9月7日の第71回日本音楽コンクールピアノ部門第2予選3日目のレポートです。 2次最終日なので最後に結果もあります。

以下、2次予選3日目の全演奏の感想です(演奏順)。 なお曲目リストは今日は配られていました(2,3日目のも)。

140.

  J.S.Bach: 平均律II-14
 Chopin: Op.10-4
 Ravel: オンディーヌ
 Scriabin: Op.8-12
Bachのプレリュードは細かく表情をつけているのはわかるが、もうひとつしっくりこない感じ。フーガもいろいろ考えているのはわかるが、音楽にノリきれていない感じがする。指回りも少し不安(ときどきタッチがあいまいになる)。 Chopinももうひとつ。音がやや濁るし(ペダル?)、指回りもキレが感じられない。 Ravelも、細かい動きが少し不安定。弱音であっても1音1音は明確にしたいところ。 Scriabinはそれほど悪くないが、和音にもう少し魅力があったらよいかな。
全体的には大過なく弾いてはいるんだけど、細かくみるといろいろ不満が残る。

144.

  J.S.Bach: 平均律I-8
 Rachmaninov: Op.39-6
 Debussy: 装飾音のための
 Chopin: Op.25-12
Bachのプレリュードはまずまず感じが出ている。個人的にはもう少し温かみのある音の方が好きだが、彼女は結構ストレートに音を出している。 フーガもよく練られていて、緊張感を持続している。ただやはりもう少しくぐもった音も使うようにした方がよいのではないかな。音が硬質(刺激的)すぎると感じるところもある。あと最後の方の主題の拡大形はもう少し表情をつけたい。 Rachmaninovはかなり力が入っている、というかちょっと入りすぎでは?(ダイナミックさを出そうとしているのはわかるが。)ちょっと聴き疲れてしまった。 また中間部では暗譜が飛んでしまった(その後もやや動揺した感じ)。 Debussyはかなり遅めのテンポ。いろいろ工夫しているが、やや重い感じがする。個人的にはもう少しすっきり軽やかな方が好きである。 Chopinも音がデカい。ちょっとうるさく聴こえる。 要はダイナミックレンジ(強音と弱音の差)が重要なので、そんなに大きな音を出さなくてもよいと思うのだが…。むしろ(いつも言ってることだが)もっときれいに響かせること、あるいはどこまで小さな音をコントロールして出せるかを研究した方がよい。
彼女の演奏は一言で言うと聴いていて疲れる。

154.

  J.S.Bach: 平均律II-6
 Chopin: Op.10-4
 Ravel: オンディーヌ
 Rachmaninov: Op.39-9
Bachのプレリュードはよく言えば屈託のない音。でもさすがに音の出し方がノーテンキすぎる。昨日の碓井君の方がよかった。 フーガも音の出し方に思い入れがなさすぎる感じがする。もっと音をコントロールできるはず。 Chopinはメカニックに難あり。細かいところが少し曖昧になる。 Ravelはそれでも140番よりはこなれている感じ。 Rachmaninovは音がデカいがやや濁る。(この曲はみんなやたらと大きい音を出そうとするなぁ。)和音連打で明晰さが欠けるところもある。 全体的に144番と同様、音量を出すことより音を磨くことに注力した方がよさそう。

156.

  J.S.Bach: 平均律II-6
 Chopin: Op.10-1
 Liszt: 吹雪
 Ravel: オンディーヌ
Bachのプレリュードはストレート路線。それも悪くないかなと思ったが、途中で一瞬つまづいた。 フーガはまだまだ。子供みたいな弾き方といったら悪いかな。 主題の入りなど、矢代秋雄が言う「空缶を叩く」ような感じになりがち。 Chopinはなかなか。これもストレート路線だが悪くない。右手がスムーズで余裕を持って弾いている。(Bachは彼には合わないんだなと思う。) Lisztも、多少ミスはあるが悪くない。Chopinといい、技術的ポテンシャルはあるようである。 Ravelも、冒頭部分など細かい音型がはっきり聴こえてよい。急速な動きも非常に滑らか。メカニックが優れている。 と思ったら途中でミスって弾き直しが入ってしまった。それでも今日3人聴いたオンディーヌの中では一番気に入った。
全体的には、Bachはまだ子供だったが、他の曲ではポテンシャルの高さを見せていた。(Bachの印象を覆した稀な例である。) 今回は駄目かもしれないが、将来有望かも。

157.

