9月8日の第70回日本音楽コンクールピアノ部門第2予選3日目のレポートです。 2次最終日なので結果もあります。

以下、2次予選3日目の全演奏の感想を(演奏順)。

96.

  J.S.Bach: 平均律II-5
 Chopin: Op.10-9
 Liszt: 回想
Bachの前奏曲は元気溌剌。あまり小細工しない(小細工する必要があまりない曲だけど)。まずまず健康的ではある。 フーガは打鍵にもう少しデリカシーが欲しいと思うところもあったが、これもまずまず。主題はよく出ていた。 Chopinも骨太。(こういう地味な曲を選ぶとは少し珍しい。) これもやはりもう少し繊細さが欲しい。ちょっと打鍵がストレートすぎる感じ。 Lisztはまだこなれていない感じ。 歌が肝心の曲なのに、あまり歌うのは得意でなさそう。(歌おうする姿勢は見えるのだが、こういうのはやはりセンスの問題か。) アゴーギクや左手をもっと雄弁にしないと。 また前半のViavamenteでの急速連続重音パッセージがイマイチだった。

98.

 J.S.Bach: 平均律I-16, I-23
 Chopin: Op.25-12
 Liszt: エロイカ
I-16の前奏曲は慎重に行き過ぎているのか、音に勢いがない。音が死んでいるとまでは言わないが、自信なさげに聴こえてしまう(「間違えないように」ばかり気にしているような)。 フーガもうまくまとめてはいるが、なぜか音がのっぺらと聴こえてしまう。 I-23の前奏曲はまだよいようである。もう少し強弱をつけてもいいと思ったが。 フーガも前曲よりいい感じだが、主題やその他のフレーズにもう少し表情をつけた方がよいのでは(やや無表情)。 Chopinはスピード感があり、アルペジオはなかなかよい。 が、低音部の旋律があまり出てこないのが惜しい。 Lisztはアゴーギクがやや素っ気無いというか機械的。 音ももう一段の深みというか吟味が欲しい。 技術(メカニック)の面でも苦心の跡が見えてしまう。

100.

 J.S.Bach: フランス組曲第5番
 Liszt: 超絶第10番
 Chopin: Op.25-8
Bachは結構まとまってはいるが、ときどき指が転ぶミスが印象を悪くしている。 個人的にこの曲は最近は浜松コン3次でのテベニヒンの演奏を聴くことが多いので、それと比べてしまうと…。 (Bachの中でも簡単な方とされているこの曲でも人前できちんと弾くのは難しいものである。) 終曲は特に指回りの不安定さが目立った。 Lisztはあまり印象に残らない演奏。 Chopinは思ったほど悪くない。 彼女の得意曲かもしれない(こういうのは最初に持ってきた方がいいと思うけど)。

103.

 J.S.Bach: 平均律I-17, II-6
 Chopin: Op.10-8
 Liszt: 雪嵐
I-17の前奏曲はもう少し音ギレをよくした方がよいかも。 また98番の人と同様、少し音が平板というか、表情が乏しい。 フーガも同様。主題にもう少し表情があってもいいのではないか。曲がいいので結構楽しめたが。 II-6の前奏曲はタッチに洗練さと安定感が欲しい(途中でミスしたが、それがなかったとしても)。 フーガはこれも表情が少ない。(最近の音大はフーガ主題を均質平板に弾くのが流行りなのか?、なんて皮肉も言いたくなる。) Chopinは最初のトリルで少しミスった。 指の動きはまあまあだが、何か表情の付け方が機械的。左手の歌い方も。 Lisztは努力しているのはわかるのだが、結果として出てくる高音の旋律の歌い方が機械的というか非音楽的。 技術的制約からか、本人のセンスの問題かわからないが。

104.

 J.S.Bach: 平均律II-22
 Chopin: Op.25-10
 Liszt: 野生の狩
Bachの前奏曲は声部の強調など工夫がいろいろわかる演奏。 タッチが少し乱暴に聴こえるのは惜しい。 フーガは推移部での変化がやや極端。 音量が小さくなったので一瞬暗譜が危ないのかと思ってしまったところもある。 気のせいかテンポが走り気味と思える個所もあったが、指回りは一応安定。 難かしい曲の割にはまずまず健闘しているか。 Chopinは悪くない。 強いタッチに迫力があって、曲に合っている(少しミスがあったのは惜しいが)。 中間部も感じが出ている。 Lisztも悪くない。 この曲に必要な迫力とスピード感がある。 ChopinといいLisztといい、彼は自分向きの曲をうまく選んでいるようだ。 あと細部を磨くことと、ミスを減らすことかな。
今日はこれまで低調だったこともあり、今までの5人の中では一番よいだろう。

112.

