少し遅れましたが、9/9に行われた第71回日本音楽コンクールピアノ部門第3予選のレポートです。

3次の課題曲は以下の(a)(b)(c)を30-40分にまとめて演奏するもの。繰り返しは自由。

(a) Haydn,Mozart,Beethovenのソナタまたは変奏曲
(b) 自由曲(第1,第2予選の曲は除く)
(c) 邦人作品

今年は(c)の邦人作品というのがいつもと少し違うパターンである(こう指定されるほとんどイコール現代曲ということだが)。

以下、3次予選の全演奏の感想です(演奏順)。

29.

 Haydn: ソナタHob.XVI-23
  Chopin: ソナタ第2番
 宍戸睦郎: 鍵盤のための組曲より、トッカータII
Haydnはストレートな弾き方でしっかり音を出している。 個人的にはもう少し軽やかさや音色の変化などが欲しいが、どちらかと言うと単色系で野太い。 (MozartやHaydnでは浜松コンでのガヴリリュクやピロジェンコのような軽やかな音が好きなんだけど、あれはあれで特殊奏法なのかも。ロシアピアニズムのの奥深さというか。) Chopinも音色の変化をもっと付けたい。 ちょっとストレートに音が出すぎる部分がある。 たとえばスケルツォ楽章。主部はまずまずだがトリオはもう少し甘くとろけるような音を出したい。 やや無造作に音を出しているように聴こえる(手練手管がないというか)。 葬送行進曲のトリオ部はまずまず優しい音を出していたが、それでもまだコントロールできるはず。 全体として、彼がこの演奏に十分満足していたとしたらヤバいかも(まだまだと思っているのならよいが)。 宍戸睦郎のはあまり聴きなれていない曲だが、いかにもトッカータ(無窮動)風なところはもう少し1音1音を明確にキレをよくしたい感じかな。
全体的にはまずまずだが、もうひとつインパクトというか決め手に欠ける感じである。

55.

 Prokofiev: サルカズム
  Beethoven: ソナタ第30番
 一柳慧: ピアノのための想像の風景
ピンクのドレスでにこやかに登場。笑顔にどこか余裕がうかがえる。 Prokofievはなかなかよい。実はこの曲はそれほど好きではなかったが、この演奏を聴いて見直した(特に第3曲のトッカータ風の曲)。 音の出し方など、同じ傾向の曲(宍戸)を弾いた29番の人より完成度が高い。 Beethovenも強弱の付け方が上手い。自然な呼吸が感じられる。 スケルツォはやや弾き急ぐ感じがあり、フレーズの間などもう少し間をおいてもよいかなと思ったが(個人的趣味)、でもタッチの変化や力の抜き方など表情の変化が上手い。 第3楽章も完成度が高い。第3変奏での指回りなど見事。しいて言えば最後のTempo I, del tema(最終変奏)のところはもっと深い呼吸で幻想的、ロマンチックに歌った方が好きだが、これは趣味の問題か(彼女は古典的均整美を指向したのかもしれない)。 一柳の曲は例によって私にはよくわからないのでコメントはパス(以降の人の邦人作品も同様)。
全体的に彼女は完成度の高い演奏をする。あとは単なる優等生的演奏でなくいかに人を惹きつける魅力を出すかかな(えらそうですみません)。
終わった後はさらににこやかな笑顔で退場した。

58.

 Beethoven: ソナタ第30番
  矢代秋雄: ピアノソナタより第1楽章
 Franck: 前奏曲、コラールとフーガ
彼女もおじぎのときにこやかだが、どこか緊張感を漂わせている。 Beethovenの第1楽章は55番の人に比べると動きというかフレージングが少し硬い感じがする(ぎこちないとまでは言わないが)。 スケルツォに入るとさらに差がはっきりしてくる。動きがややもっさりしていて、もっとリズムをキビキビさせたい。 終楽章もタッチ、音色、フレージング、メカニックの安定感など細部の完成度の点で差は歴然(やや残酷な感じさえする)。 あるいは準備期間が足りなかったのか。 Franckはいろいろ不満な点はあったが曲がよいので結構楽しめた。 特にコラール部分は例のメロディーが出てくるたびにゾクゾクっとした。(ただ最後はもっと優しく弾いて欲しかった。) フーガ部は前半聴いていて少し不安(指回りがもうひとつ安定して聴こえない)。また曲調の変わる部分でもっと変化を出した方がよいと思った。一本調子になりがち。 最後の大団円のところはもう少しタメを作ってたっぷり盛り上げたい。
全体としては、彼女に対する印象はBeethovenで決まってしまったという感じ。

67.