  J.S.Bach: 平均律II-3
 Chopin: Op.25-4
 Debussy: 組み合わされたアルペジオのための
 Liszt: 吹雪
Bachのプレリュードはゆたったりとしたテンポで優美さを狙っている。昨日の73番の人より説得力があるかな。Allegro部との対比もよい。ただテンポというかリズムが多少不安定になる(部分的に弾き急ぐ感じ)になるところが少し気になった。 フーガもやはりテンポが少し揺れる感じはするが悪くない。アーティキュレーションや声部の弾き分けなどよく考えられていて完成度が高い。 Chopinも悪くない。昨日の83番に比べるとリズムが生き生きしている。 Debussyは丁寧という印象。ただ個人的にはもう少し速めのテンポでサクサク流れた方が好きである。 Lisztは音がもうひとつきれいに響いていない。技術的に彼女が余裕を持って弾ける範囲を少し越えてしまっている印象を受ける。
全体的によくまとまっているのだが、技術的な面でのスケールの大きさを感じさせないのがつらいところである。

163.

  J.S.Bach: 平均律I-8
 Chopin: Op.25-11
 Scriabin: Op.42-5
 Ravel: 道化師の朝の歌
Bachのプレリュードはよく弾き込んである感じ。(即興的、自発的なところはないが。)フーガはまあまあ。 Chopinはいまひとつ。ミスもあったし、メカニック的に強靭さをあまり感じない。 Scriabinはそれほど悪くないがもうひとつインパクトに欠ける。 Ravelは最初の方でややミスが多い。というかところどころ違う音を弾いている(譜読みの間違い?)。 前半の同音連打のところもミスったし、後半の同音連打ももうひとつ。 正直言ってこの曲は音コンでは危険である(特に同音連打)。よっぽどの覚悟と自信がない限り避けた方がよい気がする。(ここのピアノが弾きにくいのか、これまでこの曲を弾いて成功という人があまり思い浮かばない。)

164.

  J.S.Bach: 平均律I-7
 Chopin: Op.10-8
 Rachmaninov: Op.39-5
 Ravel: クープランの墓より、トッカータ
Bachのプレリュードは、前奏部の32分音符の走句はなかなかよいが、次のコラール部はもう少し音をコントロールしたいかな。 最後のフーガ部はまあまあだが、途中で危ないところがあった(一応止まりはしなかったが左手がかなり抜けた)。 フーガはまずまず。トリルがピタっとキマっている。ミスは少しあったが左手のアーティキュレーションなどよく気を使っている。 Chopinも悪くない。右手の粒立ちがよい。表情のつけ方も音楽的。多少ミスがあるのが残念だが。 Rachmaninovは最初の音をかなり伸ばすのが変わっている。 かなりもっさりしたテンポで、和音の連打がうるさくなってしまっている。打鍵に余裕が感じられない。 正直言ってこの曲とはあまり合っていないかも。 彼女の解釈なんだろうけど、あまり好きになれない。 Ravelも出だしは少し失敗気味(音が抜けた)。 その後少し持ち直したが、ところどころ音がクリアに鳴らない。 全体的にはそれほど悪くないのだが、昨日の坂本さんの演奏を聴いた後だともうひとつ物足りない。

167.

  J.S.Bach: 平均律II-5
 Chopin: Op.10-2
 Liszt: マゼッパ
 Debussy: 西風の見たもの
Bachのプレリュードはまずまず。フーガも悪くない。起承転結があり、主題の入りやストレッタの処理などよく考えている。 ただタッチや音色のコントロールなどはまだまだ向上の余地はあるかな。 それでもツボは押さえているし、例によって曲がいいので楽しめた。 Chopinはそこそこ弾けてはいるが、個人的にはもっと滑らかかつ粒を揃えたい。 Lisztもよく健闘してはいるが、却って彼女の技術的限界をさらけだしてしまった感がある(残酷な言い方だが)。特に後半クライマックスの2/4拍子の部分など、加速感がない。  Debussyはかなりダイナミックな演奏で悪くない。
全体としては、Chopin, Lisztで難曲を並べたが、この選曲はどうであったか…。

171.

