第73回日本音楽コンクールピアノ部門第2予選1日目(9月5日)のレポートです。 (ちなみに今年は2次を聴くのはこの日だけの予定です。)

2次の課題曲は以下の通り。一昨年と全く同じである。(今年はコンチェルトの年なので、2次でフランス物が含まれる。)

次の(a)(b)(c)を15-20分にまとめて演奏する。繰り返しは自由。
(a) J.S.Bachの作品(オリジナル曲のみ。抜粋不可。)
(b) ChopinのエチュードOp.10またはOp.25から1曲
(c) Liszt, Rachmaninov, Scriabinから任意のエチュード1曲(「夕べの調べ」を除く)
(d) Faure, Debussy, Ravelから任意の曲

ちなみに1次の課題曲はBeethovenのソナタ第2,4,7,11,16,17,26,27番(いずれも第1楽章のみ)の中から2曲用意して抽選で1曲弾くというもの。 今回は私の特に好きな4番を始め、2,11,16,27番など結構好きな(それでいて割と演奏機会の少ない)曲が並んでいるので、できれば(休日と重なっていれば)1日くらい聴きに行きたかったが、残念ながら行けなかった。 (皆どのくらい弾けていたのか是非聴いてみたかった…。)

聞くところによると、一昨年3次まで進んで好印象を残した碓井俊樹君や矢島愛子さんも出場していたらしいが、いずれも2次に進めなかったようである。(碓井君の演奏をまた聴いてみたかった!。) [9/9追記:碓井君は実は棄権していたようです。] 1次を聴いていないのでなんとも言えないが、それなりのレベルの出場者の集まる中、今回のように技術的にそれほど難しくない、5分程度の曲で明らかな差を付けるような演奏をするのは難しいのかもしれない。(やり過ぎると却って快く思わない審査員もいそうだし。) それにしても矢島さんは、一昨年にあれほど不可解な審査で落とされてしまったのに、また受けようという気になるんだな…。

さて、 以下、2次予選1日目の全演奏の感想です(演奏順。番号は演奏者番号)。 会場は去年と同じくトッパンホール。

11.
Bach(平均律II-10)は無難にこなしている感じ。ただ個人的にはもう少しいろいろ工夫しても(音色の変化とか)よいと思う。 Chopin(Op.10-4)も勢いがあってよいが、細部でタッチがクリアでないところがあったのが少し惜しい。 Rachmaninov(Op.39-1)も力強く悪くない。 ただここまで聴いて、全体的に弱音をもう少し効果的に使ったらどうかと思った。 どこか中音から上のみで勝負している感がある。強弱の幅、あるいはいろいろな音色を引き出すようにしたらよいかと思う。 少し単調になっている嫌いがある。 最後のDebussy(水の反映)はそれが顕わになった感じ。出だしなどはもう少し繊細な感じを出したいところ。
全体的にはうまくまとめたという感じだが、もう一つ決め手に欠けるというのが正直なところ。

21.
Bach(平均律I-23)はシンプルですっきりしているが、ちょっと慎重過ぎるか。フーガも、素朴というか純朴。途中で危ないところがありあまり心証はよくなかったかも。 Debussy(葉ずえを渡る鐘の音、金色の魚)はそれほど詳しくない曲だが、終曲はスケール感があり、指回りも悪くない。 続くScriabin(8-10)も、最初の方で少しミスったが、まずまず堅実な感じ。 最後のChopin(10-10)も悪くない。クライマックスのところ(第43,44小節)はもう少しクリアにしたかったか。(音コンでここがクリアに聴こえたことはほとんどないが。)
彼も全体的に悪くない(それなりの実力は持っている)。その中ではBachが少し弱かったか。