 Haydn: ソナタHob.XVI-48
  三善晃: アン・ヴェール
 Chopin: ソナタ第3番
Haydnはとてもよい。タッチが明晰で速い走句もきれいにキマっている。 第2楽章でわずかにミスがあったのが惜しまれる。 Chopinも悪くない。 あと望むとすればスケール感というか懐の広い表現か。 たとえば第2主題はもっとロマンチックに歌いたい。コンクールということでハメをはずさずに自分のやりたいことをセーブしているのかもしれないが。 また音が軽いというか低音部がやや弱く聴こえる(それがスケール感の欠如につながっているのかも)。 スケルツォは速い走句で心証の悪いミスがあり(再現部でも)、もう少しテンポを落としても8分音符を明確に出した方がよいと思った。 終楽章も、第2主題の方の16分音符の走句は音が軽いようだが(leggieroだからな)、個人的にはもう少し1音1音をくっきり明確にしたい。
全体的にはChopinで技術的なスケールの大きさが出ればもっとよいと思った。 Chopinも悪くはないけど、彼女にはBachなんかが合っているんじゃないかな…3次でBachを弾くというのは音コンでは絶対ウケが悪いだろうけど。

80.

 Haydn: ソナタHob.XVI-23
  Ravel: 夜のガスパール
 三善晃: アン・ヴェール
彼は挨拶や椅子の調整をするときの物腰がなんとなく優雅で、どこか及川ミッチーを思い出させる(失礼!)。 Haydnは上手い。音が生き生きしている。 同じ曲を弾いた29番の人よりもいい感じである。 第3楽章では特に指回りにキレがあった。なかなかのテクニシャンである。 Ravelのオンディーヌはサクサク進む。 音もppppp指定にしてはやや大きい感じ。 メロディーはもう少し表情をつけた優しい音の方が好きだが、彼は結構素っ気無くストレートに弾く。 メカニックが優れていることはわかるが、それに頼りすぎていないかな。 絞首台も例の変ロ音を(pp指定にしては)結構大きな音で鳴らす。もう少しデリカシーのある微妙な音を予想していたのだが。 スカルボも、メカニックはよいのだが、たとえば導入部の後のテーマをmfからffにクレッシェンドして弾くところが、最初からffで弾いているように(要はクレッシェンドしていないように)聴こえるのはよろしくないと思う。 そういう細かい部分の解釈がちょっと気になった。 テクニシャンであるのはわかるが、テクニックを見せつけるだけの曲にしていないか?(そういう曲だからいいのか(笑)。)

81.

 Haydn: ソナタHob.XVI-50
  武満徹: ピアノ・ディスタンス
 Rachmaninov: コレルリの主題による変奏曲
Haydnはまずまず。多少ミスはあったがとりたてて悪いところはない。 完成されている。 こういう曲では2次で感じたような音の物足りなさは出てこない。 武満はもちろん私にはよくわからない曲だが、今日聴いた中でも一番前衛的な(=わけがわからない)曲だった(きっと有名曲なんだろうけど)。 Rachmaninovはそれほどよく知っている曲ではないのであまりコメントできない。 悪くはないと思うが、それほど楽しめなかった(と言っても曲の問題だが)。 それでもフォルテの和音でもう少し音かきれいに余裕を持って鳴るとよいかなと思った。

91.

 Mozart: ソナタ第8番K.310
  武満徹: 雨の樹 素描
 Liszt: ダンテを読んで
Mozartはストレートな音で結構音量もデカい。 また音が硬い。(上原さんといい、チャイコンではこういう音がウケたのかな?) 指回りは安定しており自信に満ちた弾き方である(ノーミスというわけではなかったが)。 音色を変えることもやってみたらよいと思うのだが。下手をするとデリカシーのない音になる。 Lisztは、序奏部の音をもっと吟味したい。 迫力はあるが少し乱暴に聴こえる。またもう少し間をとってもよいのでは(少し弾き急ぐ感じ)。 主部に入ってからはスピード感がある。これでさらに音に深みがあるとよい。 展開部のオクターヴの怒涛の連打はちょっと羽目をはずした感じがあって面白かった(優等生タイプの彼女にしては)。 最後のAllegro vivaceはsfの和音のところであまりタメをつくらないのは少し物足りないかな(力が入らない)。 その後のPrestoの跳躍部がノーミスなのはさすが。でも個人的にはもっと軽いタッチでその直前部分と変化をつけたい。

105.

