9月10日に、第75回日本音楽コンクール(音コン)ピアノ部門第2予選の3日目(最終日)を聴きに行ってきたので、その感想です。

2次の課題曲は以下の通りで、去年と同じです。詳しくはここ参照。

  次の(a),(b),(c),(d)を15〜20分にまとめて演奏すること。繰り返しは自由とする。
  (a) J.S.Bachの作品(ただし,オリジナル作品に限る。抜粋は認めない)。
  (b) Chopin:練習曲集 op.10またはop.25から1曲。
  (c) LisztまたはRachmaninovまたはScriabin:任意の練習曲1曲(ただし,超絶技巧練習曲「夕べの調べ」は除く)。
  (d) Faure,Debussy,Ravelの作品から任意の曲(練習曲は除く)。
ちなみに1次はBeethovenのソナタ第2,3,7,11,13,14,15,18,22,24番の最後の2楽章で、2曲用意し、当日抽選で1曲演奏。(ちなみに今回も1次は聴きに行っていません。) 今後は1次はBeethovenとChopinが1年交替というのが定番になるのかもしれません。 また今年も本選が協奏曲になっていて、今後はピアノ部門は毎年協奏曲になるんでしょうかね。

以下、いつものように2次予選3日目の各演奏者の感想です(演奏順。番号は演奏者番号)。

137.
 J.S.Bach: 平均律I-23
 Chopin: Op.10-4
 Liszt: パガニーニ練習曲第6番
 Ravel: 道化師の朝の歌

Bachはやや音がモヤモヤしてタッチが確信に満ちていない感じ。繊細さを目指しているのだろうけど、大事にいこうとする意識が強すぎるのか、むしろ弱々しく感じられてしまう。 Chopinは悪くはないがやや響き(ペダル)が多いか。細部が多少ボヤける。 Lisztはもう少し颯爽とした感じが欲しい。技術的にやや一杯一杯というか、弾けてないということはないのだけど、あまり余裕が感じられない。 Ravelはポイントとなる同音連打は悪くないが、リズムがもう一つ洗練されていない感じ。一生懸命というのが伝わってきて、もう少し遊びというか洒落た雰囲気が欲しくなる。これは音楽センスの問題になってしまうのかもしれないが。
全体的にはどの曲のそれなりには弾けているのだが、特に印象付けるほどではなかった。

139.
 J.S.Bach: 平均律II-4
 Chopin: Op.10-7
 Rachmaninov: Op.33-6
 Ravel: オンディーヌ

Bachでは前の人より響きをコントロールしている。フーガも指回りが安定。ただもう少しメリハリがあってもよいか。 Chopinは各所に割とタメを入れるようだがこういうのもアリなのかな。クライマックスのところでややクリアさを欠くがまずまず。 Rachmanionvも指回りがよく、ダイナミックレンジもあって悪くない。 Ravelも出だしから音が繊細でなかなかやる。強弱、緩急など音楽の流れもよい。クライマックスの盛り上げ方も十分。
彼女はなかなかの実力者っぽい。3次に進んでもおかしくない。

143.
 J.S.Bach: 平均律II-16
 Chopin: Op.25-8
 Scriabin: Op.8-10
 Ravel: スカルボ

Bachの前奏曲はストレートで一本調子。もう少し音色の変化が欲しい。フーガは指回りは安定しているが表情に乏しい。 Chopinはミスが痛い。メカ的には悪くないがやはりどこか機械的に感じられる。 Scriabinは3度の安定感は大したものだが左手がやや弱い。特に終盤。 Ravelも肝心なところでミスってしまう。
音楽的なところであまり共感できない演奏であった。

145.
 J.S.Bach: 平均律I-18
 Chopin: Op.10-1
 Faure: ノクターン第2番
 Scriabin: Op.8-9

顔立ちが外国人あるいはハーフっぽい。名前を見ると純日本人だが。
Bachの前奏曲は自然な呼吸が感じられ、立体感がある。フーガはもう一工夫欲しかったが。 Chopinは左手がズシリと響いて音がよい。右手はもう少しクリアだとよいけど、筋は悪くない。 Faureは詳しくない曲だがセンスは感じる。 Scriabinはややうるさい。テンポもややもっさりしていて、この曲は少し期待はずれ。
彼はまだ発展途上だろうけど将来は化けるかも。今回はダメかもしれないが。