22.
Bach(平均律I-12)は表情付けは悪くないが、前奏曲の主題のトリルは初心者のような低速均等割りでなくてもっと自然に入れて欲しかった。 フーガは音の出し方をもっとコントロールしたい。主題が埋もれてしまったり音の大きさが不揃いになるところがある。 Chopin(10-1)は最高音付近で音が少し濁る感じがある。でも勢いはある。 Rachmaninov(39-1)もやはり指は回っているが、音をもう少しきれいに鳴らして欲しい気がする。少し荒い。 最後のDebussy(水の反映、運動)も、出だしから(よく言えば)あまり神経質でない弾き方。運動も、デリカシーや繊細さとは無縁だが、健康的で指回りが気持ちいい。
全体的には、勢いがあるというかノリは良いが、音、響きにもう少し神経を使った方がよい気がする。(あるいはジャズみたいなのが向いてそう。)

27.
Bach(平均律I-17)の前奏曲はペダルなしのストレートな音。でもタッチの安定性がもう一つであまり心証は良くない。フーガもどこか機械的。表情がほとんどなく、音楽性に疑問を持たせる演奏。 次のScriabin(8-12)も音楽の流れがどこか変。リズムがやはり硬直的で、自然な加速やタメみたいなものがない。 音の出し方もデリカシーがない(うるさい)。正直言って残りの曲を聴く気が失せてきた。 Chopin(木枯らし)も多少指は回るかもしれないが、やはりメトロノーム的で音楽センスが?。 最後のDebussy(喜びの島)もメトロノーム的だが、ただ個人的にはそれが却って新鮮で面白かった。指はよく回っているし。
全体的には前の3人より明らかによくない感じである。喜びの島は面白かったが。

30.
Bach(平均律II-11)の前奏曲は、途中でミスもあったが、しっとりしていて悪くない。 フーガも主題に表情が付いていてよく考えていることがわかる。 Chopin(10-10)は先ほどの21番の人に比べると少し勢いに欠ける(丁寧ではあるが)。ちょっとメカニックが弱いかも。 Rachmaninov(39-9)も丁寧だが、迫力というかもっと畳み込むようなところがあったらよかった。曲が曲だけにロシア的雄大さ、スケールの大きさみたいなものが欲しくなる。終盤の方で痛いミスもあった。 最後のDebussy(花火)はまずまず。
全体としては、よく考えているし、丁寧な姿勢に好感は持てるのだが、もっと強靭なメカニックがあったら、と思う。

32.
Bach(平均律II-20)は前奏曲から音の出し方、表情、ニュアンス、強弱のつけ方などこれはやるなと思わせる。フーガも主題の最初の4音を力任せに弾かないし、丁寧で表情を十分付けているのがよい。今日これまで聞いたBachの中では一番良い出来。 Chopin(10-8)もよくまとまっていて完成度が高い。右手の細かい走句で多少繋ぎ目が見えるのが少し気になったが。 Liszt(超絶第10番)は冒頭音型を丁寧に分離良く弾く。テンポは遅めだが音楽的に弾かれている。テクニシャンタイプ(技巧派)というわけではないが、聴かせる演奏。ただちょっとタメを入れすぎるところがあったかもしれない。 最後のDebussy(花火)も多少ミスはあったが音楽的。
全体的に、これまで弾いた人の中では一番よいだろう。音楽性が感じられ、一言で言って大人っぽい演奏である。

38.
Bach(平均律II-5)の前奏曲は打鍵に勢いがあり、音にハリがある。メカニックも安定。この人も実力者か。聴いていて気持ちが良い。 フーガも主題がよく出ていてよかった(ストレッタのところなど)が、個人的には主題はもう少し優しく情感豊かに弾かれた方が好きかな。 Chopin(25-11)はBachの出来からしてもう少し期待していたが、でも悪くはない。 Rachmaninov(39-5)も打鍵が力強い。彼女のよさはこの打鍵の思い切りの良さにあるのかもしれない。さらに緩急がもっとあればよいが(やや単調なところがあるので)。 最後のRavel(水の戯れ)はニュアンスはさほど付けないが明晰な音で気持ちがいい。 多少無機的というか思い入れがない(?)ところなどはティボーデを思い出す。
全体的に彼女の演奏も好感が持てた。特にBach。

