9月7日に行われた第70回日本音楽コンクールピアノ部門第2予選の2日目を聴いてきました。 そのレポートです。

2次の課題曲は以下の(a)(b)(c)を15-20分にまとめて演奏するもの。繰り返しは自由。

(a) J.S.Bachの作品(オリジナル曲のみ。複数曲可。組曲の抜粋不可。)
(b) ChopinのエチュードOp.10またはOp.25から1曲
(c) Lisztのエチュード1曲(「夕べの調べ」を除く)

これは一昨年とほぼ同じ。このパターンだとBachで組曲系が聴けるのがうれしいところ。 なお2次の1日目は残念ながら忙しくて聴きに行けなかった。

ちなみに1次の課題曲はBeethovenのソナタ第2, 4, 7, 11, 16, 18番の第1楽章の中から2曲を用意して当日の抽選で1曲弾くもの。 1次は初日(9/1)だけ聴きにいったが、全体的な印象はもうひとつといったところ。 技術的にそれほどハードではないし、準備時間も十分あったと思うし(そもそも初めて弾く曲じゃないだろうし)もう少し弾けていてもいいのではないかと思ったが…。 その中では堀内亮君、伊方舞さん、津田裕也君、長瀬賢弘君、堤紗和さん(演奏順)あたりがまずまず(次も聴いてみたい)と思った。 ほかに井上修君も存在感のある和音が印象に残ったが、ややミスが多かったか。 あと一昨年の2次で聴いて好印象をもっていた早坂さんも出ていたので期待して聴いたが、残念ながらあまり芳しくなかった(Beethovenは得意でないのか、あるいは伸び悩んでいるのか…)。

ところで今年は入場券の値段が去年の1200円から1500円と一挙に300円も上がった。 このデフレ時代にいい商売をしているようである(赤字になったら値上げすればよいというお役所感覚なんだろうけど)。

以下、例によって2次予選2日目の全演奏の感想を(演奏順)。 なお今回からは(いろいろ思うところがあって)基本的に演奏者番号だけとした。

60.

  J.S.Bach: トッカータBWV914
 Chopin: Op.25-5
 Liszt: 雪嵐
Bachはよく弾き込んであるというか、さらってある感じ。丁寧。これで自由闊達さや自発性が感じられればよいのだが。 やや音がこもった感じで、もう少し音にのびがあってもよいかな。 フーガは細かい動き(特に左手)やトリルの安定性に向上の余地あり。表現的にはまずまず。 Chopinは少し遅めのテンポで、このくらいのテンポをとるならもう少し滑らかさが欲しい。中間部ももっと歌ってもよいのでは。少し大人しい。 全体的に、練習しすぎたために、かえってある枠の中に入ってしまった感じがする。伸びやかさが欲しい。 Lisztも同じことが言える。 難曲だけにあまり攻めて崩壊してもしかたないが、少し守りに入った感じがする。丁寧ではあるが。
最初ということで、全体的に彼女には少しネガティブな見方をしぎたかもしれない。(破綻なくまとまってはいる。)

63.

 J.S.Bach: 平均律II-18
 Chopin: Op.10-12
 Liszt: 野生の狩
Bachの前奏曲は丁寧で、左手を出そうとする姿勢は見えるが、自然さにやや欠ける。途中あぶないところがあった。 指回りに少し不安定さを感じる。 フーガは遅めのテンポで、ダラダラしやすい曲なのでそれなりの工夫が要るかなと思ったが、結構淡々と弾いている。 トリルの処理はまずまず。歌い方にセンスを感じるほどではないが、前奏曲よりはよい。 ただBach好きの私ならいいけど、そうでない人は退屈に思ったかも。 Chopinは悪くはないが、右手の和音強打にもう少し余裕のある、美しい響きがあれば…。 Lisztは、超絶の中でも最も「男性」的な曲をわざわざ選んだ理由がよくわからない。 非力さをみせるだけになったかも。 スピード感に欠けるというか、かなりのスローテンポ。曲の持つ畳み掛ける迫力がほとんど出ていない。 暗譜も怪しいところがあった。 この選曲は失敗したように思える。

64.

