少し遅れましたが、9/8に行われた第72回日本音楽コンクールピアノ部門第3予選のレポートです。

3次の課題曲は次の(a)(b)(c)を25〜30分にまとめて演奏するもの。(a)と(b)については、複数の作曲家、複数の曲でもよい。
  (a) F.Couperin, J.Ph.Rameau, D.Scarlattiの任意の作品。(オリジナル曲に限る)
  (b) Faure, Debussy, Ravelの作品
  (c) Schubert, Mendelssohn, Chopin, Schumann, Brahms, Lisztの作品より任意の1曲(練習曲を除く)

以下、3次予選の全演奏の感想です(曲は演奏順)。

16.
 Scarlatti: K.87, K.107
 Debussy: 5本の指のための
 Liszt: ベネツィアとナポリ

 ScarlattiのK.87は暖かみのある音でニュアンスに富んでいる。K.107は右手の速い走句が実にスムーズ。これでさらに軽さと繊細さが加われば完璧か。 Debussyも完成度が高い。ただ少し残響が多めだったかも。 Lisztはタランテラがもうひとつ。この曲は浜松コンでのガヴリリュクの圧倒的な演奏を聴き慣れているせいもあるが、それにしても技術的なキレというか、指回りの機敏さの点で物足りない。また結構ミスが目立った。 やはりLisztの(こういう技巧的な曲は)余裕しゃくしゃくという感じで弾かれて欲しい。 (手があまり大きそうでないのでそのあたりがハンデになっているのかもしれない。)

18.
 Debussy: 映像Iより水の反映, 映像IIより金色の魚
 Scarlatti: K.141
 Brahms: パガニーニ変奏曲第2集

 水の反映は清潔感のある繊細な音。ただクライマックス部分ではもう少しうねるようなダイナミクスがあった方がよい(それまで溜めた力を解放するような)。Scarlattiはまずまずだが多少音がこもり気味(ヌケが悪い)か。 最後のBrahmsはよく健闘しているというか破綻なく弾けてはいるが、悪く言えばそれだけという感じ。何か+αが欲しいところ。(詩情とか圧倒的なテクニックとか。) 「よく弾けました」で終わってしまった感がある。 全体的には無難にまとめたと言えるが。

20.
 Rameau: エジプトの女
 Debussy: 映像II
 Liszt: B-A-C-Hの主題による変奏曲とフーガ

 Rameauはまずまず装飾音がきれいにキマっていた。Debussyは音の綺麗さ、繊細さでは18番の方が多少上かと思ったが、ダイナミックス(メリハリ)ではこちらの方が感じが出ている。ただ高音があまりキレイに響かない傾向がある。 最後のLisztはスケールが大きい。それは良いが、音が大きければよいというものでもない、というところもある。 勢いがあるのはよいが、細部も明晰にしたい。特に右手の高音部のきらめくようななパッセージがよく聴こえてこないのは(この曲で私の好きなところだけに)もうひとつ。また高音部の和音が輝かしく響かない感もある。 ただ表現は堂に入っている。

54.
 Rameau: ロンドー形式のミュゼット, タンブーラン
 Liszt: オーベルマンの谷
 Ravel: スカルボ

 Rameauはちょっと変わった曲(初めて聴く曲)だが、元気で屈託のない弾き方。 LisztとRavelはいずれも変な癖がないというか、妙にこねくり回さない、いわゆる「筋がよい」演奏。 細かいところでミスや詰めの甘さはあるが、ポテンシャルを感じる。 高音部の強打で音が割れるところもあったが(ひょっとして楽器のせい?)、 技術的に一杯一杯という風に感じさせないところがよい。

55.
 Scarlatti: K.22
 Liszt: オーベルマンの谷
 Ravel: 高雅で感傷的なワルツ

 Scarlattiは音がクッキリして悪くないが、フレーズの終わり方が若干モニョモニョと不明瞭になる感じがする。 Lisztは(実はそれほど聴き込んだ曲でないので具体的にどこかどうと言うのは難しいが)総体的な印象として前の54番の方が好きである。 特にクライマックスの和音連打のところは54番に比べるとちょっともたついた感じがある。 Ravelは第1曲の出だしで音がこもり気味なのはもうひとつ(ここは華やかな音であって欲しい。) あと選曲が少し地味だったかも(音コンでこの曲はあまり聴かない)。

60.
 Scarlatti: K.20
 Faure: 夜想曲第2番
 Brahmas: 幻想曲集Op.116

 Scarlattiは出だしがもうひとつと思ったが、その後はまずまず。ただリズムの処理に難があるのか、フレージングがわかりにくい嫌いがあった。 Faureは悪くないと思ったが、なにぶん良く知らない曲なのではっきりとしたことは言えない。 Brahmsは第1曲が音が硬くてややヒステリックに響く感じがある。いつものことだがBrhamsはもう少し深々とした余裕のある響きが欲しいところ。 (体が小さそうだが、このような曲は合っていないのではないかな。) いずれにしろこの曲も私の苦手系の曲なのではっきりとは言えないが。

