9月20日に行われた第77回日本音楽コンクールピアノ部門第3予選を聴きに行ったので、その感想です。

課題曲はこちらの通り。例年と少し違うのは古典派がMozartオンリーとなっていること。1次がBeethovenだったことが関係しているのかもしれない。

あと今年から変わったのが、3次予選で指定席が導入されたこと(前売りのみ)。中央通路後ろ側の中央のブロック(審査員席の下側)が指定席エリアになっている。ちなみに私は自由席。

以下、いつもの通り3次予選の各演奏の感想(曲は演奏順。番号は演奏者番号)。

40.
 一柳慧: 雲の表情VII 雲の錦
 Mozart: ソナタ第12番K332
 Schumann: 交響的練習曲

一柳作品はよく知らない曲だが、音にもっと張り詰めたような緊張感が欲しいところ。 Mozartも音が平板。第1楽章など、もっと愉悦感というか嬉遊感というか、いきいきとした表情が欲しい。第2楽章など私の感覚からすると棒弾きに近い。 正直、どうして3次まで残れたのか疑問に思ってしまった。 Schumannは可もなく不可もなく。メカニックは割りと安定しているが問題はやはり音や表現。

72.
 Mozart: アレグレット主題による12の変奏曲K500
 平野一郎: 白象の夢〜白鍵と黒鍵のエチュード〜
 Liszt: スペイン狂詩曲

Mozartの音は前の人と比べるとまずまず。表現もツボを押さえていて悪くない。さらにもう一押し、思わずを耳をそばだててしまうような、何か魅力があるとよいが。 Lisztはよく弾き込んでいるという印象。抜かりがないというか、完成度が高い。 終盤は多少疲れが出たのかちょっと危ない感じもあったが、音コンならこれくらい弾ければ立派だろう。 全体的に、飛び抜けたところはないが、うまくまとめてきたという感じ。 現時点で割りと完成されているので、伸びしろはどうなのだろう、という思いはあるが。

85.
 Mozart: ソナタ第17番K576
 武満徹: リタニ 第1番
 Rachmaninov: コレッリの主題による変奏曲

Mozartはリズムが生き生きとしている。ちょっと勢いがよすぎて多少指が流れてしまうところもあったが、安全運転に陥らない攻めの姿勢という意味では買える。 音があまり硬くないのもよい。 第2楽章も表情豊かで飽きさせず、歌心を感じる。ただ終楽章はちょっと弾き急いでいるような感じもあり、もう少しじっくり行ってもよい気がした。 Rachmaninovはやはり表現にメリハリがある。正直それほど好きではない曲だが珍しく飽きずに聴けた。 ただちょっと元気が良すぎて、やや乱暴というか、ときにぶしつけな音を出したり、デリカシーに欠けるところはあったかも。 全体的に、磨けばさらに光りそうな可能性を感じさせる。

110.
 一柳慧: 雲の表情I
 Mozart: ソナタ第13番K333
 Franck: 前奏曲、コラールとフーガ

前の人と比べると音がこぢんまりとして、覇気にもやや欠ける(前の人がありすぎ?)。 そのせいかMozartなど、自信がないというか、小手先で弾いているような印象を受ける。(優美さを狙っているのはわかるが。) それでいてときにわざとらしくタメを入れたりして、自然な息遣いというものがあまり感じられない。 最後のFranckは意外と(失礼)悪くはなかったが、印象に残るほどでもなかった。

144.
 Mozart: ソナタ第13番K333
 Prokofiev: サルカズム
 宍戸睦郎: 鍵盤のための組曲より「トッカータII」

Mozartは潤いのある音。ペダルやタッチによる表情の変化が上手い。 前の人のK333が消化不良だっただけに、今回の演奏は納得がいく。 Prokofievはあまり聴き込んでない曲だが、悪くはなさそう。音に力がある。 最後の宍戸もやはり音に迫力があって悪くない。 前のProkofievと同じ打撃系の曲が続くのはプログラム的にどうかという気もするが、彼女にはこういう曲が合っていそう。

