第74回日本音楽コンクールピアノ部門第2予選1日目(9月6日)のレポートです。 (ちなみに今年は2次を聴くのはこの日だけの予定です。)

2次の課題曲は以下の通り。

  次の(a),(b),(c),(d)を15〜20分にまとめて演奏すること。繰り返しは自由とする。
  (a) J.S.Bachの作品(ただし,オリジナル作品に限る。抜粋は認めない)。
  (b) Chopin:練習曲集 op.10またはop.25から1曲。
  (c) LisztまたはRachmaninovまたはScriabin:任意の練習曲1曲(ただし,超絶技巧練習曲「夕べの調べ」は除く)。
  (d) Faure,Debussy,Ravelの作品から任意の曲(練習曲は除く)。
これは去年と全く同じである。 ピアノ部門はこれまで本選で1年おきに協奏曲とリサイタルをやっていたので、2次の課題曲も通常なら去年ではなく一昨年と同じパターンになるはずなのであるが、なぜか今回は2年連続して本選が協奏曲で、従って去年と同じパターンになっている。

ちなみに1次の課題曲はこちらを参照。私は今回は1次は聴きにいきませんでした。

以下、2次予選1日目の全演奏の感想です(演奏順。番号は演奏者番号)。 今回はいつもよりシンプルにしてみました。

2.
 J.S.Bach: トッカータBWV912
 Chopin: Op.25-6
 Faure: 即興曲第2番
 Scriabin: Op.8-10

全体的にペダルの踏み過ぎのためか響きが過多気味。 ChopinやScriabinではそのため細部が曖昧に聴こえてしまう。 でも演奏は無難にまとめており、個人的にはBachは後半のフーガが好印象。 インパクトはないがトップバッターとしてはまずまずといったところ。 響きをもっとコントロールできるとよいと思う。

4.
 J.S.Bach: 平均律I-23
 Chopin: Op.10-4
 Debussy: アナカプリの丘、雪の上の足跡
 Rachmaninov: Op.39-9

全体的にいまひとつの出来。 Bachは前奏曲で一瞬ヨレたのは仕方ないとして、フーガは遅めのテンポに見合った充実感(特に音色のコントロール)が欲しいところ。 ChopinやRachmaninovも少し乱暴に聴こえるところがある。

21.
 J.S.Bach: トッカータBWV914
 Scriabin: Op.8-2
 Chopin: Op.25-6
 Ravel: 道化師の朝の歌

Bachは安定感があり、表情豊か。 最後のフーガではスピード感があり、ツボもよく押さえている。なかなかの実力者と見た。 Chopinはちょっとしたミスはあったが、2番の人に比べるとペダルで混濁する感じはない。 Ravelも危険な選曲かと思ったが丁寧かつ躍動感があり、標準以上の出来であろう。 全体的に好印象であり、まだ3人しか聴いていないが、この人は残れそうな感じがした。

26.
 J.S.Bach: 半音階的幻想曲とフーガ
 Chopin: Op.10-1
 Debussy: 亜麻色の髪の乙女
 Rachmaninov: Op.39-1

彼女は前回、前々回も3次まで進んでいる実力者。実は2次を聴くのは今回が初めてである。 Bachは輪郭のクッキリした明晰な音で、さすがに安定している。フーガもトリルが完璧にキマっているのに感心。 Chopinも流れがよい。ただ個人的には右手は1音1音がもう少しクッキリしている方が好みである。 Debussyは音コンでは珍しい選曲(自信の表れ?)だが、音が綺麗で悪くない。 Rachmaninovも完成度が高く模範的と言える。(もう少し音ヌケがよいといいかも。) 今回も3次まで行けそうな雰囲気である。

31.
 J.S.Bach: シンフォニア第11番
 Chopin: Op.10-1
 Rachmaninov: Op.39-1
 Ravel: 道化師の朝の歌

Bachは珍しい選曲。割とシンプルな弾き方で悪くはないが、特に印象に残る(心に染み入る)というほどでもなく、曲の難易度を考えるとどうだったか。 Chopinもまずまずで、これほど弾けるならやっぱりBachの選曲はもったいない気がした。 Ravelは響きが豊潤(というか響き過多)で、華やかだけど少ししまりがなく聴こえてしまう危険性があったかも。

32.
 J.S.Bach: 平均律I-18
 Chopin: Op.10-10
 Debussy: 映像IIより葉ずえを渡る鐘、金色の魚
 Rachmaninov: Op.39-8

Bachは前奏曲は悪くないがフーガは各声部の浮き出し方や音色などもう一段上を目指したい。 Chopinは流れはよいけどやや流れすぎか。クライマックス部分は(音コンではよくあることだが)明瞭に聴こえなかった。 残りの曲もそれほど悪くはないと思が、あまり印象に残らなかった。

33.
 J.S.Bach: 平均律I-22
 Ravel: 蛾
 Chopin: Op.25-9
 Rachmaninov: Op.39-9

Bachの前奏曲は立体感があり、よく読んでいる。フーガも各声部の動きがよく聴こえ、(個人的には主題はもっと繊細で柔らかく弾く方が好きだが)感心した。(ただし終盤の盛り上げ方は少しわざとらしかったかも。) Chopinは安全運転という感じが少しあり、もう少し溌剌としたところが欲しい。 Rachmaninovも丁寧だけど余裕があまり感じられず、メカニックがあまり強くないという感じがした。

