台風の近づく中、第70回日本音楽コンクールピアノ部門第3予選(9/10)を聴きに言ってきました。 そのレポートです。

3次の課題曲は以下の(a)(b)(c)を25−30分にまとめて演奏するもの。繰り返しは自由。

(a) Couperin, Ramaeau, Scarlattiの任意の作品
(b) Faure, Debussy, Ravelの作品
(c) Schubert, Mendelssohn, Chopin, Schumann, Brahms, Lisztの作品より任意の1曲(練習曲を除く)

(a)(b)は複数作曲家、複数曲でもよい。

今回は(a)が目新しい。でもこの3人だとScarlattiに集中しそうな気がするがどうかな。 (b)は作曲家指定だが、いっそ「ロマン派の作曲家の作品」とかにした方が自由度が増えてよいと思う。(そういえば今年の課題曲はすべて作曲家指定だな。本選などはいっそのこと全く自由にプログラムを組ませてもいいと思うだが。) 審査する方はある程度曲が決まってる方が基準がはっきりしてよいだろうが、聴く方はヴァラエティが少なくてつまらなくなる(1次など最たる例。ただでさえ超保守的な世のピアノリサイタルの演奏曲目が、ますます限られたものになっていくことにつながっているかも(笑))。 そう考えると音コンは審査に重点を置き過ぎて、聴衆のことをあまり考えていないようである(予選などは、本来は審査員のためだけのものをお情けで一般人にも見せてあげるぐらに思っているかも。10人ほどの審査員のために特等席を100席以上確保しているし、昔は演奏曲目リストすら配ってなかったし、安易に値上げするし(笑))。 浜松コンのある審査員が言っていたように、これからのコンクールは音楽祭的に、一般聴衆も楽しめるものに変貌していくべきだろう(これらの聴衆が音楽界を支えているのだから)。 そういえば他のコンクールでは落ちた人が審査員から個人的にアドバイス(講評)をもらうような場も設けられているようだが、音コンにはないだろうな…。

閑話休題、以下、3次予選の全演奏の感想を(演奏順)。

1.

 Liszt: ダンテを読んで
  Scarlatti: ソナタK.213
 Ravel: クープランの墓よりトッカータ
1次のときもそうだったが、今回もにこやかな笑顔で登場。 最初はScarlattiから入るものと思っていたら、いきなりLisztで開始。なかなか意欲的である。 音は結構充実しているが、序奏などやや力みすぎのところもあり、また主部に入ってときどき強打で割れるような平板な音がしてしまうのが残念。 やはり大人の男性と比べると肉体的ハンディを感じてしまう。 また音色とか表現もよく考えていると思うが、まだ自然でないというかこなれていない感じがする。 まだまだ磨けるというか、発展途上のダンテという感じ。 でも大好きな曲ということで十分楽しめたな、と思っていたらコーダ直前で暗譜が怪しくなって止まってしまった。 何度か手探りで音を探すうちにどうにか復帰できた(見ている方がドキドキしてしまった)が、これは痛い(3次のレベルを考えると致命的かも)。 その後も動揺を隠せない感じだった(Allegro vivaceやPrestoの技巧的な部分はなかなかよかったのだが)。 次のScarlattiは緩徐系の曲。Scarlattiをつなぎに持ってくるとはなかなか意表をつくプログラムである。これはまずまず悪くない。 最後のRavelもなかなか悪くないが、中間部の交差する手で弾くメロディーのところなどはもう少し歌って欲しいかな。 やや機械的な打鍵になっている。 でもメカニックはしっかりしている。 あとは例によって細部を磨けばよい。
終わりのときの挨拶では笑顔が消えていた。やはりLisztのミスが響いている?

29.

 Scarlatti: ソナタK.551
 Chopin: 幻想ポロネーズ
 Ravel: クープランの墓よりフーガ、トッカータ
最初のScarlattiはまずまず悪くない。トリルが決まっているのがよい。技巧的なパッセージもきれいにクリアしている。 Chopinは冒頭の和音が少し硬いかな。 また主部では(個人的には)旋律をもう少し情感込めて繊細に歌って欲しい。すこし素っ気無いというかぶっきらぼうな感じ。 ピアノでたっぷり歌うことに関してはまだまだ向上の余地ありという感じ。(こういうのはロシア人が上手いんだよな…。) でも合の手のように入るポロネーズのリズムはよく音が出ていて悪くない。 また最後の盛り上がりのところなどは感じが出ていてなかなかよかった。 最後のRavelのトッカータは少し骨太。 キレは前の人の方が上かな。 でも悪くない。音コン的には水準以上だろう。

30.

