課題曲は以下の通り。去年と同じく、1次がBeethovenだったためか3次の古典派はMozart限定となっている。
以下、いつもの通り3次予選の各演奏の感想を(曲目は演奏順。番号は演奏者番号)。
ちなみに今回は演奏順が、単純に番号の若い順とはなっておらず、途中の番号から始まっている。(他のコンクールでよくあるように、最初に弾く人を抽選か何かで決めたのだろうか。)
84.
Mozart: 「愚民の思うには」による10の変奏曲K.455
武満徹: リタニより、2.レント・ミステリオーソ
Hindemith: ピアノソナタ第3番
Mozartは少し音がボケた感じ。
本当に上手い人は最初の一音を聴くだけでハッとさせるものがあるのだが、残念ながら彼女からはそういうものが感じられない。
音の張りというか躍動感というか、生き生きとしたものが足りない。
武満を聴いても響きに対する感覚の鋭敏さはあまり聞き取れない。
Hindemithは音コンに限らずコンクールで聴くのは初めてで、
好きな曲なので広く弾かれるようになるのは喜ばしいのだが、
Mozartから予想されたように演奏は今ひとつ。音の出し方がどこか表面的である。
でもやはり良い曲なので、終楽章フーガの終盤近く、主題が重なってくるクライマックスでは思わずゾクゾクっとしてしまった。
彼女に関しては、この曲を聴けたというだけでもよしとしよう。
117.
Mozart: 「きれいなフランソワーズ」による12の変奏曲K.353
一柳慧: 雲の表情T,V
Scriabin: ピアノソナタ第3番
Mozartは前の人より音が良さげ。
ときにはしっとり、ときには溌剌と、メリハリがあって緩急のセンスもよい。
指回りも安定しているし、音楽的にも納得がいく。
個人的にはさらに大胆に音色の変化をつけてもよいと思ったがこれは趣味の問題か。
雲の表情はVが私好みのビートがあってなかなか面白く聴けた。
Scriabinは意外と健康的だが流れが沈滞しないのがよい。
ただ第2楽章はリズムにもう一工夫あるとよかったかも。
終楽章もさらにもう一段に切迫感、畳み掛ける感じがあるとよいと思ったが、でも全体的にはまずまず。
123.
Mozart: アレグレット主題による12の変奏曲K.500
一柳慧: 雲の表情W
Franck: 前奏曲、コラールとフーガ
この人の音はどちらかというと最初の人と同じタイプ。
やや漫然と音を出しているように感じられる。
一柳作品も音がボヤっとしている。
Franckは、睡魔に襲われたせいもあってあまりちゃんと聴いていなかったが、あまり印象に残らなかった。
というか音や響きにそれほど魅力が感じられず、こちらの集中力が続かなかった。
138.
Mozart: Duportの主題による9つの変奏曲K.573
山田耕作: スクリャービンに捧ぐる曲より、1.夜の詩曲、2.忘れ難きモスコーの夜
Barbar: ピアノソナタ
Mozartは音が明るく軽いのだが、屈託がなさ過ぎるというかやや浮付いた感じがして、個人的にはもう少し落ち着きが欲しいところ。
山田耕作作品は、一転して響きが豊かで、表現力も感じられる。
Barbarも、いかにも自家薬籠中の曲といった感じで、完全に手の内に入っているよう。音がクリアでキレもある。
終楽章のフーガはノリや勢いを重視するあまり少し構造が見えにくくなる嫌いはあったが、面白く聴けた。
彼女のMozartは好きになれなかったが後の2曲で盛り返した感じ。
145.
野平一郎: さまざまな響き
Mozart: Duportの主題による9つの変奏曲K.573
Ravel: 鏡
彼は聞き覚えのある名前だと思ったら、2004年、2005年、2007年にも3次に進んでいた。ただしあまりよい印象は残っていないようである。
野平作品はコントラストの激しい演奏。時に暴力的なフォルテがあるが、そういう曲だからよいのだろう。
Mozartは前の人よりしっとりと落ち着いて、こちらの方が私好み。全面的に賛成というわけではないが、悪くない。
Ravelは最初の蛾が、ちょっとペダル使い過ぎ?という感じで、もう少しclarityがあった方がよいと思ったが、まあ悪くない。
洋上の小舟などかなりダイナミック。
道化師の朝の歌もリズムにキレがある。
惜しむらくは同音連打の最初の方があまりクリアに聞こえなかったこと。
6.