72.
 Faure: 夜想曲第13番
 Scarlatti: K.203, K.13
 Liszt: ダンテを読んで

 Faureはもうひとつ冴えない。(曲がそうなのか、演奏が悪いのかよくわからないが)見通しが悪いというか、のんべんだらりとした感じ。 Scarlattiもフレーズの切れ目がよくわからない弾き方。一本調子でダラダラと続く感じである。もっとメリハリをつけないと。 最後のLisztもイマイチ。リズムやアゴーギグがしっくりこない。(音楽性に少し疑問を持ってしまう。) 音色もまだまだ。ただ展開部の畳み掛けは(そのインテンポ感が)面白かった。またコーダも思ったより健闘。

113.
 Couperin: 葦, ティック・トック・ショック
 Chopin: 幻想曲Op.49
 Ravel: クープランの墓より前奏曲、トッカータ

 Couperinはティック・トック・ショックでのキレが悪い。(初めて聴く曲だが明らかにわかる。)もっと音の粒を揃えたい。 Chopinは音が平板。これが致命的。(音に魅力がない。) Ravelは(Chopinほど音色が問題にならない曲ということもあってか)メカニック的には健闘(と思う。昼食の後ちょうど睡魔が襲ってきた時間だったので気が付いたら半分眠っていた。)

139.
 Scarlatti: K.27, K.14
 Ravel: 水の戯れ
 Chopin: 幻想曲Op.49

 ScarlattiのK.27はいまひとつ不安定。終盤も(何とか切り抜けたが)危ない場面があった。K.14の方は前の曲よりは安定。 Ravelはもう少しニュアンス、繊細さがあるとよかった。 Chopinは前の人よりはよほど音を考えている。盛り上がり部分で多少フォルテが弱かった気はするが、よい耳直しになった。 ただ中間部の緩徐部分はもう一工夫あってもよかったかも。

143.
 Scarlatti: K.455
 Schubert: 3つのピアノ曲D.946
 Ravel: 道化師の朝の歌

 Scarlattiは安定性、繊細さ、指回りの俊敏さのいずれも今ひとつ。音が野太い。(この曲は例によって浜松コンでのピロジェンコの演奏を聴き慣れて厳しくなってしまったのかも。) Schubertは(音はよいとして)メカニックが弱い?。第1曲の出だしの旋律がいつも不鮮明になる。第2曲も中間部の細かい動きが不明瞭。(歌はあるのだが。)第3曲も右手の速いパッセージがいけない(ごまかし気味に聴こえる)。 Ravelも(最初のScarlattiを聴いたときから悪い予感はしていたのだが)予想通り。 同音連打だけでなく、そのほかの部分もメカニックが弱い。

159.
 Scarlatti: K.159, K.1
 Liszt: バラード第2番
 Ravel: スカルボ

 Scarlattiはまずまず。いずれも小さなミス(音ヌケ)が惜しい。 Lisztは表現のスケールが大きい。20番の人と同じようなタイプである。緩徐部分の歌い方も上手い。 ただやっぱりフォルテ和音はもう少し余裕を持って(あくまで美しい音で)弾いて欲しい。強音が一杯一杯な感じになりやすい。 Ravelは自己主張というかアクが強い。 勢い重視で細部がやや流れ気味。 ちょっといじり過ぎという気もする。 ふと岸本雅美さんのスカルボを思い出した(彼女も例の本選審査辞退の翌年の音コンの2次でスカルボを弾いている。そのときは2次で落ちてしまったのだが)。 今日のスカルボでは54番の方が好きであった。

163.
 Scarlatti: K.213
 Debussy: 組み合わされたアルペジオのための
 Liszt: ダンテを読んで

 Scarlattiはゆったりした曲で悪くはない。 Debussyも1音1音に気を遣っており解釈も好感が持てる。音がきれいなのがよい。 Lisztは出だしの音がちょっと力みすぎか。また第1主題部のデュナーミク(とフレージング)に少し違和感がある。 しかし緩徐部分は表情たっぷりで聴かせる(音をよく吟味している)。よく練っている感じ。 ただフォルテのところでデリカシーがなくなってしまうのはなぜだろう。 たとえfffであっても、親の敵みたいに渾身の力で叩くのではなく、あくまで美しく響かせるように弾いて欲しいものである。

***

というわけで3次予選を聴き終わったが、残念ながら今回は是非また本選で聴きたいという思う人はいなかった。 強いて言えば個人的に好感を持ったのは54、139番あたり。 54番は総合的なポテンシャル、139番は幻想曲が印象に残った。 と言ってもこの人たちが通らなければ納得いかないというほどではないし、実際のところ予想はつかないというのが正直なところである。 (ただ、この人はないだろ、みたいな人はいるが。)

で、実際は以下の4人が本選進出。
 54, 143, 159, 163
実のところ、この人はないな、と思っていた人が通っていた。(誰とは言うまいが。) が、今回は(前回のように)特に執着する人はいなかったので、単に審査員の趣味に苦笑するのみである。 (えっと思うような審査はこのところ毎年のことのようであるし。)

本選はまだ聴きにいくか決めていない。

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