10/28に行われた第70回日本音楽コンクールピアノ部門本選のレポートです。

本選の課題曲は以下の(a)(b)(c)を40-50分にまとめて演奏するもの。

(a) Haydn, Mozartのソナタまたは変奏曲より1曲(抜粋不可)
(b) Beethoven(Op.35以降), Schubert, Chopin, Schumann, Liszt, Franck, Brahms, Mussorgsky, Rachmaninovの作品の中から大規模なソナタまたはそれに相当する大曲
(c) Scriabin, Schoenberg, Bartok, Stravinsky, Szymanowskik, Webern, Berg, Prokofiev, Shostakovich, Messiaen, Barberおよび邦人作品より任意の曲(既出版のものに限る。内部奏法不可。)
BeethovenはOp.35以降ということはエロイカ変奏曲がOKということ。

会場は今年から変わって東京文化会館の大ホール。 個人的には(これまでの本選会場の中では)芸劇が一番よいと思ったが、それでもオペラシティよりはなんぼかマシである。 やはりオペラシティには不満を持っている人が多いと見た。 (どうでもいいけど作曲部門だけは小ホールで十分なのではないだろうか:-)。

以下、本選の各演奏の感想を(演奏順。敬称略)。

・津田裕也(東京芸大1年)

 Mozart: ソナタ第8番 イ短調 K.310
  Scriabin: 焔に向かってOp.72
 Chopin: ソナタ第3番Op.58
Mozartは、出だしは少し緊張している様子が感じられたが、非常に丁寧でタッチも安定。特にトリルがキマっている。 例によって本選は準備期間が十分にあるせいか完成度が高い演奏。 ただ意外と音がきれに響かない。多分楽器かホールのせいだろう(どこか時代楽器のような古風な音がする)。 終楽章はもう少し疾走感というか切迫感のようなものがあった方が個人的には好きである。 また音色にももう一工夫できないものかな(全体的に)。 次のScriabinは音的な魅力にやや欠けるかな。 それほどよく知っている曲ではないのだけど、いまひとつ盛り上がらないまま終わってしまった気がする。緊張感にやや欠けるというか、少し生ぬるい感じ。 混沌とした中にも個々の音はもう少し立っていた方がよい気がする。 最後のChopinは3曲の中では一番よさそう。 ロマン的というより端正で節度ある表現。第1主題での重音での降下など技術的にも悪くない。 ただ第2主題はもう少し歌ってもよいかな。 アゴーギクなどよくツボを押さえている。 ただそれが教科書的というか意外性がないと言ったら酷か。 スケルツォでは左手をもう少しリズミカルに出したい。 第3楽章は右手のメロディーの音色に変化が欲しいところ(くぐもった音とか)。音がやや単調というかストレート。 終楽章も左手にメリハリをつけて浮き出させたいところがある。 全体的にはよくまとまっていて悪くはないが、もう少し個性、主張、光るものが欲しいというのが正直なところ。 (そういう「とんがった」ところはレッスンを受けるうちに削り取られてなくなってしまったのかもしれない…。)

・立川恭子(東京芸大卒)

 Haydn: アンダンテと変奏曲 ヘ短調 Hob.XVII-6
 武満徹: 雨の樹 素描II
 Schumann: クライスレリアーナ
Haydnは悪くないと思ったが、実はこのあたり睡魔に襲われていてよく覚えていない(^^;)。 武満は私には何回聴いてもよくわからない曲(100万回聴いても良さがわかりそうな気がしない:-)なのでコメントはパス。 Schumannは第1曲の出だしが弱い! ここはアルゲリッチじゃないけど目の醒めるような音で開始したいところ(agitatissimoなんだし)。 1音1音の粒立ちもはっきりさせたい。やや微温的。 第2曲の間奏曲IIは力強くはないが、しなやかで優しい弾き方。彼女の特徴はこういうところにあるのかも。 とはいえ第3曲などはもう少しキレが欲しい。 第6曲はLento assaiとはいえやや沈滞気味。また彼女の演奏はフレーズの開始が明確でない嫌いがあるようである。 最後は曲の終わり方も地味なこともあって、地味に終わった感じがある(終了後の拍手も最初の津田君より少なめであった)。 彼女としては彼女なりの解釈があったのだと思うが、センスの良さのようなものはあまり伝わって来なかった。

・佐藤卓史 (東京芸高3年)

