、意外とまともだった。 続いてLiszt。出だしの音が充実。彼はやはりLiszt向きだ。スピード感があり、和音に輝きがあり、表現もダイナミック。大好きな曲ということもあってのめりこんで聴いた(聴いていて心拍数が上がったのが自分でもはっきりわかった)。左手のオクターヴ上昇もスピード十分。緩徐部分もテンポが速い(そのせいか少しはずしたけど)。コーダのAllegro vivaceでもちゃんとテンポアップしてくれたのはうれしい(一昨年の松本君は安全運転のためかここでテンポを抑えたんだよね)。ただその後のPrestoでの跳躍では少々ミスったのは惜しい。全体的に、傷は多少あるが、魅力的には一昨年の松本君よりあるかもしれない。彼にはLisztが合っている。

***

というわけで3次を聴き終わった。 2次の演奏もあわせて考えると、本選でも是非聴いてみたいと思ったのは以下の3人。(注:実際の審査では2次の点は入らない。)
  前田勝則
  新居由佳里
  津島啓一
結局は2次でもよいと思った人たちである。 本選は多分4人だから、あと一人選ぶとすれば今井さん、坂野さん、岸さんのだれかかな。

ついでに3次で印象に残った演奏を挙げると、前田君のProkofievの7番、新居さんのBeethovenの3番(とScriabinの5番もかな)、岸さんのBeethovenの18番、そして津島君のダンテソナタといったところ。これらはテープでもあれば繰り返し聴きたいところである(FMで一部放送するらしいが)。

そして、実際の審査結果は以下の通り(下の4人が本選進出)。
  脇岡洋平
  新居由佳里
  坂野伊都子
  有吉亮治
前田君はともかく、津島君まで落ちるとは…ショック!。 ただ落ちるだけでならまだしも、代わりに入っている人を見ると、正直いって納得いかないなんてもんじゃない。
本選は聴きに行く気が失せてしまった…。 というわけで今年の音コンレポートはこれが最後になる可能性大である。 inserted by FC2 system