  J.S.Bach: トッカータBWV914
 Chopin: Op.25-12
 Ravel: パガニーニ大練習曲第6番
 Debussy: 喜びの島
Bachは最初のフーガを速いテンポで思い入れなく(素っ気無く)弾くのが少し変わっている。 後半のフーガもあまり小細工しない。響きが多すぎる感じで、もう少しペダルを控えた方がよさそう。 また途中で弾き直しが入ってしまった。 Chopinは少しミスはあったがまずまず。 Lisztはやはりところどころでやや心証の悪いミスあり。 最終変奏のようなダイナミックな部分は悪くないのだが、第1,4,9変奏のようなleggiero系がもうひとつである。 Debussyも思い入れが少なく、サクサクと進むが、そこが面白いといえば面白い。 ただやはり響きが過剰な感じがする。(指回りはなかなかのものだが。)

173.

  J.S.Bach: 平均律I-13
 Chopin: Op.10-4
 Ravel: 道化師の朝の歌
 Rachmaninov: Op.39-9
Bachのプレリュードは音が硬くないのがいい。フーガはゆったりとしたテンポでこれも音が硬くない。 ただトリルをもう少し工夫してもよいと思う。1箇所危ない場面もあった。 Chopinは細かい動きが少し曖昧になるところもあったが、まあまあか。技術的に特に優れているわけではないが。 Ravelはまずまず無難にこなした(同音連打など)。 Rachmaninovは音がよい。(これは男性の強みか。)途中危ないところ(ミス)もあったが。
全体的に筋がよいという印象である。今日は昨日に比べて全体的に低調なので、この出来なら3次に行けるかもしれない。

174.

  J.S.Bach: 平均律II-6
 Chopin: Op.25-9
 Rachmaninov: Op.39-1
 Debussy: 映像第2集より、そして月は廃寺に落ちる、金色の魚
Bachのプレリュードは最初の方で音が抜けたが、速いテンポでキビキビしていて悪くない。フーガはタッチがしっかりしている。思ったよりやる、という感じである。 Chopinはもうひとつ。ミスもあったし、もっと軽やかに弾きたいところ(蝶々というくらいだから)。 Rachmaninovはもうひとつ技術的に余裕が感じられない。 Debussyはそれほど聴き込んだ曲ではないが、悪くないと思った。
(このへん、やや聴き疲れてきたせいかコメントが少なくなっている…(笑)。)

175.

  J.S.Bach: 平均律II-20
 Chopin: Op.25-5
 Rachmaninov: Op.39-1
 Ravel: 水の戯れ
Bachは音は多少硬いが、楷書的で悪くない(曲と合っている)。 Chopinもやはり音が硬い。この曲はもっとアンニュイな音を出した方がよいと思う。中間部も音色の変化がない。 メカニックはしっかりしていると思うのでもう少し音色を工夫したい。 Rachmaninovはフレーズの切れ目をもう少し明確にしたい。 何かモゴモゴと流れていく感じがする。 他の曲でも感じたが、少しペダルの使いすぎかも。(スケール感がもうひとつなのは仕方ないとして。) また終盤でちょっと危なくなった(あるいはそんな風に思わせる弾き方)。 最後のaccelerandoの連続和音も少しぎこちない。 Ravelは細かいところで不満な(違和感のある)ところはあったがまずまずか。

***

というわけで2次の第3日を聴き終わった。 今日聴いてまずまずと思ったのは

 156. 奥田暁仁
 173. 森浩司
の2人(演奏順、敬称略)。 ただし森君はややおまけ。奥田君も多少先物買いの要素がある。 正直言って今日は昨日に比べると低調であった。

で、実際の審査結果は次の通り(敬称略)。以下の10人が3次進出。

(1日目)
  29. 前田拓郎
  55. 矢島愛子
  58. 近藤亜紀
  67. 石井理恵
(2日目)
  80. 森田義史
  81. 今井彩子
  91. 坂本真由美
 105. 碓井俊樹
 115. 鈴木慎崇
 122. 泊真美子
(3日目)
 なし

3日目はゼロだった。 確かに3日目は低調だったが、これは意外な結果(今までこんなことはなかったような…)。 まあ公正に選ぶという意味ではよいことだろう。
1日目は聴いてないので何も言えないが、2日目では、Bachで大きなミスをしてしまった萬谷さんと阿部さんは2人とも落ちてしまった。 yes/no方式でもなく、話し合い方式でもない(多分)、点数方式の審査ではやはり1曲でも大きなミスがあると(点数にストレートに反映してくるので)リカヴァーするのは難しいのだろう。 個人的には、(魅力的な人、次も聴きたい人を選ぶという意味から)yes/no方式(またはyes/no/maybe方式)の方がよいと思うのだけどね…。 inserted by FC2 system