 Prokofiev: トッカータOp.11
 Mozart: ソナタ第9番 ニ長調 K.311
 Beethoven: ソナタ第23番「熱情」Op.57
Prokofievはテクニシャン佐藤君の自信が見て取れるような選曲。 途中で勢い余って微妙にテンポが少し走ったようなところもあったが、出来はまずまず。 (音コンレベルとしては相当なのかも。音コンでは初めて聴くので。) 機械的冷徹さというより、意外と人間味がある演奏だった。 Mozartは軽快でスピード感重視。 指回りのいい彼向きの路線である。 ピアノがやや乾いた音であることもあって、ふとグールドの演奏を思い出した(もちろんグールドほど無機的演奏ではないが)。 第2楽章はなかなか聴かせる。 軽やかな音でかつのびやかによく歌う。 これは印象に残る出来。 終楽章も表情がいい。 硬くならないというか、縮こまっていない。才能を感じる。 指回りが良いので気持ちがよい。 最後のBeethovenは速めのテンポであまり深刻にならない。 もちろんメカニックは高度に安定。 ただドイツ的重厚さを求める人には、多少素っ気無さを感じるかもしれない。 たまにテンポが走るというか先を急ぐ感じがある(意図的かも)。 全体的に非常に「上手い」が、個人的にはMozartの方が好きである。 ピアノの音のせいか重厚な曲はあまり合わない感じ。 それではこれまでの3人の中ではもちろん一番よい。 終了後は拍手は明らかにこれまでの2人より大きく、なかなか鳴り止まなかった(拍手の量は関係者の量にもよるので公平な指標ではないとはいえ)。

・山本貴志 (桐朋女子高3年)

 Szymanowski: 4つの練習曲Op.4より第3番 変ロ短調
 Mozart: ソナタ第9番 ニ長調 K.311
 Schumann: 交響的練習曲Op.13
Szymanowskiはエチュードだが落ち着いたテンポの曲。 出だしから音がいい(同じ楽器なのにどうして違うのか…)。 あまり聴きなれない曲だが、曲の良さが伝わってくる演奏だった。 Mozartは奇しくも佐藤君と同じ曲だが、彼より細かい表情、陰影が多い感じ。どちらがいいかは一概に言えないが。 軽やかな中にも優しさがある。 第2楽章はもうひとつ伸びやかさが感じられず、佐藤君の演奏の方が良かったかな。 第3楽章も、優しいが少し丁寧に行き過ぎている感じがある。好みの問題であるが。 個人的には愉悦感の点でやはり佐藤君の方が印象に残った。 Schumannは主題での和音が充実していて響きに敏感な感じ。ここらへんが彼の持ち味か。 (指がよく回る人はたくさんいるが、よい音を引き出せる人は特に日本人では少ない。) ただ聴き進めていくにつれ、その良さがあまり感じられなくなってきた。 技術的に確実に弾くのが一杯で、響きにそれほど気を遣っている余裕がないのか。どこか平凡である。(あるいは準備がまだ足りなかった?) なお遺作変奏付きで、遺作1〜3をEtude IIIとIVの間に、4,5をVIIIとIXの間に挟んでる(私の聴き比べのページの書き方で言えばT-I-II-III-1-2-3-IV-V-VI-VII-VIII-4-5-IX-X-XI-XII)。 フィナーレは速めのテンポをとっているが、やや雑っぽく聴こえる。よく言えば勢いがあって若さ溢れるのだが。 全体的にはなにか中途半端というか不完全燃焼的な印象が残る。 正直言ってSchumannはあまり印象に残る出来ではなかった。

***

というわけで本選を聴き終わった。 予選での演奏も考慮して、私が順序をつけるとしたら

 1. 佐藤卓史君
 2. 山本貴志君
 3. 津田裕也君
 4. 立川恭子さん
というところか。聴く前は、テクニックの佐藤君と音楽センスの山本君の対決になるかなと思ったが(たとえば'99年のように)、残念ながら山本君の出来はそこまでいかなかった感じである。 それでも3次の演奏を考えると上のようになるかな(本選だけを見ればあるいは山本君と津田君が入れ替わる可能性もあるかも)。

で、実際の結果は以下の通り。

 第1位 佐藤卓史君
 第2位 なし
 第3位 山本貴志君、津田裕也君
 入選 立川恭子さん
順位は妥当なところだが、2位なしとちょっと意外。1位とそれ以下にそれほど差があったということだろうが(単なる同点なら2位二人になるはず)、ただ私の知る限りこれまで音コンのピアノ部門で途中を空位にしてまで順位に差を付けたことはなく、そこまでするほどのものだったのかと言われるとやや疑問。
ことしは若い入選者が多かったが、ひょっとしたら大学生以上の実力者がますます音コンにこだわらなくなったせいなのかもしれない。 (昔は日本音楽界への登竜門と言われたものだが…。) 確かに音コンは課題曲、審査、出場者の扱い等、世のコンクールの標準と比べるといろいろ問題があるような気がする(それほどよく知っているわけではないが)。

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