156.
 網守将平: プレリュード
 Mozart: 「愚民の思うには」による10の変奏曲K455
 Chopin: バラード第4番、幻想曲

網守作品は初めて聴くが、ジャズ風というかKapustin風でノリがよい。ややくぐもった音なのでさらに輝きがあるとよかったかも。 Mozartは軽やかな音だが、やはりさらに深みのある音や伸びのある音が欲しい気がする。ツボを押さえてよくまとまってはいるが、ちょっと優等生的な感じもある。 ChopinのバラードもMozartと同様、まとまってはいるがどこか表層的というか、全体のバランスに気を使うあまり全体が無難にまとまってしまっている感じがある。 幻想曲はバラードよりも良かった。 全体的に、実力があるのは確かだが、ここまで弾けるのであればさらに個性というか他の人にはない魅力というか、そういったものを見てみたいと思う。

190.
 Mozart: ソナタ第9番K311
 武満徹: ピアノ・ディスタンス
 Prokofiev: 「シンデレラ」より第1,3,4,6番

Mozartは呼吸が自然で音に伸びやかがあり、なかなかいい感じ。 終楽章では細かい走句でさらに安定感があるとよかったが。 Prokofievはあまりピンと来ない曲だが、豊かな響きでなかなか聞かせるものがある。この曲の良さを理解するのに多少近づいたかも。 問題があるとすれば選曲が少し地味(さほど見せ場がない)なことか。

192.
 武満徹: 遮られない休息
 Mozart: 「私はランドール」による12の変奏曲K354
 Scriabin: ソナタ第3番

Mozartは音が少し硬く音色もやや単調で、あまり聴き慣れない曲という面もあって、ちょっと退屈だったかも。 Scriabinは一転、水を得た魚のように生き生きとしている。Mozartは弾いていて果たして楽しいのだろうか疑問に思うようなところもあったが、こちらはいかにも好きな曲という感じである。 明るく健康的なScriabinだが、個人的にはあまり重くならないのがよい。もちろんもっと繊細さが欲しいところもあったが。

208.
 Mozart: ソナタ第4番K282
 山田耕作: スクリャービンに捧ぐる曲 1.夜の詩曲 2.忘れがたきモスコーの夜
 Franck: 前奏曲、アリアとフィナーレ

Mozartは音ギレが多少悪く、ペダルの使い方がイマイチなのかも。アクセントが唐突だったり、表情の付け方もどこか不自然な感じがする。 山田耕作作品は悪くない。表情豊かでダイナミック。 Franckも音は豊かなんだけど、もう少し響きを整理したいところ。 実はあまり聴いたことがない曲なのだが、終盤はうまく盛り上げていた。 CDは何か持っているはずなので後で聴いてみようと思わせる演奏ではあった。

209.
 吉松隆: プレイアデス舞曲集II 4.鳥のいる間奏曲
 Mozart: ソナタ第9番K311
 Dutilleux: ソナタ

Mozartは流麗ではあるが、流麗すぎてひっかかりなくサっと素通りしていくようで、個人的には190番の解釈の方がしっくりくる。 全体的にややインテンポ過ぎ、かつ強弱の付け方もどこか機械的で、もう少し自然な起伏が欲しいところ。 音色の変化もどこかON/OFF的。 Dutilleuxもやはり音が一本調子。またフォルテで鍵盤を叩く傾向があり、終楽章など勢いがあって指がよく回るのはよいが、繊細さや陰影も欲しいところ。 すべてが明るく照らされてしまっているという印象を受ける。

***

というわけで全員を聴き終えたわけだが、今回の3次は、例年に比べて差が少ないように感じられた。 よく言えば粒が揃っているということだが、逆に言うと跳び抜けている人、本選でも是非聴きたいという人はいなかった。 2,3人を除けば誰が本選に進んでもそれなりに納得ができそうである。 強いて好みを言えば、Mozartがよかったという点で85, 144, 190番を挙げたい。

そして実際の審査結果は、以下の4人
 156, 192, 208, 209
が本選進出、というわけで私が強いて推した3人がいずれも落ちてしまったのはちょっと残念。 本選進出者については、さきほど言った通りさほど違和感はなく、「ああ、そうですか」という感じであるが、ただ最後の209番だけはちょっと意外だった。

そんなわけで、本選を聴きに行くかどうかはやや微妙。 事前に演奏曲目がわかればそれによって行こうかどうか決められるのだけど、事務局もそれくらいはサービスしてくれればいいのに…。

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