第74回日本音楽コンクールピアノ部門第3予選(9月10日)のレポートです。

3次の課題曲は以下の通り。これも去年と全く同じ。

次の(a),(b),(c)を30〜40分にまとめて演奏すること。繰り返しは自由とする。
(a) J.Haydn,Mozart,Beethovenのソナタ(全楽章)または変奏曲(全曲)から1曲。
(b) 自由曲
(c) 邦人作品

以下、3次予選の全演奏の感想です(演奏順。番号は演奏者番号)。

2.
 Haydn: 変奏曲Hob.XVI-25
 一柳慧: 雲の表情IV 雲の澪
 Schumann: ダヴィッド同盟舞曲集

Haydnは表情に乏しく音色も単調。あまり生き生きとしていない。 一柳も音に対する神経の研ぎ澄ませ方がもうひとつという感じ(よく知らない曲だが)。 Schumannは苦手な曲だが、それを差し引いたとしてもあまりセンスや歌心が感じられない。正直長く感じた。 2次は無難な演奏だがまずまずという印象だがったが、今回はちょっとイマイチ感が強い。

26.
 武満徹: 雨の樹 素描U
 Mozart: ソナタ第16番
 Liszt: バラード第2番

Mozartは前の人と違い表情があり、生き生きとしている。よくツボを押さえている。 ただ第2楽章はちょっと真面目すぎ、もう少し歌ってもよいのではないか。終楽章も彼女にしては珍しく少しミスがあった。 Lisztは去年も弾いた曲。全体的に低音は迫力があるが、中高音部の音の伸び(透明感)がもうひとつという感じ。 去年の演奏をよく覚えているわけではないが、今年は格段によくなっている、という感じはしなかった。(ということは今年も危ない?)

95.
 Beethoven: ソナタ第23番
 一柳慧: 雲の表情I
 Liszt: ダンテを読んで

Beethovenは屈託がないというか、よく言えば神経質でない演奏。ミスは多少あるもののメカに余裕が感じられるのがよい。 荒削りだが推進力があり、いわゆるポテンシャルが感じられる。 ただ第2楽章はさすがに屈託がなさすぎて音の出し方がちょっと無造作。 一柳でもそれは感じられ、ピアノの音はあまり美しくない。 Lisztも元気がよく、速めのテンポでグイグイと引っ張るの気持ちよいが、細部の表現や音の磨きはまだ向上の余地あり。

96.
 Beethoven: ソナタ第13番
 三善晃: アン・ヴェール
 Rachmaninov: コレルリの主題による変奏曲

Beethovenはそこそこ弾けているものの、全体的にパッとしないというか、ピリっとしない感じ。 終楽章は結構ミスが多かった。 Rachmaniovも丁寧ではあるが技巧的な変奏で技術的なキレがもうひとつ。そういった意味でメリハリに乏しい。

97.
 西村朗: 3つの幻影よりI 水
 Haydn: ソナタHob.XVI-41
 Rachmaninov: 楽興の時

Haydnは暖かみのある軽いタッチで、手慣れている感じである。トリルが特に上手い。 Rachmaninovを聴いても、音をコントロールする術を既に身に着けているという感じがある。 いわゆるセンスのある人。 ただ残念ならがメインのRachmaninovはあまり聴き込んだ曲でないのでそれほそのめり込めなかった。 いずれにしろ彼女はピアニストとしてもう完成されている風である。

110.
 Beethoven: ソナタ第27番
 武満徹: 雨の樹 素描U
 Bartok: ソナタ

Beethovenはどこか子供っぽいところがある。 屈託がないと言えばよいのかもしれないが、この曲ばかりはもう少し陰影が欲しい。 無神経な音がときどき現れる。 その点Bartokは今の彼に合っていると言えそう。 打鍵が元気で力強い。ただ第1楽章はもう少しリズムにキレと推進力があるとよかった。 第3楽章はなかなかよかった。

124.
 武満徹: 雨の樹 素描U
 Haydn: ソナタHob.XVI-40
 Beethoven: ソナタ第27番
 Chopin: バラード第4番
 Messiaen: 前奏曲集より風の中の反映

全体的に前の人と同じ傾向が感じられる。 Haydnはシンプルではあるがもう少し歌心があってもよいのではないか。 Beethovenも音の出し方や表情の付け方がnaive過ぎるところがある。 フレージングなどももう一つ自発性が感じられない。 Chopinもアゴーギクが最小限で、それが却って面白くもあるが、本来的な楽しみ方ではないだろう。 最後のMessiaenはよく知らない曲だったが、これが一番面白かった。

158.
 武満徹: 雨の樹 素描U
 Beethoven: ソナタ第27番
 Liszt: スペイン狂詩曲

Beethovenは今日これを弾いた3人の中では(申し分ないというわけではないが)一番納得がいく。 武満に関しても、音(響き)に対する感受性は前の2人よりありそう。無造作な音は出していない。 Lisztは出だしはいい感じだったが、難所に入ると安全運転になったりミスったりと、技術的にもうひとつという感じ。 少なくともスペイン狂詩曲を楽々と弾くほどのテクニシャンではないことはわかってしまった。

174.
 Haydn: ソナタHob.XVI-50
 武満徹: 雨の樹 素描U
 Schumann: 交響的練習曲

Haydnは速めのテンポながら表情が豊かで曲の雰囲気がよく出ている。特に第2楽章がよい。 Schumannも女性ながら深々とよく響く音で感心した。濁った音やフニャフニャした音にならないのがよい。 武満でもそう思ったが、自分の音をよく聴いている感じがする。 表現に関しても完成度が高い。(フィナーレで一瞬ヒヤっとする場面があったが大事には至らなかった。) まだ少し硬いところもあるので、これで熟練さを増していったらさらによいだろう。

184.
 Beethoven: ソナタ第21番
 Prokofiev: サルカズム
 矢代秋雄: ソナタより第2楽章「トッカータ」

彼は去年本選にまで進んでおり、今回再挑戦である。 Beethovenはさすがにツボは押さえているものの、割とミスが多く、一度など指が転ぶようなところもあった。 個人的にはもう少し締りがあるというか、アクセントやスタカートなどをピシっと決めた方が好きだが、でも悪くない。 残りのProkofievと矢代は良かった。(彼は去年もProkofievを弾いており、こういう系の曲が好きなのかも。) 何より矢代は曲が面白く、個人的には武満のような静謐系よりこういうビートがかった曲の方が好みである。

***

というわけで3次の全演奏を聴き終わった。 今日聴いた中でよいと思ったのは
  97, 174, 184
の3人。本選は例年4人なのであと1人選ぶとすれば
  26, 95, 158
あたりである。110, 124も可能性はあると思うが。

そして実際の審査結果は、以下の4人が本選進出。
 97, 124, 158, 184
174が入らなかったのが残念である。また124の評価が意外と高かったようである。

今年は是非また聴きたいという人はいなかったので、本選を聴きに行くかはとりあえずペンディングである。

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