47.
 J.S.Bach: 平均律II-23
 Chopin: Op.10-11
 Liszt: 雪嵐
 Debussy: 花火

Bachはちょとミスはあったけどうまくまとめた感じ。 Chopinはソプラノばかり目立ってしまって、内声の動きをもう少し出すようにした方がよかったかも。 Lisztもやはり無難にまとめたという印象。 全体的に、次もまた聴きたいと思わせるような特徴というか魅力があるとよいのだが…。 (スケール感とか際立つ技巧とかセンスのある歌い回しとか)

50.
 J.S.Bach: 平均律II-12
 Chopin: Op.10-5
 Debussy: ピアノのために、より前奏曲、トッカータ
 Rachmaninov: Op.39-1

Bachはすっきりとして、それでいて表情もついていて悪くないのだが、Chopinがもうひとつ。 出だしがちょっと乱暴だし、躍動感がやや不足。左手が重い感じである。 Debussy, Rachmaninovは悪くないと思うが、眠気に襲われていてあまり集中して聴けなかった。

55.
 J.S.Bach: 平均律II-5
 Chopin: Op.10-10
 Faure: ノクターン第6番
 Rachmaninov: Op.39-6

Bachの前奏曲は元気があってよろしい。 フーガも自然な表情があって、(例によって好きな曲なので)終盤のストレッタのところではゾクゾクっとしてしまった。 Chopinも表情が生き生きとしている。アゴーギクなど人によってはやり過ぎと思う人もいるかもしれないが、少なくとも主張は感じられる。 Rachmaninovも打鍵に自信が満ちているのがよい。縮こまっていないし、乱暴でもない。 彼女も全体的に好印象である。

56.
 J.S.Bach: 平均律II-9
 Chopin: Op.10-12
 Rachmaninov: Op.39-1
 Debussy: 喜びの島

Bachの前奏曲は大人しいが優美とも言えず、どこか中途半端な感じがする(単に覇気がなく聴こえてしまう)。 フーガもよく考えているけど自然さが不足。 Chopinは一転、迫力があって悪くない(得意曲?)が、やや響きが多めかも。 Rachmaninovはキレがもうひとつ。

61.
 J.S.Bach: 平均律I-17
 Chopin: Op.25-11
 Ravel: スカルボ
 Liszt: 雪嵐

Bachはフーガの入りは強調されているが、それ以外のところの声部の弾き分けがもうひとつ。 Chopinは左手がぶっきらぼうな感じで、中間部での右手和音もちょっとうるさい。 彼女は(録音でもいいから)自分の音をよく聴いて、音楽的かどうか確認してみるとよいかも。 Ravelも迫力はあるがフォルテがうるさく感じられる。

62.
 J.S.Bach: 平均律II-5
 Chopin: Op.10-2
 Rachmaninov: Op.39-9
 Debussy: 喜びの島

Bachは前奏曲は悪くないが、フーガは55番の人の方が説得力があった。たまにぶっきら棒な(十分にコントロールされていない)音が出る。 Chopinは中間部が少し苦しい。 Rachmaninovは出だしの音が大きくてビックリした。フォルテ和音が叩く感じになりがち。 Debussyは和音系というより指回り系の曲だからか、それほど悪くない。

70.
 J.S.Bach: 平均律I-12
 Chopin: Op.10-12
 Rachmaninov: Op.33-6
 Debussy: 映像Iより水の反映

Bachは音にもう少し陰影が欲しいし、フーガでは声部の立体感があまり感じられない。 ChopinやDebussyはフォルテ和音ももっときれいに響かせたい。 Rachmaninovももっと細やかで繊細な音が欲しいところ。指は回っているが…。

***

というわけで2次の第1日を聴き終わり、今日聴いた中でよかったと思ったのは
  21, 26, 55
の3人。 3次に進むのは(2次の1日あたり)だいたい3,4人程度なので、ちょうどこの人たちが通ってくれるとよいと思う(が、これまでの例だとそういうことは稀である)。

今年の印象としては、Bachでダメダメの人があまりいなかったこと。逆にChopinが鬼門で、Chopinで印象が悪くなるケースが多かった。(実際、Chopinで十分に満足する演奏には出会えなかった。) なかなか難しいものである。

***

[9月8日追記]
2次の審査結果が発表され、結局2次1日目の通過者は
 2, 26
の2人でした。21, 55番の2名は残念でした。ちなみに2日目は5人、3日目は3人通っています。
1日目は2人しか通らなかったということは、他の日はもっといい人がたくさんいたということなんでしょうから、その分期待しましょう:-)

2番の方は上にも書いた通り悪くはありませんでしたが、どちらかというとソツのない無難な演奏という印象です。 音コンのような点数による審査では、すべての審査員からそこそこの点をもらえるタイプが有利で、賛否両論タイプは通りにくいでしょう。 でも本当は1人でも「良い」と思う審査員がいれば、「悪い」と思う審査員がいたとしても、全員が「そこそこ」と思う演奏者よりは優先すべきなのだと思います(要はyes/no/maybe型の審査)。コンサートを開いたとき、実際にお金を払って聴きに行くのは、「そこそこ」と思う人ではなく、「良い」と思う人なのですから。 (もちろん弟子を優遇するとかそういう私心がないとしての話です。) それに、そういう賛否両論タイプの人を通すことによって、とかく「個性がない」「主張が無い」と言われる日本人の演奏を変えていくことにつながるのではないかと思います。

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