 J.S.Bach: トッカータBWV911
 Chopin: Op.10-12
 Liszt: ラ・カンパネラ
最初のおじぎのときの表情がにこやかで、なにか自信ありそう。 これはひょっとしてやるかもと思ったが、Bachは出だしのパッセージを聴いて、やはりそう。 音が生きている。前の二人とはモノが違いそう。 ミスは多少あるが指回りが安定。特にトリルが上手い。名技的パッセージも上手い。 主題の出し方など多声処理にもうひとつ向上の余地がありそうだが。 Chopinもまずまず。ただ前の人と同様、やはり右手の和音をもう少し余裕を持って響かせたい(ややヒステリックな感じになっている。これが曲の意図なのかもしれないが)。 Lisztは1音1音がクリアで輝きがある。ただ細かいミスが少し目立ったのが残念。 特に第2主題部分がもうひとつか。半音階パッセージも滑らかさに難あり。
全体的にLisztで残念なところもあったが、これまでの3人の中では一番魅力を感じる。

67.

 J.S.Bach: 平均律II-21
 Chopin: Op.10-5
 Liszt: 超絶第10番
Bachの前奏曲は落ち着いていて丁寧。前の人が若々しさなら、こちらは大人の魅力というところか。各声部にも神経が行き届いている。 ただ一瞬ヒヤっとする場面もあった。繰り返しありだが、2回目にほとんど変化がないのはどうだったか。 フーガはこれもよく研究している(という言葉が似合う)。 個人的にはもう少しペダルを抑えた方が好きだが、全体的に悪くない。 Chopinはわずかにミスがあったがこれも悪くない。流れが自然で左手も生きている。 彼女は左手がしっかりしている感じ。 Lisztは冒頭の音の分離が例によってもうひとつ。 ミスはややあるが、音コン的にはまずまず平均より上という感じ(甘いか?)。

69.

 J.S.Bach: 平均律II-4
 Chopin: Op.25-11
 Liszt: パガニーニ練習曲第6番
彼女はこれまでも何回か2次、3次まで行っている。 なかなか本選までには進めていないようだが、これだけチャレンジし続けるというのは(皮肉とかでなく)大したものである。 Bachの前奏曲は、悪くはないが曲が曲だけにもう少し音の出し方に繊細さがあってもいいかな(個人的趣味)。 あまり深刻にならない感じ。トリルは上手いが少し人工的かも。 フーガは勢いがある。響きのせいか細かい動きがわずかにゴニョゴニョする感じはあるが。 Chopinは特にこれといって悪いところがあるわけではないが、全体的な印象が薄い。 この曲は彼女に合っていないのでは、と思った。 やはり選曲は(自分の一番よいところが出るように)慎重にも慎重を重ねないと。 Lisztは主題で少しミスが続いたのがやや心証が悪い。 全体的には大きな減点もないが大きな加点もないという感じ。 ただなぜかミスの方が気になる。Lisztらしい深々とした和音の輝きがないからか(音がやや平板)。 第9変奏(原曲ではpizz.とarcoの頻繁な交替のやつ)など、いいところもあるのだが…。

70.

 J.S.Bach: 半音階的幻想曲とフーガ
 Chopin: Op.25-4
 Liszt: エロイカ
Bachの出だしを聴いて、これはやりそう。 音がピチピチしている。指回りも安定。 中間部では低音をかなり響かせていてなかなか面白い。聴かせる。 幻想曲終盤の名技的パッセージも見事(加点対象)。 フーガは一瞬危ないところがあったが、表情が生き生きして、変化もあってかなりよい。トリルの処理も上手い。 かなりの実力者である。これでミスがなければ繰り返し聴きたくなるような演奏。 Chopinはテンポが速い。メカニック得意という感じ。表情も付いている。 技術的に余裕がある。文句をつけるところはない。 Lisztはこれもなかなかの出来。 やはり女性という肉体的ハンディを感じるところもあるが、音をよく磨こうとする姿勢がうかがえる。 クライマックスのダブルオクターヴ変奏も速いテンポで攻めている。
全体的に、今日これまでの中では一番いいのではないかな。

71.

