少し遅れてしまいましたが、 第73回日本音楽コンクールピアノ部門第3予選(9月9日)のレポートです。

3次の課題曲は以下の通り。これも一昨年と全く同じ。

次の(a),(b),(c)を30〜40分にまとめて演奏すること。繰り返しは自由とする。
(a) J.Haydn,Mozart,Beethovenのソナタ(全楽章)または変奏曲(全曲)から1曲。
(b) 自由曲 (既出版のもの。内部奏法不可)
(c) 邦人作品

まずは訂正を一つ。 先日のレポートで、碓井俊樹君が1次に出ていたと書きましたが、実は棄権していたようです(失礼しました)。 同じくレポートの最後で、今回はRavelのスカルボなど難曲を弾く人が少ないと書きましたが、2次の2日目、3日目は結構弾かれていたみたいです(2次の全演奏曲目が配られていたのでわかりました)。

以下、3次予選の全演奏の感想です(演奏順。番号は演奏者番号)。

51.
 武満徹: 雨の樹 素描U
 Haydn: 変奏曲Hob.XVII-6
 Ravel: クープランの墓

最初の武満は例によって苦手な曲(でも今日はなんと10人中5人がこの曲を弾くんだよね…)なのではっきりは言えないが、音(響き)の美しさがもう一つか。 次のHaydnも(2次でも感じたことだが)自然体なのはよいが練りというか磨きがまだ足りない感じ。 雑とまでは言わないが、細部にまでもっと神経を研ぎ澄ませて欲しい気がする。 トリルの変奏も、トリルがあまりきれいにキマっていない。 最後のRavelはHaydnよりはよい感じだが、まだ同じ傾向がある。 全体に、思い入れがないというか、さりげない弾き方。 個人的にはもう少し1音1音を大事するところがあってもよいのではないかと思う。 プレリュードではフレーズにもう少し自然な起伏を付けたいところだし、 リゴードンでは(テクはあるのだから)もっとキレを強調してよいのではないかな。 トッカータは技術的には健闘していたが、ときどき取りこぼしがあったのが惜しい。
全体的には、音楽に対して少し消化不良という印象である。特にHaydn。

68.
 武満徹:雨の樹 素描U
 Chopin: 舟歌
 Beethoven: ソナタ第23番「熱情」

最初の武満は余りコメントできないが、前の51番の人よりはよい感じ。 次のChopinは悪くはないが、(特に後半の盛り上がるところでは)もう少しダイナミズムというか躍動感があってもよいのではないかな。 あと全体的にもっと舟歌のリズムにのるような感じがあったらよかったかも。 全体的に少しおとなし気味である。 最後のBeethovenはよかった。強弱、アクセント、アゴーギグなど曲のツボをよく押さえているし、技術的にも十分。 欲を言えばトリルの末尾を完璧にキメて欲しかったが。 個性や独創性といったものはあまり出していなかったが、正統的で完成度が高い。 もちろん瑕がないわけではないが。(第2楽章の変奏主題をミスったのはご愛嬌。)
全体的には、2次に続いて今回も最後の曲でぐっと印象が良くなった。

89.
 武満徹:雨の樹 素描U
 Haydn: ソナタHob.XVI-41
 Messiaen: 鳥のカタログより「ダイシャクシギ」
 Liszt: ダンテを読んで

武満についてはパス。 次のHaydnはあまり聴かない曲。 音が多少硬いが、指回りが安定していて悪くはない。トリルがよくキマっている。 ただタッチ(音色)にもう少し変化があってもよいか。特に第2主題などで優しいレガートなどがあれば。 第2楽章は少しリズムが重いか。もう少し軽快さ・躍動感が出たらよかったかも。(よく知らない曲だが。) 次のMessiaenも苦手な曲。 (昔アマチュアの1人1曲による全曲演奏会を聴いたことがあったが、正直退屈を通り越して苦痛だった。) 演奏は悪くはないと思う(多分)。 最後のLisztはやはり音が少し硬いか。もう少し多彩な音のパレットが欲しい感じ。(特に緩徐部分で。) でもよくまとまっていた。 細かく言えば、序奏部分はちょっと力み過ぎな感じなので、もう少し力を抜いてきれいに響かせたい。 コーダのPresto跳躍部はさらにleggieroな感じが欲しいところ(ここは難しいところだけど)。 頻出するオクターブの急速上昇はスピードがあってなかなかよかった。
全体としてはソツなくまとめた感じだが、やや決め手に欠ける。