 Beethoven: ソナタ第21番
  武満徹: リタニよりI マイケルヴァイナーの追憶に
 Brahms: Op.119 1,3,4
Beethovenが素晴らしかった。曲のツボを押さえており、メリハリがある。 特に弱音での急速なパッセージが印象的。 音をよく吟味している。 これまで音コンで聴いたワルトシュタインの中では一番である(って音コンで全曲を聴いたのは初めてだったかな(笑))。 普通よく聴かれるワルトシュタインは、力技的というか、メカニックが勝ったものだが、彼の演奏はどこか詩情が感じられる。 多少ミスはあったが人を惹きつける魅力がある。特に弱音がいい。 ただ弾きながら歌うところがあって、そこは気になった。(彼は音楽に没頭してしまうタイプのようだ。) ともかく、今日これまで聴いた曲の中では一番感銘を受けた。 Brahmsもなかなかの抒情派である。 よく歌っている(彼自身も^^;)。 どちらかというと苦手の曲なのだが、非常に楽しめた(弾く人がよいのだろう)。

115.

 Mozart: ソナタ第14番K.457
  武満徹: 雨の樹 素描II
 Liszt: ダンテを読んで
Mozartは第1楽章の終わりの方で痛い(心証の悪い)ミス。テンポが少し不安定になることろがあったが、全体としてはまあまあ。 Mozartとしては91番よりは彼の音の方が好きである。 第2楽章も感じが出ている。ただツボは押さえているのだが、変なところで指が転びかけるようなミスをするのが惜しい。 また細かい動きで明晰さを欠くところがある。 Lisztは序奏部の音は91番より良い。間も十分にとっている。 ただPiu mossoのところのfは少し叩き過ぎ。(もう少し遠くに響かせる感じで弾きたい。) 主部のスピード感というか畳み掛ける感じは91番の方が迫力があるかな。 その後は結構(と言うかかなり)ミスが多い。さすがにこれだけ多いと聴く方も曲に集中できない。 最後のPresto跳躍もかなりはずした。 本人としては不本意な出来だったのではないかな。
そういえば数年前に3次で聴いたときもミスが多いと書いた覚えがあるが、そこは変わっていないようである:-)。

122.

 Haydn: ソナタHob.XVI-50
  土田英介: ピアノのための波動
 Liszt: スペイン狂詩曲
Haydnは音色の変化があるのはさすが。強弱のコントロールも上手い。 ただ第1楽章に関しては(まだ指が温まっていないのか)速い走句でのタッチの安定性は51番の方があったかな。 第2楽章は彼女のよさがよく出ている。歌がある。終楽章も強弱、緩急のつけ方が上手い。思わず引き込まれる。 ミスは多少あったが楽しめた。 土田の曲も私の苦手なタイプの曲だが結構楽しめた。彼女の音楽性を信用していることもある。 (今日聴いた邦人作品の中では宍戸睦郎についでわかりやすい曲だった。) Lisztについては、彼女はテクニシャンタイプではないと思っていたので、スペイン狂詩曲のようなかなりの技巧を要求する曲は危険な選曲のような気がしたが、これは思い過ごしだった。 もちろん技術的にはperfectではないが、ツボを押さえた演奏で、狂詩曲という即興的な要素と彼女の音楽性がうまくマッチした感じである。 表現が自由闊達というか、語り口の上手さが光る。 音コンでは珍しく優等生タイプでないのがいい。 ただ最後の方で少し乱れかけたのが惜しかったかな(少し危なかった)。

***

というわけで3次予選を聴き終わった。 今日聴いた中で本選に進んで欲しいと思う人順に4人並べると

 105. 碓井俊樹
 122. 泊真美子
  55. 矢島愛子
  80. 森田義史
という感じである(敬称略)。 矢島さんは今日弾いた中では一番完成度が高いかも。 4人目は少し迷ったが、森田君のテクニックはなかなか捨てがたいものがある(その意味では91番もだが、彼女は音の硬さが少し気になる)。

で、実際の結果は以下の4人が本選進出。

  58. 近藤亜紀
  81. 今井彩子
 115. 鈴木慎崇
 122. 泊真美子
泊さんはもちろんよいとして、今井さんもわからないではない。 でも残りの2人は…う〜ん。 一昨年の3次の結果も納得いかないものだったが、今回はそれと同じくらいまたはそれ以上に私には理解不能だった。 今年の本選は多分聴きに行かないだろう…(オペラシティだし)。

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