149.
 J.S.Bach: 平均律II-23
 Chopin: Op.10-2
 Liszt: 超絶第2番
 Debussy: 音と香りは夕暮れの大気に漂う、アナカプリの丘

Bachはもう少し細かい表情があってもよいのでは。やや一本調子。 フーガも同様。無表情で変化に乏しい。このフーガはかなり好きな曲のはずなのに退屈に感じた。 Chopinは多少ミスはあるもののメカ的には悪くない。ただ音楽的な表情がほとんど感じられない。 Lisztはリズムのノリが今ひとつ。 Debussyはあまり印象に残らず。
彼の場合、音色が単一なのは早々に改善した方がよさそう。それ以前に表情に乏しいのが問題だけど。

163.
 J.S.Bach: 平均律II-11
 Chopin: Op.10-8
 Rachmaninov: Op.39-8
 Ravel: トッカータ

Bachは最初の人(137番)と似た雰囲気で音にややモヤモヤ感がある。 Chopinは手慣れている感じで完成度が高い。右手の粒立ちをもっとよくしたいところもあるが。 Rachmaninovは響きが豊かで悪くない。表現もこなれている。やはり完成度が高い。 Ravelもよく弾けている。
彼女はもう既に出来上がっている人という感じである。伸びしろをどうみるかで評価が分かれそうである。

172.
 J.S.Bach: 平均律I-4
 Chopin: Op.10-1
 Ravel: 蛾
 Rachmaninov: Op.39-9

Bachは表情がよく付いているし、デリカシーがある。フーガではまだタッチのコントロールなど向上の余地はあるが。 Chopinはときどき音の出し方が音楽的でないところがあって、個人的には145番の方がよかった。 Ravelは音が野太い感じで、もう少し繊細さが欲しい。 Rachmaninovは音がいい。輝かしい音。Ravelよりこっちの方があっているようだ。
全体的な印象としては、いいものを持っているとは思うが、まだ魅力となるまでにはなっていないかな。

174.
 J.S.Bach: 平均律I-14
 Chopin: Op.25-5
 Rachmaninov: Op.33-6
 Debussy: 葉陰をもれる鐘の音、金色の魚

Bachは悪くはないがあまり印象に残らず。午前の部最後ということで聴く方の集中力を欠いているのかも。 Chopinは音が野太く繊細さというか精妙さがあまり感じられない。(ペダル踏みすぎ?) Rachmaninovは悪くないし、Debussyも指はよく回っている。
全体的に手堅くまとめている感じ。私はあまり惹かれなかったが、163番と同様、次に進んでもおかしくはない。

178.
 J.S.Bach: トッカータBWV911
 Chopin: Op.10-2
 Rachmaninov: Op.33-6
 Debussy: 水の反映

Bachは音に伸びがあるのはよいが、フーガでは音が抜けたりヨレかかったりとタッチにかなり不安定なところが見られた。だいぶ心証を悪くしたと思う。 Chopinは149番よりは音楽的だが、残念ながら指(メカニック)は弱い。難曲にチャレンジしたようだが完全に裏目に出た。 RachmaninovとDebussyは前2曲ほど致命的な出来ではなかったが…。
彼女はBachとChopinで大勢が決してしまったという感じである。

179.
 J.S.Bach: 平均律II-3
 Chopin: Op.10-1
 Liszt: 超絶第10番
 Faure: ノクターン第5番

Bachはシンプルな弾き方だが印象は悪くない。フーガで一瞬危ないところがあったけど。 Chopinも音の鳴らし方がよい。ミスもあったし右手の粒立ちも万全とは言えないけど音楽の方向性に好感が持てる。 ただLisztはもうひとつ。ミスが多いし例の冒頭音型があまりクリアでない。音は悪くないが。
彼も145番と同様、磨けば光るものを持っていそうである。

181.
 J.S.Bach: 平均律II-21
 Chopin: Op.25-11
 Debussy: 葉陰をもれる鐘の音
 Scriabin: Op.42-5

Bachは丁寧でドッシリ安定感がある。ここまで弾けるのなら音色やタッチ、アーティキュレーションなどにもう少し工夫があってもよいが。 Chopinも技巧がしっかりしている。音も充実。かなりの実力者である。 Scriabinも、主題の2回目の繰り返しではもう少し変化がつけて欲しい気もするが、やはり安定している。積極的にケチをつけるようなところはない。
彼はいわゆる筋がよいというか、正統派という感じ(芸大タイプ?)。今日これまで聴いた中では一番次に進む確率が高そう。人によっては面白みがないと言われそうだが、音コンではこのレベルにすら達していない人がほとんでなので貴重である。