 J.S.Bach: 半音階的幻想曲とフーガ
 Liszt: 鬼火
 Chopin: Op.10-4
お辞儀のときの微笑が印象的。 鍵盤を拭くときなどの動作が落ち着き払っていてどこか優雅である。 Bachは出だしを聴いて、これはやりそう。 タッチが安定していて、しかも細かい表情がある。 中間の緩徐部分など聴いていて思わずゾクゾクっとした。かなりの実力者か。 途中2箇所ばかりミスをしたのは惜しい。 フーガもよい。 私の好きな曲ということもあって(客観的にみればミスや欠点などもあったかもしれないが、そういうことは忘れて)のめり込んで聴き入った(また何回かゾクゾクっときた)。 曲のツボを掴んでいる。 Lisztは出だしを(安全を期して)そろりと始める(ここはミスりやすいんだよね)。 だが残念ながら主部の重音部分がイマイチ。 音楽性は感じられる演奏なんだが。 終盤の手が交差するところ(彼女は交差しない弾き方)では中ミス。 きっと練習ではうまく弾けているんだろうけど。 Chopinは上手い。お手のものといった感じ。 右手の細かい動きが少しclarityを欠くところがあったが、表現的には完璧。
全体的に、Lisztは残念だったが今日これまでで一番印象に残る演奏だった。

113.

 J.S.Bach: トッカータBWV914
 Chopin: Op.25-5
 Liszt: エロイカ
大柄そうな女性である。 Bachは出だしは良さげだが、指回りの安定性がもうひとつ(最初のフーガ)。 最後のフーガはテンポが速い。 このテンポで弾き切れれば大したものだと思ったが、なんとか弾き切った(細部での向上の余地はあるものの)。 悪くない感じ。 Chopinはこれもテンポが速め。 ただもう少し表情や繊細さがあった方がよかったのではないかな(個人的趣味)。 中間部は特に左手の感じがよく出ていてなかなか聴かせる。 Lisztは特に強音でデリカシーに欠ける。 右手の急速オクターヴの変奏では、その右手にもう少し精妙さが欲しい。 まさに男まさりの演奏(手も女性にしては大きそう)だが、音が暴力的なのが惜しい。聴いていてちょっと苦笑してしまう。

114.

 Chopin. Op.10-1
 J.S.Bach: パルティータ第3番
 Liszt: 野生の狩
Chopinは音はよいが細部の明晰さがもうひとつ。途中目立つミスもあった。 正直言ってわざわざ最初の持ってくるほどの出来ではなかった(むしろ逆効果)。 Bachはストレートで骨太な音。 左手のアーティキュレーションなどに工夫は見えるがやはり音がのっぺりしているのがどうも気になる。 指回りにやや安定性を欠くところはあったが、後半は多少盛り返した。 Lisztはあまり印象に残らなかった。 それほど悪くないと思うのだが、音的な魅力が…。

115.

 J.S.Bach: 平均律I-17, I-18
 Chopin: Op.10-8
 Liszt: 野生の狩
I-17の前奏曲は細かい動き(特に左手)をもっと明確にしたい。少しゴニョゴニョしている。 フーガは主題に表情が付いていて、これで安定性があればさらにいい。 I-18の前奏曲も悪くない。だんだん調子が出てきたか。 フーガもまずまず。主題がよく出ているし各声部も歌っている。 Chopinは最初のトリルが慎重。 右手はまずまずだが、左手というかリズムが少し重い感じ。もう少し弾むような感じがあればよいのだが。 Lisztはまず冒頭音型での音ギレをよくしたい。 全体的には他の多くの人のLisztと同じ印象。健闘しているのはわかるが、(昨日も言ったが)そのがんばりというか苦労が見えてしまうようでは曲の魅力は出せない(涼しい顔してサッと弾かないと)。 この曲は女性ではよほどの(馬力に自信のある)人でないと向かないと思うのだが…。

116.

 J.S.Bach: 平均律II-10
 Chopin: Op.25-5
 Liszt: 野生の狩
Bachの前奏曲は出だしを聴いてこれはまたやりそう。 タッチに安定感があり、音が生きている。 途中のトリルも上手い。 かなりの実力の持ち主とみた。 フーガはもっと力強く弾くかと思ったが、やや抑え気味。でも悪くない。 相変わらずトリルが上手い。 (それにしてもBachは平均律ひとつ弾いただけで結構実力がわかってしまうものである。) Chopinもよい。模範的というか、あまりケチをつけるところがない。 音楽的である(特に中間部)。 あえて言えばもう少し音ギレをよくした方がよいかな(個人的趣味)。 Lisztはこれまでの出来からしてかなり期待したが、それほどでもなかった。 もっと他に彼女の良さが出る曲がいくらでもあると思うのだが、まあしょうがない。 でもそれほど悪いわけではない(むしろこの曲を弾いた中では良い方かも)ので、BachとChopinの貯金で次に進めるのではないかな。

126.

