10/19に行われた第72回日本音楽コンクールピアノ部門本選のレポートです。

本選の課題曲は次の(a)(b)(c)を40〜50分にまとめて演奏するもの。繰り返しは自由。
  (a) J.Haydn, W.A.Mozartのソナタ(全楽章)、または変奏曲(抜粋は認めない)より1曲。
  (b) Beethoven(op.35以降の作品), Schubert, Chopin, Schumann, Liszt, Franck, Brahms, Mussorgsky, Rakhmaninovの作品の中から大規模なソナタ、またはそれに相当する大曲。
  (c) Skriabin, Bartk, Stravinsky, Szymanowski, Webern, Berg, Prokofiev, Shostakovich, Messiaen, Barber, Dutilleuxおよび邦人作品より任意の曲(出版されているもの。内部奏法のある作品を除く)。

以下、3次予選の全演奏の感想です(演奏順)。

佐野隆哉

最初は武満徹の雨の樹素描。例によってコメントは省略。
続いてHaydnのソナタHob.XVI-20。優しく表情付けされた演奏で、響きに気を遣っているのがわかるが、速い走句でもう少し技のキレを感じさせてくるとよい。細かいところでやや音がモヤモヤする(残響が多めのホールなのでそこを考えるべきか)。あともう少し表現にメリハリがあってもよい。全体的にオシが少し足りないかも。
最後はLisztのロ短調ソナタ。彼のよいところは技術的な安定感(最初の方でやや大きなミスをしたが)と、汚い音を出さない(響きに配慮がある)こと。(人を惹きつけるような魅力的な音とまではいかないが。) 逆に不満に感じるところは低音の出し方がやや弱いこと。重量感に欠ける嫌いがある。(あるいは楽器のせいかもしれない。) またHaydnと同様、細かい走句でモヤモヤ感がなきにしもあらず。 第2部(緩徐部)での歌い方ももうひとつしっくりこなかった(ちょっともったいぶった風)。 フーガも、安定感はあったがもっとスタカートらしくクッキリさせたかった。
全体的に3次と同様の技術的な筋の良さが感じられたが、少しこぢんまりとした感じもあった。

前田健治

最初はHaydnのソナタHob.XVI-50。全体的に音が弱い。大事に弾いてはいるが、もう少し強靭さというか、生きのよさというか、溌剌とした感じが欲しい。第2楽章の歌い方(呼吸)はまずまず(音色の変化はないが)だが、終楽章も第1楽章と同様、もっとキレが欲しい。 彼(や佐野君)は古典派の曲では(ピロジェンコやカプリン、ガヴリリュクのような)羽根のような軽いタッチを目指しているのかもしれなが、これは下手をするとフニャフニャした音になってしまう。(マスターすれば凄い武器になるが。)
続いて武満徹の遮られた休息。この曲も私にはコメント不能。
最後はChopinのソナタ第3番。第1楽章はもう少しダイナミックレンジが大きくてもよいし、ややダイナミズムに欠ける感がある。また低音の出が少し弱い(やはり楽器のせい?)。第2楽章ももっとフレーズを意識して歯切れ良くしたい。 申し訳ないが第3、4楽章は半分眠っていたのでよく覚えていない。

小林えり

最初はMozartのソナタK.576。彼女は前の二人と違って音をしっかり出している。指回りも非常に安定。彼女のように鍵盤を底までしっかりつけた方が音はしっかりする。ただ音が硬くなる危険性もあるので難しいところである。
続いてBeethovenのソナタOp.110。ツボをよく押さえて隙がない。完成度が高い。特に終楽章のフーガでの暖かい音色がよかった。ただ全体的にファンタジーというか自由さに欠ける嫌いがあるかもしれない。キッチリしているがやや型にはまった感じというか(初期のソナタならそれでもよいが)。
最後はStravinskyのペトルーシュカからの3楽章。出だしの和音連打が響きすぎてモヤモヤしたが、それ以降はなかなかよい。丁寧である。この曲にありがちがな、勢い任せで乱暴になることがなく、好感が持てる演奏。 終楽章の難所も上々の出来。(3次で彼女のメカニックが弱いと評したのは撤回しなければならない。) ただ終盤で暗譜が怪しくなってヒヤっとする場面があった。
全体的に2次よりはずっと印象が良かった(2次での私の聴き方が甘かった?)。ただBeethovenのところで書いたように、完成度は高いが型にはまったように感じられるのが難点と言えば難点か。その意味で、特に自由さが求められるロマン派の曲を持ってこなかったのは賢い選曲だったかもしれない。

泊真美子

最初は土田英介のピアノのための波動。去年も弾いた曲である。それほどよく知らない曲だが、出だしから今までの人と音が違う感じ。表情が自在である。
続いてMozartのソナタK.333。これも他の3人に比べて音の出し方に一日の長がある感じ。表現が自然で特に呼吸というか緩急が上手い。聴いていてスッと入ってくる。ただその分、速い走句では少しゴニョゴニョとする(微妙にあぶなっかしい)感はあるかもしれない。
最後はLisztのロ短調ソナタ。これも音楽性の豊かさを感じさせる演奏。音のコントロールがピカイチ。技術的な安定度、確実性では佐野君の方が上だが、音楽的に聴かせるという点では彼女の方が断然面白い。特に緩徐部分での歌い方が上手い。 あと気をつけるとすれば、表現意欲に指がついていっていないと感じさせるところを多少見せるところか(3次ではその悪い面が出たのかも)。
3次ではスケールが大きすぎてちょっとやり過ぎ(空回り)に感じられたが、本選の広いホールではこれくらいやった方がよいのかもしれない(逆に佐野君などは本選ではちょっとおとなしく感じられた)。

***

というわけで本選を聴き終わった。私が順位を付けるとすれば以下の通り。
1.泊真美子
2.佐野隆哉
3.小林えり
4.前田健治
このうち佐野君と小林さんはほぼ同位で、3次を考慮して佐野君を上にした感じである。

で、実際の結果は以下の通り。

第1位 泊真美子(23)=大阪府出身、東京芸大卒
第2位 佐野隆哉(23)=東京都出身、東京芸大大学院
第3位 小林えり(20)=静岡県出身、東京芸大3年
入選  前田健治(24)=大分県出身、東京芸大大学院

珍しく私の順位と同じであった。ちなみに今年から聴衆の投票で決まる聴衆賞というのがあって、それも泊さんが受賞した。

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