第75回日本音楽コンクールピアノ部門第3予選(9月12日)のレポートです。

3次の課題曲は以下の通り。これも去年と全く同じです。

次の(a),(b),(c)を30〜40分にまとめて演奏すること。繰り返しは自由とする。
(a) J.Haydn,Mozart,Beethovenのソナタ(全楽章)または変奏曲(全曲)から1曲。
(b) 自由曲
(c) 邦人作品

以下、3次予選の各演奏の感想です(曲は演奏順。番号は演奏者番号)。

29.
 Mozart: ソナタK330
 加茂下裕: 詠唱
 Chopin: 舟歌
 Scriabin: ソナタ第4番

Mozartはときどき音がゴニョゴニョ(ペダルの使い方が今ひとつ?)し、またテンポが走るというか弾き急ぐ感じになることもある。 いろいろ表情を付けようとしているのはわかるけど、タッチがもうひとつ安定していない。第2楽章も歌心が感じられず、動きが硬い。終楽章もタッチが小手先で、単に弾き急いでいる風にしか聞こえない。 邦人作品(多分初めて聴く曲)は曲としては結構面白いのだが、演奏は?。ちょっとキレが足りないように感じられる。 Chopinはあまり期待していなかったが、やっぱりという感じ。音がモニョモニョしている。ペダルの使い方というか音の出し方に難があるようだ。 Scriabinももう一つパッとせず。
Mozartを聴く限りは、ぶっちゃけよく3次に進めたなという感じである。

36.
 Haydn: ソナタHob.XVI-48
 Prokofiev: ソナタ第6番
 西村朗: 3つの幻影よりI 水

Haydnはタッチが前の人より格段に安定。急速なパッセージも完璧にキメている。 なにより音楽の流れが自然で生き生きとしている。ただ第2楽章はミスもあったりして第1楽章に比べるともうひとつ(ちょっとした弾き直しもあった)。 Prokofievはツボを押さえた好演。 問題(難所)の第1楽章の展開部もよく健闘していた。(好きな曲なので聴いていて何度もゾクゾクとしてしまった。) ただ終楽章はミスもあったりして指の弱さを感じるところもあった。もう少し技巧的なたくましさというか、指の強靭さがあるとよいのであるが、男性でも大変な曲なのだから仕方ないのかも。ともあれ、本選に行ける・行けないは別にして、楽しませてもらった。(音コンでProkofievの6番を聴いたのは初めてではなかったかな。)
いずれの曲も表現的な完成度が高く、彼女は既に完成されたピアニストという感じである。

49.
 平吉毅州: ピアノのための悲歌
 Haydn: ソナタHob.XVI-46
 Schumann: ソナタ第3番

Haydnは開始直後に痛いミス。その後も1回指が転んだが、その後は立ち直る。それがなければとてもよい出来だっただけに惜しい。 でも指捌きや表情の付け方を聴いていると、相当の実力者であることがわかる。 Schumannは3つのソナタの中でも一番苦手な曲(ある意味Schumanらしさに溢れているとも言えるのだけど)でコメントできないのが残念。
メインの曲が苦手曲だったのではっきり言えないが、本選に行ってもおかしくない実力は持っていそうである。

66.
 Shostakovich: 前奏曲とフーガ第24番
 Mozart: ソナタK310
 矢代秋雄: ソナタ第3楽章「主題と変奏」
 Scriabin: 焔に向かって

彼女は何年か前の音コンでも3次まで進んでいて、そのときは不当(?)にも落とされてしまったのは今でもよく覚えている。また前回の浜コンでも2次に進んでおり、実力者である。
Shostakovichは音色がよくコントロールされている(特にフーガ)。終盤の盛り上がりなどは、演奏がどうのこうのというより曲に圧倒されてしまった。 (それにしても、彼女は以前の3次のときもProkofievのサルカズムを弾いていたりして、選曲がいつも渋い。) Mozartは速い走句で音が不明瞭になったりして、意外にも指回りが万全とは言えない。表情の付け方も音楽的で、全体的な流れはよいのだが、やはりときどき弾き急ぐ感じがある。 第3楽章の終わりの方では一瞬止まりそうになるミスもあった。
今回はもし本選に進めなかったとしても、納得いかないとまでは言えない気がする(Mozartの出来から)。