 Scarlatti: ソナタK.107
 Chopin: 幻想曲Op.49
 Ravel:鏡より 悲しき鳥たち、道化師の朝の歌
遠目にはどことなくつんく似の男性である。 最初のScarlattiは音が明るい。途中で入るスケール的パッセージなど上手い。音楽的にも充実。 前の2人よりレベルがひとつ上という感じである。 Chopinも音の出し方が前の29番より上。決して力まない。 技術的にも音楽的な盛り上げ方もしっかりしている。 完成度が高い。模範的という言葉が似合う。 あとはもう少し「ハメをはずす」「個性を出す」ところがあってもよいと(個人的には)思うが。 Ravelの悲しき鳥も音をよく吟味して磨き上げている。 ラヴェルに必要なデリケートさ・繊細さがある。 最後の道化師も出だし好調で悪くないと思ったが、前半の同音連打がもうひとつクリアでない。 後半もうまくいかなかった。(ピアノのアクションの関係もあるだろう。その意味では多分本番ピアノで事前練習ができない音コンではやや危険な選曲と言える。) その後動揺したのかミスを重ねた。 道化師を聴くまでは確実に本選に行けるだろうと思ったが、これで少しわからなくなった。 それでも今までの3人の中では一番よい(最初の人のLisztの失敗がなかったとしても)。

70.

 Scarlatti: ソナタK.9
 Debussy: 前奏曲集第1巻より、西風の見たもの
 Schumann: 謝肉祭
最初のScarlattiは表情たっぷりで強弱の幅も大きい。ロマンチックな解釈。 でも個人的には少しやりすぎかな。ミスもやや多く、出来はもうひとつか。 次のDebussyは表現意欲は十分買うが、ミスが多かった(しかも肝心のところ)のが惜しい。 少し力みすぎ(あるいはオーバーアクション気味)かもしれない。 最後のSchumannも、頭の中で、こういう風にしたいという表現意欲は十分に伝わるのだが、指が少しついていかなくてミスする感じ。少し不安定。 こういうのは空回りする危険がある。 また和音強打で音が少し平板になることがある(女性ではある程度仕方ないとはいえ)。 でも終曲は(曲が良いこともあって)よかった(またゾクゾクっとした)。
全体的にはそれほど悪くないのだが、2次の出来を思うともうひとつというか、期待していたほどではなかったというのが正直なところ。 彼女の溢れんばかりの表現意欲を支えるだけの強靭なメカニックがあればなぁ…もちろん(ここまで来たのだから)決してメカニックが弱いわけではないが。

71.

 Scarlatti: ソナタK.9, K.1
 Debussy: 映像第1集より、水の反映
 Chopin: ソナタ第2番
Scarlattiは70番の彼女と比べるとすっきりして端正。このくらいの方が私好みである。 でももう少し音を磨けるかな。スタカートももっとクリアにできるとも思う(彼なら)。 Debussyはアルペジオをもう少し滑らかにする余地があるかも。 またクライマックスでの和音強打ももう少しきれいに響かせたい。 最後のChopinは楽しめた。 ミスとかもっと磨くべきところはあったが、基本的に音がいい。 またテンポ、アゴーギク、強弱などが私の好みというか波長にピッタリ(第1楽章の主題終結部の和音連打でのアッチェレランドなど)。 スケルツォも速めのテンポで攻める。 ここは私の特に好きなところで、思わずゾクゾクっときた。 葬送行進曲もあまり重くなりすぎず、でも歌っている。 終楽章も悪くはないが、少し大人しかったかな。もう少し小細工してもよかった。
全体的にはChopinがとても気に入った。

74.

 Scarlatti: ソナタK.96, K466
 Ravel: 水の戯れ
 Liszt: ダンテを読んで
Scarlattiは同音連打のキレがもうひとつ。(ピアノがイマイチなのか?。3次では同音連打が鬼門かも。) 全体的にはまずまず無難。 Ravelは彼女の硬質な音が曲に合っている。 でもときには柔らかい音も使った方がよいかも。 またアゴーギクをもう少し工夫してもよいかな。リズムがやや機械的になりがち(よく言えば端正)。 Lisztは序奏など音的には1番の彼女より好きである。 音が割れておらず結構充実している。細かい動きでやや曖昧になるところがあるものの、Lisztらしい音が出ている。 緩徐部分も(バスを浮き立たせるように響かせたりして)なかなかよい。 またまたゾクゾクっときた。 細かいミスは(両手両足でも足りないくらいに)たくさんあったが、音楽的に充実していた。

83.