51.
Bach(平均律I-13)はシンプルだが音に暖かみがあり、表情もあって悪くない。ただフーガで主題のトリルを省略するときがあるのはどうか。 次のLiszt(超絶第10番)も自然体のLisztといった感じ。力がよく抜けているが、でもちょっとあっさりし過ぎか。 まだ練りが足りない感じがする。 Chopin(25-9)はもう少しアーティキュレーションを明確にした方がよかった。 Debussy(パゴダ、雨の庭)も表情付けが淡白。でも雨の庭の方はモーター的なところが面白かった。
全体としてあっさり自然体の演奏であった。 力みがないのは良いのだが、才能はあるのに力を出し切っていないような印象を受けなくもない。

52.
Bach(トッカータBWV914)は最後のフーガの途中でヒヤっとするところもあったが全体的にまずまず。 感じが出ているし、第1部での装飾音の入れ方もよい。 Chopin(25-11)は主部の出だしの音がちょっとデカ過ぎ。(そんなに気張らなくても…。) また途中で妙にアクセントが付く(非音楽的に響く)音がたまにあるのが気になる。ちょっと力み過ぎかも。 Debussy(アナカプリの丘)はあまり詳しくない曲だが、躍動感があって悪くないと思う。 Rachmaninov(39-1)も無難にまとめた。
彼女も全体的に無難にまとめたという感じ。その意味では最初の人と同じような印象。

62.
Bach(平均律I-4)は、まず演奏中の呼吸音が大きいのが気になった(笑)。でも音は悪くない。速めのテンポだが歌い方が自然。よい意味で神経質になりすぎていない。 フーガは主題をもう少し優しく弾いてくれた方がよいか。 音の出し方が少し無造作に感じられるところがある。(浜コンでのコブリンのようにとまでは言わないが。) 経過句での変化の付け方など全体の表情の付け方や盛り上げ方は悪くないのだが。 Chopin(25-11)は、彼も主部の出だしの音をぶつけ過ぎで、さすがに乱暴に感じられる。 個性的なのだが、ちょっと独り善がりなところがある。気品、端正さに欠けるというか。 Debussy(水の反映)は自然な勢いがあって悪くない。ただ呼吸音は何とかした方がよいかも(笑)。(あと、椅子のキシむ音も。他の人は椅子をキシませるなんてことないのに。) 最後のScriabin(8-12)も迫力があって悪くない。
全体としてはChopinで少し印象を悪くしたか。自然さ、自発性はよいが、もう少し曲を美しく磨くところがあった方がよいかも。

68.
Bach(平均律II-2)の前奏曲は指回りはまずまず安定しているが、ちょっと単調か(曲がそうだから仕方ないか)。 フーガもそれほど印象に残らなかった。 Rachmaninov(39-5)、Debussy(組み合わされたアルペジオのための)はいずれも悪くなかったと思うが、この頃眠気がピークに達しており、正直あまり集中して聴いていなかった。 ただ最後のChopin(10-4)は上手かった。(彼の十八番か?)個性的な解釈とかではないが、手馴れており、スピード感もある。 切り札として最後にとっておいたという感じである。
全体的には最後のChopinが印象に残った。それまではもうひとつパッとしなかったけど。

76.
Bach(平均律II-11)は、30番の人に比べるともっとストレートな音。だが途中でときどきタメを入れるのはどうかと思う。 フーガはアーティキュレーションなどいろいろ工夫しているが、最初の方から何か少し違和感がある。と思ったら途中で止まってしまった。(これは痛い!) 気を取り直して次のChopin(10-1)は右手が滑らか。ただよく聴くと細部がクリアでなかったりする。テンポももう少し安定感があったらよかった。 Debussy(対比的な響きのための)ももう一つか。 最後のLiszt(マゼッパ)もミスが少なからずあってあまり満足できる出来ではなかった。(今日はLisztを弾く人が3人しかおらず、その中でマゼッパを弾くということで期待していたのだが…。)
全体としてはBachでのミスが痛すぎたと言えよう。筋はそんなに悪くないと思うけど。