81.
 Haydn: ソナタHob.XVI-50
 三善晃: アン・ヴェール
 Rachmaninov: ソナタ第2番(改訂版)

Haydnは指回りがそれなりに安定し、すっきりしているが、表情の付け方がわざとらしいのが気になる。 自発的(自然)というより、やや作った感じがする。全体的にあまり神経質にならない弾き方だが、これは無造作と紙一重。 このHaydnは個人的にはもうひとう感心しなかった。 Rachmaninovは、Haydnがイマイチなこともあってあまり集中して聴いていなかった(昼食後の睡魔も襲ってきて半分眠っていたかも(笑))が、終楽章はミスが重なったりしてあまり良い出来とは思えなかった。

85.
 Haydn: ソナタHob.XVI-49
 武満徹: Piano Distance
 Liszt: ダンテを読んで

Haydnは出だしがやや硬くてこぢんまりしているが、音楽的には悪くない。ただちょっと目立つミスがあり、少しもったいない。 終楽章に入り、調子が尻上がりによくなってきた感じ。音は大きくないけれど、よく吟味していて、(詩情というほどではないけど)耳をそばだたせる何かがある。 Lisztは音がメチャメチャ充実。(Haydnでは結構セーブしていたのね。)例によってミスはちらほらあるが、音楽的なダイナミックさがあり、強音から弱音までよく磨かれている。 連続オクターヴも速く、結構果敢に攻めてきている。最後の跳躍も成功。 大好きな曲ということもあって、今日これまで聴いた演奏の中で一番感動した(ゾクゾクしっぱなし)。これで細かいミスがなかれば…。
このダンテを聴けただけでも今日来た甲斐があったかも。

89.
 Haydn: ソナタHob.XVI-48
 岡田昌大: プレリュード
 Schumann: 交響的練習曲

Haydnは基本的に方向性は悪くない。ミスがところどころあるのが惜しい。また速い走句でやや明晰さを欠くところがある。 岡田の曲は多分初めて聴くが、割と面白い。 Schumannは最初のテーマでいきなりミスったが音は悪くない。 だが細かいミスがあったりして細部の詰めが甘い。 まだ粗仕上げの段階というか、ここから細部を仕上げていかなくてはいけない感じ。 それにしてもミスが多く、(私はミスには寛容な方だと思っているけど)さすがに多すぎて聴く方の集中力が切れてしまう。各変奏に1回は目立つミスをしているのではないかな(フィナーレになると片手では足りないくらい)。

95.
 Haydn: ソナタHob.XVI-42
 西村朗: 3つの幻影よりI 水
 Brahms: 幻想曲集Op.116

体型はドラえもんみたいなんだけど(失礼!)、Haydnを聴くと結構やる、というか実力者っぽい。どこか余裕がある。 西村はくぐもった音で、音がヒステリックになり過ぎない。個人的には36番の人のより好みかも(よくわからない曲というのは変わらないが)。 Brahmsはこれまた苦手の曲であまりコメントできないが、客観的には悪くなさそう。Brahmsらしい重厚さ、メランコリックな感じが出ている。
彼も49番と同様、実力があって良さそうなんだけど、メインの曲が苦手曲なのではっきりと言えないのがつらいところ。

145.
 Beethoven: ソナタ第31番
 武満徹: 雨の樹 素描
 Wagner/Liszt: タンホイザー序曲

Beethovenはときどきのミスが惜しいが、方向性は悪くない。音楽的で音をよく吟味している。この曲に必要な繊細さ持っており、場違いな音は出さない。 ただ終楽章の後半の反行形のフーガは一瞬危なかった。(が、なんとか切り抜けた。この部分は落ちるのを何度か聴いているので聴く方も緊張してしまう。) Wagner/Lisztは、彼は2次を聴く限りそれほどのテクニシャンタイプではないように見えたので大丈夫かなと思っていたが、確かに技術的には万全とは言い難い、というか結構アラがあったが、ここではLisztの編曲物を弾くという彼の意気に感じて、 しかも特に好きなタンホイザー序曲ということで、演奏の出来とは関係なくゾクゾクしながら聴いていた(特に最初と最後の巡礼の合唱のところなど)。
それにしても音コンでタンホイザー序曲が聴けるとは思わなかった。音コンはアカデミックな傾向が強く、(一般のコンクールでは定番の)メフィストワルツやイスラメイですら(技巧だけで内容空疎と思われているのか)弾くのが憚れる、ましてやLiszt編曲物などトンデモナイという雰囲気があるのだが、ここでの彼の意気込み、というか弾きたい曲を弾く、という姿勢は買いたい。
彼は音とセンスがよく、感受性豊かなタイプと思う。あとはメカニックを鍛えればBlechaczみたいになれるかも。