 Rameau: 新クラヴサン曲集より、ガヴォット(と6つの変奏)
 Debussy: 版画
 Chopin: スケルツォ第4番
Rameauは(有名曲らしいが)多分初めて聴くが、上手い。特にトリルの入れ方にセンスがある。 タッチが安定している。 曲も名曲というだけあってなかなか面白い。楽しめた。 Debussyもあまり聴き込んでない曲だが、上手いのは十分にわかる。 音色や強弱のコントロールが絶妙。 明らかにわかるようなミスもほとんどない。 ただ終曲(雨の庭)では冒頭音型をもう少しクリアに出したかったかな。でも弾きっぷりを見ると技術的に余裕がある。 Chopinも上手い。特に頻出する急速な8分音符の動きが滑らかで淀みがない。 表現的にも凝ったことはせず、自然で素直。 かなりのテクニシャンだが、バリバリ弾く感じではなく、さりげなく涼しい顔して弾く感じ。 全体的に、2次のときもメカニックは強いと思っていたが、その予想以上であった。 十分に本選に進めそうな出来である。

85.

 Scarlatti: K.14, K141
 Ravel: 夜のガスパールより、オンディーヌ
 Chopin: アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ
Scarlattiは彼女も上手い。トリルがいい。 今日これまでのScarlattiの中でも最良のものではないかな。 K.141は同音連打もうまく弾けている。 正直彼女がこんなに弾けるとは思っていなかった(失礼)。 次のRavelも繊細な音で悪くないと思っていたが、クライマックス前の重音で何回か降りてくるところがイマイチだった。 Chopinはアンダンテ部分はまずまずいい感じ(少しセンチ過ぎたか?)だったが、ポロネーズの開始のtutti部分の音が平板だったので少しがっかり。 ここはトランペットのファンファーレのようによく通る音でないと。 また連続和音ももう少し余裕を持って弾きたい。 全体的にはそれほど悪くなかったが。

112.

 Scarlatti: K.31
 Ravel: クープランの墓より、メヌエット、トッカータ
 Liszt: カンタータ「泣き、悲しみ、悩み、おののき」の通奏低音とロ短調ミサの「クルチフィクス」による変奏曲
今日も挨拶のときの微笑がいい。 Scarlattiは指の動きが少し不安定。 音にももうひとつ張りがない(2次のBachで見せたような)。 次のRavelのメヌエットは割とすっきりシンプル。 どうでもいいけどクープランから2曲選ぶならフーガより彼女のようにメヌエットの方がプログラム的にしっくりくるかな(個人的には)。 問題のトッカータはもうひとつ、というかもう二つくらい。 彼女は2次のLisztでわかるようにメカニックが特に強いタイプではないが、それでももう少し弾けていて欲しかった。 今日3人の中では明らかに悪かった。今日は調子が悪いのか、それとも準備不足なのか。 (弾いている途中も審査員が何かメモする音が頻繁に聞こえた。) 最後のLisztはやはりLiszt的な音や技巧的なパッセージでの鮮やかさという点で不満が残る。が、音楽的にはよくまとまっていた。 最後のコラール風主題が出てくるところなどは感動的でまたまたゾクゾクっとした。
彼女場合はRavelのトッカータが痛かった。

116.

 Scarlatti: K.13
 Ravel: 鏡より、蛾、道化師の朝の歌
 Liszt: バラード第2番
Scarlattiは少しタッチが不安定(なにか緊張している感じ)と思っていたら、前半の途中で少し乱れた。 後半でも乱れて弾き直してしまった。ちょっと残念…でもまだ挽回可能。 Ravelの蛾は思ったよりタッチが荒い。磨きが足りない。 もう少し繊細な(針の先でつついたような)音が欲しいところ(個人的趣味)。 (2次の3日目だった人は2人とも調子がもうひとつなのはやはり間が少ないから?) 道化師の方は勢いがあり、リズムも弾んでいる。でもタッチにもっとデリカシーが欲しい。やはり少し荒い。 同音連打はもうひとつ満足いかなかった。 最後のLisztは音が充実している。彼女の音はRavelよりもLiszt向きかも。 深みのある音で、音楽的な盛り上げ方というか起伏も充実している。 このLisztはなかなかよかった。

ところで3次のプログラムを見てみると、男性はChopin、女性はLisztを選ぶ人が多く、(単なる偶然だとは思うが)世間一般のイメージと違って面白い。 そして、男性はどちらかというとシンプルですっきりした解釈、女性は起伏が大きく高らかに歌う傾向にあるような感じである(曲から来るものも大きいと思うけど)。

***

というわけで3次予選を聴き終わった。 今日聴いて、特によい(本選に行って欲しい)と思ったのは

 30. 長瀬賢弘君
 71. 山本貴志君
 83. 佐藤卓史君
の3人(演奏順)。本選は多分4人なので、あと選ぶとすれば74番、85番、116番あたりの誰かかな。

で、実際の結果は以下の4人が本選進出。

 29. 津田裕也君
 71. 山本貴志君
 83. 佐藤卓史君
 85. 立川恭子さん
うーむ、長瀬君が落ちたのは残念。 でも3人中2人が入ったからよしとしなければいけないのかな。 津田君はノーマークだったが、納得いかないというほどではない(僅差の戦いだし、趣味の問題もあるし)。

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