115.
 Prokofiev: ソナタ第2番
 Beethoven: ソナタ第24番「テレーゼ」
 宍戸睦郎:鍵盤のための組曲より「トッカータU」

Prokofievはあまりハメをはずさないというか端正な解釈。緩徐主題もあまり濃密には歌わない。 個人的にはプロコなんだからもう少しガツンといってもよいと思うのだが、どこか行儀がよい。 (この曲は最近はロマノフスキのブゾーニコンライヴCDを聴くことが多いが、その野性味溢れる演奏に慣れてしまったのかも。) でも技術的には安定している。 ただ終楽章はややミスが多めだったか。終盤の難所(主題が重なるところ)ももう一つだったように思う。 次のBeethovenも端正な演奏。よくまとまっている。 最後の宍戸は、最初の方が少しノリが悪いかと思ったが、後半に向けてだんだんノッてきた感じ。
彼は実は3年前にも3次まで進んでいて、そのときは本選に進んで欲しいうちの一人に挙げていた。その意味で密かに期待していたのだが、その期待と比べるとProkofievがもう一つだったかな。でも全体的に筋が良い演奏をするタイプである。

133.
 Haydn: ソナタHob.XVI-52
 武満徹:リタニ
 Scriabin: ソナタ第2番

Haydnはもう少し細かな表情を付けてもよいか(特に展開部)。全体的に音楽の流れが少し平板というか単調な感じがする。 また細部の磨きや仕上げも不足。その意味では最初の人とやや似た傾向。 第2楽章は特にそれを感じた(どこか音楽をもてあまし気味)。終楽章でもテンポの走るところや細かいミスタッチが多かった。 武満はパスし、最後のScriabinの第1楽章はもう少し響きに鋭敏になった方がよさそう。漫然と弾いているような印象を受ける。 それこそ幻想的で透明感のある響きみたいなものが欲しい。 第2楽章ももうひとつ盛り上がりに欠けたかな。
彼女は全体的にもうひとつというか、イマイチ感が強かった。特にHaydn。

151.
 武満徹:雨の樹 素描
 Mozart: グルックの「メッカの巡礼」の「愚民の思うには」による変奏曲K.455
 Franck: 前奏曲、コラールとフーガ

Mozartは多分初めて聴く曲。 まずまずの出来だと思うが、たまにタッチが不安的になるような気がする。(タッチが確信に満ちていないというか。) Franckについては、実はこの頃昼食後の眠気がピークに達しており、あまり集中して聴けなかった。 でも悪くないと思う。よくまとめていた気がする。
というわけで彼女の演奏については、睡魔と闘うのに手一杯であまりコメントできない(^^;)。

166.
 Haydn: ソナタHob.XVI-52
 武満徹:雨の樹 素描U
 Chopin: 前奏曲集Op.28から第1, 4-8, 11, 12, 15-17, 21-24番

Haydnは曲のツボをよく押さえている。 まだ不満に思うところは多少あるが(メカニックの安定性など)、でも133番よりずっと良い。 ただ細かいミスが少し多かったかもしれない。 武満では音、響きに敏感なことがよくわかる。 今日これまでのこの曲の演奏の中では一番良かったのではないかな(よくわからないなりに)。 Chopinでは音色のパレットが多く、歌い方に音楽センスが感じられる。(6番など特に感じた。) ただ技巧的な面でキレがもうひとつだったかと思う曲もある(12番など)。また16番は少し迫力不足だったかも。 24番では(特に出だしでは)左手のオスティナートをもっと強調してもよかったのではないかな。(いずれも個人的趣味であるが。)
全体としては、音楽センスというか表現力の点ではこれまで弾いた人の中で1番だろう。