174.
 Haydn: ソナタHob.XVI-49
 武満徹: 雨の樹 素描
 Faure: バラードOp.19

Haydnは再現部でやや大きなミス。また音がもうひとつ平板な気がする。(同じ曲を弾いた)85番ほどの魅力を感じない。 Faureはまたしてもよく知らない曲でコメントできない。(2次に続いて彼女についてはほとんどコメントがないな…。)
この人の演奏とはやはり相性が悪いようである。具体的にどこがと言うのは難しいのだけれど。

183.
 Haydn: ソナタHob.XVI-20
 矢代秋雄: ソナタ第2楽章
 Schumann: 交響的練習曲

Haydnは音に張りがあり、粒立ちがよい。Haydnだからといってフォルテでもそれほど手加減をせず、ダイナミックに鳴らす。 (2次でも感じたが)やはり音に勢いがあり、よく通る音。コンチェルトには向いているかも。腕っぷしも強そう。 矢代は第3楽章よりもこちらの方がビート感があって楽しめる。それにしても音がデカい(笑)。 Schumannは最初のテーマからしてナヨナヨしたところがなく、逞しい。音も重厚。 ただもう少し繊細なところがあってもよい気がする。 また一気呵成に突き進む感じだが、もう少し間とか変化とかがあってもよい。 ちなみにフィナーレや第1変奏では初版を使っていて、これは賛成。
彼女は2次のときと同様、大いに盛り上げるような演奏をする。人によってはうるさいと感じるかも。

193.
 Haydn: ソナタHob.XVI-31
 武満徹: 雨の樹 素描II
 Chopin: ソナタ第2番

Haydnは前の人とは一転、優しい音で安心するなぁ、と思っていたら提示部でいきなり痛いミス。 展開部や再現部でも暗譜が飛ぶという大事故があり、この時点でもう挽回は不可能か。音は悪くないのだが。 終楽章もやはり派手に暗譜が飛んで動揺して弾き急いで無理やり終わらせた感じ。これで本選進出は完全にアウト。後は残りの曲を悔いのないように弾いてもらうしかないのだが、 Chopinも第2楽章で大きなミスがあったり技術的に苦しかったりともうひとつ。音の出し方は前の人より品があって好きなのだが…。
彼女は2次では結構買っていたのだが、このステージはまことに残念だったとしか言いようがない。

***

というわけで3次の全演奏を聴き終わった。

今日聴いた中で一番良いというか好みだったのは85番。
まだまだ発展途上で、ある意味先物買いだけど、魅力を感じたのは145番。
メインが苦手な曲だったのでまだよくわからないけど、ポテンシャルを感じるのが49,95番
という感じ。本選で聴くならこの4人であったら嬉しい。あと(多少客観的に見て)通ってもおかしくないと思うのは36,66,174,183番あたり。 66番は実力者であることは確かなんだけど、今日のMozartはちょっと印象が悪かった。36番はProkofievの終楽章でメカニックの弱さ(技術的限界)を感じてしまった。 174番は私と相性が悪く、183番はもう少しデリカシーのある音が欲しいところ。

そして実際の審査結果は、以下の4人。
 36, 81, 95, 183
1人以外は上に挙げた人とは言え、かなり意外な結果となった。145番が落ちたのまあ仕方ないとして、85番が落ちたのは非常に残念である。
これで本選を聴きに行くことは多分なくなったと思う。
でもまあ今日はProkofievの6番やダンテやタンホイザーなど印象に残る演奏がいろいろ聴けたので損はなかったと思う。

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