 J.S.Bach: 平均律I-8
 Chopin: Op.25-6
 Liszt: マゼッパ
小学生と言っても通るかもしれない童顔の少年(中学生?)。 Bachのプレリュードは表情のつけ方が堂に入っている。 子供とは思えない(失礼!)センスのある演奏。この子もやりそうである。 フーガは強弱などの表情が上手い。かつ自然。先生に言われてでなく自分で感じているようである。 主題の拡大形の出し方もよい。これで(くぐもった音の使用など)音色の変化とかがあれば言うことない。 Chopinは出だしがもうひとつ。勢いはあるがもう少しsotto voceさが欲しい。重音のクリアさにも少し難。 まあ難曲ということで甘くしてくれるかな(>審査員)。 Lisztはこれはまだまだという感じ。 先入観から来るのかもしれないが、少し子供っぽい。 スピードはあるが少しせかせかした感じがする。やや一本調子。響きに磨きも欲しい。 しかし技術的ポテンシャルはかなりのもの。将来性という点ではこれまでで一番かも。

72.

 J.S.Bach: 平均律II-9
 Liszt: エロイカ
 Chopin: Op.25-10
ガタイがよく、頭を坊主して、ちょっとピアニストらしくない風貌である。 Bachは小細工なしのストレート路線(コンクールではやや危険な路線)。 変化や微妙なニュアンスはほとんど付けない。「上手さ」を感じることはなかった。 フーガは声部の弾き分けがもうひとつか(多声がからみあうところ)。やや素朴すぎの感じ。 曲がよいので楽しめたが。 Lisztは速いパッセージでの指回りがもうひとつ。 フォルテでの音の出し方が少し乱暴。強く叩けばよいというものではない(綺麗に響かせないと)。 16分音符の細かいパッセージが入る変奏もテンポがもっさり。 アゴーギクもなにか機械的でセンスを感じない。 Chopinは体に似合わず(?)慎重な弾き方。もう少しガンガン攻めるのかと思った(体格からくるイメージ?)。 中間部はややぎこちない。歌いきれていない。 中間部に比べると主部はまずまずか(甘いか?)。
全体的にはもうひとつだった。

74.

 J.S.Bach: トッカータBWV910
 Chopin: Op.25-4
 Liszt: 超絶第10番
Bachの出だしを聴いて、これはまたやりそう。 タッチに安定感がある。ただ中間部は少し危ないところがあったような。 フーガは悪くないがもう少し安定感が欲しいか。 また細かい動きをもう少しクリアにさせた方がよいと思った(ペダルの加減)。 しかしそれなりの実力があることがわかる。 Chopinもよい。70番の子と同じくらいよいかも。(この曲に関して私が甘いのかな?)。 Lisztは冒頭音型がイマイチ。 その後、板に手でもぶつけたのかと思うような変な音がしたと思ったら、それ以降、特定の音で明らかに変な音がする。 どうも弦が切れたようだ。 そのまま弾き続けたが、こちらは気になって落ち着いて聴いていられなかった。(というわけで演奏の出来はもうひとつはっきりしない。) ちょっとかわいそうだった。
(この演奏後、切れた弦が張り替えられたが、それにしても音コンで演奏中に弦が切れたのは初めて聴いた。)

76.

 J.S.Bach: 平均律II-17
 Chopin: Op.10-12
 Liszt: マゼッパ
彼女は去年も2次に出ていて、そのときは割と好印象を持った子である。 遠目では目元が少しなっちに似ている(と言ったらなっちファンが怒るか(笑))。 Bachの前奏曲は明るい音。割とストレートだが必要な表情は付いている。タッチも安定。 去年の印象通りの実力を見せている。 フーガはわずかに不安定さを感じさせるところがあるが、まずまず。 Chopinは左手の動きがよい。逆に右手はやはり和音強打が少し平板かな。 Lisztは去年も弾いた曲(得意曲かな?)。 少しミスはあるがやはり(女性にしては)なかなかのスケール。曲のツボをよく押さえている。 ミスがやや多いのが残念で、審査員がこれをどうみるかだな…。

83.