 J.S.Bach: 平均律II-16
 Chopin: Op.25-11
 Liszt: 雪嵐
Bachの前奏曲はかなりロマンチックな解釈。 強弱の差が結構大きい。 フーガは予想通り?、主題の出だしの音がデカい(ちょっと力み過ぎでは)。 また細かい動きでやや明晰さを欠く。後半の3度はまずまずだったが印象的にはもうひとつ(特に前の人のBachと比べると)。 難曲なので多少それを考慮しなくてはいけないのかもしれないが。 Chopinは右手はまずまず。1音1音がよく出ている。 ただ左手が出るべきところで出ていないことがあるのが気になる。 全体的には悪くないが。 Lisztは、ミスは結構あるが(この曲のノーミスの実演はほとんど聴いたことがない)、それでも前に弾いた103番の人より音楽的(右手の旋律)。 音が暴力的でない。 盛り上げ方も上手い。 これでミスがなければ結構いい出来。
全体的には、なかなか悪くない(3次に進んでもおかしくない)出来なのだが、Bachの印象がもうひとつなので、個人的にはもうひとつ推せない。

130.

 J.S.Bach: トッカータBWV914
 Chopin: Op.10-5
 Liszt: 鬼火
Bachは序奏部で音の変化などなかかな凝った解釈である。 だが最初のフーガでは暗譜が怪しくなって止まってしまい、復帰できずにフーガの最初から弾き直したが、また同じところで止まり、結局次の間奏部へ移った。(これは痛い!。) でも間奏部はあまり動揺を見せずに張りのある音を聴かせていた。 最後のフーガは相変わらず変化が大きくて(ドラマチック)よく考えているとは思うが、不安定さは隠せない。 気を取り直してChopin。 これは勢いがあり、音も輝きがあるが、左手をもう少し軽やかに行きたい。少しうるさく聴こえる。 Lisztは出だしを2音ほど弾いてからまた弾きなおした(これはご愛嬌か)。 問題の重音はもうひとつで、またミスを重ねるのは仕方ないとして、音が少し重いのが気になる。 もう少し軽快感が欲しいところ。 今年の鬼火は2人だったが、不作だった。

136.

 J.S.Bach: 平均律II-1, II-2
 Chopin: Op.25-12
 Liszt: パガニーニ練習曲第6番
II-1の前奏曲はストレートで工夫や小細工なし。 タッチがあまり洗練されておらず、情緒も感じられない。 正直言ってこの後あまり期待できなさそう。 フーガも単調で、特に左手は単なる指の運動と化している感じ。あまりよい印象はない。 II-2も同様。(自分の演奏を録音して聴いてみたと思うが、そのとき何も感じなかったのだろうか?) フーガも(明らかなミスタッチというのはほとんどないが)ただ弾いているという感じがする。 次のChopinは悪くない。 これは単に楽譜の指示通りに弾けばそれなりに音楽になるからかな(と意地の悪い見方をする)。 それともこちらはもう少し感じるところがあるのかも。 Lisztも思ったほどは悪くない。 和音が結構(女性にしては)充実している。 ただ第4変奏(staccato e leggiero)は難あり。次の変奏でも危うく止まりそうに。 その後もややメカニックの弱さを見せている。 最終変奏やコーダなどは彼女の良さが出ていたが。

137.

 J.S.Bach: フランス組曲第5番
 Chopin: Op.10-4
 Liszt: 超絶第10番
Bachは最初のアルマンドが流れるように優しい。癒し系である。 指回りも安定。これは良さげである。 溌剌としたクーラントとしっとりしたサラバンドの対比もよく出ている。思わず膝が動く。心地よい。 ただブーレのトリルの処理に難ありか(残念)。 全体的にはよかった。 Chopinもまずまず。 スタカートの和音にもう少し表情が付くともっとよいと思ったが。 Lisztは例によって冒頭音型の音の分離がもう少しよければいいのだが。 でも中間部は表情たっぷりによく歌っており、ここは悪くない。
彼女の場合はBachのおかげで全体の印象がよい。

***

というわけで2次の第3日を聴き終わった。 今日聴いてまずまずと思ったのは

 104. 居福健太郎君
 112. 佐藤美和さん
 116. 福富彩子さん
 137. 永田美穂さん
の4人である(演奏順)。

で、実際の審査結果は次の通り。以下の10人が3次進出。

(1日目)
   1. 坂本真由美さん
  29. 津田裕也君
  30. 長瀬賢弘君
(2日目)
  70. 石井理恵さん
  71. 山本貴志君
  74. 高石香さん
  83. 佐藤卓史君
  85. 立川恭子さん
(3日目)
 112. 佐藤美和さん
 116. 福富彩子さん
1日目は聴いてないのでなんとも言えないが、2日目と3日目からは私が挙げた人から選ばれており(おまけを含めて)、まあ納得のいくところ。 しかし2日目から5人選ばれるとは…(2日目を聴き終えたときは、今日は低調だったのかと思ったのだが(苦笑))。 ちょっと残念だったのは1日目に弾いていた(はずの)前田勝則君が落ちたこと。 (聴いてないので結果については何とも言えないが) 去年聴いて気に入っていたので今年も3次で聴けると思ったんだけど…。
1日目の3人は1次で聴いているので、3次に出る人は一応みんな一度は聴いていることになるが、そう考えると今年は(今年も?)ずばぬけた人はいないようである。 inserted by FC2 system