183.
 J.S.Bach: 平均律I-4
 Chopin: Op.10-1
 Scriabin: Op.8-10
 Ravel: 水の戯れ

Bachはよく歌っていて悪くない。 Chopinは勢いはあるがやや荒い。勢いに流される感じ。 Scriainは冒頭主題はもう少し軽やかさが欲しい(p指定なんだし)。左手はよく強調されていたのはよかったけど、ペダルをバンバンと踏む音が少し耳障り。 Ravelはあまりアゴーギクを付けずストレートな弾き方。もう少し音の出し方にデリカシーがあった方がよいのではないか。 叩きつけるようなタッチもあって審査員の心証はよくなかったかも。ただクライマックスの盛り上げ方は凄くて、水の戯れでこれだけ盛り上がったのは珍しい。
彼女は全体的に評価が難しい。指もまずまず回るし表現に勢いがあるので磨けば光る玉かも。自己主張がはっきりしているのでむしろ海外に向いているタイプかもしれない。

184.
 J.S.Bach: 平均律II-7
 Chopin: Op.25-6
 Liszt: 雪嵐
 Ravel: オンディーヌ

Bachはストレートだが全体的に硬い。(かなり緊張している?)流れもややぎくしゃくしている。 Chopinは冒頭弾き直しに近いミスでかなり痛い。左手もやや弱い。
彼女も178番と同様、最初の2曲で大勢は決まってしまった。2曲続けて悪かったらもう挽回不可能である(聴く方の集中力も)。 実のところLisztは思ったほど悪くなかったのだけど。

191.
 J.S.Bach: 平均律II-19
 Rachmaninov: Op.39-1
 Chopin: Op.25-6
 Ravel: ラ・ヴァルス

Bachは前奏曲は悪くないが、フーガはもう少し勢いや溌剌感があるとよかった。少し慎重。また一瞬危ないところがあった。 Rachmaninovは健闘しているけど技術的にもう少し余裕があるとよい。 Chopinは弾き急いでいる。またsotto voceにしては音がややデカい。今日は10-2や25-6を弾く人が結構いたけどいずれも成功とは言い難い。 Ravelはどこか流れが一本調子。もう少し間とか変化があった方がよいのではないか。終盤は技術的にもやや?なところがあった。

193.
 J.S.Bach: 平均律I-18
 Chopin: Op.10-10
 Rachmaninov: Op.39-6
 Debussy: 交替する三度、花火

Bachはすっきりとして表情もあり、タッチも安定している。フーガもツボを押さえている。 Chopinも音楽的。クライマックス部が例によってクリアとは言い難いが。 Rachmaninovも読みが深い感じ。 Debussyも表現の完成度が高い。音をよく聴いている。
全体的に指が特に速く回るとか技巧的に際立ったところがあるわけではないが、音楽センスが感じられる。
ちなみに家に帰ってから去年のプログラムも見てみたら、彼女は去年も2次で聴いていて、そのときは「あまり印象に残っていない」なんて書いていた(ちなみに不通過)。 1年間で成長したのか、それとも単に私の気分によって感想が大きく変わるということなのかな(笑)。

***

というわけで2次の3日目を聴き終わった。
今日聴いた中で次に進む確率が一番高そうなのは、上にも書いた通り181番。 技術的に安定感があり、音楽的にも変な癖がなく、いわゆるアカデミックな感じで音コン的にはウケが良さそうなタイプ。
あと個人的によいというかまずまずだと思ったのは139番と193番。
あと今回はダメかも知れないが将来性というか方向性的に悪くないと思ったのが145番と179番。
また個人的にはあまり好きではないが客観的に見れば進んでも不思議はないのが163番と174番といったところ。
3次に進めるのは3,4人ぐらいだろうけど、ここに挙げた中から出るのであればまあ納得できるところ。

そして実際の結果は…

***

3日目は以下の4人が通過。
 145, 174, 183, 193
181番が落ちたのが予想外、というか見事にはずれました(笑)。
あとは183番以外は上に挙げた人なのでそれほど違和感はないかな。183番もやや意外というくらいで納得できないというほどではない。

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