 J.S.Bach: フランス組曲第2番
 Chopin: Op.10-1
 Liszt: ラ・カンパネラ
Bachは屈託のない弾き方。どちらかというとストレート路線である。 神経質なタイプではないが、それでも繰り返しでは変化も付けている。 指回りは安定していて、弾きっ振りを見ると、ひょっとしたらかなりのメカニックを持っているのかもしれない。 ただ終曲(ジーク)ではリズムの扱いに少し違和感を感じた。 Chopinではやはりなかなかのメカニックを見せる。 勢いがあり、余裕を持って弾いている。左手も充実。 Lisztもまずまず。 少しミスがあったのは残念だが、神経質にならないというか、守りに入らないのは彼の持ち味かもしれない。

85.

 J.S.Bach: 平均律II-11
 Chopin: Op.10-11
 Liszt: 回想
Bachは割と淡々と弾いている。健康的。テンポも中庸で、安定はしている。 フーガも丁寧で安定。特別な面白さはないが安心して聴いていられる。 Chopinもインパクトはないが、まずまずまとまっている。 Lisztは一昨年も弾いている曲。そのときも3次に進んでおり、同じ作戦(確実に弾ける曲を弾く)のようだ。 確かに難曲を一杯一杯で弾いて自分の限界をさらすよりはずっといいが、コンクールのような場では決め手に欠けるのが悩ましいところ。 とは言っても技巧的なパッセージもそれなりに上手に弾いていた。
大薗さんではないけど、彼女はコンクール向きというよりコンサート向きのピアニストなのかもしれない。

90.

 J.S.Bach: 平均律II-4, I-14
 Chopin: Op.25-8
 Liszt: パガニーニ練習曲第6番
II-4の前奏曲は前打音の処理の少し違和感がある。割と素朴なストレート路線。 途中暗譜が怪しいというか同じところを回ってるような錯覚を覚えたが気のせいか。 フーガは指回りが安定、と思ったら少し乱れかけた。あがっているのかも。 I-14の方は前奏曲の方で少し安定感を欠いた。フーガはまずまずだったが(これを聴けば結構実力を持っていることがわかるのだが…)。 Chopinは6度がもう少し滑らかだとよいのだが。 Lisztもがんばって弾いてはいるのだが、技術的な限界の方が気になってしまう。 やはりこういう曲は颯爽と弾き切るというか、一杯一杯のところではなく余裕を持って弾いてほしいところ。

95.

 J.S.Bach: 平均律II-23
 Chopin: Op.10-4
 Liszt: マゼッパ
Bachの前奏曲はまあ普通というところ。 中間部の前打音の処理がもうひとつ。 フーガは遅めのテンポで、多少ゴツゴツしている(わざと部分的にノンレガートにしたのかもしれないが)。 主題の出し方がいまひとつのところもある。 Chopinは得意曲なのか、まずまず悪くない。 Lisztは前の人と同じことが言える。 特に破綻しているわけではないが技術的に余裕を感じない。 終盤の2/4になったところでスピードが落ちるのは(技術的制約とはいえ)曲の趣旨に反するのでは(ここは跳躍での名技性が見せ場なのに)。

***

というわけで2次の第2日を聴き終わった。 今日聴いてまずまずというか好感を持ったのは

 64. 倉澤杏菜さん
 70. 石井理恵さん
 71. 山本貴志君
 76. 大川香織さん
 83. 佐藤卓史君
あたり(演奏順)。あと多少おまけして74番、85番かな。 (3次進出は全体で10人程度のはずだから実際に残るのは2、3人だろうけど。) ただ3次でも絶対聴きたいというほどの人はいなかった。

全体的感想としては、これは私だけの聴き方かもしれないが、Bachでの印象を持ちながら残りの曲を聴くので、Bachの出来が全体の印象を大きく左右する感じである。 (というわけで、一番得意な曲を最初に持ってくるのがいいというのが私の持論(笑)。) 選曲に関しては、Bachは組曲がもう少し聴けるかと思ったが、案外少なくて残念だった。パルティータは0だし(昨日も0)。明日はいるかな…。

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