Mozart: ピアノソナタ第16番K.570
吉松隆: プレアデス舞曲集Uより、3,4,5番
Rachmaninov: Corelliの主題による変奏曲
Mozartはしっとりと丁寧、落ち着いていて完成度が高い。
あまりに隙がない印象を受けるので、さらに自発性や即興性、面白味みたいなものが感じられるとよいが。
吉松作品も音コンで聴くのは多分初めて。Kapustinがコンクールで弾かれたり、時代は確実に変わっているということだろう。
Rachmaninovも、スケールが大きいとか技巧が秀でているということではないが、細部まで丁寧に仕上げられている。
以前から言っているようにこの曲はあまり好きではないのだが、変奏ごとの性格の違いがよく描き出されていて説得力があった。
全体的に彼女は、伸びしろはともかく完成度の高い演奏をする人という印象である。
27.
Mozart: 「愚民の思うには」による10の変奏曲K.455
佐藤敏直: ピアノ淡彩画帖より「八月の鎮魂」
Faure: 主題と変奏
Mozartは前の人と同じく丁寧で完成度が高い。
多少音が硬いのが気になるけど、よくまとまっている。
佐藤作品は多分初めて聴くけど、ゆったりとしたバスオスティナートの上で右手が自由に奏する、なかなか面白い曲。
最後のFaureは苦手曲なのでコメントはパス。
プログラム的に変奏曲が2つというのはどうなのよ、と個人的には思ったが。
49.
武満徹: 遮られない休息 第3番「愛のうた」
Mozart: ピアノソナタ第13番K.333
Chopin: スケルツォ第3番
Martin: 8つの前奏曲より第2,8番
Mozartは音が硬くないのがよい。ツボもよく押さえている。
これでもう少し安定感があれば心地よく聴けるのだけど、ときどきちょっとしたミスがあるのが惜しい。
Chopinも悪くない。繊細というより男性的で、主題のダブルオクターブや中間部のスダレの部分が上手い。
ただこれも、フォルテ和音がときに汚かったり、時々目立つミスがあるのが残念。
Martinはよく知らない曲だが、8番は前半がShchedrinのバッソ・オスティナートっぽくてなかなか面白かった。
音にもう少し透明感があるともっとよかったか。
65.
武満徹: 遮られない休息 第3番「愛のうた」
Mozart: ピアノソナタ第9番K.311
Ravel: 夜のガスパール
彼のMozartも音が硬くない。丸みのある音。
力が抜けているというか、リラックスしてサラっと弾いている印象。
リラックスしすぎてちょっと雑っぽく(弾き急ぐように)聴こえるところはあるが、ポテンシャルを感じさせる。
終楽章もちょいちょいミスはあるがどこか余裕がある。
6番の人などとは逆に、まだあまり作り込んでいない演奏といったらよいか。
Ravelも速めのテンポで一気に弾き切る感じ。例によって少々ミスはあるが、苦労の跡をあまり見せない。
スカルボは細部でゴニョゴニョした部分もあるが、やはりポテンシャルを感じさせる。
82.
Mozart: ピアノソナタ第12番K.332
武満徹: 雨の樹 素描U
Schubert: さすらい人幻想曲
Mozartはすごく豊かな音を出す。今までの人と同じピアノとは思えないくらい。
指回りも安定して表情も細やか。
今日のMozart賞(というものがもしあったら)彼女にあげたい(次点は117番かな)。
武満作品も響きを完全にコントロールできている感じ。相当に耳がよいのだろう。
最後のSchubertも秀演。
ただ残念なことに終楽章で暗譜が飛んで一瞬止まってしまった。
それまでほぼ完璧に弾いていたのに、これは痛かった。
***
というわけで全員を聴き終えたわけだが、今年も飛びぬけて良いという人はいなかったように思う。 その中であえて選ぶとすると117番、65番、82番の3人。 82番はSchubertで事故はあったがそれがなければ今日一番よい演奏ではないだろうか。 65番は完成度の点ではもう一つだがポテンシャルが高そう。(もっとも、過去にもポテンシャルが高そうと思っても、その後名前を聞かないという人はいっぱいいるわけだが。) 本選が4人だとすると後一人は138番、145番、6番、49番の中から選びたいところ。
そして実際の審査結果は、(演奏順に)以下の5人が本選進出。
117, 138, 145, 6, 27
65番はともかく、82番が落ちてしまったのは残念だ。
いつものことながら、音コンは昔ながらの点数制なので、少しのミスが命取りになるというか、強く印象に残る演奏よりも、多くの審査委員からまんべんなくそこそこの点がもらえる、手堅くソツのない演奏が選ばれがち。
音コンも、最近国際コンクールで広がりつつある、次のステージに進ませたいかどうかyes/noの2択制(あるいはその中間を入れた3択制)を試しにやってみたらどうだろうか。(当然、yesを多く獲得した人から順に選ばれる。)
将来聴衆がお金を払ってでも聴きたいのは、ソツのない演奏ではなく、強く印象に残る演奏なのだから。
なお今回は私の推した3人のうち1人しか本選に通らなかったので、多分本選は聴きに行かないと思う。
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