198.
 Haydn: 変奏曲Hob.XVII-6
 間宮芳生:ピアノのための6つの前奏曲より「トナカイの冬のヨーイク」
 Chopin: ソナタ第3番

Haydnは自然体な弾き方だけど細部まで神経が行き届いている。指回りもよい。 これで音に色彩感があればいうことないか。ともあれこのHaydnは気に入った。 間宮は初めて聴く曲だが説得力のある演奏。やはり響きに敏感である。 Chopinは清潔感が溢れる。曲のツボはもちろん押さえている。 音に透明感があり、フォルテ和音でも汚い音は決して出さない。 特に第3楽章はその音のコントロールに感心した。下手な演奏だとダラダラと退屈になりがちなこの楽章だけど、聴かせる。 終楽章は速めのテンポで颯爽としている。右手の急速な走句での軽やかなタッチが印象的。 あまりタメを入れないでインテンポ気味に弾くのも私好み。2度目の間奏部でバスを浮き立たせるのも怠りない。 Haydnを含め、これが浜コンだったらCDを買いに行くところだな、と思っていたら最後の方で2度ほど派手にハズしてしまった(惜しい)。
全体的に今日これまでの演奏の中では一番気に入った。 なかなかの才人である。(どこか浜コンでのブレハッチを思い出させる。)

199.
 武満徹:雨の樹 素描U
 Beethoven: ソナタ第27番
 Liszt: バラード第2番

武満については彼女の演奏もなかなか説得力がある感じ(わからないなりに)。 Beethovenは(去年の1次のSchubertのときも感じたが)相変わらず音が充実している。 もちろん曲のツボも押さえている。特にダイナミックスが良い。 個人的には第2楽章などはもっと柔らかい音を多用してもよいと思うが。 最後はLiszt。去年は3次のLisztの選曲が(結果的に)どうかと思ったが、バラードであればそんなにリスキーではないだろうと思いながら聴く。 やはり音に重量感があるというか、骨太。 緩徐部分はそれがよいが、急速部ではちょっと腰が重い感じがしないでもない。 ときには軽快感があってもよいか。 また前の198番と比べると和音での音ヌケがもうひとつだったかも(多少こもる)。 どこか常に中太以上の音を使っているような感じがあって、時には極細のような音を使ってもよいのではと思ったりする。
全体的にはBeethovenの方がよかったかな、という感じである。

202.
 矢代秋雄:ソナタより第1楽章
 Beethoven: ソナタ第30番
 Liszt: オーベルマンの谷

最初の矢代は音が少し力任せでもう一つという印象(あまり詳しくない曲だが)。 Beethovenは第1楽章がやや一本調子で、もう少し柔らかさを伴った自然な起伏が欲しい気がする。 もっとデリカシーが欲しいと言ってもよいか。 第2楽章は(やや叩く傾向にあるが)悪くない。 終楽章は主題や第1変奏などもっともっと表情を付けてよいと思う。(本人は十分付けているつもりだろうけど。) アゴーギグにももう少し工夫が欲しい。 最後のLisztは悪くないというか、無難にまとめた感じかな。
全体的にはもうひとつ印象に残らない演奏だった。

***

というわけで3次の全演奏を聴き終わった。 今日聴いた中で一番印象に残ったのはやはり198番。彼は是非本選に行って欲しいものである。 後は68, 115, 166, 199番あたり。(本選は4人だろうから全員は無理だろうけど。) 115番は個人的趣味が入っており、客観的にみたら厳しいかもしれない。

そして実際の審査結果は、以下の4人が本選進出。
 89, 115, 198, 202
198番は入っているものの、(毎度のことながら)やや意外な結果だった。(特に68, 166, 199が一人も入らなかったのは。) でも(挙げた中から)二人入っているということでよしとしなければいけないのかな。

inserted by FC2 system