77.
Bach(平均律II-16)はちょっと力んでいる感じ。装飾音のキマり具合ももひとつ。フーガも冒頭の主題でいきなりちょっとミス(緊張している?)。 その後は無難にこなしたけど、もう少し躍動感みたいなのが出るとよかった。ちょっと堅いか。 Chopin(25-6)ももうひとつ。最初の方で少し乱れたし、難曲とはいえもう少し完成度がほしかった。 Rachmaninov(33-6)は悪くないが、もう少しダイナミックレンジがあったらよかったな(弱音をもう少しデリケートに)。 最後のDebussy(葉末を渡る鐘の音、金色の魚)は(あまり詳しくない曲だが)まずまずか。
全体としてはBachとChopinがもうひとつという感じ。

82.
Bach(平均律I-22)はすっきりあっさりしているが、個人的にはもっと表情や陰影を付けたい。フーガも同様。 (概して日本人はBachのこういう曲を非常にあっさり素っ気なく弾く傾向にあるように思う。昔からの指回り重視の教育のせいなのか。微妙な音の出し方などタッチを極限までコントロールしたような演奏はBachではあまり聴かれない。) 次のRavel(洋上の小舟)も、もう少しニュアンス、繊細さが欲しい感じ。何度かある重音トリルも出だしをもう少しきれいに響かせたい。 Rachmaninov(33-6)は前の人と同じ印象。(ということはこれが普通なのか。) 最後のChopin(10-4)は上手かった。彼女も得意曲を最後にとっておいたという感じである。

86.
Bach(トッカータBWV914)は最初のフーガで一瞬無限ループしているかと錯覚させるような、要するにどこか不安感がある演奏。(こっちが勝手に思っているだけかもしれないが。) 最後のフーガも危ないところが2、3あって安定感を欠いた。 Chopin(25-3)も音楽の流れというかフレージングがよくない。ミスもあって出来はイマイチ。 Scriabin(42-3「蚊」)は慎重に弾き進める。ちょっとテンポがスロー過ぎて、手馴れた感じがあまりなかった。 最後のRavel(道化師の朝の歌)はリズムは悪くないが、急速箇所で細部があまりクリアでなかった。中間部(「朝の歌」のところ)もやや感興に乏しいか。 終盤は単純なミスも続いた。
彼女は全体的にイマイチであった。

***

というわけで2次の第1日を聴き終わった。 全体を通して今日の演奏者をyes/no/maybeの3段階で分けるとすれば、明らかにnoと言えるような人は2,3人で、大半はmaybeに入るような感じである。 その中でもまずまず(というかyesと言ってよいか)と思ったのは32番と38番の二人。 二人ともBachの出来に全体の印象が多少引きずられたところはあるが、でもやっぱりBachが良いと全体の印象が良くなる。 と言ってもこの二人が飛び抜けているとか、次も是非聴きたいというところまでいっていないのは少し寂しい。(最近はそう思える人が少ないな…。) ちなみに一昨年の2次2日目のレポートを見返してみたら、そのときはまずまずと思える人が7人も挙げられていた。 それと比べると今年は2人でいかにも少ない。 今日がたまたま低調日だったのか、それともやはり音コンがヤバくなってきているのか…。(あるいは審査員がタコで実力者が1次で落とされてしまったのか。)
あと思ったのはフランス物の選曲に関して、以前はRavelだったらスカルボ、トッカータ、道化師、Debussyだったらエチュードを弾く人がもっといた気がするが(1日にスカルボを何回も聴いた記憶がある)、今回は映像などやや難度が下がるものが多い。 確かに以前、難曲を一杯一杯で弾いて自分の技術的限界を暴露するよりは、余裕を持って弾ける曲を選んだ方がよいと書いたことがあるが、でもどこか寂しい…(勝手なものだな(笑))。

[9月7日追記]
2次の審査結果が発表され、結局2次1日目の通過者は
 51, 68
の二人であった。32番と38番が落ちたのは残念であった。
ちなみに2日目の通過者は3人、3日目の通過者は5人で、やっぱり1日目はやや低調だったのかもしれない。 inserted by FC2 system